第139話 魔剣の誕生

 魔剣を生まれ直しできるという『大瓶おおがめの間』へと向かう3人。


 神殿の奥へと進み、人が少なくなった所で、パラヴィスが耳打ちした。


「ルシウス、ここでは俺の弟で通せ。バレて捕まったら、即日処刑になるぞ」


 あっさりとパラヴィスには受け入れられたため忘れていたが、本来、聖域への侵入は重罪なのだ。


 理由は喰鬼ブートが関係していると予測する。


 宗教というのは良くも悪くもイメージが大事である。

 聖都には魔物と化した元聖戦士たちがうごめいているなど、醜聞が過ぎるのだ。


 勝手に来られては困る。


 それでも勝手に入ってくる者はおり、おそらく多くは森の喰鬼ブートにより殺されてしまう。


 当然、喰鬼ブートに殺されました、などとは発表できない。

 整合性を合わせるため、聖域への無断侵入による死罪として、体裁を保っているのだと考えるルシウス。


 ――大国のメンツがかかってるからな


 結果と原因が逆なのだが、それでも体裁を保つために何でもするだろう。


「わかった」


 ルシウスは静かにうなずいた。


 しばらく歩いて辿り着いた場所は先ほどとは違うホールだ。


 20人ほどの人集ひとだかりがある。その視線が集まる奥には、白い服を着た数人の神祭司たちがいた。


 しかし何より目を引く物がある。


 ――かめというより大釜おおがまだな


 大人の背丈ほどある大釜おおがまを神祭司たちが囲む。


 一見すると鉄製の質素な大釜おおがまだ。

 その大釜おおがまの横には、岩で作られた机のようなものがある。何かを置く台だろうか。


 眺めているうちに人集ひとだかりの中から2名が前へ進み出て、神祭司へと頭を垂れた。

 位置からして大釜おおがまに頭を下げているようにも見える。


 ――大人と子ども?


 顔を上げた大人の方を見るなり、文句を独りちるパラヴィス。


「よりによってアイツの次かよ」


「これは……何が始まるの?」


「魔剣の製作だな。あの子どもへ与えるんだ」


 ――あんな子供に


 考えればパラヴィスの息子タイラスも幼いながら魔剣を保持している。

 かなり若いうちから与えるのがしきたりなのだろう。


 前方で淡々と儀式が続けられる。


「我は剣衆つるぎしゅうが第3席ナサール。我が甥バドラに新たな力をトヴァシュトリよりたまわりたく」


 横に並んだ3、4歳の少年が戸惑いながら落ち着きなく辺りを見回している。怯えていると言ったほうが適切か。


 その子どもへ神祭司が低い声で語りかける。


「ナサールが甥バドラよ。なんじは世の安寧のためにその力を振るうと、魔剣の主ヴァルナ神に誓えるか?」


 半口を開けたままだった子どもが、付き添い人ナサールにせっつかれ、慌てて「う、うん」と答えた。


「よろしい。ではこちらへ」


 大釜おおがまへと手を差し向ける神祭司。


 子どもが不安そうに付き添い人ナサールへと目をやった。その瞳には涙が浮かんでいる。


「バドラ。我慢しろ」


 ナサールと名乗った男が、子どもの手をなかば無理やり掴み、大釜おおがまの上へと出させた。

 そして、もう片方の腕で、背負った剣を抜く。


 幼子が「いやあッ」と泣き声を上げる。


 だが、周囲の大人たちはまゆ1つ動かさない。腕組みしたパラヴィスも、鉄仮面のプリエナもだ。


 小さな手のひらに剣を当て、小さな傷を作る。血が指先を伝い、大釜おおがまの中へとしたたった。


 大釜おおがまから緑色の煙が薄っすらと上がる。


「緑……2つ目だな。精進を重ねるのだ」


 ナサールが恥ずかしそうに、涙を流す子どもを背後へと戻し、神祭司へ一礼をする。


 その光景が、かつてルシウス自身も受けた【鑑定の儀】と重なった。おそらく共和国なりの、魔力を授けられた子どもたちへの洗礼なのだろう。


 気になるのは「2つ目」という言葉だ。聞き覚えがある。


「そういえばサイは7つ目と言われてたけど」


 少女サイののどあたりにられたイレズミを見て思い出すが、『つ目』という言葉は同じだ。

 パラヴィスが小声で答える。


「魔核の魔力量のことだな。1つ目が一番下で、7つ目が一番上だ」


 ――つまり魔核の等級か


 王国では一番下が6級から1級、さらにその上、特級の7段階で魔力量が鑑定される。おそらく王国とは違い、一番下の魔力量から順番に上がる呼び方なのだろう。


 指折り数えるルシウス。そして7つ目の指を折ったときに目を見開いた。


「ってことは、サイの魔核は……特級?」


 プリエナが頷く。

 ルシウスは4つの魔核を持っており、それぞれが1級に達している。だが、どれも特級には及んでいない。


 つまり、魔核一つに限ればルシウス以上の魔力量を、まだ幼いサイは保持していることを意味している。


「そう。サイはあの齢で特級なの。このままいけば間違いなく大巫女――」


「始まるぞ」


 2人の小話をさえぎるように、パラヴィスが呼びかけた。再び前へと視線を移す。


「よろしい。ならば、魔剣に捧げる神に希望はあるか?」


「……れいって」


 付き添い人ナサールが申し出る。


 その言葉を受け、背後にいた1人の神祭司が前へ出た。

 一人の老婆だ。


 老婆は不思議な歌を歌い始めた。すると、背後に魔法陣が浮き出した。


 魔法陣の中にいるのは。


 ――詠霊か


 豊満な肉体を持つ美しい体の女が、包丁のような短剣を両手に持ち、魔法陣の中で微笑んでいる。


 それでも異形とわかるのは、肩、背中、腹から枝が乳房や陰部を隠しているからだ。


「ヤクシニーという詠霊よ。生命の豊穣を司る鬼神でソーマの眷属神ね。大抵の魔武具は彼女の魔力を使うの」


 プリエナが説明してくれる。


「魔剣を作るのに魔物を使うのか」


「術式の元になる魔力が必要だからね〜」


 ヤクシニーの腕だけが魔法陣から出ると、女の横にある大釜おおがまの上へと置かれた。そして手のひらから何かがこぼれ落ちる。


「詠霊が魔力をかめに注いでいるのか」


「そうね」


 続いて、大釜おおがまへと皮の袋に詰めた砂鉄が流し込まれた。最後に粘土のような柔らかい土が放りこまれる。


 それを神祭司たちが祝詞のりとのような言葉を口にしながら、ヘラでこねていく。


 30度ほどかき混ぜた後、大釜おおがまから取り出されたのは、砂鉄が溶け込んだ黒っぽい粘土の塊。


 取り出した粘土を大釜おおがまの横にある岩机いわづくえへと置く。


 一人の神祭司が土を器用に、短剣の形へと整えていく。

 

 前世でコスプレか何かで使うために、発泡スチロールと紙粘土で作った模造品を見たことがあるが、それに近い。


 ――あんなもの、どうするんだ?


 どう見ても実用性があるとは思えない。


「ナサールが甥バドラ。魔力を流し込むと良い」


 目をらした少年が、その粘土へと触れて、魔力を流し込む。


 すると、紙粘土で出来た短剣の一部が、がれ落ちた。

 

 そして鎌の様な返しがえる。


 ――刃!?


 土で出来た短剣の一部に刃が見えたのだ。鍛えられた鋼のように鈍色に光を放っている。


「良き形態変化だ。先々代の剣聖も同じ鎌の術式であった」


 神祭司の言葉に付添人のナサールが安堵する。周囲の魔剣を持った者たちも期待の視線を送った。


 納得がいかないのはルシウス。


「……ありえない、いくらなんでも鍛造たんぞう工程を無視し過ぎている。魔力を使ったと言っても、粘土と砂鉄を混ぜて、いきなり剣にするなんて」


「私も何回見ても不思議〜。あれはいにしえのドワーフたちが作った特級遺物だからね~。元は青の時代にあった遺物を改修したもので、今では再現もできてないんだって」


「ドワーフたちが……」


 思い返せばそんな話をドワーフ族の長ダムールから聞いたことがある。かつてドワーフは共和国に長くいた時代があったと。


「まあ、あれで完成なわけじゃなくて、持ち主の魔力できたえないといけないから、刀鍛冶がつちやすりでやるか、自分の魔力でやるかの違いしかないけど」


 その口ぶりからして、気になることがある。


「……プリエナはドワーフたちのことを知っていたのか」


「うん、知ってたよ。彼らが悪い存在じゃないって。だから、ルシウスを暗殺するときに人がいない場所を選んだんだけど、まさか地下にいるとはね」


「やっぱり殺すつもりは無かったんだな」


 プリエナは首を振った。


「意図は関係ない。過程や事情が考慮されるのは民だけ。私たち貴族が重視されるのは結果よ。だから私の罪なの」


 プリエナの瞳には一歩も譲るつもりはないという強い意思が込められている。


「そう……だな」


 言葉を飲み込んで首肯したとき、パラヴィスに肩を叩かれた。



「次はルシウスだぞ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る