第156話 持ち帰った魔武具

 武具店主リタは魔弓を持ち上げた。

 神妙な面持ちで、上等の茶器でも扱うように丁寧に様々な角度から観察する。


 時間をかけて隅々まで確認した後に、テーブルへと静かに置いた。


「銘は『裂弧』。 第39回遠征時に失われた四聖の最上大業物の弓だよ。今から100年以上前だけど文献と一致する」


「⋯⋯やはり間違いないか」


 困り果てたる槍衆の衆長パラヴィスは、仏頂面ぶっちょうづらうなずいた。


 今、ルシウス達が集まっているのは無崇邑むすうむらの武具店である。


 奈落から帰還した直後、どうしても真偽を確かめたいとパラヴィスが言い出したため、一息つくひまもなく押しかける形になったのだ。


 テーブルに腰掛けているのは4名。


 ルシウス。

 槍使いのパラヴィス。

 傀儡ソル。

 女店主リタ。


「一体どういうことだ? 裏返った魔武具は術式が暴走状態で、人には扱えないはずじゃなかったのか。それになぜ破壊してもルシウスは喰鬼ブートにならない?」


 パラヴィスがありのままに疑問を口にした。


「それは、私が聞きたいくらいだよ! 裏返っても制御可能なら、この450年間、何のために犠牲を払ってきたんだい!?」


 苛立ちをはらむ声を女店主リタが張り上げた。

 問いただされる形となったルシウスが、鞭打ちになった首筋をでながら答える。


「それは魔力で再現した模造品」


「そう⋯⋯なのか?」


 パラヴィスはいまいちピンと来ていない。


「だから壊れても魔力さえあれば、いくらでも作り直せる。その代わり、オリジナルじゃないから、鍛刃たんじんの業でこれ以上鍛えることは出来ないけど」


 ルシウスは強張った背中を伸ばしながら眉をひそめた。

 2つの魔武具に対して『同』を行ったせいで、身体節々が痛む。一秒でも早くベッドで身体を休めたい。


「だが、そもそも最上大業物は、それ以上ほとんど鍛えられないからな」


 パラヴィスは模倣する所も魔弓が破壊される所も全て見たはずだが、にわかには信じがたい様子である。


 女店主リタは会話に混ざらず、ずっと魔弓『裂弧』を見つめていた。


 そして、1人呟つぶやく。


「魔武具の模倣⋯⋯喰鬼ブートにならない⋯⋯まさか蚩尤しゆう


 女店主リタに2人の視線が集まった。


「しゆう? 何だ、それは」


「詳しくは知らないよ。ただ、魔武具が記載された古い目録で見たことある。人々が教えを【ノアの浸礼】でなく、前身の【マヌの再生】と呼んでいたときに現れた魔物の名だ。おとぎ話に近いものだと思ってた」


 ――へぇ、蚩尤がそんな昔にも居たんだな


 おそらく別個体だろうが蚩尤が、かつてこの地に居たというのは興味深い。


「【マヌの再生】の時なら、まだドワーフも居たような時代だな。その蚩尤って奴が、同じようにコピーできたのか?」


「そうだよ。あの時代は内乱ばっかりの時代だったでしょ? とある内乱の戦場に突如現れ、次々に魔武具を取り込みながら大暴れして、甚大な被害を出したと記録にあった。ついに派閥争いを一時休戦してまで、全員で討伐したらしい。マイナーな話だけど、ヤマの功罪の1つだね」


 五聖とは初めて聞く言葉である。


「そいつはすげぇ奴だな。で、蚩尤って奴がルシウスの式なのか?」


「うん、半分死んでたから、そこまでの力は無いけど。ところで四聖じゃなくて五聖って?」


 ルシウスの言葉に対して、パラヴィスが恥ずかしげに答えた。


「俺達が崇めた冥地神ヴリトラが居た時代は、槍衆も大巫女と主神を守護する聖戦士の一大勢力だった」


「ヴリトラが進化する前は、槍衆も内乱ばかりしてたってこと?」


 パラヴィスが苦々しく首肯する。


「ああ、あの時代は5つの衆でよくりあってらしい。莫大な権力と財が、世界中の信仰とともに集まるわけだからな⋯⋯要は利権絡みの派閥闘争がスカレートして歯止めが効かなくなってたってことだ」


 おそらく安定しすぎていたのだろう。

 今の安寧が未来永劫続くと盲信できる状況であれば、道理を曲げても、放逸の振る舞いに走る狡吏こうりが現れるのは世の常である。


「結果は散々だ。ドワーフに愛想つかされるわ、大厄災でヴリトラは進化して神聖を失うわ。何より槍聖ヤマだな」


「さっきもリタさんが言ってたけど、ヤマって何者なの?」


 パラヴィスの表情に真剣みが増した。軽々に言っていいものではないのだろう。


「大厄災における最悪の大罪人だ。多刃の魔武具が忌避される原因となった者でもあるな」


「多刃が嫌われる原因……」


「元槍衆の長にして、最強の聖戦士ヤマの得物が多刃の魔武具だったんだよ。ヤマは自ら提案した和平協定を破り、他衆へ奇襲攻撃を仕掛けた。そして当時の聖戦士の半分以上を手に掛けたらしい。そのヤマが犯した罪でヴリトラが進化したと言われている」


「人の罪で魔物が進化した? 本当に?」


 ルシウス自身、邪竜を一度進化させたことがある。

 魔物の進化に必要なものは高濃度の魔力と契約者の意思のはず。人の道徳にもとづく行為によって、それも契約者でも無い者の影響で進化が起こるものだろうか。


 疑問には思うがルシウスとて全ての進化条件を知っているわけではない。もしかしたら上級の詠霊は、邪竜とは違う進化があるのかもしれない。


「よくは知らんが、神祭司たちが言うには、はるか昔の【青の時代】に人が犯した罪で、魔物たちが次々と進化を遂げたという話があるらしいな。ともかく、ヤマの罪を皆が許していないからこそ、未だに多刃は嫌われてる」


「⋯⋯そうなんだ」


 魔剣を再誕させてからというもの多刃である双剣を、忌避の目で見られてきたことの意味を少しは理解できた


 ルシウスは腰に差した2本の双剣へ無意識に手を触れる。


「ルシウス、ちょっと待ちな」


 それを眺めていた女店主リタの視線が双剣へと向かうと、急に立ち上がり、テーブル越しにルシウスの腕を掴む。


「この魔剣、どうしたんだい!?」


 わなわなと声を震わせて、迫る女店主リタ。


「これ?」

 

 意図がわからないルシウスは鞘ごと引き抜き、リタへと手渡す。


 すぐさま双剣の一本を長弓『裂弧』の横へと置き、もう一本を慎重に鞘から抜きながら刀身を光に当てて、片目で睨むように観察し始めた。


「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯魔剣に何をしたんだい」


 魔剣から目を離さず問いかける女店主リタ。


「普通に魔力を込めてただけだけど」


「普通じゃないから聞いてるんだよ! 2ヶ月前に見たときは間違いなく浅打物だった。なのに今、この剣は良業物よきわざものだよ!?」


 ルシウスは後ろの背もたれによたりかかりながら、残念そうに「はぁ」とため息を付く。

 気だるいのは全身の筋肉痛もあるのだが、今は気持ちの方が強く出てしまった。


「まだ良業物よきわざものなのかぁ。たしかに最上大業物にするのは、もう少し時間がかかると思ってたけど」


 唖然とするリタと乾いた笑みを浮かべるパラヴィス。


「最上大業物って⋯⋯パラヴィス! あんたも何か言いなよ!?」


「俺はお手上げだ」


 パラヴィスは手をヒラヒラさせる。


「はぁ、まったくもう」


 リタも剣を鞘へと戻し、テーブルの上に置かれていたついの横へ並べた。


「とりあえず良業物よきわざものまで成ったなら一旦は落ち着くだろうけど」


「リタさん、どういうこと? 大業物おおわざものになれない?」


「そうだよ。大抵の魔武具は長く何代も鍛えれば良業物までは行く。だけど、頭一つ飛び出て大業物へ至る魔武具は一握ひとにぎりだよ。必要な魔力量が跳ね上がるうえに、魔武具の器も問われるからね」


 魔力量はそんな気がしていた。


 感覚としても打ったばかりの無垢物から浅打物へ、浅打物から真打物へと上がるために必要だった魔力量に大きく隔たりがあったように思う。


 だが、もう1つはわからない。


「魔武具の器? 具体的にはどういう意味?」


「簡単に言えば武具としてのデキだね。使い手によって形を変えながら成長する魔武具は、優れた使い手なら利器りきに、腕が悪い使い手ならナマクラになるのさ」


「なるほど。うーん、自分の腕の良し悪しは分からないけど早く大業物になって欲しい。魔力量も増え続けてるから、あと少しな気がするんだけどな」


 魔力量が増えれば、それだけ多くの魔力を圧縮でき、結果として魔力量の上がり方自体も増加する。


 どこかで限界が来るだろうが、それまでは魔力量の増加に伴って、魔武具もさらに鍛えることができるはず。


 魔力量が天井に達するのが先か、魔剣が最上大業物に成長するのが先か。

 まだルシウスにもわからない。


「あんたならいつか本当にやりそうだよ。で、ついでだ。他の魔武具も見せてみな」


 女店主リタが手をこまねき、ルシウスは言われるままに魔槍と魔盾を顕現させた。


 パラヴィスは魔槍を注視する。

 元来の持ち主となるはずだった槍衆の長パラヴィスへ返したいところだが、もう魔槍は術式に組み込まれたもの。ルシウスと蚩尤以外には使えはない。


 一方、女店主リタは、魔槍を以前見たからだろうか、盾を手に取った。

 手にした盾の表と裏交互に見比べながら観察する。


「盾は何とか真打物に届くくらいの品物だね」


「それでも何度も俺を守ってくれた」


「当たり前だよ。真打物は立派な魔武具だ。使えないわけがない」


 呆れた様子のリタの横でパラヴィスは、まだ自身の穿断と骨影を見比べていた。


 魔槍 穿断も良い魔槍だとは思う。今のルシウスの双剣と同等の階級なのだ。悪いはずがない。それでも槍衆の長である自身が良業物のままという事実が歯痒はがゆいのだろう。


「ねぇ、パラヴィス。魔武具を集め終わって、詠霊と契約したら一度、俺は王国に戻る。そうしたら傀儡をあげるよ」


「傀儡? 確かパンドラニアで使われる人形だったか?」


 いきなり何の話だか分からない様子だ。


「そう。ソルのような傀儡」


 パラヴィスとリタが疑問に頭をかしげた。


「ソルが傀儡? どうみても人間だが⋯⋯傀儡はもっと作り物ぽいって聞いたことがあるぞ?」


「魔力量が多ければ多いほど、生物に近づいていくみたい」


「そうなのか?」


「ともかく重要なのは傀儡であること。傀儡を経由すると【鍛刃の業】を長時間できるから」


 疑問に満ちていた2人が目をハッと見開いた。共和国側の人間にとっては傀儡の話より魔武具の話が刺さるのだろう。


「どういうことだ!?」

「何それ!?」


 もともと独占するつもりも、秘匿するつもりも無かったことである。プリエナは無用の混乱を避けるため、止めて欲しいと言っていたが。

 ともかく、自身がやっている【鍛刃の業】とパンドラニア流の【縮魔の錬】を組み合わせた修練法を伝えることにしたのだ。


 ルシウスの話を腕組みしながら黙って聞くパラヴィスと、頻繁に質問してくるリタ。

 聞き方は違うが、2人とも真剣な表情で一言一句聞き漏らさないという気迫があった。


「――つまりは魔武具、傀儡、偽核が揃えばできるってこと」


「もし本当なら全ての魔武具のあり方が変わる。いや、もしかしたら世界のパワーバランスも傾く可能性がある」


 リタは混乱が一周ひとまわりし、逆に冷静になったようだ。

 そしてパラヴィスも冷や汗を流しながら口を開いた。


「嘘は無いのはわかってるが、本当に傀儡でそこまでできるのか? ⋯⋯もしそうなら、数年後には最上大業物がゴロゴロ出てくるぞ」


 必然、パラヴィスとリタの恐れを含んだ視線は傀儡ソルへと集まる。



 その時、ソルが赤い光が包まれた。



 すかさずルシウスは、鎖が巻き付いた魔盾をリタへと手渡す。


「あの光は毒だ。直接見ないで」


 パラヴィスの魔力量であれば、呪いに掛かる可能性は低いだろうが、リタは分からない。


「ソル、どうしちまったんだ?」


「俺の式が傀儡の身体を借りてる」


「式って、蚩尤か?」


「いや、違う。サマエルっていう式」


 パラヴィスが瞳を見開いた。


 契約できる式の数は魔核の数と同じ。ルシウスが詠霊と契約したい事はすでに知っており、蚩尤を式と持っていることも把握したばかり。


 つまり、それ以外の式があるとすれば、魔核が3つ以上あることの証左に他ならないのだ。


 何より、3つ以上の魔核を宿すためには1000人中、数名人しか生き残れないような過酷な試練である。


『傀儡を用いても、お前以外は、それほどの成果は得られぬだろう』


 サマエルがソルの身体を借りて話し始めた。


「どういう意味?」


『魔核が足りぬ。複数の魔核を経由させねば圧縮できる魔力はそれなり。1つしか持たぬ者では、時間を延長するのみ』


「そうなのか」


 そうは言っても長時間できるのは、それだけでメリットだ。


 パラヴィスはヴリトラ討伐を成し遂げるための力が必要らしい。ならば少しでも魔力量や魔槍の階級を上げておくに越したことはない。


「ちょうどいい、俺も話したかったことがある」


 今まで何度呼び出しても、無視され続けてきた。色々と聞きたいことがある。


『その魔剣であろう。我も同じ』


 ルシウスは部屋の壁に立てかけてある布で包まれたモノを横目でみる。

 天井に届きそうなほどに長大な魔剣。


 さきほどリタから聞いたのだが、天哭てんこくという銘の最上大業物の魔剣らしい。


「あの魔剣を、サマエルが見せた幻の中で戦帝が持っていた。これはどういうことだ?」


『塔の魔素加速演算装置が導き出した予測では、今より3年後、その男が死ぬ間際に持ち帰ったのち、共和国から盗みだされ、戦帝へと渡るはずであった』


 赤い光を纏った傀儡ソルがパラヴィスへと冷たい視線を投げつける。


 ――魔剣は魔核を持たない人間にも扱えるものなのか?


 帝国の人間は魔力の根源である魔核を持たない。

 そのため魔石の魔力を他者の精神の塊――つまり脳――を媒介に魔導具を扱うのだ。

 気になることは多いが、大事なことは魔核がなくても魔剣を扱えるかどうかではない。


「3年後? かなりずれてるけど」


『お前が聖域を訪れ、童女と邂逅かいこうしたため、修正できぬほどに誤差が生じた」


 聖域を訪れた時にあった巫女候補サイのことだろう。


「サイが原因?」


しかり。あの者は死ぬさだめであったが、お前が助命した』


 計算上、ルシウスが聖域に来なければ、パラヴィスもサイも死んでいたらしい。

 どこまで当たるのかはわからないが、そうなっていてもおかしくない状況ではあったように思う。


「それはわかった。だけど一番大事なことはそれじゃない。一番は、この魔剣は戦帝の手に渡るのか、だ。もしそうなら、今ここで破壊しなくちゃいけない」


 ルシウスの言葉に、パラヴィスとリタが驚愕する。

 多刃とはいえ、最上大業物など滅多にない至宝である。


 リタは這い出すように、盾から出て、布に包まれた両剣を抱えた。魔武具を扱う者として、身を挺しても破壊などさせないつもりだろう。 


『未来は変わった』


「⋯⋯つまりわからないってことか。塔でもう一回予想できない?」


『キルギスたちの代償により集めた100年分の【献身の魔力】は、すでに使い切った』


 献身。どこかで聞いた言葉のように思う。


 ――たしか初めての【鍛刃の業】で見た夢か?


 そんなルシウスの疑問を置き去りにするように、サマエルは話を続ける。


『破壊の是非には関知しない。我の要諦ようていは、お前が力を望まないこと』


 赤い光を帯びたソルが、ルシウスを強く睨む。

 返答によっては敵対すら辞さないかのような威圧が込められている。


 サマエルが放つあまりの威圧にパラヴィスは席を立って槍を構え、リタは魔剣を強く抱き締めた。


「俺は力を望む。蚩尤の強化も、邪竜の強化も、そして俺自身の腕を磨くことも諦めていない」


『ならば、魔剣をなぜ蚩尤に取り込ませない』


「あの魔剣はダメだ。あの剣は大切な人を沢山殺した剣。たとえそれが幻影の中でも」


 サマエルが放つ威圧がさらに増し、張り詰めた空気が今にも焼き切れそうだ。

 幼女姿のソルの背後に、巨大な蛇竜の面影が見える。


 それでもルシウスは一切動じない。


『我との契約を反故ほごするか。世界の主へ反逆する意思を失ったのならば、今、お前をろうてやろう』


 ルシウスとソルが睨み合う。


 過去の聖戦士達が多刃を忌避する理由と同じだ。

 大切なものを、信念を、仲間を斬り裂いた刃を、どうしても受け入れられなかったのだろう。


 それはルシウスも同じである。


「この魔剣を使うと、きっと俺は弱くなる」


『⋯⋯意味がわからぬ。強力な魔武具を持つことが、なぜ弱体化に繫がる』


 ルシウスはソルの中に潜むサマエルをしっかりと見据えた。


「大切な人を無惨に斬り捨てた剣を、何の違和感なく振るえたなら、それはもう俺の心が折れた時だからだ」


 今、ルシウスが手にしている魔剣は、自分を幼い頃から庇護ひごしてくれた王の命を奪った剣だ。

 だが、同時に託された剣でもある。その思いを確かに受け止めたのだ。


 だが戦帝が、家族を、友を、仲間を、そして自分を斬った剣には、何の託された思いもない。


『一理もかいすることができぬ』


「いつか分かるよ、必ず。サマエルにも」


 急に部屋に張り詰めていた空気がしぼみ、久々に酸素にありつけたかのように肺が軽い空気で満たされる。


『⋯⋯⋯⋯下らぬ』


 ソルを包んでいた赤い光はスッと消えた。

 それを見届けたルシウスが大きく背伸びする。


「話も終わったようだし、帰ろう。さすがにもう体が限界みたい」


 さも普通にするルシウスへパラヴィスが詰め寄った。


「ちょ、ちょっと待て!? 今の何だッ!? クアドラ神と同等⋯⋯いや、もっと上位で得体の知れないものだったぞッ!?」


「うん、俺の式」


「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」


 絶句するパラヴィス。言葉を失ってしまったようだ。


「説明すると長いかな」


 そう言って、ルシウスはリタが抱える両剣へと手を差し伸べた。


 だが、リタは全力で首を振る。


「この魔剣を破壊するのか!? 天哭てんこくは多刃とはいえ、マヌの時代に剣聖が使っていた最上大業物の魔剣だぞ!?」


 ルシウスは腰を屈めて、女店主リタと視線を合わせた。


「壊さない。だけど盗まれないように、その魔剣は俺自身の手で剣衆へ渡す。これだけは譲れない」


「本当だな!? 壊さないな!?」


「ええ、約束するよ。だからリタさん、それを」


 ルシウスの真っ直ぐと見つめる瞳に観念したようにリタが魔剣を手渡した。


 魔剣を受け取ったルシウスが何とも言えない表情で呟いた。


「これで、あと2つ」


「2つ? どういう意味だ」


 固まっていたはずのパラヴィスが、すぐ後ろに立っていた。

 どうやら少し調子が戻ってきたようだ。もしくは考えることを止めたか、だ。


「蚩尤がコピーできる魔武具の数があと2つ。たぶん残り2体の三大喰鬼の魔武具で納得してくれると思う」


「⋯⋯まだ狩るのか」


「うん、明日」


「まったく、とんでもない奴だな、ルシウスは。なら、明日は俺も一緒に奈落に行く」


 ため息混じりのパラヴィスの言葉に、ルシウスは首を振った。


「いいよ。1人で」


「道案内は必要だろ? どのみち、剣衆にその魔剣を渡す必要もあるしな」


 確かにどこで、誰に渡すべきかが分からない。

 適当な関係者に渡すのではなく、然るべき人に確実に渡したい。


「わかった。でも槍は当分使えないみたいだし、無理はしないでよ、パラヴィス」


 パラヴィスはニカっと笑い、ルシウスの肩へ手を回した。




「お互い様だ」


=========

いつもお読みいただき、ありがとうございます。

更新が遅れ、すみません。

師走に完全に追い回されています。


年末までに本章完結・・・いけるか?

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