第145話 槍衆
※2話同時投稿となります。
「おーい、ルシウス! 待たせたな」
女店主リタが営む武具屋をあとにしたルシウスが入口に到着してから間もなく、無崇邑の外の方から手を振る一団がある。
その数名の一団に槍使いパラヴィスがいた。
今日はパラヴィスたちに、
もっとも聖域に来てから数日間、毎日1人で狩ってはいる。
聖戦士の戦い方や
すぐに一団へと近寄るルシウス。
「ちょうど着いたばかりだから。タイラスとはすれ違った?」
先ほど武具屋で一緒だったパラヴィスの息子タイラスは、神殿へ行くと言っていた。神殿から向かってきた一行とは会っただろう。
「まあ、な」
気まずそうに鼻の頭を
――ああ⋯⋯そっけなくされたんだな
話題を変えるようにパラヴィスが振り返った。
「ともかく森へ行こうか」
神殿から
その中には見知った顔もある。
「あれ? アヌシュカさんも行くの?」
タイラスの実母アヌシュカである。
普段とは違い動きやすい軽装姿であるが、パラヴィスや他の数名の男と違い傷跡などはなく戦うとは思っていなかった。
「もちろんよ。私は元巫女だから」
「元巫女?」
「結婚して巫女を辞めたの。だから元巫女ね」
「へえ、巫女って自分で辞めることもできるんだ」
「辞められるのは低級の詠霊と契約した巫女だけどね。パラヴィスの弟スーリアが、絶対に幸せにするからって⋯⋯そう言ってたのにね」
アヌシュカは
そしてパラヴィスはその話題に触れたくないのか、振り向きもせず森へと歩き続ける。
代わりの声を上げたのは一団の細身の男だ。
「アヌシュカとパラヴィス兄弟は幼馴染でね。昔から兄弟
「レイ⋯⋯ったく、余計なこと。アヌシュカは自分が想う相手と再婚すればいい。タイラスは俺が面倒を見る」
気まずそうにしながらも強い意思を込めたパラヴィスを、複雑な表情で見つめるアヌシュカ。
気まずい空気を断ち切るように、細身の男がルシウスと笑顔で並んだ。
「よろしく、僕は槍衆の第2席のレイだ。君、パラヴィスの従兄弟の子どもなんだって?」
「はじめまして、ルシウスです。もともと共和国の南部に住んでました」
縁戚という体裁にしておくと事前に聞いていた。ルシウスが王国からの侵入者であることは
第2席のレイが返事をする前に、小太りの男が割り込んできた。
「俺は3席のラームだ」
「ラームさん、はじめまして。ところで、その第何席って、どういう意味なんですか?」
第2席レイが割り込んできたラームを押し返す。
「それぞれの魔武具を使う者たちの序列。簡単にいえば、一番強い人が
「じゃあ、レイさんやラームさんはかなり強いんですね」
ルシウスの言葉に対して、細身のレイが腕をわざとらしく開く。
「全然。衆長のパラヴィスが頭3つくらい抜けてるだけで、僕たちは名ばかりだよ。他の衆の第2席どころか第10席にだって一本も取れやしない。子どものうちは、いろんな道場に通うけど、才能がある人は他の衆に行って、槍衆に残るのは物好きくらいだからね」
パラヴィスの息子タイラスが剣衆へと通っているのは単なる反発かと思っていたが、どうやら聖戦士たちの
「物好き⋯⋯だったら2人とも、どうして槍衆に残ったんです?」
第2席レイが恥ずかしさを隠すように苦笑いを浮かべる。
「まあ、腐れ縁みたいなものかな」
先ほど
「レイ、なに恥ずかしがってるんだ。パラヴィスを支えるためだろ? 放っておいたら抱え過ぎてしまうからな。剣衆に行っときゃ人生安泰だったのに、親父さんの意思を継ぐとか言って、
ルシウスたち
「パラヴィスが剣衆?」
「ああ、剣の腕も大したもんだぜ。なにせ、あの剣聖アークから一本とったくらいだからな!」
「俺が10歳のときの話だ。しかもその時アークは7歳で3戦後で疲れてた」
黙っていたパラヴィスが苦々しそうな表情を浮かべたが、2人の話はとまらない。
「いやいや、あのアークだよ? 稀代の天才の」
「剣を握って2年で大人を打ち負かしたような化け物だぜ」
まだ体ができていない10歳と7歳の差は本来、大きな隔たりである。それでも剣の四聖アークに勝てた事実が、今なお話題になるほどの逸材なのだろう。
――
ルシウス自身も転生者として、抜きん出た存在であるが、天才かと言われれば違うと思う。
ともかく、パラヴィスが剣聖アークと幼少期には渡り合えたことには納得がいく。少し手合わせしただけで、ルシウスの剣筋や師まで言い当てたことは記憶に新しい。相当に剣を熟知していなければできない。
「ならパラヴィス。魔剣も持ったら? 剣と槍だと間合いが違うから、両方使えるなら使ったほうがいいと思う」
ルシウスの何気ない言葉に第2席レイ、第3席ラームが目を丸くする。
――ん? 何か変なことを言ったか?
あまりに不味いと思ったのか、パラヴィスがすかさずに答える。
「それは不可能だ。魔武具は1人1つしか持てない」
「1人1つ? でも武器は武器でしょ」
「聖戦士は魔武具の術式を体内に取り込んで『同』を行うだろ。複数の魔武具で『同』を行えば魔武具との同調が著しく低下する。それに慣れちまったら1つの魔武具に戻しても、低下した同調は戻らないと言われている」
聖戦士たちが使う闘術の1つ『同』。
魔武具が持つ術式を体内に取り込むことで、本来、生身では成し得ないはずの身体強化や回復強化などを行う技だ。
思い返せば無崇邑でも聖都でも、皆、1種類の魔武具しか保持していなかった。
「だから1つしか持ってないのか」
「そうだ。それに複数の魔武具を鍛えると分散してしまう。中途半端な魔武具を何個も持つより、1つを極めた方が圧倒的に強いというのは、すでに証明されているからな」
ルシウスは腰に差した双剣へと左手を当てる。
――
まだ『同』ができないルシウスは同調が低下するという感覚はわからない。
それでも蚩尤が
「そういえば昨日の続きだけど、闘術の『同』について――」
ルシウスが質問を続けようとしたとき、
「来る」
ルシウスの真剣な声に、パラヴィス達がすぐさま魔槍を構えた。
アヌシュカだけはすぐに後方へと下がり、背後に魔法陣を背負う。
森の茂みをかき分けて現れたのは、紫色の肌に
魔盾を持った
手にした魔盾は体全体を覆い隠すほどに大きく、頑強さを誇るようにぶ厚い。
「チッ。盾が一番厄介なんだよな」
第3席ラームが愚痴る。
「昨日は杖が一番って言ってたけどね」
「うるせえ。やっぱり盾だ」
「集中しろ、お前ら。ルシウスは後方で見てるんだ」
パラヴィスの言葉を待たず、盾の
シールドチャージである。
本来、盾は防具であり殺傷能力は高くはない。ただし人の力であれば、だ。
魔性が並がその外れた
さらに本来の役割である防御力も兼ね備えたままだ。
一直線に向かってくる鉄の塊を回避するパラヴィスたち。
通り過ぎた
――なんで避けるんだ?
ルシウスならば盾ごと斬り捨る。
そしてレイとラームはともかく、パラヴィスなら盾ごと貫けるだろう。
湧いた疑問を、自身ですぐさま否定する。
壊さないのではない。壊せないのだ。
裏返った魔武具を破壊すると、自身が
――それって、めちゃくちゃ難易度が高くないか?
お互いの技量が高ければ高いほど、武器同士が激しくぶつかり合うからだ。
相当に技量の差がなければ、一切、武器を交わらせずに勝つことなど不可能である。かつて子どもだったルシウスと帝国の英雄である戦帝ほどの差が。
「俺が止める。左右から挟み込め。アヌシュカ、術式を頼む」
「分かったわ」
アヌシュカの魔法陣にいる女神のような詠霊が魔力を放つ。
「プリティヴィー、木の術式を」
魔法陣を背負ったアヌシュカの周囲に
それも一瞬。
代わりに植物の成長を促した魔力がある所に集まっていく。
――魔槍が術式を吸ってる
拡散された術式をパラヴィスの魔槍が吸収しているようだ。
レイとラームも同じである。
するとパラヴィスの槍の至る所から植物が生え始めたのだ。すぐさま槍が草木に包まれたようになる。
おそらく先日教えてもらった闘術の『封』という技術なのだろう。
シールドを構えた
向かう先はパラヴィス。
だが、動かない。
立ったまま魔力を槍に込めると、絡んだ
――
綱引きをするかのようにパラヴィスが槍に力を込めて、喰い鬼の自由を奪う。『同』で身体強化をしているのだろう。
「今だ。やれ」
レイとラームの2人が左右から回り込む。
そして、
――やったか?
「グオオァアアッ!」
「うわっ」
体を貫通した槍を掴み、第3席ラームへと手を伸ばす
道連れにするつもりだろう。
助けるために、すかさず魔剣の柄を掴むルシウス。
だが、双剣が鞘から出ることはなかった。
魔盾が下がった
その表情には一切の焦りがない。
「終わりだ」
振りかぶった槍の刀身がみるみると変化する。
槍の刃が反りのある片刃へと変わっていく。
まるで刀。
斬るために特化した形である。
――
突きに特化した形状だった槍が、
パラヴィスは溜めすら作らず、静かに斬る。
一閃。
一呼吸置いて、首がずれ落ちた
2つに別れた肉体が
持ち主を失った魔盾を拾いながら、パラヴィスが笑みを浮かべる。
「外苑の森の
アヌシュカと槍衆の2人も安堵の息を吐いたものの、緊張した様子もなかった。
戦いに身を置く際、張り詰め過ぎても、緩め過ぎてもいけない。
程よいバランスが熟練を思わせる。
「⋯⋯さっきのが『封』」
「ああ、そうだ。魔武具に巫女の術式を込める技だ」
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