第142話 双剣

 夕日に照らされた黒い鎧が、森の中にある。


 蚩尤しゆうをまとったルシウスだ。


 周囲に漂うのは6枚の鉄板。


 うち1枚の鉄板に手を当てて、魔力を込めた。

 鉄板の形が大きく変わり、 グリフォンの羽根がついた魔剣の形を取る。


 刀身をいつくしむように、手で撫でた。


「今まで⋯⋯ありがとう」


 魔剣から何かが抜け落ちるように魔力が霧散する。同時、蚩尤しゆうの全細胞と魔石に刻まれた術式から魔剣の情報が抜けていく。


 そして、剣が元の鉄板へと戻った。

 もう二度とあの剣にはならないだろう。


 ルシウスは近くに木に立て欠けていた2振りの剣を両手に取る。

 蚩尤しゆうが手にすると、短剣のようだ。


 手で握りつぶさないように、丁寧に持ち、さやから2本とも引き抜く。


 そして、2振りの剣を鉄板へと突き刺した。


 新たな術式が全身に書き込まれていくことを確認すると、2振りの剣を鉄板から引き抜き、ふたたび鞘に収めて木へと立てかける。


「蚩尤もありがとう。最下級の魔剣に貴重な1枠を使わせてくれて」


 蚩尤がコピーできる魔武具は6枠しかない。

 かたくなに上級の魔武具にこだわる蚩尤しゆうが、うちの1つを割り当てさせてくれる。


 その判断基準はルシウスにも明確にはわからない。


 思い返せば、もとの魔剣も壊れていたが、なぜか目覚めたばかりの蚩尤しゆうはその剣を求めていた。

 武具に対するこだわり以上に、認めた人間に対する蚩尤しゆうなりの思いがあるのかもしれない。


 ――宝剣の元の使い手って、どんな人だったんだろう?


 そんなことを考えていると、双剣の書き込みが完了した。


 鉄板が変形しながら、2つに別れ、すぐさま双剣の形を取る。


 模倣した魔剣は蚩尤の体格に合わせて、もとの倍ほどのサイズになっていた。

 ルシウスが持てば大剣だが、蚩尤しゆうならばちょうどいい片手剣だろう。


 放られた魔剣を左右に掴む。


 そのまま、素早く振る。


 三度、四度、五度と鋭く風切り音を立てながら、くうを斬った。



 今までも、オリジナルの宝剣と模倣した宝剣で、二刀流を使うことには慣れてはいたのだが、今後は常に双剣を扱うことを意識する必要がある。


 ――ともかく修練と、何より実戦だな


 修練は無論、重ねる。

 だが、それだけでは上手くはなっても、強くはならない。


 実戦経験を積まなくては。

 可能ならば、格下よりも格上がいい。


 そんなことを考えていると、 夕日に照らされた赤い木々の間から20体ほどの鎧兵が現れた。感覚的には15体程度の喰鬼ブートを狩ったところだろう。


 その中に、神輿みこしでもかついだような4体の鎧兵が混ざっている。


 喰鬼ブートの手足を押さえつけた鎧兵だ。

 暴れ藻掻もが喰鬼ブートだが、鎧兵の強力な膂力りょりょくにより掴まれ、全くほどける様子はない。


を待ってた」


 4体の鎧兵が喰鬼ブートを放り投げる。

 一緒にその喰鬼ブートが所持していた魔剣も、だ。


 音もなく四肢で地面へと着地した喰鬼が起き上がり、近くに転がった魔剣をすぐに拾った。


 そして、魔剣を構える。

 刃はルシウスへと向けられた。


 本能的に誰が主であるかを理解したのだろう。


 対してルシウスも、双剣に魔力を流す。


 右手には白い剣。

 冷酷な赤い光が刀身に流れる。


 左手には黒い剣。

 破壊の黒い闇が刀身に流れる。



 右手を前へ、左手を上段に構えたルシウス。


 しばし睨み合う2体。



 先に動いたのは喰鬼ブート

 地面を駆け、斬り掛かった。


 最小の動きでけるルシウス。

 すかさずカウンターの黒い剣を振り下ろす。


 高い金属音が鳴り響いた。


 喰鬼ブートが手にした魔剣で、黒い剣を受け止めたのだ。


 ――左手の斬撃はまだまだだな


 次は右手の白い剣。

 赤い光が刃のふちに沿って、不気味に輝く。


 斬撃を強化した鋭い一閃。


 喰鬼ブート目掛け、赤い光の軌跡を刻みながら振り下ろす。


 ――浅い


 左肩から血を流しながら、喰鬼ブートが距離を置く。


 二刀流や双剣術というのは、通例、利き手ではない方の剣を防御や攻撃の補助に使うことが多い。それはそれで実践的ではあるのだが。


 こと、魔剣においては攻撃手段が刃だけではない。


「やっぱり術式がなぁ」


 ルシウスは魔剣を鉄板に還した。

 もう勝負は終わったとでもいいたげである。


 ルシウスの様子を、苛立いらだちながらにらみつける喰鬼ブート

 まだ勝負はついていないと、顔に書いてありそうだ。


 威嚇いかくうなり声をあげ、剣を構えた。

 そのまま斬りかかるため、魔剣を掲げる。



 そのとき。


 喰鬼ブートが持つ魔剣に、亀裂が入った。

 黒い魔剣を受け止めた箇所である。


 黒い亀裂が急速に周囲の空気を吸い込み始める。


 そして、すぐさま。



 漆黒の直線を引きながら、破裂した。



 闇を撒き散らし、パキッと小気味良い音を立てて、喰鬼ブートが手にする魔剣の切先きっさきが空を舞う。


 喰鬼ブートと魔剣が、急速に崩れ落ち、ちりへと還る。


「防御に使うにしては攻撃的過ぎるんだよな。両手で攻撃できるようにしないと」


 白い剣は宝剣と同じような術式。

 光を収束させることで、せん断力を向上させる。

 ちがう点があるとすれば、おそらく呪いを振りまきながら輝いていることくらいか。


 黒い剣は新しい闇の術式。

 斬撃に圧黒あっこくを乗せて、時差で斬ることができる。


 おそらく斬りつけた場所に、極めて細く鋭い圧黒を作り出し、一気に周囲を吸い込み、破裂する。その結果、切れているように見えているのだろう。



「今日は帰ろう」



 森で喰鬼ブートを狩り続けて、早くも3日め。

 蚩尤しゆうは着実に力をつけているが、劇的とまではいいがたい。おそらく裏返った魔武具がさほど高い等級ではないのだろう。



 ――コツコツやるか



 無崇邑むすうむらの家へと続く帰り道は、すでに慣れ始めた道である。

 慣れた様子で、扉を開けたルシウス。

 

「ただいま」


 扉を開けるなり、巫女候補サイと仮面を付けたプリエナ、2人の歌声が耳に飛び込んできた。


『深き海よ、無限の水ヴァルナよ。汝の秩序、清き道を見守りたまふ。天と地を繋ぐ大海よ、汝の瞳は――』


 歌声がヒタと止まる。

 2人共、ルシウスが帰ってきた事に気がついたようだ。


「おかえりー」


 手を振るプリエナ。


「お、おかえりなさい」


 サイがプリエナの後ろにサッと隠れた。

 まだルシウスには人見知りするようだが、日中、ずっと一緒にいたプリエナには早くもなついたようだ。元々の性格もあり、人には好かれやすいのだろう。


「また讃美歌? 朝も歌ってたね」


「クアドラ神へ捧げる讃美歌は日々の巫女のたしなみだから〜」


 プリエナは腰に手を当てて、得意げな様子だ。巫女としての振る舞いを教えていることで何かのプライドでも出てきたのだろうか。


「旅の途中は、全然、歌ってなかったじゃん」


「しっ! しいいぃーーっ!」


 口もとに人差し指を当てて、必死に抵抗する。


「はいはい」


「やめてよね、まったく! それよりルシウス、お腹減ったー」


「作る作る」


 そう言いながらルシウスは、魔剣を棚におき、手を洗い、エプロンを腰につけた。

 料理を作るのはルシウスの仕事である。


 なぜならプリエナは料理ができないからだ。

 旅の途中で一度だけ作ってもらったことがあるが、長い沈黙のあと、二度と作らせないと誓ったことを今でも忘れていない。


 四大貴族に生まれ、幼いうちから神殿に預けられ巫女候補として生活していたため、料理をする習慣などなかったらしい。


 これに関してはプリエナが珍しいわけではない。


 元来、貴族というのは、そういうものだ。


 基本的に家事炊事などは、全て従者に任せることが当たり前であり、それが領の経済にとっても責務でもある。


 だが、元々貧乏貴族の生まれであるルシウスは、並の家事をある程度はこなしていた。また東部にいたときにはローレンと一緒に家事をしていたため、生活力は貴族にしては異様に高いのだ。



 テキパキと塩漬けされた野菜と肉の食材を下ごしらえし始めたルシウス。


親疏しんそたい


 圧黒の術式を発動。

 小さな2つの黒い球が、頭上に浮かび上がる。


 すると、圧黒に吸い寄せられ、宙へと舞い上がる食材。

 引っ張り合わせ、ちょうどいい位置で固定させる。


「はわぁ」


 巫女候補サイの驚嘆の声が漏れた。


「相変わらず器用だねー」


「これは練習だから。遠隔えんかくたい拡狭こうきょうたい


 薄っすらとした赤い炎が肉と野菜を包み、一瞬で焼き上げる。


 次に、吸い寄せられた鍋には朝、仕込んでいた根菜のスープだ。

 それも竜炎りゅうえんで中まで一気に熱を浸透させる。


 竜炎の術式は、熱伝導率を無視するため、料理にはもってこいなのだ。


 だからと言って簡単というわけでもない。火加減を間違えば食材どころか家まで丸焼けにしてしまう。


 遠隔えんかくでピンポイントに、広げ過ぎず、せばめ過ぎずに発動させる必要がある。


「よし、次」


 さらに複数の圧黒の玉を作り出し、魔力同士が引きつけ合う複雑な力場りきばを作り出した。


 皿と食器が、勝手に浮き上がり、テーブルへと置かれる。

 空を舞った料理が、皿の上に注がれた。


 あとはパン。


 パンも作る家は多いのだが、パンは時間管理を厳密にする必要がある為、日中、出かけていることが多いルシウスには難しい。

 家主のアヌシュカに分けてもらったものを、そのまままバケット事テーブルの中央においた。


「食べようか」


 パチパチとサイが目を輝かせて、手を叩く。


「何回見てもすごいです。絵本で見た魔法使いみたい」


 この世界に魔法使いの絵本があるというのは初耳だが、共和国にはあるのだろう。


「サイも式術の訓練をすればできるよ」


「本当ですか!?」


 正直、端から見ているほど楽ではなく、かなり神経を使う。なんなら手でやるほうが楽なくらいだ。


 だが、実生活での応用に勝るトレーニングはない。

 ルシウスは家の中では、式術を使えるところは使うようにしている。


「もちろんだよ」


 初日にサイから教えてもらったが、共和国には式術という技術は伝わっていないらしい。詠霊と契約する巫女たちには必要ない技術体系だったのだろう。


「いや、無理無理。術式が重力系じゃないといけないし、それ以前に詠口魔核の私たちには難しすぎるからー」


 プリエナの言葉にシュンとするサイ。


「得意じゃないだけで、できなくはないでしょ。サイも重力系の詠霊と契約したら教えてあげるよ」


「そう⋯⋯ですね」


 困った顔をするサイ。

 話を変えるようにプリエナが口を挟む。


「ねえ、ルシウス。そういえば、あの物を硬くするやつは使ってなくない?」


鋼衣こういたいね。あれは一番応用が難しい、というか使い勝手に差がありすぎるんだよね」


 物を硬くするというのは戦闘では使うこともあるが、常時発動というわけにはいかない上に、術式を経由していない為、劇的に防御力を上げるわけでもない。


 蚩尤しゆうには盾もある。普通の攻撃ならば盾で防ぐか、避けた方が圧倒的に魔力を消費しないのだ。


 結果、トレーニングはするが、実戦でも、ここぞと言う時の補強程度にしか使っていない。料理でいえば包丁で太い骨を切るときくらいか。


「だいたいの物事には優劣が出ちゃうのは宿命よねー、ヤダヤダ」


拡狭こうきょうたいはまだ使い勝手がいいよ。魔力や術式を広げたり縮めるたりできるから」


「そりゃねー。詠霊は広範囲に術式を拡大させて、力場を作るのが本職だから」


「だから、サイもできるところから、やっていけばいい」


「はっ、はい」


 また目をうつ伏せたサイ。


 そんな話をしながらご飯を食べ始めた3人。


 とはいっても、共和国では1日の中でメインの食事は昼ご飯である。晩ごはんは簡素なことが多いため、すぐに食べ終わった。

 片付けを全員で済まし、狭いリビングの中で思い思いの場所に腰掛ける。


「そういえばルシウス。【鍛刃たんじんの業】は習った?」


 ソファーで仰向けになったプリエナが話を振ってくる。


「たんじんのごう? なにそれ?」


「魔剣を鍛える方法」


「ああ。パラヴィスが時間が出来たら教えるって言ってたっけ」


「私が教えてあげようか?」


 ごろりとソファーの上を回転したプリエナ。


「知ってるの?」


「もちろん。似たようなことは神殿だと毎日の日課だったしね。魔武具ではやったことなかったけど、今はこの子にやってる」


 プリエナがソファーに立てかけた刺突剣を軽く叩いた。

 神殿と魔武具の関係はよくわからないが、魔剣を鍛える方法は、ぜひとも知りたい。


「ああ、お願いするよ」


「いいよ。座って、まず魔剣を両手の上に乗せて」


「こう?」


 ルシウスは坐禅ざぜんのようにして床に座り、双剣の両端を両手の上へと置いた。


「そうそう」


 巫女候補サイも興味深そうに眺めている。


「右でも左でもどっちでも良いけど、魔力を流してみて。片方から、もう片方にかけて満遍まんべんなく」


 ルシウスは言われるままに左手から魔力を魔剣へと流す。魔剣を流れた魔力が空中へと飛散した。


「ハイ、おしまい」


「え⋯⋯これだけ?」


 あまりに呆気あっけない。


「基本はこれだけ。応用編としては反対側の手から体に戻す方法とか、魔力を魔剣で圧縮する方法とかあるけど、慣れてきてからな」


 ――魔力を圧縮して、戻すか


 このまま垂れ流すよりも戻して再利用する方が、確かに効率的だろう。


 ルシウスは魔剣へと流し、魔力を圧縮する。

 光の宝剣を使うときに、周囲へ四散させる光を凝縮する感覚だ。


 術式を発動させずに、魔力のまま凝縮させた。


 ――できたかな?


 濃くなった、魔力を右手で受け取り、再び魔剣に流すために回収。


「へえ!? って、ルシウス、一発で出来てるじゃん!?」


 驚いたようにソファーから飛び起きた、プリエナ。


 だが、それ以上に驚いたのは、誰でもない。

 当の本人のルシウスである。


 ――まさかっ


 魔力を受け取る前より、魔核のしているのだ。

 わずかではあるが、間違いない。


 その濃い魔力が還った時の感覚には、覚えがあった。





「これ、【縮魔しゅくまれん】だ」

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