第138話 聖都

「すごい吊橋つりばしだな」


 ルシウスたちは橋の上にいた。その場にいるのはルシウス、プリエナ、パラヴィスの3名。


 奈落に浮遊する岩山と岩山の間に掛けられた吊橋だ。


 その吊橋は小川に掛けられるようなものではなく、馬車がすれ違えるほど立派である。実際、ひっきりなしに貨物を乗せた馬車が行き来している。


 そして街道のように、吊橋の途中に本道から分岐するように小さな吊橋が伸びており、それぞれが周囲の岩山に繋がっていた。


 吊橋が街道の代わりというのは、前世でも見たことがない。


「……高いな」


 対照的に、眼下には底が見えぬほど暗い闇が広がっている。


「なになに? ルシウス怖いの~?」


 プリエナが茶化すように、ルシウスのほほをつつく。


「俺は北部出身だよ? 高いところが怖いなら騎獣には乗れない」


「なら、なんで下をずっと見てたのよ?」


「この大穴、奈落が自然にできたとは思えないなって。それに、あんな大きな岩山がなんで浮いてるのか不思議でさ」


 自身が歩く吊橋の先につながる岩山を指さした。先頭を歩くパラヴィスが振り返る。


「奈落は天を覆い隠す大地の神ヴリトラが作ったものだ。俺たちが失った神でもある」


「大地の神ヴリトラ?」


 大地なのに、天を覆うとはどういう意味だろうか。地面なら下ではないかという疑問が湧く。


「なんで地なのに――」


「着いたぞ。聖都だ」


 質問を仕掛けたルシウスの言葉に被せるようにパラヴィスが前方を指さした。


 気がつけば、吊橋の終端についていた。眼の前に広がるのは、奈落の中央にある巨大な岩山の上部だ。すぐ横にあと3つの岩山がそびえている。


「……街だ」


 岩山の上部から頂上にかけて、段々と家屋や店が立ち並んでいる。岩山の最上部には、巨大な寺院が鎮座していた。


 ぱっと見えるだけでも、王国の大都市といって差し支えないほどの規模だ。一周すれば数キロはあるだろう。


「懐かしい~。へぇ、あそこの酒場、まだあるんだ。店主が無愛想なのに」


 プリエナは辺りを見回している。

 魔剣の生まれ直しをするだけなので、プリエナには関係ないのだが、久々に中を見たいと言って無理に着いてきた。故郷に近い場所なのだから仕方ないだろう。


「ここはヴァルナ神殿だな。狭義には頂上の神殿のことを言うが、普通、この街全体を指すことの方が多い」


 ノア教の主神クアドラ神の1柱、幻水神ヴァルナの名前と同じである。

 その名前から、ある予想がつく。


「もしかして他の岩山には⋯⋯」


「正解~。中央にある4つの岩それぞれにクアドラ神の神殿と街があるの」


「この規模の街があと3つも……だとしたら王都以上の大都市だ」


「4つの神殿以外にも、周辺の眷属神たちがいる岩山にも町や村があるからね」


 プリエナは先ほど渡ってきた吊橋が分岐していた周囲の岩山を指さした。


 ――さすが三大国の一角


 これだけの人口を支えるだけの食料品や生活必需品を、岩山でまかなえるとは思えない。聖域外の共和国全土から運び込まれているのだろう。


 生産のための拠点ではなく、宗教国家としての中枢機能と軍事力を維持するためだけの街だとしたら、その規模と国力の違いは圧倒的だ。


 圧倒されながら、ルシウスは眼の前の街、ヴァルナ神殿へと目を向けた。


 街には人が行き交い、多くの人がひしめいている。


 だが、穏やかなのか、まるで喧騒を感じない。

 子どもたちの笑い声や商人の話す声が聞こえる程度で、目を閉じると多くの人が住んでいるとは思えないほどに。


 ――質素というか、慎ましいというか


 服装は無崇邑むすうむらと大差がないようだ。

 そして神殿や周囲の建物も荘厳な景観だが、華飾というほどではなく、日本でいう詫び寂びに近い雰囲気を感じる。古くとも、大事に丁寧に扱われているのだろう。


「魔剣」


 一点、無崇邑むすうむらでは多くが魔槍を身に着けていたが、ヴァルナ神殿では魔剣を装備している人が目につく。


「ヴァルナ神殿の人たちは魔剣か」


「何を当たり前……そうか、知らないのか」


 パラヴィスがつぶやく。


「幻水神ヴァルナとその巫女を守護するのは、昔から剣の四聖と、その配下の剣衆つるぎしゅと決まっているんだ」


「剣の四聖。となると、他の四聖は?」


「剣の四聖アークは今朝言った通りだ。後は、インドラ神を弓の四聖が、アグニ神を盾の四聖が、ソーマ神を杖の四聖がそれぞれ守護している」


 4体の神に、4つの魔武具を操る者たち。それぞれがバランスを保ち、ノアという教えを支えているのだろう。


 だが、数が合わない。


 ルシウスが知る限り魔武具は5種類。

 剣、弓、盾、杖、そして槍だ。


 それぞれが四聖と四神を守護していることに、先程のパラヴィスの発言。


 大地の神ヴリトラ。


 ――昔は5大神だったのだろうか?


 そんな考えが頭をよぎる。


「おい、ルシウス! 行くぞ」


 辺りを眺めながら考え込むルシウスを置いて、先にパラヴィスとプリエナが進んでいく。


「今行くよ」


 ルシウスは駆け足で追いかけた。


 3人が着いたのは、岩山の頂上にある巨大な神殿。


 白を基調とした花崗岩かこうがんが惜しみなく使われた巨大な建造物だ。頂上を覆うように、ピラミッドのような四角錐しかくすいの基礎に、不規則ではあるが全体として調和の取れた塔が伸びている。


 大階段から続く入口には、太い柱が規則的に並んでいる。


 ――扉も門もないんだ。


 信者たちばかりで防犯というものを考えていないのか。

 あるいは、聖戦士たちの力に絶対の自信があるのか。

 もしくはその両方か。


 神殿の中へと、慣れた様子で足を踏み入れるパラヴィスとプリエナに続くルシウス。周りを見回しながら後を追う。


 中には廊下や階段が続いている。


「はぐれるなよ? 立入禁止エリアに迷い込めば、問答無用で捕まるぞ」


「うん」


 今いる場所は共和国の中枢。おそらく王国でいう王城に相当する場所だ。


 共和国には貴族はいないらしく、ノア教の神祭司の中から国民投票によって議員が選出され、国の運営を司る議会を組織すると聞いたことがある。


 まっすぐ歩いていくと、突き当たりがホールになっており、そこには多くの人が集まっていた。


「ちょっと待ってろ。手続きをしてくる。今日は手続きだけで、魔剣の生まれ直しはまた別の日になるかもしれんがな」


 パラヴィスが神祭司の1人に話しかけ、簡易的な書類を作成しはじめた。魔剣の生まれ直しのための申請か何かだろう。


 ホール中にいる人々は、すれ違うたびに右手の掌を下に、浅く握った左手を当てる。【ノアの浸礼】の礼拝だ。

 礼拝に続く挨拶や所作は様々で、宗派や葬儀、婚姻などで細かく分岐するらしい。


 ルシウスも簡易的な拝礼くらいは知っているため、相手が挨拶をしてくれば返すが、それ以上は対応できず、隣のプリエナを真似しながら対応するしかない。


 王国でもノア教の所作は上級の貴族たちにとって必須の教養だが、ルシウスはあまり詳しくない。母エミリーは特にノア教徒が多い南部の生まれで、幼い頃に一通りは教わったはずだったが、すっかり忘れてしまっていた。


 まつりごとと宗教を切り離して考える前世のくせがあり、あまり重要視していなかったことを、一人後悔するルシウス。


 ――聖域にいる間に覚えよう


 そう心に決めていると、手続きを終えたパラヴィスが戻ってきた。


「終わったぞ。運が良かった、今日は儀式があるから人が少なくて助かった」


「今日、生まれ直しはできそう?」


「ああ。早速、『大瓶おおがめの間』に向かうぞ」



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 お読みいただき、ありがとうございます。

 明日も投稿予定です。


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