第146話 冥地神ヴリトラ
パラヴィスが盾を背負いながら、ルシウスの独り言に
「つまり巫女の数だけ術式が扱える⋯⋯ということか」
話には聞いていたが、目の当たりにすると、改めてその凄さを理解させられる。
術式とは力の形だ。
そして形あるものには、
だが、付け替えられるのであれば、全く話が変わってくる。
帝国が扱う人道に反する兵器、魔導具にも魔物から奪った術式が込められているが、全く違うアプローチで共和国は実現しているのだ。
「慣れは必要だけどな。俺もアヌシュカとは長いから問題ないが、他の巫女の術式をすぐ使えるわけじゃない。だからこそ、四聖はそれぞれの大巫女を専任で守護している。まあ、四聖ほどになれば練度の差はあれど、大抵の術式は扱えるだろうがな」
「術式を換装できるだけでも十分過ぎるよ」
「そりゃな。だからと言っちゃなんだが、属性系の魔武具は良しとされない」
ルシウスは自分の魔剣へと目をやった。
術式の属性には相性がある。
例えば氷の術式と炎の術式、光の術式と闇の術式などは、対消滅するため制約がかかってしまう。
「だから魔武具は形態変化系の術式ばかりなのか」
「ああ、形態変化ならだいたいの術式に対応できるからな。例外は無属性のラーヴァナくらいか」
ルシウスと共に共和国に来た女プリエナ。
そのプリエナの式がラーヴァナである。ラーヴァナは魔力で作り出した月刃の雨を広範囲に降らせるという攻撃的な術式を持つが、属性と呼べるようなもの無い。
おそらく属性を持たない術式は『封』に転用できないのだろう。
――そうか。そのためにラーヴァナを⋯⋯
特級の式という破格の存在を、関係者とはいえ他国の一族へ渡していることに疑問があった。
おそらく聖域において役に立たない特級の詠霊と契約させることで、表面上の信頼――言い換えれば、脅威にならない
その
政治の道具として、幼いうちに親元から引き離され、特級の式と契約させられた。
さらに、その存在を持て余した一族の
ルシウスは奥歯を噛み締めた。
――わかってる
国家や政治は綺麗事だけでは立ち行かない。
僅かな犠牲の上に多くの民を生かすことを、軽薄な正義感で否定することは簡単だ。だが、本当に難しいのは具体的な代替案を提示し、実行し、成果を出すことである。
今のルシウスに、共和国と王国の関係を維持させる代替案などない。
「おい、ルシウス。ちょっと顔が怖いぞ、何か嫌なことでもあったか?」
事情を知らないパラヴィスが心配そうに顔を覗き込む。
「…⋯大丈夫。それよりも、あっちにも
ルシウスは話を逸らすように森の奥を指差す。
「おお、よく分かるな! よし、今度は俺の番だ」
「おい、ラーム。1人で行くなよ」
レイとラームが森の奥へと駆けていく。
「ちょっと2人共、待ちなさいよ」
アヌシュカも追いかけるように続いた。
そして、森の中、ルシウスとパラヴィスが残された。
「ところでルシウス。魔剣は直ったんだ。『同』は発動できたのか?」
応えるようにルシウスは魔力を魔剣へと流し、術式を発動。
それを再び自分へと取り込んだ。
だが変化は起こらない。
正確には、体内に魔剣の魔力と術式は流れてきているのだが、発動させることができないのだ。
何かが術式の発動を阻害している。
「いや」
「ううん、
少し悩んだパラヴィスが、はっと何かに気がついたように目を見開いた。
「確か、王国は巫女以外も式を持つって聞いたことがあるような⋯⋯」
真剣に見つめるパラヴィス。
「ルシウス、お前⋯⋯もしかして式と契約していないか?」
「うん、してるけど」
パラヴィスが驚愕したまま、凍りついた。
「ああっ! もったいねぇ! それだけの剣技を持っていながらッ!」
いきなり森の中で叫び始めたのだ。
「何かまずいことでも?」
「式の術式と魔剣の術式が競合して、体内で発動する『同』や魔剣に新しい術式を流し込む『封』は使えないんだよ! 巫女も同じだからな!」
「なるほど。そっか」
「そっか、って何だよ! そっかって!?」
王国に巫女はいない。南部には詠霊の契約者は多いが、闘術を
そのため『封』はそれほど重要ではないと思っていたが、『同』による身体強化には、少し期待をしていた。
習得不可能となると、率直に言えば残念だ。
――まあ、いいか
とは言うものの身体強化の術式は使えないわけではない。
式の顕現には多くの魔力が必要なため、燃費良く、力を行使する技術には興味があった。
だが今、必要なものは楽に半分の力を出すことではない。
限界点を、更に高くすることにある。
「いや、待てよ。確か詠霊も探すって⋯⋯⋯⋯まさか、多核か?」
パラヴィスが真剣な表情を浮かべた。
多核という言葉は聞いたことがないが、意図する事はわかる。
ルシウスは4つの魔核を保持している。王国ではそれを鑑定の式であるセイレーンに合わせて、重唱と呼ぶが共和国では多核と表現するのだろう。
「そうだよ」
「⋯⋯そうか。随分と無茶をしたな⋯⋯いや親御さんが、か」
哀愁が漂う表情から、共和国でも複数の魔核自体が禁忌だと読み取れる。
大抵の人は1つの魔核しか持たない。
なぜなら、2つ以上の魔核を持つ前に多くの人間は死んでしまうからだ。
そして、何より大巫女の存在である。
1つしか持っていないはずの大巫女の魔力は4つ持つルシウスよりも多かった。
複数の魔核を宿す意味など無いと思われているのだろう。
「行こう。皆とはぐれるよ」
「⋯⋯ああ、そうだな」
ルシウスの掛け声に、パラヴィスは力がなく続いた。
その後も
皆、抱え切れないほどの魔武具を手にしていた。裏返った魔武具は使用できないが、
「いやぁー、ルシウス! 本当に凄いな! なんで
第3席のラームはご満悦だ。
「何となくです」
「多刃だと魔力感知が得意なのかな。次は奈落に着いて来て欲しいくらいだ」
第2席のレイも微笑んだ。
「奈落には興味があります。ぜひ」
今までの話からすると外苑の森よりも、奈落の方が強い喰鬼が多いらしい。目的である強い魔武具もあるかも知れない。
「よし! 次は――」
ラームの言葉を遮ったのはパラヴィスである。
「ダメだ。許可できない」
「パラヴィス、なんでだよ!? こんなに凄い奴は滅多に居ないぞ!?」
「ラーム、 お前はルシウスを死なせる気か? 『同』も出来ないものに奈落の
「いや、アヌシュカみたいに、俺たちが守ってやれば⋯⋯」
「奈落には
有無を言わせぬ気配だ。もしかしたら失った弟、タイラスの実父のことが頭にあるのかもしれない。
「それは⋯⋯そうだけど」
「それに外苑の森と違い奈落に
「でも⋯⋯できるだけ弱い奴を探してもらった方が⋯⋯安全かなって」
「俺達の槍衆の目的は、
静かに語りかけるパラヴィスと、叱られた子どものように萎縮するラーム。
「目的って?」
「⋯⋯そういえばルシウスには言ってなかったな。俺たち、槍衆の目的は、神殺しにより冥地神ヴリトラを
「輪廻の環? どういう意味?」
「奈落の最下層にはヴリトラだった存在が、未だに生きている。 それを殺し、再びヴリトラとして、この地に信仰とともに取り戻すことだ。【ノアの浸礼】にとって最重要事項であり、かつてヴリトラ神とその大巫女を守護した槍衆の責務でもある」
――やっぱり昔は5体の主神が居たのか
何より『だった』 と言う表現が気になる。
ヴリトラという神も、まず間違いなく詠霊であり、魔物の一種。
魔物が違う存在へと変化するというのは、聞いたことのある話だ。むしろ経験したことすらある。
「もしかして⋯⋯ヴリトラは進化した?」
その場にいた4人が、首を縦に振る。
同格のクアドラ神はサマエルに近しい存在。
さらに悪性の進化を重ねたのであれば、もはやサマエルと
ルシウスは奈落の底を睨む。
闇に包まれた奥底に、人の手に余るほどの存在が息づいていると思うと、背筋に冷たいものが流れ落ちた。
――冥地神ヴリトラ
その名を何度も心の中で
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お読みいただき、ありがとうございます。
週に2話宣言した矢先に、投稿できませんでした。
すみません。
やっと落ち着きまして、投稿を続けていきます。
引き続きお読みいただければ幸いです。
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