第133話 嫌疑
子どもたちはおもちゃの剣や槍を持って駆け回り、中央の通りには果実や肉などの生鮮食品、布や衣服を売る店が立ち並ぶ店。
その中を多くの人が行き交う。
――思った以上に大所帯だな
外から見たら時には分からなかったが、木の塀にある人里は意外と多くの人が暮らしているようだ。
「ここが
槍使いのパラヴィスが、2人の子供を両肩に抱えなが、得意気に言う。
村というより、城邑《じょうゆう》。
つまり都市に近い街だ。
「ええ、活気がありますね⋯⋯それに」
ルシウスの視線は街を行き交う人に吸い寄せられた。
「気になるか。魔武具を皆が持っていることに」
「⋯⋯ええ」
街を行き交う人の多くが、魔武具を所持しているのだ。
その多くが魔槍。
王国では極めて貴重だったものが、ありふれている。
前世ほど交通網が発達していないこの世界では、間々あることなのだろう。
さらに共和国は他国へ魔武具を輸出してない為、余計にだ。
「よう、パラヴィス。
「ちょっと、タイラスじゃないかい? 手ひどくやられてるね」
「俺がこいつくらいだった時は、これくらいの怪我は日常茶飯事だがな、ガハハッ!」
槍使いパラヴィスが通り過ぎる度、人々から声を掛けれる。
その言葉を受け流す槍使いパラヴィス。
声を掛けてくる村人たちの半分ほどは、革鎧を着込み、傷跡が目立つ。
――日常的に戦闘に身を置いている人が多いのか?
「悪いな。ちょっと急いでるんだ。話は後にしてくれ」
パラヴィスは
その動きに違和感を覚える。
左肩に抱えた女の子に目が行かないように動いているのだ。特に首元を皆の目から隠しているようだ。
――
そんな様子で村を進む一行。
「俺のうちだ。ともかく入ってくれ」
着いた先は村の中心近くにある古い平屋である。
前世で言う西洋風の建築様式に似ているが、レンガではなく土壁で作られた無骨な建物だ。
ルシウスたちは言われるがままに、家へと上がった。
皆が、入るなり20代中頃の女が近寄って来くる。
「タイラス! あんた! 目を覚ましな!」
パラヴィスが背負った息子タイラスの
「あの⋯⋯その子は今、骨を折っています。まずは治療を⋯⋯」
「骨くらい大したことじゃないよ。明日には治るさ」
ルシウスへと向いた女は真顔だ。
本当に折れた骨が治るとでも言いたげである。
――無茶苦茶だろ
治癒の術式でも受けない限り、どう考えても一、二ヶ月は掛かる。
「アヌシュカ。今日は寝かせてやれ。それよりも問題は、この子だ」
パラヴィスが左肩の乗せた少女を椅子へと横にした。
アヌシュカと呼ばれた女の視線が、
「巫女かい⋯⋯それも7つ目」
2人が、目で合図しあい空気が張り詰める。
「状況はタイラスが目を覚ましてから聞くしかないな。それまでは奥においてやってほしい」
仕方なさそうにアヌシュカは2人を抱きかかえて、奥へと入っていく。
「ゴタゴタしてすまんな。とりあえず座ってくれ」
パラヴィスが部屋の奥にあるソファーへと促し、ルシウスたちは3人を並んで腰を掛けた。
その対面にある一人がけの椅子にパラヴィスが座る。
椅子の背もたれに掛けた大槍へと手を添えたままだ。
改めて見ると、大きな槍だ。
天井に突きそうなほど長く、刀身に剣でも付けているのではないかというほどに太い。
そのパラヴィスが座るなり口を開いた。
「で、あんた達は何者だ? 聖域に何をしに来た?」
ジロリと鋭く睨むパラヴィス。
先ほどまでの雰囲気とうって変わり、
話が
「⋯⋯聖都から」
「聖都から来たやつが、自分の街を見て驚くのか? それに俺の闘術を始めてみたような面してたぞ? 聖戦士が全員使うものだ」
闘術という名前は聞いたことはないが、おそらく先ほど使っていた高速で移動する技術のことだろう。
下手に反論せずに、状況を見定めるルシウス。
「聖域はノア教徒の中でも認められた者だけが入れることは知っているだろうな? その禁を破った者がどうなるかも」
パラヴィスの槍に魔力が込められていく。
答えを間違えば、戦いは避けられないだろう。
――なんと答えるべきか
もともと禁を犯したのはルシウスだ。
怪しまれたからといって、口封じまでは考えていない。
とはいえ、無事に逃げ切れるかもわからない。
相手の能力は未知数。たとえ今、逃げたとして、聖域での活動がやりづらくなってしまう。
口を閉ざすルシウスの横でプリエナが口を開いた。
「王国から来たの」
「プリエナ!?」
思わずルシウスが横へと顔を向ける。
「何の為に? スパイか?」
パラヴィスの視線が更に強くなり、多くの魔力が込められる。
対して、プリエナが歌を口ずさみ始める。
すぐさまプリエナの背後に魔法陣が現れた。
同時、無数の腕を持つ、卵のように丸まった子鬼が顕現する。
その子鬼が魔法陣へと吸い込まれると、一気に肥大化。
魔法陣の中に、月のように淡く光り輝く肌を持つ、巨大な鬼が現れる。
詠霊独特の顕現の仕方である。詠霊は現世では完全な姿になれず、魔法陣が作り出す亜空間でのみ本来の姿になれるのだ。
その姿を食い入るように見る槍使いパラヴィス。
「まさか⋯⋯無属性のラーヴァナか?」
――プリエナの式を知ってるのか
一発で名前まで言い当てたのだ。偶然ではあるまい。
「うん。本国の巫女には選ばれない詠霊、憐れな私の半身。私の式を知ってるみたいだから事情は把握してるよね?」
「だいたいな。確かソウシ=ウィンザーだったか? 隣国からノアを支える大祭司の家系。変わらぬ献身を示すため、双子の女が生まれたら、片方にラーヴァナと契約させる。
初耳ではない。ソウシ=ウィンザー家は共和国と通じている。
もとを辿れば、建国時に共和国の推薦を受けて、四大貴族となった一族である。その関係が、
「だいたいあってる。1つ取りこぼしてるとしたら。ラーヴァナと契約している私が正式な巫女でもあるってこと。巫女が聖域に来ても何か問題でも?」
「⋯⋯いや、ないな。だが、後の2人は?」
パラヴィスはルシウスとソルを順々に見る。
「正確には1人で、女の子の方は人外ね」
プリエナはルシウスを紹介するように手のひらを向けた。
人外という言葉に少しだけ眉が釣り上がるが、飲み込んだ。いま大事なことではないと判断したのだろう。
「護衛の入域許可は?」
「ないわ。でも、彼の人間性は、巫女である私が保障する」
プリエナが即答し、2人の強い視線がせめぎ合う。
「言葉だけならなんとでも言える。大体、顔を隠したままってこと自体、怪しいだろう」
式は見せたが、素顔を見せない相手の主張を唯々諾々と信じられるものではないと言いたいのだろう。
プリエナは答えるように仮面の紐をほどいた。
そして鉄仮面を両手で、持ち上げる。
仮面下に隠されていたのは、余す所なく焼かれた顔。
流石のパラヴィスも目元がピクと動く。
「隠す理由は分かってくれた?」
なにかの状況があることを察したのか、ルシウスへと向くパラヴィス。
「ああ、だが、ルシウスとやらが不当に聖域を侵したことには変わりはない」
パラヴィスが立ち上がり、右手で支えていた魔槍を傾ける。
そして、刃をルシウスの喉元へ向けた。
刃からは、魔力と共に強い感情が込められている。
――殺気
魔力には精神が宿る。そのため明確で強い意思は魔力に反映されやすい。
突きつけられた魔槍は、おそらくルシウスが持つ魔槍より格下だろうが、それでも人の首など糸を斬るように切り裂くだろう。
「ルシウスとやら、お前は
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