第152話 戦の顛末

 ルシウスは部屋へと通された。


 既に真夜中である。

 神殿の門が閉じられたソーマ神殿の来客室で泊まることになったのだ。


 月名神ソーマの大巫女とプリエナは治療を終えた後、2人で話したいことあると言って消えていった。


 1人、部屋に通されたルシウスは椅子の背もたれに手をかける。


 ――質素だ


 四大神の神殿は、王国で言えば王城に相当する国の中枢機関である。

 王城の来賓室では絵画や陶磁器はもとより、壁紙やソファーに至るまでぜいの限りがらされていた。

 たいしてここは質の良いものばかりではあるが、どれも飾り気がない。


「共和国は質実がモットーなんだろうな」


 そんなことを考えていると部屋の扉が開いた。


「あれ? プリエナの部屋は隣だよ」


「⋯⋯うん、知ってる」


 ドアを開けたのは白を基調とした服に身を纏ったプリエナであった。香油の入った湯浴ゆあみでもしたのか、花の薫りを放つ火照ほてった肌が見える。


 だが、血色の良さとは反対に、うつむいて落ち込んだ様子だ。

 そのまま力なく部屋へと歩いて入ってきたものの、部屋の真ん中でたったまま椅子にも座らない。

 これほどに気落ちしたプリエナを見たことがない。


「何かされたのか?」


 プリエナが首を振る。


「じゃあ、なんでそんな顔してるんだ?」


「お父様が⋯⋯王国で処刑されたって」


「ソウシ卿が?」


 ソウシ卿はルシウスたちの祖国を統べる四大貴族の一角であり、プリエナの実父でもある。


「うん⋯⋯リシータからさっき聞かされたの。外患罪がいかんざいにより国家転覆を図ったからって」


 南部の盟主ソウシ卿は西部の盟主ウェシテ卿と共謀して、王国を帝国へ売り渡そうとしていた。だが、ルシウスがサマエルの力で帝国を退けたため、一転、危うい立場に陥ることとなったのだ


 その後、どうなったのか少し気にはなってはいた。


 聖域にいる以上情報は入ってこないと思っていたが、思わぬところで聞くこととなった。


 隣国で起きた一大事である。

 共和国の中枢である大巫女の耳には顛末てんまつが届いたのだろう。自身たちとのパイプ役であるソウシ=ウィンザー家であればなおのことである。


「想像以上に早い対処だな。誰が刑を決めたんだ?」


「新王オリビア自ら、お父様とディオンに死刑を言い渡したそうよ」


「やっぱり、そうか」


 四大貴族を裁ける人間など限られている。新王に就いたオリビアであることは予想がついた。


 だが、それにしても寛大すぎる処置であると思う。


 首謀者は西部の四大貴族であったウェシテ卿とその側近たち。その当事者たちの大半をルシウスがサマエルの一撃でほうむった。

 そしてソウシ卿の判断で南部は西部に恭順したのだ。関係者全員とは言わないまでも、南部側でもかなりの人数が粛清されると思っていた。

 むしろ、そうでなければ治世に禍根かこんを残すほどの事変だ。


 とはいうものの話からすれば、すでに刑は執行されたあと。

 今は落ち込んだプリエナの方が気にかかる。


「悲しいのか?」


「⋯⋯おかしい、かな?」


 プリエナの処刑を命じたのはソウシ卿自身である。自らを殺そうとした、親の死を悲しむだろうか。


 ルシウスの疑問に察しがついたのか、寂しそうに笑うプリエナ。


「お父様は凡人だったの」


「凡人? どういう意味?」


「そのままよ。本人は器じゃなかったけど、優れた兄姉たちが病や事故で他界して、嫌々ながら四大貴族に就いたの」


 正直に言えば、もっと権力に固執してるような人間だと思っていた。


「でも、だからこそ誰よりも責任を感じていたのはホント。派閥問わず優秀な人材を集めて、家臣の声を必死に聞いたの。家臣の言葉に対してメモをとってた四大貴族はお父様くらいじゃないかな」


 己の能力がないがゆえに、家臣の言う事をよく聞いたという。

 それで国の一大事を決められただろうか。


「……ソウシ卿は家臣に言いくるめられた?」


「ううん、ちゃんとお父様自身で決めたわ。西部につくのも、私の処刑も」


「だったら――」


 異を唱えようとしたルシウスの声をプリエナが遮った。


「民のためよ。ルシウスがいなければ帝国に支配されてたのは間違いなかった。抵抗して民が殺されるくらいなら、娘を差し出すのが為政者。お父様の判断は間違っていなかったわ」


「プリエナ。家族を守ろうともしない人が民を守れるはずがない」


 己の信念をそのまま言葉にする。


「ルシウスは強いから。でも、お父様は泣いてた」 


「泣いてた?」


「私を共和国に送り出すときも、暗殺を指示するときも、そして私がわざと捕まったときも、いつもこっちが恥ずかしくなるくらい泣いてたの。かわりに迎えてくれるときは⋯⋯いつも笑顔だった」


 想像と違う人物像だが、思えばソウシ卿とはほとんど面識がない。

 先の戦争の末期、少し顔を合わせた程度だ。


「私に名前をつけなかったのも、あの人なりの覚悟だったのよ」


「それでも誰かを犠牲にするのは、おかしいと思う」


「そうね。だから責任をとったみたい。他の州の貴族や家臣たちの目の前でひたいを床にこすりつけて懇願したの。全部自分の責任だから家臣は罰しないで欲しいと」


 ――ソウシ卿なりの責任の取り方、か


 何かを成すと決めたとき、力があるかないかは重要ではない。

 達成するという覚悟と形として実行できるかが全てだ。

 ソウシ卿にとって南部を守ることこそが、己に課した責任だったのかもしれない。


「⋯⋯⋯⋯⋯⋯ねえ、ルシウス」


 プリエナが近くにいたルシウスの手を取った。

 湯冷めでもしたのか、冷たくなった指先が暖かさを求めるように、からみついてくる。


「今日はここに泊まっていい? あなたが居る場所に居たいの」


 鼻先が当たりそうな程の近さで、ルシウスの瞳を見つめてくる。

 元の美しい顔に戻ったはずなのに、今にも崩れ落ちそうな表情を浮かべるプリエナ。


 その顔を見るのが、なぜかとてもつらい。


 だからといって、目を背けることもできなかった。

 深く絡みつく手を、無理やり振り解くには、時間を共有しすぎてしまったのだ。共和国に至る道中も、着いてからも、ずっと一緒だった。




「……いいよ」



 ◆ ◆ ◆




 その頃。


 屋根がなくなったパラヴィス家には緊迫した空気が流れていた。


 苛立っているパラヴィスと対面で涼しい顔の剣聖アーク。

 2人を取り囲むように剣衆が立ち並ぶ。


 そして部屋の隅では、息子タイラスが居心地が悪そうに壁に背中を預けていた。


 満月の光と蝋燭ろうそくの明かりにより映し出された影が、両者の牽制を示すかのようにチラチラと揺れる。


「槍衆の申し出を受ける準備がある」


 最初に口を開いたのは剣聖アークだった。


 申し出とは大神ヴリトラの討伐の仕方である。


 剣衆の衆長である剣聖アークは、幾度となく繰り返された聖戦士の遠征軍を派兵する案を、槍衆の衆長であるパラヴィスは自身を含めた少数で奇襲を仕掛ける案を、それぞれ主張し合ったばかり。


「おい。人の家を切り刻んでおいて、最初の一言目がそれか」


「修理費用はすべて剣衆が出すと、先ほど言っただろう」


 パラヴィスが剣聖アークを睨みつける。


「金の話じゃない、道理の話だ。槍衆を飛ばして直接、手を出すっていうのが気に入らねぇ。ここ無崇邑むすうは、かつてヴリトラ神殿にいた奴らが作った集落で、槍衆の管轄だろう」


「不法侵入者を調査するために、槍衆の許可は不要だ」


 剣聖アークは教条的に適法であることを告げる。挑発ではなく、ただ事実を口にしたまで。


 その事が余計にパラヴィスを苛立たせた。


 不法侵入者であると知りながらルシウスという人間を信じてかくまった。そして、サイが大巫女に足り得る巫女候補であると知りながら、子どもの言葉を信じて匿った。


 どちらも悔いはない。


 それでも法を犯していることの後ろめたさもあり、苛立ちへと変わっていくのだ

 だが、むしゃくしゃとした感情を発露させ続けても、えきはない。

 無理やり感情を心の奥へと押し込めるパラヴィス。


「チッ、わかった。で? ヴリトラ神討伐の話だが条件は? 無条件じゃないんだろ」


「話が早い。奈落で良業物よきわざもの以上を回収して来ることだ」


 パラヴィスのまゆが釣り上がる。


 言葉通りと思えなかった。


 なぜならからだ。良業物の魔武具は、奈落から数年に1度は取れる。かなり上級の喰鬼ブートを討伐しなくてはならないが、それでも全く無いというほどのことではない。


「えらく太っ腹だな。それで五刃軍ごじんぐんの遠征を取りやめて、ブリトラ神の討伐については槍衆の方針に従ってくれるんだな?」


 疑るような視線にたいして、剣聖アークは無表情のまま口を開いた。


仔細しさいな条件を2つほど、追加させてもらう。1つ、場所は16区に限定すること」


「⋯⋯16区」


 パラヴィスの表情が険しくなる。

 剣衆たちからも、「なッ!?」という驚きの声が重なった。


 広大な奈落は108の区域に分けられているが、各区の探索の進み具合には大きな開きがある。


 それでも問題ないとされてきたのは、到達するべき目的地ゴールが明確だからだ。


 目指すべき到達点は、奈落の中央にして最奥とされる地。

 奈落に浮かぶ4つの大岩に囲まれた真下に位置するそこは、かつてブリトラ神殿が在った場所でもある。


 重要なのは辿り着くルートの確保であり、わざわざ強い喰鬼が住み着く場所を通る必要はない。


 そのため奈落には時代により大きく変遷しながらも、未探索の区域が多く残されていた。


 16区はその1つでも、特にいわく付きとして知られる。


 現状、16区を突破できないために、かなり大回りの迂回ルートを取る必要がある。そのため幾度となく探索が試みられてきた。

 しかし、足を踏み入れた聖戦士や巫女の多くが、地上に戻ることのなかった危険な場所。


 相当に上級の喰鬼の縄張りであることは間違ない。


「⋯⋯腕とを示せ、と?」


「その通り。危険な場所から成果を持ち帰る。それがなせれば剣衆も槍衆を信じよう。それに、お前にとっても縁の深い場所でもあるのだろう?」


 パラヴィスは神妙な顔つきとなった。


 ――16区はスーリアが喰鬼にちた場所


 弟にして、タイラスの実父が喰鬼となったところでもある。


 先程まで気まずそうに気配を殺していた息子タイラスも、思わず前屈みとなっていた。


 タイラスが自らの手で討伐することを目指していることは知っている。まだ8歳の子どもである。本当に向かわせるつもりは無いが、将来に向けて目標があること自体は良しとしていた。


 パラヴィスは涼しい顔の剣聖アークを睨みつける。


 弟スーリアは剣衆の第4席として、良業物の魔剣を所持していた。

 そして出された条件は良業物以上の裏返った魔武具の回収。


 他の喰鬼の魔武具でも認めてはくれるだろうが、剣聖アークの意図は明確であった。


 ――つまり俺の弟スーリアを討伐しろ、ってことか。となると⋯⋯


 さらに気になる点がある。


の回収も必要か?」


「スーリアが『封印していた最上大業物』の魔剣も見つけられれば回収を頼みたい。だが、そちらは剣衆の問題、本件としては必須ではない」


 剣衆の第4席は、自身の魔剣とは別に、慣例としてとある最上大業物の魔剣を肌身離はだみはなさず封印する責務があった。

 弟スーリアが奈落で消息を断った際に、その最上大業物の魔剣も失われたのだ。


 パラヴィスは大きく息を吐いた。


「で⋯⋯あと1つの条件は?」


 剣聖アークの口角がわずかに上る。

 1つ目の条件より、こちらのほうに興味があることは明らかだ。



「お前の末の弟、ルシウスを同行させること」



「ん?」


 訳が分からない。なぜここでルシウスの名が上がるのか。

 ルシウスは、身寄りがなくなった縁戚を弟として引き取ったという体裁にはしてあるが、四聖から名が上がるような存在ではないはずだ。


「我が剣衆の第3席ナサールにも勝ったその剣技、眠らせておくには惜しい」


「なにッ!? ルシウスがナサールに勝っただと!?」


 パラヴィスは目を見開く。

 剣技が優れていることは知っていたが、剣衆の第3席にまで届くとは思っていなかった。


「ああ」


「そう⋯⋯か。アイツが」


 パラヴィスは歯噛みする。


 ただただ口惜くちおしい。

 どれほど才能があろうが、どれほどの剣技があろうが、決して高みには届き得ないのだから。


 魔力が少ないのも、魔剣の階級が低いのも、どうにかなる。

鍛刃たんじんの業】をせば、人並みとは言わないまでも、形にはなるだろう。


 ――ルシウスは絶対に『同』が使えない


 そして奈落は『同』が使えない者が足を踏み入れ、対処できるような甘い場所ではない。


「外見はそうでもないが、スーリアとよく似た綺麗な剣筋だった。血筋の因果か、ナサールをくだしたところまでスーリアと同じだ」


 剣聖アークが珍しく他者を褒める。


 知っている。

 ルシウスの剣を始めて見たときから、ずっと感じていたことだ。


 剣筋だけではない。性格も驚くほどよく似ていた。

 目的に真っ直ぐに突き進むところも、嘘が下手なところも、己のためではなく他者のために動けるところも似ている。


 亡くした弟が、ふらっと帰ってきたのではないかと錯覚するほどに。


 だからこそ感傷的だとは頭では理解していても、ルシウスを不法侵入者として国へつき出せなかった。少なくとも魔剣と詠霊を求めているだけという言葉に嘘はないと確信しているのだが、罪は罪だ。


 それはパラヴィスだけではない。

 息子タイラスが妙にルシウスにはなつくのも、心のどこかで父に似たものを感じ取っているからだろう。



「⋯⋯その条件は飲めない」



 今まで無表情だった剣聖アークの顔が初めて曇る。


「パラヴィス、まさか理解していないのか? どこまでも基本に忠実でありながらも実戦にまで練り上げられた剣。ルシウスにはが積み上げられた状態だ。喰鬼ブートに堕ちたとはいえ、歴戦の聖戦士たちと剣を交えれば、さらに高みへと至る」


 それも当然、理解している。

 だが、ルシウスは魔剣の力を振るえないのだ


「刃を交えた結果、死んだら意味がない」


「実戦を経てこそ本物の力が手に入る。もしルシウスの器が奈落で通用するのならば、私は共和国に変化をもたらす可能性すらあると考えている」


 一切、さざなみが立っていないなぎのように静かな視線をパラヴィスへ向ける。

 だが、剣聖アークからは抜き身の刃のような危うさが漂っていた。


 子供のタイラスはもとより、日頃からアークに付き従っている剣衆ですら身震いする。


「そこまで評価するなら、段階を踏ませろ」


「修練用に見逃していた森の喰鬼ブートはもういない。それにパラヴィス、お前なら守るだろう。たとえ死んでも」


「なッ――」


 食い下がるパラヴィスに対して、剣聖アークが手をかざす。


「我ら聖戦士は守る存在だ。守る者がある時の方が強くなれる。お前もルシウスも、そして私もな」


 次の大巫女がまだ即位していない剣聖アークが何を守ろうというのかはわからない。

 それでも剣気を宿した瞳から一切譲るつもりはない、という意思が在り在りと読み取れた。


 ――ダメだ


 守るものが有る方が強くれる。

 つまり言い方を変えれば、いざという時に迷いなく自分を犠牲に出来るということだ。


 パラヴィスはゆっくりとひざを折り、両手を床へとつける。


 そして、ひたいを床へと近づけた。



「頼む。これ以上、弟を危険に晒さないでくれ」



 あってはならないことだ。

 あがめる大神を失ったとはいえ、魔武具の一角を預かる衆長が、同格である衆長へ土下座するなど。


 剣衆たちは、苦笑いを浮かべる者、あまりの見苦しさに目をそむける者など様々な反応である。


 その中、パラヴィスの後頭部を冷めた顔で見つめるアーク。


「⋯⋯2つ目の条件は無かった事にしよう」


 興味を失ったようにアークは1人、家の外に向かって歩き始めた。

 続くように他の剣衆たちも、ぞろぞろと屋根が無くなった家をあとにする。


 それでも堪えるように頭を下げ続けるパラヴィス。


 家にはパラヴィスと息子タイラスが残される形となった。



「⋯⋯カッコ悪すぎ」



 タイラスは一言だけ残し、母屋を出ていった。


 ――カッコ悪い、か


 確かに不格好だ。

 槍衆は死にたいであり、その衆長たる自分が剣衆に土下座してまで、他者の安全を懇願する。


「それでもいい。本人も、のこされた奴も、誰も悲しまない方がマシだ」


 誰もいない家でパラヴィスは1人呟いた。


 部屋の片隅へと視線を向ける。


 将来を信じていた弟スーリア、その横で穏やかに微笑む幼馴染アヌシュカ。

 二人の間で、乳歯も生え揃っていないタイラスが大口を開けて笑う。


 かつて、この家に当たり前に存在した光景が脳裏に蘇った。

 温かかった部屋は、今は、冷たく暗い月明かりだけに照らされているのに。


 ゆっくりと過去を反芻はんすうするように息を整えたパラヴィスは、立てかけていた愛槍 穿断を手に取る。


 外へ出ると、まだ夜明け前。


 もう家の周りには誰もおらず、静けさを取り戻していた。



 足を踏み出したとき、離れの扉が開く。


「なんだ、まだ寝てなかったのか」


 扉の先には、サイの面倒を見ていたアヌシュカがいた。


「パラヴィス、こんな時間にどこに行くの」


「剣衆が16区を探って、良業物の魔武具を持って来いってさ」


 察したアヌシュカがすがりつくように屋外へ飛び出した。


「まさか今から行くの? 他の槍衆は?」


「レイは子供が生まれたばかりで、ラームはお袋さんの体調が良くないみたいだからな。俺1人で行ってくるさ。もともとヴリトラ神を殺そうとしているんだ。これくらいできないとな」


 パラヴィスは笑みを作る。


「ヴリトラ神は人を魔物に変えはしない。喰鬼たちと比べるようなものではないわ」


「今まで何人もの聖戦士たちがヴリトラ神のもとまで辿り着いたが、誰一人帰れなかった。唯の1人もだ。おそらくヴリトラ神がいる場所には何かがあるんだ。それが何かわからないが、16区より楽ってことはないだろ」


 本気であることを理解したアヌシュカの目が泳ぐ。説得の材料を探すように。

 そしてパラヴィスが手にした魔槍 穿断で目が止まった。


「その槍だって、パラヴィスが生涯磨き込めば、大業物になるかもしれないじゃない。次の世代に繋ぐのだって、立派な役割よ」


 懇願するような声のアヌシュカを見つめ返すパラヴィス。


「次って誰だ? タイラスか?」


 アヌシュカがはっと口をつぐむ。


「それ以前に五刃軍が編成されれば、数年は遠征が続く。遅かれ早かれタイラスも出兵することになるぞ。まあ、そうなっても剣衆の層は厚いから、槍衆よりはよっぽど生き残る可能性が高いがな」


 自嘲するように笑うパラヴィスを説得する言葉が続かないアヌシュシュカ。


「だから幼いタイラスにどれだけせがまれても槍衆には入れなかった。俺はいくら嫌われても構わない。スーリアの分まで生きていてくれれば」


「⋯⋯タイラスの面倒は見るって言ったじゃない。その約束も破るつもりなの?」


「俺が死んだら遺産はタイラスに渡るようにしてある。成人するくらいまでなら足りるだろう。それとアヌシュカもこれ以上スーリアへ義理立てするのはやめろ。死んだあいつより、自分の未来を大事にするんだ」


 アヌシュカの顔が悲しみに歪む。

 今にも泣き出しそうだ。


「あなたはいつもそう! 相手の気持ちも考えずに、勝手に決めて、勝手に背負うの! あんなに仲が良かったスーリアと喧嘩してまで槍衆から追い出したときも。あの人は⋯⋯あなたと肩を並べたかった⋯⋯だけなのよ?」


 パラヴィスは何も答えず、歩き出した。

 すれ違うアヌシュカと一切、視線を合わせずに。



「悪いな。行ってくる」



「本当に⋯⋯何も分かってない⋯⋯私の気持ちも⋯⋯」


 夜明け前、パラヴィスは槍だけを手にして、無崇邑をあとにした。

 死地にも等しい場所へ向かうために。


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