第155話 弓の三大喰鬼

 弓を持った強大な喰鬼へと魔槍を向けるルシウス。


 ――凄い気配だな


 蚩尤は、欲望のままに走り出しそうなほどに弓を求めていた。

 そして、眼の前に落ちている布で巻いてある何かにも。

 感覚からして、おそらく強力な魔剣だろう。


 蚩尤が現在、所持している魔武具は3つ。


 契約時から保持してた魔盾。

 魔龍 屍氷龍を封じていた魔槍。

 そして、生まれ変わった魔剣。


 残す枠は3つだ。

 うち2つを埋めても良いと蚩尤が思える魔武具が同時に見つかるとは、僥倖ぎょうこう


「ソル、パラヴィスを連れて後ろへ」


 霧の中から静かに現れた傀儡ソルが、地面に倒れているパラヴィスを素早く抱え上げた。

 そのままルシウスの背後から少し離れた場所にパラヴィスを置く。


「やめろッ!逃げるんだ! 相手は元四聖の定雷じょうらいバドラだぞッ!」


「それは出来ないよ、パラヴィス。式との約束で強力な魔武具が要る」


「魔武具って、あれは裏返ってるぞ!?」


「わかってる」


 前方にいる三大喰鬼の一角、定雷じょうらいバドラを睨みつける。

 気迫が充満すると、自然と喰鬼ブートたちの群れが割れ、2人の間に開けた空間が出来た。


 喰鬼ブートたちも理解しているのだ。

 2人の間に立てば、すり潰されることを。



「その魔弓を貰い受る」



 ルシウスはパラヴィスの止める言葉を無視して、走り出す。

 落ちている魔剣を拾い上げて、模倣している余裕はおそらくない。


 勝つだけなら簡単だ。

 距離を更に置いて、サマエルを放てばいい。


 だが、それでは魔弓ごと破壊してしまうだろう。


 まずは定雷バドラを間合いに捉える必要がある。


 定雷バドラが当たり前のように弓矢を放つ。

 戦いの始まりである。


 放たれた矢は音のような速さで襲いかかる。

 すぐさま魔盾を顕現し、これを受けたルシウス。


 が、矢は魔盾を貫通。


 貫いてなお、襲いかかる矢を何とかで躱す。


 ――盾でも防げないか


 改めて見れば、魔盾の階級はそれほど高くない。おそらく浅打物か真打物にとどまるだろう。


 ルシウスは盾で防ぐことを諦めて、魔槍単体へと装備を変えた。


 すぐさま襲いかかる次の矢。


 たいしてルシウスは魔力を魔槍に込めた。

 そして飛来した矢へ斬りかかる。


 ――重いッ!


 力が拮抗。


 最上大業物の魔槍の斬撃と遜色がない。やはり同格の魔武具なのだろう。

 すきと見た、近くの喰鬼ブートたちがルシウスへ襲いかかる。


「舐めるなッ」


 膂力りょりょくに任せて槍を振り抜くと、矢が2つに分かれて左右へと飛び散った。分かれた矢が、襲いかかった喰鬼たちを破裂させながら貫通していく。


 理外の攻撃力だ。

 愚直に距離を詰めるのは不可能そうだ。


「だったら」


 即時、ルシウスは魔槍を喰鬼ブートの群れへと投擲とうてき


 槍は喰鬼ブートを貫通しながら、魔槍が自身を次々と複製させていく。

 さらに近くの喰鬼ブートに連鎖的に突き刺さりながら、幾本もの槍が誕生。


 オリジナルの槍がルシウスの手元へ転移で戻る頃には、戦場跡のように槍だけ突き刺さった大地が出来上がった。


 ――親疎しんそたい


 魔力を込められ、増殖した槍が誰に持たれるでもなく、勝手に動き出し、空中で整然と並ぶ。

 百を超える槍の矛先は、すべて定雷バドラへ向けられていた。


「な、何だ⋯⋯それは⋯⋯」


 理解を超えた光景にパラヴィスは、ただ唖然あぜんとする。


「行け」


 ルシウスの命令を受けた魔槍が、一斉に射出された。

 まるで弩砲バリスタの弾幕である。


 だが、定雷バドラは動かない。


 弓束ゆづかを握ったまま、滑らかに物性を帯びた魔力の弓矢を生成した。

 焦りなく矢をげんに掛ける。


 今まで違う点が1つ。

 さきほどまで青白い魔力の矢であったが、今の矢は七色に光り輝いている。


 ――宝石? なにかの結晶か? 


 離れているため正確にはわからないが、光を反射する矢を掛け、弓を絞った。



 そして放つ。



 一本だけではない。


 文字通り矢継やつばやに弓矢を生成して、上下左右、中央へと継ぎ目なく放ったのだ。

 秒の間に50本以上の弓矢を放ったように思う。


 高速の回転が結晶の矢が一直線に向かった先は、ルシウスが放った魔槍の群れ。



 耀く矢と槍が衝突。



 矢はガラスのように砕け散り、キラキラと破片を輝かせた。


 ――威力が弱い?


 何の意図があったのか図りかねている中、砕けた破片が槍を包み込む。

 するとパキパキと音を立てて、結晶が膨張し始めたのだ。


 またたく間に結晶に包まれた槍は、地面へと次々落下していった。

 その後、どれだけ魔力を込めても動く様子がない。


「⋯⋯やっぱり四聖だな」


 まず技術自体、ルシウスが知っているものとは別物であった。


 通常、弓を構える際は矢の体側へと添える。その方が視点との誤差を少なく出来るからだ。


 だが、四聖は体の外側へ、つまり弓の右側へ矢を添えたまま撃ったのだ。そうすることで矢を撃つごとに弓を降ろす必要がなくなり、連射が効くのだろう。

 さらにいえば、弦をくだけではなく、弓も押すことで絞る時間を少なくしていた。


 だが、それでは矢を正確に射るのは難しい。

 ましてや高速で飛翔する槍すべてを撃ち落とすなど人間技ではない。


 次は地面に落ちたまま、動かなくなった槍と結晶へ目をやる。


「だけど四聖なのに属性系の術式なのか?」


 属性系の術式を忌避する聖戦士を、それもその頂点に立つ四聖が使うだろうか。

 ルシウスの疑問に応えるようにパラヴィスが離れた位置から声を張り上げる。


「今のは『封』だ! 祈り巫女の術式を取り込んでるんだ!」


 ――祈り巫女


 考えるまでもなく概ね推察できた。

 先程から少し気にはなっていたのだが、定雷バドラの足元で何かが、淡く光っているのだ。


「なるほど、魔法陣か」


 ルシウスが立っている場所からは、はっきり見えないが、何かの術式が発動しているのだろう。


「あれは16区の眷属神クベーラの術式だ! 結晶に捕まるな!」


 108ある区画は、何も境界線が張られてるわけではない。


 各区画は、眷属神たちの術式の力場によって区画分けされているのだ。

 冥地神ヴリトラが進化し、神とは別の存在になった時、眷属神たちも影響を受けて奈落へと堕ちた名残である。


 定雷バドラは眷属神クベーラの術式を『封』で用いたのだ。

 そして以前、パラヴィスは言っていた。『同』と『封』を極めることが聖戦士のあり方だと。



「つまり、ここからが本番ってわけだな」



 定雷バドラの魔力量が膨れ上がり、連続で弓を放つ。


 次は100近い弓矢が襲いかかる。

 先ほどと逆の立場に入れ替わった形だ。


 すぐさま大地を蹴りつけ左右へとジグザグに走り始めるルシウス。

 矢を回避しながら距離を詰めるためだ。


 予想通り、矢はルシウスの元いた場所を通り過ぎていく。


 だが、突然、背中へ痛みを覚えた。

 まるで矢が刺さったかのような鋭い痛みだ。


「何ッ!?」


 振り向くと、なんと矢が空中で弧を描き、ルシウスが動く方、動く方へと近寄ってくるのだ。


 よく見ると、矢の羽が刻一刻と形状を変えている。

 空気抵抗を変えることで、軌道を操ることができるのだろう。


 ――魔弓の形態変化は弓矢の方なのか!


 気がつくのが遅かった。


「遠隔の能ッ!」


 慌てて邪竜の竜炎で、炎の壁を作った。

 だが、宝石のような結晶の弓矢の半分以上は燃え尽きずに、更に迫ってくる。


 ただの弓矢ならばともかく、最上大業物の魔弓から放たれた音速を超える弓矢。

 この数をすべて避けるのは不可能だ。


 直後、数十という矢がルシウスへと襲いかかる。


 そして術式が発動。


 一気に結晶が膨れ上がる。

 まばゆいほどの輝きの中、ルシウスは巨大結晶の中に封印されてしまった。





 離れた所で見ていたパラヴィスとソル。


「ルシウス!! だから、やめろとッ!」


 パラヴィスは拳を握りしめて、地面を叩く。


 眷属神クーベラの術式が作り出す結晶は、外からの衝撃に対しては薄氷程度の強度しかない。その代わり内側の強度が極めて高いのだ。


 そのため、かつては牢獄として用いられ、四聖であっても完全に取り込まれてしまえば脱出できなかったという。


「⋯⋯主⋯⋯」


 傀儡ソルも眼の前の事態に対して判断を迷っているようだ。


「俺がルシウスを助けにく」


 パラヴィスは壊れかけた槍を構え、定雷じょうらいバドラを警戒する。

 生きた心地が全くしない。今のパラヴィスなど簡単に射殺すことができるのだから。


 三大喰鬼の一角にして、元弓の四聖バドラ。


 定雷じょうらいの異名をとるその弓は必中と謳われ、あらゆる姿勢、角度、距離からでも撃ち抜いたという。


 さらに矢に込めた詠霊の術式を暴発させることを得意とした。


 弓の四聖が守護したのは空雷神インドラ。

 その力を大巫女から借受け、さだめられたかのように裁きのいかずちを与えたとされる。


 今は冥地神ヴリトラの眷属神クーベラの術式を込めているため、雷撃ではないが、必中の腕は変わっていない。


「ソル、お前は逃げろ! 人外かどうかはこの際、関係ない!」


「⋯⋯大丈夫⋯⋯主も本気⋯⋯」


「何を言って――」


 パラヴィスが声を張り上げた時、パキッという音が鳴り響く。 

 振り返ると、結晶に入った亀裂が目に飛び込んだ。


「お、おい⋯⋯ちょっと待て」


 だが、パラヴィスを驚愕させたのは亀裂ではなかった。


「な⋯⋯なんて魔力量だ⋯⋯大巫女以上じゃねえか⋯⋯」


 槍を握るルシウスの手が動く。


 強く槍を握るとさらに大きな亀裂が走った。


 次は腕を前へ動かすと、結晶の一部ががれ落ちる。


 そして足で氷を踏み砕くように結晶から抜け出ていく蚩尤。

 こうなってはもはや封印の意味をなさない


 全身が抜け出すと、包みこんでいた結晶は瓦解し、ただの魔力へと還っていった。



「まだ慣れてないけど、を使うしかないか」



 3体の式が大量の魔力を吸い上げているとはいえ、縮魔の練を行う前とは比べ物にならないほどに4つの魔核の魔力量は増加している。


 それでも、平時にほとんど外へ漏れ出ていないのは、身体の奥深くで滑らかに循環しているためである。


 もはや魔力操作の巧緻こうちは、達人の域に達していた。


 転生者ということもあり、生後間もない時から使い続けてきたのだ。

 うちに宿した魔力を垂れ流すような無粋な真似はしない。


 以前、ソーマの大巫女リシータがルシウスの魔力量を少ないと思ったのもこのため。鑑定の術式など、魔力量の感知に長けた術式を持つものでなければ、わからないだろう。


「次は俺の番だ」


 ルシウスは魔槍を構える。


 膨大な魔力が魔核から魔槍へと流れ、そして体内へと


 これだけの魔力量を露出されたのだ。

 もはや誰であっても、魔力の流れを読み取るのは容易いだろう。


 無論、敵もである。


 定雷バドラが、初めて急ぐように弓を数十本と放つ。

 何かが起ころうとしていることを感じ取ったのだろう。


 ルシウスは槍を振り上げ、矢が到達した時。


 思い切り振り抜いた。



 破裂音。



 大身槍という長大な武器。

 それをただ振り抜いた。


 凄まじい力で。



 それだけでルシウスへ襲いかかった弓矢すべてが弾き飛ばれたのだ。


 弾き飛ばれた弓矢は、衝撃と魔力の圧で元の形を失いながらも、周囲の喰鬼たちへ降り注ぐ。定雷バドラはすぐさま矢に込めた術式を自爆させ、矢が味方へ降り注ぐ直前に四散させた。


 定雷バドラがルシウスを警戒する。


「⋯⋯『同』⋯⋯なんで、式を持ったお前が⋯⋯」


 パラヴィスから半ば呆れた声が漏れ出る。

 もはや先程から何が起きているのか全く理解が及ばない。



「蚩尤の姿だと、なんかできた」



「はぁ!?」



 ルシウスにとっては理屈など今さらではあるのだが、蚩尤だからこそである。


 闘術の『同』は魔武具の術式を体内に取り込むことによって、本来、魔物の体内でしか発動しない術式を人の身に降ろす技。


 通常、式と契約した者は体内に式の魔力が流れている状態であり、体外から取り込んだ術式の発動を阻害する。


 だが、こと、蚩尤に限って言えば、もともと魔武具の術式は蚩尤が取り込んだものである。

 そのため蚩尤と魔力同化が進んでいるルシウスだけは、蚩尤を顕現した状態ならば『同』を発動できるのだ。


 ――2つはキツイからやりたくないけど


 ルシウスは槍を右手に、そして左手に再び盾を取り出した。

 槍と盾の両方と魔力を循環させながら、定雷バドラへと向かうルシウス。


 定雷バドラはルシウスの接近を許さぬように魔力を込めて、無数の矢で対抗。


 前方から飛来する半分の矢は、槍で力強く叩き落とす。

 残りの半分は弧を描きながら、背後から襲いかかる。


 だが、ルシウスは矢を無視した。


 当然、矢が背中へと突き刺さる。

 しかし、肉には届かなかった。鎧の表面に刺さるだけで、矢が止まっているのだ。


 ――やっぱり盾の『同』なら耐えられる


 魔武具の魔力を取り込む『同』は身体、感覚、回復力などの強化などを行える。

 一言に強化とはいっても魔武具の種類または個体によって、差があることにルシウスはすぐに気がついた。


 魔槍は力強さ。

 魔剣は俊敏さ。

 魔盾は頑強さ。


 それぞれの『同』によって、特に強化されている点が異なるのだ。


 今は力と硬さの2つを特化させている状態。

 当然、身体への負荷は強く、長くは維持できない。使い終わった後、1日は体がきしむだろう。


 それでも今が、やるべき時。


 まるで堅強な重戦車の如く、矢が降り注ぐ中、直進するルシウス。


 対して定雷バドラも一歩たりとも下がらない。

 冷静に弓を撃ち続ける。


 いくら蚩尤といえども魔盾の階級が低いため、背にダメージは蓄積していく。

 蚩尤しゆうの装甲が砕け散るまで、弓を放ち続けるつもりだろう。


 ルシウスが距離を詰め切るか。

 それとも定雷バドラが蚩尤の装甲を削り切るか。


 相手より早く達成した方の勝利である。


 定雷バドラとルシウスの距離がみるみると詰められていき、そして数十という矢が背中へと突き刺さっていく。


 距離はあと50mほど。

 蚩尤の脚力ならすぐだ。


 定雷バドラの口角も上がった。

 蚩尤しゆうの背中の装甲はかなりがされており、すでに人ならざる黒い肉が露出している。


 ――いや、蚩尤しゆうなら出来る


 自身の半身を信じて前に進むのみ。



 あとわずかという時。


 今まで静観していた喰鬼ブートたちがルシウスと定雷バドラの間に分け入ったのだ。いくら矢を放っても一向に止まらないルシウスを食い止める肉壁となるべく。


「やめろッ! 出てくるなッ!」


 ルシウスは魔槍を振るうと喰鬼たちが引き裂く。

 それでもなお、次々と喰鬼たちがなだれ込んでくる。


「矢が撃てないだろッッ!!」


 そう。


 止まったのは、ルシウスの前進ではなく、弓矢であった。

 定雷バドラが弓を絞ったまま、硬直したのだ。


 ルシウスが斬った矢が、味方へ行かないように常に気を配っていた。その定雷バドラが味方ごとルシウスを撃ち抜くはずがない。


 肉壁となった喰鬼たちを一気にぎ払い、飛翔。

 そして定雷バドラの前へ降り立ったルシウスが強く槍を握りしめる。


 勝負は勝負だ。

 お互いの命を賭けた戦いに仮定の話など意味はない。


 眼前に巨大な黒鎧が迫った定雷バドラは弓を静かに下げる。

 いさぎよく負けを認めたのだ。


「わた⋯⋯まもれ⋯⋯の⋯⋯か」


 定雷バドラの骸骨と化した口から、かすれた声がした。


 喰鬼ブートに堕ちてなお、自我の残滓ざんしがある。そうでなければ、先ほど矢は止まらなかったはず。


 四聖ほどだった人物が喰鬼に堕ちたのだ。たとえ人ならざる者に堕ちたとしても、守りたかったものがあったのだろう。


 魔槍と魔盾を鉄板へと返し、魔剣を選ぶ。


「あなたは立派でした」


 ルシウスの言葉に、定雷バドラが安堵の笑みを浮かべたように思う。


 魔剣の魔力を『同』で取り込み、できる限りの速度で、首をねる。

 一切の苦痛を与えないように。


 バドラが崩れ落ちると、手にしていた魔弓が落下する。


 ルシウスは弓が地につく前に手に取り、何も取り込んでいない鉄板へと押し当てる。


 すぐに蚩尤の中に書き込まれていく新たな術式。


 魔槍 骨影と同等の魔武具。

 最上大業物の魔弓であることは間違いない。


 完全に模倣すると、双剣で魔弓を斬り裂いた。


 次に流れ込む膨大な魔力だ。

 その魔力が蚩尤しゆうの魔物としての格を引き上げていくことがはっきりと分かる。


 とはいえ、感傷にふける場合ではない。


 周囲には、まだ多くの喰鬼ブートがいる。

 とむらいのためか、ひどくいきり立っていた。


 新しく手に入れた弓は使わない。バドラが命を賭してまで放たなかった弓を、彼らへ向けるのはとても失礼に思えたからだ。


 ルシウスは双剣を構える。


「相手になる。全員来い」


 一斉にルシウスへと、なだれ込む喰鬼の群れ。

 その間を目に止まらぬ速さで駆け抜ける黒い鎧。


 黒い影が過ぎ去った後は、霧散する喰鬼と土に還る魔武具だけが残されていく。

 100体は居た喰鬼たちは、最後の一体まで果敢かかんに立ち向かい、数分もかからず、すべてちりへと還っていった。



「ソル、パラヴィスをこっちへ。治療するから。落ちてる魔剣も持ってきて」


 指示すると、無言でソルはスーリアが守っていた魔剣を拾いながら、再びパラヴィスを抱えて、ルシウスの足元へと置いた。


「ル、ルシウス⋯⋯お前は、一体何者だ」


 パラヴィスの声には畏怖いふに似たものが含まれている。

 開いた口が閉まらぬまま呆然と全てを見ていたのだが、それでも目の前で起きたこと全てが、未だに信じられない様子だ。


「詠霊と魔武具を求めて聖域に来ただけの人だよ」


 最初に問われたことを繰り返しながら、影から治癒の術式を持つ鎧兵を呼び出した。

 鎧兵にパラヴィスを治療させながら、ソルが足元に置いた魔剣を拾うため手を伸ばす。


 ――これもコピーしておこう


 すると足元が光を帯びていることに気がついた。

 今いる場所は、定雷バドラが最初にいた場所、つまり魔法陣の上だ。


 魔法陣の奥には予想通り亜空間が広がっていた。


「ん?」


 亜空間の中に、誰かがいる。


「詠霊⋯⋯じゃない。人だ」


 何かを抱えてる眠っている若い女だ。


 元契約者だろうか。

 契約者がなぜ式に食われていないのかはわからないが。


 ルシウスは女性を引き上げようと手を伸ばすが、地面に当たるだけで亜空間には届かない。


「眠り巫女だ。もうこの世の人間じゃない。ヴリトラが堕ちるときに眷属神たちは自らの魔石を契約していた巫女たちへ預け、時を止めたんだ。進化しないように」


「⋯⋯そうか」


 巫女も聖戦士も、何を思ってとどまったのかはわからないが、彼らにとって大切な事のために身を賭したのだろう。


「帰ろう」


 感情を飲み込み、落ちていた魔剣を手に取る。

 蚩尤の姿であるため普通に見えるが、大人の背丈2人分はある巨大な剣だろう。


 そしてボロボロになった布をはいでいくと、魔剣の姿があらわとなった。


 両剣。


 つかの両端に刃が付いている多刃の魔武具。


「これは!?」


 ルシウスは驚きのあまり、剣を落としてしまった。


 多刃だからではない。


 その魔剣に見覚えがあったからだ。



 かつてサマエルがルシウスに課した試練、もう1つの未来の提示。


 そこで家族を、仲間を、友を眼の前で斬り殺した剣だ。

 そして自身を殺した剣でもある。




「戦帝の剣」


 



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