第140話 輝閃剣の再誕

 人集りが徐々に割れていく。

 言われるがままに、パラヴィスと共に前へ進み出たルシウス。


 神祭司たちの前まで来ると、まずパラヴィスが膝を付き、口上こうじょうを述べる。


「槍衆が長パラヴィス。我が弟ルシウスの魔剣が役目を終えました。再び、魔剣をより賜りたく」


 観衆たちがどよめく。


「見ろよ、槍衆の長だってよ」

「あぁ⋯⋯あの無崇邑むすうむらの。まだ兄弟がいたのね」

「もう魔槍は終わりだな、衆長の弟が魔剣だとよ。確か息子もだろ?」


 神祭司たちが、観衆のどよめきを抑えるように手を上げる。


「静粛に」


 呼びかけにより、皆が静かになったが、一人だけ大声を上げた者がいた。


「誰だ、そいつは? 俺は剣衆だが、そんな奴を見たことがないぞ。それに、その魔剣は何だ。神である詠霊以外の力を宿した魔武具など、100年は作られていないはず」


 魔剣をおいに与えていたナサールという男だ。


「⋯⋯末弟だ。倉庫でほこりを被ってた魔剣を使っていたが、ついにガタが来てな」


「魔剣を扱うのにヴァルナ神殿に顔を見せていないのか? お前の息子タイラスは来ているのに。それに、俺はお前の弟スーリアとは旧知だったが、弟がいるなどと聞いたことがない」


「こいつは生まれつき病弱でな。剣衆の訓練にはついてけない。むらでは商人の手伝いをしているから話にしなかったのだろう」


 剣衆の第3席ナサールがまだ納得いかない様子だ。


「……本当か? まつろわぬ槍衆の言う事など聞けたものではない」


「ナサール。信じようが信じまいが、お前には関係ない」


 ピシャリと言い切ったパラヴィス。それ以上、邪魔をするなという威圧を込めて。

 その威圧に押し切られたのはナサールが、数歩後ろへと下がる。


「クソッ。まあいい。そいつを村の奥にでも隠しておくことだな。あの出来損ないのスーリアと同じ末路にならんようにな」


 パラヴィスの体から怒りをはらんだ魔力が立ち登る。



「⋯⋯⋯⋯何?」



 ――なかなかの威圧だな


 騒然とする観衆たちにも、どよめきが広がった。


 うち、数名の聖戦士たち咄嗟とっさに魔剣を抜く。

 まだパラヴィスは魔槍を背負ったままで、手にもしていないが、その殺気にも似た意識を感じ取ったのだろう。


 パラヴィスが強いことは疑いようがない。

 本気で戦えば、並の戦士や魔術師では手が出ないだろう。



 ホールに緊迫した雰囲気が立ち込める。



「止めよ」



 突如、男の声が響いた。


 そして、騒然としていた声が一斉に止み、その場にいる者達が次々に膝を折っていく。

 神祭司たちも、パラヴィスもだ。


「ルシウス、お前もだ」


 パラヴィスに手を引きずられるようにして、ルシウスも見よう見まねで顔を落とす。


 皆が頭を垂れた先にいるのは、女と男の2人組だ。


 一人は男は40歳ほどの大男で、大盾を背負っている。

 もう一人は女は弓を背負っている。


 男の方が声を上げたのだろう。


「これは盾の四聖クォデネンツ様。ヴァルナ神殿までお越しいただき、ありがとうございます」


 すぐそこにある大釜の横にいた、神祭司が声をあげる。


 ――あれが四聖


 確かに、ただならぬ気配を感じる。

 まるで突然すぐ近くに山でも現れたような感覚だ。


「何事だ。神聖な魔武具を得る場で、口論などての外」


「はっ。申し訳ございません」


「あら、いいじゃない。元気そうで。我がインドラ神はそういう騒がしいのは好きよ」


 盾の四聖クォデネンツの肩にひじを置いたのは妙齢の女。女は大弓を背負っている。


「弓の四聖サリアン様もご機嫌麗しく」


 ――痛ッ


 目の奥に鈍痛が走る。

 珍しく蚩尤しゆうが高揚している。


 2人が持っている大盾と大弓に反応しているのだ。

 その存在感は魔槍 骨影に引けを取らない。


 間違いなく最上級の魔武具だ。


 少しだけ。

 ほんの少し鉄板で触れるだけで、模倣はできる。


 ――今はまずい。蚩尤しゆう、待ってくれ


 顕現しようとする蚩尤を無理やり押さえつけた。


 この場で蚩尤の姿になろうものなら。

 四聖の2人の魔武具を模倣しようものなら。

 

 どれほどの混乱を引き起こすかもわからない。最悪、聖都中の聖戦士たちと敵対してしまう可能性すらある。


「おい、大丈夫か? ルシウス」


 痛みをこらえるルシウスへと心配そうにパラヴィスが小声で話しかけた。


「くっ⋯⋯大丈夫」


 ルシウスが答えた直後。

 平伏した者が、さらにその頭を深く下げる。


 皆、床にひたいを擦り付けそうな程だ。


 垂れる前髪越しに垣間見ると、2人の四聖の背後から、更に2人の女が歩いてくる。背後に多くの聖戦士を引き連れながら。


陽炎神アグニの大巫女、空雷神インドラの大巫女。ようこそ、おいでくださいました」


 2人の巫女はまだ若い。

 20代中頃と、10代後半と言った所か。


 うちの1人の女が、盾の四聖に向かって、苛立たしげに声をあげた。


「クォデネンツ。私を守護するはずの盾が、私を置いて、立ち話とは関心しないわね。貴方は、この私を、ひいては陽炎神アグニを守るのが責務でしょう」


 盾聖クォデネンツが自分より若い20代の陽炎神アグニの大巫女に頭を素直に下げる。


陽炎神アグニの大巫女カリナよ。お前の言う通りだ」


「ふんっ、分かればいいのよ」


「カリナ様。いいではありませんか、聖戦士たちに規範を示すのも四聖たる者の責務です」


 陽炎神の巫女カリナの横で笑う10代後半の少女。

 魔弓を背負った四聖サリアンが背後から少女に抱きつき、指を絡める。


「あら、私の愛すべき空雷神インドラの大巫女ナヴィア。大巫女カリナのように少しは嫉妬の炎を燃え上がらせて欲しいわよ」


「ふふっ、サリアンさん。風も雷も縛れるものはありませんよ」


 畏まる者達を気にもとめず、会話するものたち。

 そういった者を王国でも見たことがある。

 四大貴族だ。


 つまり、共和国に置いて高い地位にある者達であることは明白だ。


 さらにルシウスは神経は2人へと向けられた。


 ――クアドラ神の大巫女⋯⋯なんて魔力だ⋯⋯


 もしかすると、いや確実にルシウスより魔力量が多い。

 1つしか魔核を持っていないはずなのに。


 まだルシウスは【縮魔の錬】を行っていないとはいえ、ルシウスを超える魔力量を持つ人間など、王国にはいなかった。


 それが2人も同時に現れたのだ。驚きを隠せない。


「あれ?」


 突然、10代後半の巫女が辺りを見回す。

 しばらく周囲を見回した後、頭を下げたルシウスがいる方で目を止めた。


「ナヴィア、どうしたの?」


 その様子を不思議そうに見る魔弓の四聖サリアン。


「とてつもない気配を空雷神インドラが感じてます。ラーヴァナ? いや⋯⋯え? なに、これ⋯⋯もしかするとクアドラ神たちよりも上?」


 ――まさか⋯⋯サマエルの気配を感じ取ってるのか!?


 サマエルは巧妙な魔力操作により、その気配を殺している。

 まさか感じ取れる者がいると考えていなかった。


 視線を避けるように、顔を伏せて隠すルシウス。


「クアドラ神以上の存在などありないわ。幻水神ヴァルナの気配に決まっているでしょう。今日はそのために来たのですから」


「しかし、私のインドラは風詠かぜよみが上手なのですよ?」


「はいはい」


「本当なんですってばぁ。カリナ様」


 空雷神インドラの大巫女の言葉を適当に受け流す、陽炎神アグニの大巫女カリナ


「邪魔をしたわね。魔剣の授与を続けなさい」


 陽炎神の大巫女カリナが畏まる神祭司に対して、続けるように指示を与える。


「「「はっ」」」


 神祭司たちが顔を上げて、もう一度ルシウスたちを向く。


「再開しよう。大巫女たちが到着した今、【奉還の業】まで時がない」


 神祭司が仕切り直すように手を上げた。


「さて、パラヴィスの弟ルシウスよ。汝は世の安寧のためにその力を振るうと、魔剣の主ヴァルナに誓えるか?」


 これ以上、儀式を滞らせたなくないのだろう。

 それはルシウスも同じである。蚩尤をいつまで押さえつけておけるかもわからない上に、サマエルの気配まで感じ取れる者の近くに長居するのは良い策とは思えない。


「……はい。誓います」


「では、血を与えよ」


「はい」


 ルシウスは立ち上がり、大釜の前に立つ。

 その時、少女の声が上がる。


「あっ⋯⋯あああ! この凄まじい気配は貴方ですね!?」


 ルシウスへと指を差しているのは、先程サマエルの存在を感じ取った空雷神インドラの大巫女ナヴィア。


 いち早く反応したのは弓聖と盾聖の2人。

 雰囲気が一転し、各々の魔武具に手を静かに添える。


「ん? どういうことだ」

「クアドラ神以上の存在?」

「あれが?」


 一同の視線がルシウスへと注がれた。

 パラヴィスや他の神祭司もだ。


 一人プリエナだけが、ビクと肩を震わせた。仮面の下の表情はわからないが、冷や汗を流しているかもしれない。


 ――どうしようか


 この場でどう振る舞うべきか迷う。

 それでも最悪のケースを想定して、プリエナとパラヴィスを連れて脱出する経路を横目で確認するルシウス。

 どうせなら四聖の魔弓と魔盾に触れられるルートで。


「ナヴィア。まだ貴女はそのようなことを」


 陽炎神アグニの大巫女カリナはあきれた顔だ。

 それに対して、空雷神インドラの大巫女ナヴィアを息を巻く。


「見てて下さい、カリナ様。今から魔力量がわかるのですから」


 一同の視線がルシウスへと集まる。

 皆、興味津々のようだ。


 ともかくギリギリまで状況を見定めていいだろう。


 ――とりあえず儀式を進めるしかないか


 ルシウスは自身の掌を光の宝剣で切り、血を流す。

 血が大釜へと滴り落ちた。


 そして。



 湧き上がった煙の色は青色。



「⋯⋯⋯⋯⋯⋯あれ?」



 空雷神インドラの大巫女ナヴィアが呆然とする。



「ぷっ」


 陽炎神アグニの大巫女カリナが堪えきれないとばかりに、吹き出した。


 続くように、「「「ははははっ!!」」」部屋全体が揺れるのではないかというほどの笑い声がおきた。


「青って! こんなに低いのは今まで見たことがないぞっ!?」

「⋯⋯病弱というのは本当だったのね」

「いくらなんでも酷すぎる」


 状況がよくわからず、横のパラヴィスを垣間見ると、少し落胆の表情を見せている。


「コホっ⋯⋯1つ目か。出来る範囲でよい。精進を重ねるように」


 気を取り直した神祭司が、何の期待もしていない声で、決まりどおりの言葉で語りかける。


 ――1つ目ってことは、6級の魔力量か


 おそらく大釜による魔力鑑定は潜在的な魔力量を図るものではなく、現状の余剰魔力量を図るものだのだろう。


 今、サマエルを始め邪竜と蚩尤が、あらん限りの魔力を吸い上げている。

 常に残存魔力はほとんど無いため、6級程度というのは妥当だ。


 先程の子どもは4級で赤、今のルシウスは6級で青。

 同じ色の対応を見たことがある。


 ――なるほど、スライム偽核と同じ色か


 スライム偽核は含有している魔力量によって色が変わる。一番下の青から、一番上の黒銀または白銀まで。

 どちらもドワーフと関係があるものなので同じような色の対応になっているのかもしれない。


「おかしいな? 確かになにかを感じたはずなのに」


「クアドラ神を超える存在などいるわけがないでしょう。行きますよ」


 2人の大巫女と2人の四聖が興味を失ったように神殿の奥へと向かう。

 それに続く四聖たちと引き連れられた聖騎士たちが神殿の奥へと向かっていく。


 ――良かった。行ってくれた


 内心、安堵するルシウスする笑う声が響く。


「これは傑作だな! お前の弟スーリアが口にしなかったのも納得だ! 恥ずかしてく人前では言えんだろうな」


 嘲笑するのはナサール。

 ルシウスはもとより、パラヴィスと喰鬼ブートになってしまった弟に対するあざけりも多分に含まれているように思えてならない。


 パラヴィスが先程と同じように再び、鋭い視線を向けた。

 だが、今度は素早く神祭司がそれを制する。


「静粛に。では、その剣をこちらへ」


 神祭司が大釜へと手を差し伸べる。

 入れろ、ということだろう。

 生まれ直しという言葉からすると、もうこの剣に触れられるのは最後かもしれない。


「はい」


 ルシウスは掴んだ光の宝剣へ目を落とす。

 わずかに躊躇ためらった後に、ゆっくりと大釜の中へと宝剣を入れた。


 大釜の中から、金属が当たる高い音が2度3度鳴った後、一番奥底で横になった宝剣。


 次の瞬間、宝剣が一気に溶けていく。


 酸に漬けられた鉄のように、ジュワジュワと泡と立てながら。

 ずっと共にあった魔剣が、眼の前で崩れていくのだ。

 その姿に胸が締め付けられながらも、己の目に焼き付けるルシウス。


 だが、感傷ばかりに浸ってはいられない。

 儀式は続いていく。


「よろしい。ならば、魔剣に捧げる魔に希望はあるか?」


 先ほどはヤクシニーという詠霊の魔力を与えていた。

 通例に従うべきか、それとも。


「⋯⋯捧げる魔物の魔力は何でも良いのですか」


 ルシウスが尋ねた魔物という言葉に、顔をしかめた神祭司。


「魔剣に宿る術式は、通例は神から賜ることが良いとされるのは知っているだろう」


 プリエナの話では魔武具に込める術式の元は魔物からもらうらしい。考えてみれば光の宝剣の術式も、グリフォンからもらったものだ。


 ――やっぱり光の術式がいい


 ヤクシニーという詠霊が光の術式を持っているということはないだろう。

 そして、魔物の魔力を宿したものなど持っていない。


 だが、宿なら右手にいる。


「⋯⋯すでに用意してあります」


 ルシウスはを差し出し、大釜へと手を入れた。


 先程までルシウスの魔力量の低さを笑っていた者達が、皆一様に興味津々に見てくる。ヤクシニー以外の魔力を流し込むことが本当に少ないのだろう。


 ルシウスは右手に宿る存在、破滅の光の術式を持つ存在から魔力を引き出し、大釜の中へと流し込む。


 そのとき、左手がうずく。


 邪竜からの呼びかけである。


 ――邪竜、お前も使ってほしいのか?


 おそらく、サマエルに対する対抗心からだろう。


 邪竜の術式は闇、火、水である。

 血竜のワイバーンも含めれば毒の他、大量の術式を使えるが、主要な術式ではない。


 考えてみれば、悪くないように思う。

 圧黒の術式は使い勝手がよい術式で、ルシウス自身がよく使う。


 竜炎も光の術式とは相性が良さそうだ。

 驟雨しゅううの術式は、どちらかと言えば治癒寄りの術式だが、使いようはあるだろう。


 ――やってみるか


 ルシウスは右腕を引き抜き、次は左腕を差し込んだ。

 そのまま邪竜の魔力も大釜へと流し込む。


「これで大丈夫です」


「⋯⋯良かろう」


 続いて、砂鉄と土を混ぜ取り出し、ねながら剣の形に整える。


 出来上がったのは紙粘土の出来た剣。

 大きさをルシウスの体格に合わせたのか、先程の子供用より大ぶりの片手剣だ。


 紙粘土の剣が壊れないように、優しく手にするルシウス。


「魔力を流すのだ」


「はい」


 ルシウスは、サマエルたちに魔力消費を押さえるように命じた。

 特級の偽核と4つの魔核から生産される魔力を息を整える間、僅かな時間だが貯める。


 そして、魔力を一気に流し込む。


 急激に流し込まれた魔力により、包んだ粘土をすべてがれ落ちる。


 そして、崩れた粘土の中から出てきたのは。



 




「これは⋯⋯双剣?」

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