第136話 四聖

「魔剣が死んでる?」


 ルシウスの疑問にパラヴィスがうなずく。


「おそらく過去に酷く損壊そんかいした後、ガワだけを無理やり修復したんだろうな。改めて見れば刀身がただの鋼の刃だ。よくそれで術式を発動できるもんだ」


 幼い頃から持っていたため、これが当たり前と思っていた。

 言われてみれば、蚩尤しゆうが模倣した魔槍や魔盾の方が魔力が馴染なじみみやすいと感じたことはあった。


 また、今まさに、傀儡ソルの術式に囚われた者達は、壊れた魔剣の発動に腐心している。普通の魔剣でさえも、発動させるために幼少期からの慣れが必要だが、更に高いハードルを課されていることを、ルシウスは知るよしもない。

 さらに言えば、その呪いの術式を掛けたソル自身も知らない。興味もないのだが。


「この魔剣は直せます?」


「元通りにはならんな。魔剣を生まれ直しさせるか、破棄して新しい魔剣を買い直すか、だ。正直、買い直す方を勧める」


 ルシウスは剣へと視線を落とす。


「その生まれ直し、というのをすれば、また使えるようになるんですよね?」


「それはそうだが、最初ハナから鍛え直すことになるぞ。それに聖都におもむく必要もある」


 幼少から、ずっと共にあった。

 何より前の王の思いと共に受け継いだ魔剣でもある。

 魔剣を鍛え直すことが、どういうものかは想像できていないが、破棄することを最初に考えたくはない。


「1からでもいい」


「⋯⋯そうか。わかった、手配しておく」


 パラヴィスは仕方無さそうに、後頭部をいた。


「お願いします。あと気になったんですが、魔剣は買えるもの?」


「ああ、所有者が特定の誰かに【継承】しなかった場合、聖域内だけで取引されるものだ。この村でも売ってるものはあるから、見に行くといい」


 ルシウスの旅の目的は魔剣や魔武具である。

 喰鬼ブートからいくらでもドロップするとはいえ、蚩尤が納得いく上級の魔剣はまだ見つかっていない。

 選択肢は多い方がいい。もし買える者の中にお目当てのものが見つかれば、幸運である。


 光の宝剣が死んでいることはショックではあるが、直す方法もあるらしく、他の入手方法も知ることが出来た。


 見通しは暗くない。


 そう思うと、話の続きが気になってきた。

 得られる力は、いくらあっても足りないのだから。


「『同』が魔剣の術式を取り込む技術だとして、『封』と『界』はどんなものですか?」


「『封』は巫女の術式を魔武具に込める技で、巫女との連携が必要だ」


「巫女の術式と連携⋯⋯ってことは、巫女も戦う?」


 巫女は宗教的な意味が強い存在だと思っていた。

 プリエナのような特級の詠霊はともかく、戦う存在とは思っていなかった。


「巫女が直接戦うわけではないが、聖戦士は巫女と連携して『封』が出来て一人前と言われる。もともと闘術は巫女を守る為に発達した武術だから、巫女がいることが前提なんだ」


「魔武具は巫女が居て始めて、その真価を発揮する、と」


 パラヴィスが力強くうなずく。


「そして『界』は闘術の奥義だな。滅多めったに使える奴は現れない。現代で、これを使えるのは四聖の1人アークという男だけだ」


 闘術の奥義という言葉は気にはなるが、それ以上に興味をそそられるのは四聖という言葉だ。


「四聖⋯⋯たしか最強の聖戦士」


 以前、ユウから聞いたことがある。

 たしか共和国の最高戦力の4人を、そう呼ぶと聞いた。

 帝国における戦帝と比較される存在でもある。


「そうだ。四聖は聖戦士たちの各武具の衆長しゅうおさで、最も強い者が選出される。その四聖の中でも、アークは歴代最強と名高い男だ。そんな奴が使うような技だから、俺らには関係がない。『封』までをいかに極めるかが、現実的な課題だ」


「ん? 衆長しゅうおさを四聖と呼ぶんですか?」


「ああ、そうだ。アークは剣衆つるぎしゅう衆長しゅうおさでもある」


「確かパラヴィスも昨日、衆長しゅうおさって言ってませんでした?」


「ああ、そうだぞ。俺は槍衆やりしゅうの衆長だな」


「ならパラヴィスも、もしかして四聖の1人⋯⋯」


 ルシウスが警戒するように一歩下がる。

 それを手のひらを上げて、きっぱりと否定するパラヴィス。


「それは違う。槍衆はまつるべき神を失った者たちだからな」


「神を失う⋯⋯」


 そういえば無崇邑むすうむらの人々はクアドラ神を信仰していないとプリエナが言っていた。

 プリエナが契約しているラーヴァナはノア教にとっては、眷属神らしく、神であることには違いないと思う。


 だが信仰を集める主神は4柱のはず。


 ――もしかしてクアドラ神以外の主神が居たのか?


 そもそも失ったとはどういうことなのだろうか。


 詠霊は魔物の一種である。

 仮に詠霊を信仰の対象としているのであれば、その詠霊が死ぬこともあるだろう。砲魔のように不滅であれば話は違うかも知れないが。


 死した魔物を信仰し続けるというのは、あまりに不毛ではないか。

 そんな感覚を覚えたが、それを口にはしなかった。


 心の在り方は人それぞれだ。

 自分の価値観だけで、他者を否定して回るほど、ルシウスは子どもではない。


 口をつぐむルシウスに対して、パラヴィスが背を向ける



「お前さんの剣筋を見てたら、つい構っちまった。そういえばアヌシュカに呼んで来いと言われたんだった。朝飯の準備ができたんだと。あの仮面の姉ちゃんと無愛想な子どもも連れて来な」



 言葉を残して、母屋へとパラヴィスは戻っていった。




 ◆ ◆ ◆



 朝の澄んだ空気が漂う森の中。


 魔剣を所持した男が一人。


 ゆったりとした服を身につけ、長い髪を後ろまとめている。

 えりから垣間かいま見えるのは、剣を振るうことのみに極限まで鍛え上げられた肉体だ。


 一見いっけんすれば、細身のように見えるその男は、まるで「無」。

 その姿を目の前にしてもなお、一切の気配が感じられない。


 己の気配を完璧に制御している証である。


 だが、男の周りは静かだ。

 静か過ぎた。夏の森とは思えぬほどに。


 その男に近づく鳥獣は一匹もおらず、虫すら鳴くことはない。


 なぜなら、うすら寒いほどに不気味な雰囲気を放ち続けているモノがあるからだ。


 男の腰に差された魔剣。


 痕無あとなし


 最上大業物さいじょうおおわざものの一振りにして、すべての魔剣の頂天にある最強の魔剣でもある。


 それを持つものは同じく最高の剣士。

 四聖アーク、その人である。



 森の中から音もなく現れた数人の者達が、男の前でひざまずく。

 現れた者達も皆、魔剣を所持している。


「アーク様」


「……見つかったか。逃走した巫女候補は」


「いえ、血痕以外それらしいものはなく。獣や喰鬼ブートに襲われたのであれば死体くらいは見つかるはずですが」


「そうか」


「ですが、これを発見いたしました」


 跪いた者達の一人が、取り出した革袋を裏返しにする。

 中から地面へと落ちたものは、黒い鉄くずと土が混じった物である。


喰鬼ブートの魔武具が破壊された跡か」


「はっ」


 言わずもがな、ルシウスが喰鬼ブートを斬り伏せた跡だ。


喰鬼ブートは同種では争わない。間違いなく人の仕業だな」


 いぶかしむように眉を吊り上げる四聖アーク。


「ですが、喰鬼ブートを斬る者がいるのでしょうか?」


 一人が四聖アークへと問いかける。

 それを制したのは他の者。


「そんな阿呆あほうはおらんだろう。自ら喰鬼ブートに取り憑かれるようなものだ。奈落ならともかく外苑がいえんの森で、聖戦士が遅れを取るはずもない」


 四聖アークも同意する。


「未熟な者が斬ってしまったという線もあるが、可能性は低い。とすれば、外部の者か」


「愚か者が。あの警告が目に入らなかったとは。その者は喰鬼ブートと化して彷徨さまようておりましょう」


 その言葉に首を振ったのは四聖アークその人。


「侵入者が一人とは限らない。肝心の巫女候補が見つかっていないことを加味すれば、巫女候補のサイは侵入者といる可能性が高い。必ず探し出せ」


「「「はっ」」」


 魔剣を所持した者たちが、一気に散会した。

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