第144話 最上大業物
魔剣と傀儡を使った新しい【縮魔の錬】。
現状、ルシウスだけが使える方法である。
濃い魔力を受け取るのも楽ではなく、10才の頃まで繰り返した魔核を広げる【増魔の錬】と同じくらいは痛みを伴う。
その懐かしい痛みを忘れるように、循環する魔力の流れに精神を集中し始めたルシウス。
最初の数分間こそ、心配そうにしていたプリエナとサイだが、途中で問題ないとわかると、洗濯物を干し、朝の讃美歌を歌い、今はリビングで本を読んでいる。
巫女候補サイは机で、仮面を着けたプリエナは小さなソファーにゴロゴロしながら。
そして、床で
気がつけば、もう昼前である。
――2時間が限界か
循環させているとはいえ、少しずつ魔剣や傀儡ソルを経由するうちに、魔力を消費する。完全に魔力を失えば、意識が飛んでしまうため、使い切るわけにはいかない。
手を膝に当てて立ち上がり、2振りの魔剣を
「やっと終わったー? 熟練者でも10分くらいよ、フツー」
プリエナがソファーで横になったまま声を掛けてくる。
「そうだね。ほどほどで止めとかないと、夕方の狩りまでに魔力が回復しないからな」
「こんだけ【
「1人で大国と渡り合うのは不可能だ。でも、戦局を変えるくらいはしてみせる」
「ルシウス、頑張れぇ。よっ、王国の英雄様!」
プリエナが他人事のように手を振る。
「プリエナも王国に3人しかいない特級魔術師の1人でしょ。王国に帰ったら、最低、毎日1時間はやってもらうから」
「ひっ! 嫌、絶対いや! 痛いの無理!」
急に上体を起こし、首をブンブンと振る。
対して、ルシウスは満面の笑みを浮かべる。
「自分からやるのと、オルレアンス家秘蔵の謎の遺物に無理やり縛られてやらされるかは、選ばせてあげるよ」
「この悪魔! 邪竜! 蛮神! 鬼ぃーー!」
「はは、まだ鬼とは契約してないかな」
ルシウスは苦情を受けながし、鞘に収めた双剣を腰に差して、靴紐を固く結ぶ。
「さて、行ってくる」
「ん? 次は何するの?」
「稼いでくる。パラヴィスが狩りに連れてってくれるんだって」
「そうか、頑張れ〜!」
プリエナの声のトーンが急に明るくなる。
気分がコロコロと変わることには、もう慣れた。
おそらくプリエナの明るさや軽さは、半分は
「プリエナも一緒に行かない?」
「私の術式は
「そう言われればそうか。じゃ、行ってくるよ。サイをよろしく」
「はいはい、いってらー」
この村に来て、4回目の朝。まだ3日しか経っていないとは思えないほど、多くの事があった。
――他国に来ると新しい発見ばかりだな
感慨深いものを感じながら、活気のある村の中を歩くルシウス。
目指す場所は
槍衆の衆長パラヴィスは、今朝も聖都へ出かけたらしく、昼過ぎに広場で待ち合わせる約束である。
「売ってるものはそこまで王国と変わらないな」
売り物を眺めながら歩いていると、市場の一角にある店の前に見知った顔がある。
「やあ、タイラス」
パラヴィスの息子タイラスである。
血縁上は
「あ、ルシウス兄ちゃん!」
満面の笑みを浮かべるタイラス。
「何してるの?」
「魔剣だよ」
「魔剣?」
店の窓から見えるように設置された台には、魔武具が
「⋯⋯結構、いい魔剣だな」
「わかる!? 僕、この魔剣をお金を貯めて、絶対に買うんだ!」
高価な楽器に憧れる少年のように、純真な瞳を輝かせている。
「あんた、本当にわかってるの?」
どこからともなく女の声が聞こえた。
「ん?」
声がした方へ振り向くと、開いた店の扉からしかめっ面の女が身を乗り出していた。
齢は30歳前というところだろうか。
「貴女は?」
「あんたこそ、誰だ?」
「リタ姉ちゃん。店主なのに、そういう態度とって。客に逃げられちゃうよ」
タイラスはどうやら旧知の仲らしい。
「うっさいね、タイラス。私はね、見る目がある奴しか相手にしないのさ」
「ルシウス兄ちゃんは、僕と一緒に住み始めた人だよ。剣術は一流だって、パラヴィスが言ってた」
リタと呼ばれた女店主がルシウスを品定めするように見る。
「入りな、本当かどうか確かめてやる」
「まぁ、少しなら」
もともと魔武具を売っている店には顔を出そうと思っていた。タイラスが知り合いの店なら話も通しやすいだろう。
店へと入るルシウスとタイラス。
店内はそこまで広くはない。
だが、中には魔剣、魔弓、魔杖、魔槍、魔盾が壁から棚まで、
――全部、本物だ
店の一番奥にあるカウンターへと立つ女店主リタ。
「本当に見る目があるか確かめるよ。どの魔剣が一番上等だい?」
リタが親指で乱暴に指差した先には、5振りの魔剣が壁にかけられている。
「左から2番目」
即答するルシウス。
店に入った瞬間に
迷うことなどありはしない。
「⋯⋯本当かい? 適当言ってるんじゃないよ」
女店主リタが、ルシウスの表情を懸命に探っている。
だが、事実に代わりはない。
「ええ、こんな簡単な問題を間違えるはずがない」
――蚩尤にとっては、だけどね
無論、ルシウスは魔武具の良し悪しはわからない。
最上級の魔槍である骨影ほどの逸品ならば、感じ取れるものはあるが、似たような品の中から優劣をつけられるほどの眼力まではない。
「⋯⋯正解だよ。本当に見る目があるんだね」
「でも、あの外から見える場所に飾られている魔剣が一番ですよね」
「あれは業物の一振りだからね」
「
「は? お前さん、魔武具の階級を知らないのか!?」
「ルシウス兄ちゃん、そんだけ見る目があるのに⋯⋯」
目を丸くするリタとタイラス。
「ええ、まあ⋯⋯」
「いいかい! 業物というのは――」
リタが簡潔に、タイラスが聞いてもいないのに細かい説明をしてくれる。
まとめると魔武具の階級は、このようになっているようだ。
魔核も7段階で評価されるため、最上大業物が特級と思えば大体の目処は立つ。
――つまり業物は魔核でいえば3級相当か
そう言われば貴重というのは、なんとなく予想は出来る。
「なるほど。つまり業物は優れた人間が、生涯を掛けて鍛え上げた結果なんですね」
リタが否定するように首を振る。
「違う。優れた人間たちだ。魔武具は継承され、何世代も掛けて鍛え上げられるんだよ」
「何世代も⋯⋯」
「そうさ。ところであんたの剣。さっきから気になって仕方ないよ、見せてみな」
リタが手招きする。
「これですか?」
ルシウスは2本を魔剣を鞘ごと引き抜き手渡した。
「⋯⋯やっぱり多刃のセット武具か」
もの珍しそうに鞘から刃を引き抜くリタ。
そして刀身を光に当てるように覗き見る。
「しかも属性系の術式⋯⋯まったく
ため息に近い深い息を吐いたリタ。そのすぐ横へ、顔を持ってきたタイラス。ルシウスの魔剣を見様見真似で観察しているようだ。タイラスは魔剣という道具自体が好きなのかもしれない。
「昨日、作ってもらったばっかりの無垢物だよね」
おそらくパラヴィスから話を聞いたのだろう。
「
「嘘だぁ、だって作ったの昨日だよ? どんだけ慣れた人でも4ヶ月はかかるでしょ。無垢物から浅打物にするには」
――4ヶ月?
先ほど、できる限り圧縮して魔力を2時間ほど送り続けた。
もっと低い濃度で、一日に短時間しか行わないのであれば、それくらいかかるのかもしれない。
「なんだい!? 私の眼が間違ってるといってるのかい!?」
リタが大声を上げ、すぐ横にいるタイラスが手で耳を塞ぐ。
「うるさいな、リタ姉ちゃん⋯⋯ま、いいや。浅打物なんて珍しくもないし。大抵の人が
タイラスが、ガラス越しに飾ってある魔剣へと目をやった。
確か先程もそのようなことを言っていた。
「タイラスは、何であの魔剣が欲しいの?」
ルシウスの何気ない言葉に、急に思い詰めた表情になるタイラス。
「お父さんを⋯⋯封印してあげるんだ。僕の手で」
小さな手をあらん限り強く握りしめる。タイラスの実父、パラヴィスの弟は
「そう⋯⋯か」
ルシウスの悲しそうな顔が気まずくなったのか。タイラスが急に時計へと目をやる。
「あ、いけない。神殿にいかなきゃ。神殿の仕事に遅れるとお金もらえないから。リタ姉ちゃん。絶対にあの魔剣、誰にも売らないでね。あと少しで貯まるんだから」
「はいはい、分かったよ。さっさと行きな」
そそくさと扉を出ていったタイラス。
女店主リタは、その小さな背中を見送ると、双剣を返してきた。
受け取った剣を腰に差しながら、ルシウスが口を開く。
「ところで、もっと良いのはあるんですか? 魔武具なら何でもいいです」
次はルシウスが、試すような視線をリタに投げかける。
「⋯⋯金はあるのかい」
「今はありませんが、稼ぐことは出来ると思います」
「ほう、そうとう腕に覚えがあるんだね。ちょっと待ってな」
女店主リタが奥へと一度入る。
そして、もう一度出てきたときには、布に巻かれた長い棒を手にしていた。
それをカウンターへ置き、丁寧に布をはぐ。
――魔槍
鋭い気配を放っている。
槍の刀身は細身とはいえ腕より長く、全長は2mほどある。
骨影には及ばないものの、逸品だろう。
「
確かに
だが、強い欲求というほどではない。
――蚩尤が欲しがる物の基準が知りたい。
以前、その存在に強烈に惹かれたのは、魔槍 骨影。これと同等の物を探す必要がある。
「リタさん。口は堅い方ですか?」
「は? 当たり前だろ。こういう商売は信用が一番なんだよ。だから客を選ぶ」
挑発するような言葉に、ぶっきらぼうに答えた女店主リタ。
「そうですか、ならこの魔槍の階級は分かりますか?」
ルシウスが魔力を込める。
先ほど【縮魔の錬】で随分と使ってしまったが、一回くらいなら捻り出せるだろう。
右手に突如、現れた魔槍 骨影。
魔龍を数百年も封じ続け、ドワーフの技術とオルレアンス家の
生成した槍をカウンターへ置く。
「⋯⋯⋯⋯⋯なんだい。この槍は」
女店主リタが魔槍を睨みつける。
すぐ横に並んだ魔槍 風切羽が
「それが
ルシウスの言葉など全く耳に入っていない様子の女店主リタが目を見開いた。
「いや、まさか⋯⋯でも⋯⋯ちょ、ちょっと待ちなっ!!」
慌てたリタが、荷物に
数冊の本を抱えて戻ってくるなり、鬼気迫った勢いページをめくる。
1冊、2冊と投げ捨て、そして3冊目。
紙が破れそうなほどの勢いで
そのページには細かい説明や年表、そして挿絵が書かれていた。
――骨影の絵だ
リタが血走った目でルシウスを睨みつける。
「どこで手に入れたんだい?」
「言えません」
王国の出自に言及する必要があるからだ。
「この槍の銘は骨影。冥地神ヴリトラの骨を分け与えられて作られた代物で、歴代の槍聖が引き継いできた魔槍。昔、隣国に出現した特級の魔物を退治しに行ったまま、槍聖と共に行方不明になった最上大業物の魔槍だよ」
「最上大業物……ですか」
かつて不滅の魔龍が王国とドワーフを襲った時、ドワーフと
ルシウスはオルレアンス家が数百年を掛けて構築した対魔龍の術式を手にしたから勝てたが、もし骨影の術式だけであったなら、勝利どころか封印すらできはしなかっただろう。
戦った聖戦士の力量は相当であると予想はしていたが、最高の一振りを持つ者だとまでは思わなかった。
かつて共和国とドワーフは親密な協力関係にあったのだろう。
魔武具はドワーフの技術を転用して作られている。さらにドワーフ族の長ダムールの話では、ドワーフは長く共和国に居たらしい。
――なんでドワーフはこの地を去ったんだ?
そんな疑問が頭に
「その最上大業物はどこかで買えますか? リタさんの店じゃなくてもいいです」
リタは、店最高と言った風羽切と骨影を順々に目をやる。
「売ってるわけがない。最上大業物は何代にも渡って四聖たちが継承しているような代物だ。金で買えるような安いものじゃないよ」
四聖。昨日、ヴァルナ神殿で見たばかり。
――やっぱり蚩尤が欲しているのは四聖クラスが持つ魔武具ってわけか
林を駆け回っても、食指が動かないはずだ。
最終手段として、四聖と対峙して無理やりコピーしてもいいのだが、リスクも高い。
なぜなら一対一との戦闘と、一対多の戦闘は別物だからだ。
決闘と戦場の違いと言えばいいのか。
多数の相手が、律儀に順に並んで戦ってくれれば問題はない。魔力と体力が続く限り勝てるだろう。だが、現実の戦闘では、ルシウスの都合など構わず攻撃してくる。むしろ積極的に隙をつき、策を弄してくるのだ。
相手が決して引けない戦いの場合は、特に厄介だ。
四聖や聖戦士のプライドをかけて戦って来るに違いない。
「そうですか。ありがとうございました」
ルシウスは骨影を魔力へと還した。
「骨影に不可視の術式なんかないはず。転移でもさせてるのかい」
「それも言えません」
「⋯⋯秘密の多い男だね」
「リタさんに迷惑をかけるかもしれませんから、知らないほうがいいかと。では俺も用事があるので、これで」
ルシウスは出口へと向かう。
「ああ。また、何か知りたいことがあれば、いつでも来な」
「ええ、お願いします」
店を出たルシウスが大きく伸びをする。
――最上大業物を後3つか。先は長いな
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