第135話 闘術

 真夜中の森。


 数体の影が音もなく静かに駆ける。


 影は鎧姿をしており、皆同じ形の大身槍おおみやりを手にしてる。本来、森の中では使い勝手の悪いはずの長い槍を器用に持ち、足を緩めない。


 鎧たちが、進行方向を一斉に変えた。


 向かった先あるのは、メイスを手にした喰鬼ブート


 長さは棍棒というには短すぎる。腕一本分ほどの長さの杖だ。


 距離を詰めた鎧たちが、一斉に槍を構える。

 応えるように喰鬼ブートも杖を浅くに握った。


 緊縛した空気が両者の間に張り詰める。


 両者が放つ気迫を気にも止めず、森から一人の青年が歩み出てきた。


 ルシウスである。



「この喰鬼ブートは杖か。となると剣、槍、弓、盾、杖の5種類で確定かな」



 今日の夜は27体ほど狩ったが、どの個体もいずれかを所持していた。

 5種類以外の武具もあるのかも知れないが、ほとんどの喰鬼ブートが持つ武器種としては間違いないだろう。



 先に動いたのは喰鬼ブート


 杖の端を握り、くうを突く。


 離れた場所に居るはずの鎧兵が、素早く回避。

 すると先程まで鎧たちがいた所の地面がザクッとえぐれた。


 まるで鋭いこんで突かれたようだ。


 ――魔力の塊を打ち出してるな


 魔弓を持つ個体も、魔力を矢に変えて放っていた。

 魔杖というのか、杖を持った個体は、物性を帯びた不可視の魔力を、伸びた棒のように操るようだ。


 先端は見えないが、さながら孫悟空の如意棒と言ったところか。


 喰鬼ブートは突きを放ったまま、今度は杖を振り上げる。


 そのまま一体の鎧兵の腹を殴りつけ、鎧兵を打ち上げた。

 鎧の腹が、大きくへこむ。


 威嚇いかくか、それとも鼓舞のつもりだろうか。

 喰鬼ブートが「ギジャァ゙ァ゙ァ゙ッ!」という金切り声を上げた。


 だが、鎧兵は痛みを感じない。


 胸を打ち付けられた鎧兵が、杖の先端を握る。


 魔力に物性を帯びさせるということは、こちらも触れる事ができるということ。

 喰鬼ブートは杖を押さえられ、動きが取れない。


 その隙を突くように、素早くを詰めた他の鎧兵たちにより、串刺しとされた喰鬼ブート


 喰鬼ブートの体が空気へと溶け、杖が魔武具であった錆びた鉄と土が混じり合ったものへと帰った。


 一連を眺めていたルシウスが上を見上げると、月が西に傾いている。


 これ以上は明日にさわる。

 寝不足で時を無駄にしては意味がない。


 ――今日はここまでにするか


 ルシウスは一人、森を出た。


 真っ暗な影を落とす木々が無くなると、浮かぶ大岩山が目に付く。


 岩山には、人の息吹を感じさせる明かりがぽつぽつと灯っている。


 その下に広がるのは暗黒。

 夜の闇に包まれた大穴は昼間に見たときよりも遥かに不気味だ。


 大穴の底を睨みつけるルシウス。


「⋯⋯⋯⋯何か居る」


 何であるかまではわからない。


 昼間は、その光景に圧倒されて、見過ごしていた。


 感じるものは、目の奥の違和感と左手に走る僅かな痛み。

 蚩尤が警戒し、邪竜が高揚こうようしている。


 ルシウスは気にもなりつつ、無崇邑むすうむらへと足を向ける。


 聖域に到着して1日。

 多くの事がありすぎた。ともかく今日は泥のように眠りたい。


 明日から本格的に動かなくては。







 翌日の朝。


 ルシウスは庭で、剣を振っていた。

 式術の訓練に、剣術と槍術の稽古を欠かしたことはない。

 それは旅先でも同じだ。

 弓術や組み手も道具と相手がいれば行うが、今はない。


 夏の早朝に漂う涼しい風。

 その風をくように、ルシウスは剣を振り下ろした。

 真っ直ぐに、丁寧に、一切の妥協のなく。


「いい剣筋だ」


 振り向くとパラヴィスが立っていた。

 大きな魔槍を手にしている。


「パラヴィスさん、おはようございます。うるさかったですか?」


「いや、俺もやるからな。あとパラヴィスでいい」


 パラヴィスがルシウスの前までゆっくりと歩く。

 そして、魔槍を構えた。


稽古けいこに付き合え」


 本気のようだ。


 ルシウスの口角が緩む。

 願ったりだ。自分ひとりで素振りするのもいいが、相手がいる乱取りも重要。

 それに、共和国の聖戦士の力量を見定めるいい機会でもある。


「行きます」


「いつでも」


 ルシウスは大きく踏み込み、剣を振る。


 上段からの斬撃。


 最小限の動きで避けるパラヴィス。


 ――出来る


 時間にして0コンマ数秒。

 ルシウスはパラヴィスが、相当に熟練した使い手であることを理解。


 1段ギアを上げる。


 右薙みぎなぎ

 先ほどより更に鋭い一撃だ。


 今度は、槍のつかで軽く受け流された。


 更にギアを上げる。


 次は切り上げ。


 それも槍のつかで受けたパラヴィス。

 だが、剣先に掛かった力を受け止めた槍が大きく震える。


 ルシウスとて、まだ本気でないが、それでも。


 ――強い


 上手いのではない。

 強いのだ。


 この感覚は長く戦いに身を置いたルシウスだからこそ感じ取れる。

 反撃しようと思えばできるだろう。


 ルシウスは距離を取ると、パラヴィスが槍でトントンと肩をたたきながら、口を開く。


「振りは基本に忠実。だが、斬撃の繋ぎ方が実践的で、荒々しい。剣の術理を極めるためではなく、生きる為に振るうような剣だな。だが、っている」


 ――当たってる


 ルシウスはサマエルが作り出した精神世界で、ゲリラとして動いていたときに戦いを覚えた。


「少なくとも師は2人。1人はお前の特徴を活かす方法を教え、1人はお前の弱点を補う方法を教えた、ってところか」


 ルシウスが目を見開いた。


「そんなことまで⋯⋯わかるんですか」


「なんとなくだ。微妙に違う太刀筋が2つ混ざってたからな、生来の手癖なこともあるから外れることも多い」


「いや、正解です。前者は父に、後者はユウという人に教わりました」


「そうか。その師たちに感謝した方がいい。お前に真剣に向き合ってないと、そういう指導はできない」


「はい、分かっています」


「そうか⋯⋯あと他人行儀過ぎるのはやめろ。共和国の他の地方に行ってた俺の親族で通すことにしたから、よそよそし過ぎるとバレる。無崇邑むすうむらの中ならともかく、聖都の奴らには怪しまれるとまずい」


「分かりま⋯⋯分かった」


 パラヴィスがニカと笑った


「ルシウス。その魔剣に魔力を流せるか?」


 ルシウスが「ええ」と答え、光の宝剣に刃に凝縮した光の線を作り出す。


「綺麗な『流』と『発』だ。魔剣の術式が属性系なのが残念だが」


「リュウとハツ?」


「そうか、王国には闘術までは伝わってないんだな。考えてみりゃ、当然か」


 パラヴィスは槍の石突で、地面の土に簡単に文字を書いた。


 そこには、流・発・同・封・界という5単語が書かれている。


「この5つが、魔武具を扱う闘術の術技だ。『流』というのは魔武具に魔力を流す技術、基礎中の基礎だな。この練度が低いとすべて駄目になる。知ってると思うが、魔武具は魔力を受けると硬さや粘り強さが増し、切れ味が鋭くなる」


「⋯⋯感覚的にはなんとなく」


「『発』はそれだ」


 パラヴィスは手にした槍の石突を光の宝剣がまとった光の線を指す。


「この光のこと?」


「そうだ。『発』は魔武具の術式を行使するための技術だ」


「⋯⋯なるほど」


 ルシウスは自分の魔剣を見る。

 光の術式を宿した剣としてしか見ていなかったが、技術体系はあるのだろう。


「続いてだが『同』はできるか?」


「ドウ? なにそれ」


「その魔剣が持つ術式を、体に取り込むことだ。身体強化や回復強化、魔力感知、なんかを行使する技術だ」


 ――魔剣の術式を取り込む?


 感じたことのない感覚だ。

 そもそも身体強化の術式は人には使えないはず。魔力を現世の力に変換する術式だが、魔物の体内でのみ発現し、式と契約しても人には行使でない。


 ――もしかして⋯⋯


 昨日見たパラヴィスの人の限界を超えた動き。

 それが身体強化によるものだったのだろう。


「⋯⋯やったことないです」


「簡単だ。魔剣に流した魔力を発で発現したまま、自分へと還せばいい」


「わかりました」


 ルシウスは魔力を剣へと流す。その剣の中にある術式を感覚的に行使する。

 剣自体が薄っすらと光る。

 その術式を行使したままの魔力を右手から再び取り込む。


 だが、それはただの魔力だ。

 体に変化があったとは思えない。


「どうだ?」


「ダメそう」


「おかしいな。一番、つまづきやすい『発』まで出来てるなら、自然とできるはずだが」


 パラヴィスの視線が鋭くなる。

 その視線はルシウスが手にした魔剣へと向けられている。


「ルシウス。もう一度魔力を流してみろ」


「え、はい」


 言われるがままに魔力を流す

 その一連を腰をかがめて、刀身をまじまじと見つめるパラヴィス。




「おそらく、その魔剣⋯⋯死んでるぞ」

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