第150話 同調率
突然、現れた男。
男は手にした魔剣で、ルシウスが放った飛翔する斬撃を斬り裂いた。
斬られた驚きを隠せなかったが、すぐに違う感覚を覚えた。
――美しい
そう感じてしまった。
当然、
剣をただ振り下ろしただけ。
一切の無駄も迷いもない斬撃は、恐怖すら覚えるほどに冷たく、そして芸術品のように洗練されていた。おそらくルシウスだけではなく、この場にいる全ての剣を扱う者たちが同じ事を思っただろう。
感動にも似たその感覚をうち消すように、強い衝動が脳を駆け巡った。
目の奥に在る
強烈にその魔剣に
あの男が手にした魔剣は間違いなく一つの到達点、最上大業物だ。
それを手にする者。つまり眼の前に現れたのは剣の四聖アークであることが容易に想像がついた。
「ア、アーク様ッ!? なぜッ!?」
第3席ナサールが、突如、試合に介入してきた剣聖アークの姿に驚愕する。通例、上級者が試合に介入するのは、生死に関わるような場合だけである。
「今の技。受ければ死んでいた」
アークはただ事実のみを口にするように応えた。
「し、死っ!? あ、ありえません! まだ
納得がいかない第3席ナサール。
「よく見ろ。少なくとも業物以上だ」
「ですがッ! あの
剣聖アークはルシウスが手にした双剣へ目を落としてから、その使い手であるルシウス自身へと順に目を向けた。
「理屈は
――俺が『同』を使えないことに勘づいてる
ルシウスは剣聖にたいするに警戒度を上げた。
全てを見抜いているのであれば、この場ですぐさま戦闘になる可能性がある。
双剣を強く握り直すルシウス。
剣聖アークはわずかに口角を上げた後、ルシウスに背を向けた。
どうやら、今すぐやり合う気はないようだ。
「ナサール、お前の負けだ」
淡々とした声にナサールの顔面が白くなり、力なく
「ま、負け?⋯⋯だ、第3席の⋯⋯私⋯⋯が?」
信じられないとばかりに周囲をおろおろと見回したナサール。誰でもいい。剣聖の言葉を否定してくれる者を探しているかのようだ。
だが、周囲の
「多刃⋯⋯それも最低限⋯⋯の魔力しかない⋯⋯者に?」
「ああ、そうだ」
ナサールが震わせる両手を握りしめた。
右手は剣の
そして槍使いパラヴィスの家を睨みつけた。
「なぜだ⋯⋯なぜ? 弟スーリアも⋯⋯兄のパラヴィスも! なぜ、この家の者たちは私に泥をかけるのだ!? 私はッ!! 由緒正しき神祭司家が1つ、ハーサン家なのだぞッ!?」
大声で喚き散らしながら、ナサールがゆっくりと立ち上る。
魔力を立ち上らせながら。
まるで怒りに煮えたぎった魔力が溢れ出ているかのようだ。
「ナサール様。手合わせでは『同』の同調率は10%までと決まっています」
「お気を鎮めてください、ここは集落の中ですよ!?」
ナサールは
そして剣を振り回し始めたのだ。
「うおぉおああああっ!」
突如、背後にあったパラヴィスの家の屋根が吹き飛んだ。
「なに?」
家を一刀両断にしたのだ。
鞭のように伸びた刀身は、先ほどよりも伸長し、20m以上にもなっている。
その長い刃が次々と振るわれる。
裂かれる地面。
切り刻まれる壁。
なぎ倒される庭木。
その様子はまるで狂戦士。
全身の血管が浮き上がり、目からは正気が失われていた。
敵と見方の区別がついていないのか、鞭のようにしなる刃が、周囲を無差別に斬りつけていく。
そして、すぐさまルシウスにも刃が襲いかかった。
双剣で受ける。
――なんて威力だッ!
防いだ腕が折れそうだ。
甲高い音と共に、弾き飛ばされ、隣の家の
「ぐッ」
力も魔力も比較にならない。先ほどまでの戦いは何だったのだ。
背中と腕に感じる痛みを無視して、前へと視線を向ける。
伸びた刃が高速で振るわれ、まるでナサールを中心とした球体のように、空間が刃に埋め尽くされていた。
野次馬だった無崇邑の人々が、パニックとなり、叫び声とともに逃げ始めた。
「さすが第3席だ⋯⋯同調率が70%近いぞ」
「感心してる場合じゃない! どうにかしないと死人が出るぞ!」
「だが、魔剣の性能も、魔力も、同調率が違い過ぎるッ」
剣衆たちの魔力も膨れ上がる。いずれも3級以上の魔物を見ているかのような存在感だ。
振るわれる鞭のような刃を魔剣で受けながら、剣衆は必死に
取り囲まれてなおも荒ぶるナサールが、怒り狂ったように刃を振り回し続ける。
感じる魔力、威圧、そして破壊力。
「まるで特級の魔物だ」
いくらなんでも素手で特級の魔物とやり合うことなど不可能だ。
ルシウスは、いつでも式たちを顕現できるように魔力を込める。
――邪竜か、
正体が露見するのは間違いないが、背に腹は変えられない。
ナサールが剣を振るっているすぐ近くに、プリエナやサイたちがいる
「急がないと」
目の奥にある魔力を込めながら、改めて離れへと目をやった。
すると様子がおかしい。
母屋であるパラヴィスの家はズタズタに割かれているが、離れには傷ひとつついていないのだ。
――何が起きてる
よく見ると、ナサールが振るう刃の近くには、まだ剣聖アークが立っていた。
特にナサールを止める素振りもなく、最小限の動きで刃を
正確にいえば、豪速で振り回される刃へ、優しく
「離れに⋯⋯刃が行かないようにしているのか」
剣聖アークは人間離れした技を
まるでルシウスの
一体、どんな意図があるのかもわからない。
だが、今の状態は相手のさじ加減1つで、仲間の命が失われてしまう。
無理矢理にでも主導権を取り戻さなくては。
ルシウスが再び魔核の魔力を解放しようとした時。
「ほほっ、随分と荒れておるな」
はっと振り返ると、ルシウスの背後に1人の老人が立っていた。
――いつの間に
先程の剣聖アークと同じく、気配を完全に消せる者の動きだ。
老人は手に1メートルほどの杖を手にしている。
さらに老人の奥には、白い服に身を包んだ若い女と、10名ほどの護衛と思われる者たち。護衛たちは皆、魔杖を手にしていた。
ともかく最も警戒するべきは。ルシウスの背後にいる存在だ。
――この老人。強い
突然の老人の登場に少しだけ意識を割かれる。
直後、背後から殺気を感じた。
「死ねッ! ルシウスッ!」
新手の登場により、やや理性を取り戻したのか、荒れ狂うナサールの刃が襲いかかる。
その刃は受けてはいけない。もう一度、受ければ骨が砕けてしまう。
代わりに刃を受けたのは老人。
特級の魔物の牙に劣らぬ一撃を受ける体ではない。
にもかかわらず、鞭のような刃を魔杖で受けたのだ。
いや、
さきほどルシウスを大きく跳ね飛ばした斬撃のはずが、老人は
手際よく杖を回し、次々に鞭を巻き取っていく老人。
「ちと、静かにしてくれんかの」
刃がピンと張り詰めた。
すると老人とは思えぬほどの魔力が立ち登り、血管が浮き上がる。
次は第3席ナサールとの綱引きによる力の応酬――――とならなかった。
一気に杖でナサールを引き寄せたのだ。
ナサールの体が鞭に引っ張られるように宙を舞う。
そのまま老人の足元へと
そして、恐れを含んだように老人を仰ぎ見る、
「いかに四聖といえども、邪魔しないでいただきたい! 私にも誇りというものが――」
「人前で剣を振り回すのは良い。じゃが、相手以外を斬るでない、未熟者め。せっかくの大業物 龍鱗が泣いておる」
言葉を待たず、剣を巻き取った杖の
精確に胃の下を撃ち抜かれたナサールが「うがっ」という声を上げて、意識を失った。
――まるで⋯⋯相手になっていない
一歩も動かず制圧した老人。
ルシウスは直感する。
この老人も四聖に間違いない、と。
前には剣の四聖。
後には杖の四聖。
最悪の状況だ。
それでもルシウスは双剣を構える。
「儂は四聖が一人、魔杖のナリス。2人の四聖を前にして闘争心が衰えておらんとはな、たいした小僧じゃ。むしろ
老人は余裕の笑みを浮かべる。
「だが、その不吉な魔剣で、太刀打ちできるかの?」
杖からナサールの刃を
「それを試す前に、まずは要件を聞きましょう」
ルシウスが端的に尋ねる。
答えたのは老人ではなく、背後の若い女だ。
「大事な者が、そこの家に居るでしょう?」
「大事な者?」
「巫女です」
――なるほど。杖衆の狙いはサイの方か
ルシウスへの嫌疑、匿っているサイの
その両方が同時とは、
「今は取り込み中です。後からにしてもらえませんか?」
家を取り囲む
「貴様! 何だ、その口の聞き方は!?」
「この方が誰か、分かっているのか!」
「侮辱⋯⋯ゆるさない」
女は手を上げて、杖衆の怒声を
そしてルシウスの目を真っ直ぐ見て、伝えた。
「手荒なことはしたくありません。巫女の身柄を引き渡してください」
「⋯⋯そうか」
女の瞳には強い覚悟が込められていた。
口八丁手八丁で、どうにかなる程度ではないだろう。
ならばルシウスも覚悟を決める。
緊迫した雰囲気が一気に立ち込めた。
ルシウスはこれからの戦闘に備えて、思考を巡らせる。
相手の目標はサイ。
戦力としてアテにできるのはプリエナ。
アヌシュカと傀儡ソルは自衛くらいはできるだろう。
だが、子どものタイラスとサイは無理だ。この2人を守りつつ、多くの聖戦士達と戦う必要がある。
――問題は2人の四聖⋯⋯最悪、サマエルで道連れにする
サマエルは撃つまでに魔力を溜める必要がある。
四聖たちは、その時を見逃してくれるような甘い相手ではない。
近距離で撃とうとすれば、まず間違いなくルシウスは死ぬだろう。
さらに撃てたとして、無関係の者を巻き込み、多くの被害が出るに違いない。
だが、眼の前で仲間が死ぬよりマシだ。
ルシウスは大きく声を張り上げた。
「プリエナッ! 子どもたちだけでも、連れて逃げろッ! ここは俺が引き付ける!」
「わかった」
すぐに仮面を付けたプリエナが2人子どもを抱えて、窓から外へと飛び出した。
その動きには迷いがない。
プリエナは感情と理性を切り離して行動できる者だ。じっと身を隠しながらも、ルシウスの言葉を待っていたのだろう。
飛び出した鉄仮面の女に、剣衆と杖衆の視線が釘付けとなる。
「怪しい奴が出てきたぞッ!」
「捕らえろ!」
抱えられたサイは深くフードを被り、顔が見えない様にしてあった。この非常時でもあらゆる想定に備えていたようだ。
鉄仮面のプリエナへと視線が注がれる中、剣聖アークだけはプリエナに抱きかかえられたサイを静かに見つめている。
「ルーシャル! その声、やっぱりルーシャルでしょ!」
杖衆の護衛を連れた女が声を上げた。
「ん?」
プリエナの動きが止まった。
「あれ? もしかして⋯⋯リシータ?」
緊迫した雰囲気が、一気に緩む。
リシータと呼ばれた杖衆を連れた女が、つかつかとプリエナへと歩み寄った。
「そうよ! 何で聖域に来てるのに顔を出さないの!? 知って急いで向かってきたのよ!?」
「ええーっと。忙しかった、から?」
「うそうそ、絶対に嘘。あのぐうたらなルーシャルが忙しいはずがないじゃない!」
「ウソじゃないヨ」
誤魔化すように片言になるプリエナ。
そのプリエナに腹を立てて、
「どゆこと?」
ルシウスは口をぽかんと開けて、困惑の言葉が漏れた。
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