第149話 手合わせ
ルシウスはゆっくり扉の
家を取り囲むように、眼の前にいるのは聖戦士たち。
50人はいる。
――サイのことがバレたのか、それとも俺か?
周囲を見回すと、皆、魔剣を手にしている。
どうやら
「いたぞ! あの時の男だ!」
声を上げるのは以前ヴァルナ神殿で見た剣衆の第3席。
たしか名をナサールとか言った。
これだけの人数を揃えての包囲である。
すでに確証に近いものを得ているのだろうが、問答無用で襲って来ないことから、まだ抗弁の余地があるのかもしれない。
できるだけ穏便に働きかける。
「もう日が暮れています。用事があるなら、明日にしてもらえませんか?」
ルシウスの言葉に
「この状況を見て、まだそんな寝言が言えるとはな。余程の胆力があるのか、それとも馬鹿なのか」
「仕方ありません⋯⋯では、用件を伺いましょう」
ルシウスは外から見えぬように、扉近くに立てかけてある双剣へと手を添えた。
「お前は聖域へ不法侵入した疑いがある。無論、不法侵入者を匿った嫌疑がパラヴィスにも掛かっている。大人しくしろ」
拝水祭で活気づく
「剣衆がどうしたんだ? 今日はヴァルナ神の拝水祭で忙しいはずだろ?」
「不法侵入者だって。怖いわ」
「でも、ここはパラヴィスの家でしょ? いくらなんでも間違いじゃない?」
さらにその背後には詰めかけた群衆。
すでに子ども一人抜けられる隙間もない。
置かれた状況を横目で確認したルシウスは、再び第3席ナサールへと視線を戻した。
「証拠は?」
「あくまでシラを切るか。だが、すでにタイラスからの報告は受けているのだ」
静かに振り向くと、タイラスが何を言われているのかよくわからないといった表情を浮かべたままだ。
「タイラス、アンタまさか」
母アヌシュカの血の気が引くような声が聞こえた。
「え、ナサール様。その、なんの⋯⋯ことでしょう」
「ラーヴァナの巫女と一緒に来た男だと教えてくれただろう。ラーヴァナは王国を監視する役目がある。その人間とともに来たということは、ルシウスとやら。お前は王国の人間ではないのか?」
タイラスは考えてみればまだ8歳の少年だ。
それでも疑われさえしなければ何の問題もなかっただろうが、プリエナを連れてきたことが裏目に出てしまった。もっともプリエナを連れてこなければ到達すら出来なかったのだが。
ともかく過去を悔いても仕方がない。
ルシウスは原因追及よりも現状の対処に思考を切り替えた。
「プリエナとはたまたま同じ日に来ただけだ。通行税免除証もある」
通行税免除証とは、いわゆる通行手形である。
共和国に限った話ではないが、立ち入りが制限されている場所へ入る場合、通行税が課せられることが多い。
特に聖域の出入りについては、法外に高額な通行税が課されるのだが、聖域の親族や指定の業者などであれば通行税免除証を交付され、納税が免除される。
つまり聖域へ足を踏み入れる権利とは、通行税免除証を持っているか否かである。
当然、パラヴィスが用意してくれたものだ。
「ふっ。そんなものは衆長のパラヴィスがいればどうとでもなる」
どうやら相手も想定済みらしいが、ルシウスは完全に否定されなかったことに着目した。
――剣衆もまだ予測段階ってことか
事実としては予想は当たっているのだが、証書がある以上、断定には至っていないのだろう。つまりまだ反論の余地があるということ。
「では、どう説明しろというのです? 証書も信じられないのであれば、一方的な言いがかりで、なんとでも言える」
ルシウスの毅然とした態度に剣衆がヤジを飛ばした。
「貴様。さきほどから聞いていれば⋯⋯」
「状況を理解しているのか!」
「槍衆の庇護があるからと言って、図に乗るなッ」
その声を押さえたのは、剣衆第3席ナサール。
「貴様が共和国の人間か、それとも王国の人間かを見分けるなど、簡単だ」
ナサールが抜剣して、切先をルシウスへと向ける。
標準的な両刃の大剣だ。
「俺と手合わせしろ」
その表情は先程までの苛立った顔から一変。
剣士の顔である。
それが本気であることを理解するに
ルシウスも立てかけていた愛剣を掴み、庭先へと歩き出す。
途中、双刀を抜刀しながら鞘を地面へと落とした。
「多刃。以前も見たが⋯不吉な」
ナサールが睨みつける。
共和国の聖戦士たちは、なぜか複数の刃を持つ魔武具を嫌う。
ルシウスが手にする双剣はもとより、槍と斧が一体となったハルバードや三叉槍など王国では一般的に使われていた武器ですら目にしたことがない。
だが、そんな価値観はルシウスには関係がないものだ。
「勝敗は? まさか生き残った方が正しかった、なんて言わないよな?」
「我々は聖戦士だ。勝敗は力量が明確となった時点。剣士同士なら
「わかった」
ルシウスの言葉に「ぷっ」という笑いが剣衆の間で起きた。
身の程知らずということだろう。
魔力量は最低限、双剣も生まれたばかりの最下級の剣。
ついでに言えばずっと病弱だった少年。確か、そういう設定だった。
「差がありすぎれば怪我では済まないぞ。覚悟することだな」
ナサールが手にした魔剣を
いつでも掛かって来いということだろう。
「ルシウス⋯⋯ここは抑えて。相手は剣衆の第3席よ。間違いなく達人」
部屋の中から止めたのはアヌシュカだ。
「そ、そうだよ! パラヴィスに、アイツに言えば説明してくれると思うから!」
タイラスも同調する。
剣衆の第3席、つまり魔剣を扱う者の中で
共和国の中でも、かなりの強者であることは間違いない。
「大丈夫。殺し合いじゃないらしいから」
ルシウスは笑みを浮かべて、視線を剣を構えたナサールへと戻す。
――なるほど
一見して、普通に剣を構えているだけの中肉中背の男だ。だが、どこへ打ち込んでも、防がれるイメージしかわかない。
それでも、止まっているだけでは手合わせにならない。
「行くか」
ルシウスは大きく踏み、間を詰める。
十分に距離を詰めたところで、双剣を交差させた。
左右の剣で同時に斬りかかった。
たが、2振りの剣がピタリと止まったのだ。
――剣先だけでか
止められたのだ。
第3席ナサールは真っ直ぐと剣を突き出して、双剣が交わった場所をピンポイントで
力を込めるが、まるで動かない。
「次はこちらから行くぞ」
ナサールが剣を振りかぶる。
すぐさま脱力したルシウス。
重力に従い地面へと過重がかかる。その勢いを利用して、力を込め背後へと跳躍した。
「いい反応だ。だが、まだ俺の間合い。まずはその不吉な剣から裂いてやろう」
気にせずナサールは大剣を振る。
すると刃の残像が、異様な形に歪んだ。
――刃が伸びた!?
まるで鞭のようにしなった刃が高速で襲いかかったのだ。
その刃とっさの判断で右手の剣で受ける。
「ぐっ」
遠心力を乗せた重い一撃。
ルシウスの体が吹き飛ばされた。
そのまま数メートル先にひらりと着地するルシウス。
ガードした魔剣を握る右手がじんじんと痛むほどの威力であった。
蛇腹剣のようなギミックではなく、まるで刃が水銀のように伸びているのだ。前世でも似たような奇剣を漫画か何かで見たことがある。
「あの間合いから、我が一撃を受けて無傷か。しかし、妙だな? 作ったばかりの階級の低い魔剣なら得物ごと斬り裂けるはずだが」
鞭とかした刃を振るいながらナサールが関心する。
同時に、
伸びた剣が縮み再び大剣の姿となる。
第3席ナサールが剣を構え、ルシウスへとにじり寄る。
対して、どの間合いを取るべきか測りかねるルシウス。
――形態変化の術式。思った以上に厄介だ
伸びたままなら、まだ対応がしやすい。鞭と同じで必ず溜めが必要になるからだ。
だが斬撃を伸ばすも、伸ばさないも使い手の思いのままということだ。
異なる特性の武具を、持ち替えも無く行き来する魔武具。それが形態変化の術式を持つ魔剣という物なのだろう。
鞭と剣。
ジリジリとその両方の間合いにまで、詰めてくるナサール。
――どっちで来る
十分に気を張り詰めて、斬りかかるナサール。
大剣の斬撃だ。
判断が少し遅れたルシウスが双剣を交差させて、大剣を受ける。
大剣の斬撃も当然のように重い。
歯を食いしばるルシウス。
「王国の人間は巫女でもないのに、式を持つそうだな?」
押し込められた大剣を両手でも支えきれない。
凄まじい
魔剣に流れる術式を体内に取り込むことで、人の身体能力を飛躍的に強化できる聖戦士の技『同』である。
――そういうことかッ
手合わせすればわかる、という理由。
斬り結べば、式を持つルシウスが『同』を使えないことがわかってしまう。
共和国でも『同』が十分に使えない者はいるだろうが、今までのパラヴィスの反応を見る限り、魔武具を持っていながら全く使えない者は珍しいのだろう。
「やはりな。人の力しか使っていない⋯⋯間違いなく共和国の人間ではない。ならば、死罪だ」
さらに力を込められた大剣が、徐々にルシウスの眼前に迫る。
「「ルシウスッ!!」」
ルシウスが『同』を使えないことを知るアヌシュカやプリエナの叫び声が重なった。
だが、ナサールの剣はルシウスの眼前で止まった。
「な⋯⋯にッ!?」
大剣をルシウスが止めているのだ。
剣と剣の刃が火花を散らし、そのまま大剣を押し返していくルシウス。
人の腕力では有りえない力で。
双剣で大剣を振り払うと、今度はナサールが後退する。
「貴様、闘術が⋯⋯『同』が使えたのか!?」
ルシウスは何も答えず、そのまま斬りかかる。
次はルシウスの双剣をナサールが大剣で受ける。
けたたましい音と共に、受け止めるナサールのつま先が地面へと食い込んだ。
ルシウスは更に力を込める。
いや正確には、魔力を込めた。
――
ルシウスたち式を持つ者たちが使う式術。
それぞれの魔核が得意とする式と共に、魔力操作を最大限に活用する術である。
そのうちの1つ、魔力の極性を変え、反発や
ルシウスが最も得意とする式術でもある。
式術を応用することで、魔剣自体を魔力により動かしているのだ。
つまり魔力操作により、斬撃の動きを補助、強化することで一時的に人以上の力で振るっているように見えるわけである。
1ヶ月ほど前に覚えた使い方だ。今日も森にいた
もっとも、本来は魔力そのものではなく、発現させた術式を操る技であるため、魔力で直接的に魔剣を操作するには膨大な魔力を消費してしまう。
それでも魔力量が増えたルシウスにとっては問題ない程度だ。
第3席ナサールはすぐさま後退。警戒するように剣を鞭のようにしならせた。
――間合いを確保したか
戦いにおいて、身体能力というのは心技体という言葉がある程度には重要視される。
圧倒的な身体能力によるアドバンテージがあると思っていた相手が、そうではない知ってしまったのだ。慎重にならざるを得ないのだろう。
――だけど、そこは俺の間合いだ
ルシウスは双剣に光と闇を
同時、ナサールの顔に緊張が張り付く。
その予感は正しい。
左手の闇の剣を横に
そして、その面をなぞるように光の剣で斬り裂いた。
作り出されたのは光を
矛盾の刃が飛翔する。
――
普通に飛ばせば1.5メートルほどしか飛ばない斬撃も、式術を使えば飛距離を増す。
とはいえ、まっすぐにしか飛ばない斬撃は簡単に読まれてしまう。
ただの牽制。
本来、至近距離でこそ活きる技である。
それでも中距離の攻撃手段があることを
十分に牽制として効いたようで、驚愕したナサールが自身の魔剣を大剣へと戻す。
「遠当だと!? だが、そんなものなど!」
なんと大剣を盾のように構えたのだ。
――何をやってるッ!?
「
技を放ったはずのルシウス自身が大声を張り上げた。牽制のつもりで放った技を、まさか受けるとは思っていなかった。
自身の放った斬撃を『親疎の能』と『遠隔の能』で方向転換させようと試みるものの暴走する魔力の濁流を制御できない。
刃があとわずかで届く。
にもかかわらず、ナサールは剣を構えたまま動こうとしない。
最下級の魔剣が放つ技など、避けるまでもないというアピールだろう。
「クソッ」
手合わせで命まで奪うつもりなど毛頭なかった。
ルシウスが放ったことを後悔した。
その時。
ナサールの横から黒い影が差す。
割って入った黒い影が、刃を真っ二つに斬り裂いたのだ。
斬られた刃は左右へと分かれ、均衡が崩れたことにより瞬時に消滅。
「あの技を⋯⋯⋯⋯斬った?」
信じられない。
反属性同士を衝突させ、意図的に術式を暴走させることにより、あらゆる物を切断する神刀と化した魔力の塊。
それをどうすれば斬れるというのだ。
放ったルシウスですら想像もつかない。
視線を戻すと、ナサールの前に居たのは長髪の男。
剣聖アーク、その人であった。
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