第129話 閑話 メラニア達のその後 2/2

「傭兵ども! 高い金を払ってやったのだ! もっと働け!」


 声を荒らげるのはシジク伯爵。

 都市ブルギアの近くにある大岩の影から激を飛ばしていた。


「そうじゃ、砲魔の力を見せつけよ!」


 戦場にもかかわらず、不釣り合いに着飾った女ラースロー子爵も同調する。


「よいのですか? もし露見すれば後から糾弾されるのでは」


 1人、ルクヴルール男爵が不安げに声をあげた。


「あの邪竜のガキが国外に行った今が好機。大した戦力もおらんだろう。国も先日まで帝国の侵攻を受け、今は次の選王戦に忙しいのだ。地方の小さな街で起きたことなど、誰も気になどしない。それに、この街に集まってきたのは北部と東部の奴らばかりだ」


「なるほど、北部と東部なら大丈夫でしょうな」


 3人の貴族たちは忘れているのだが、次の王は北部出身のオリビアである。


 当然、こんな事をすれば後ほど徹底的に調べられ、最悪、処刑。少なくとも財産の何割かは没収される。


 だが、長く西部の流儀に慣れすぎた者たちは、新たな価値観が到来したことに気がついていない。


「今思い出しても腹立たしい。たかだかキルギスどもに契約遺物を修理させるだけで金貨10枚だと? ふざけている」


「ボッタクリもいい所です。思い上がりすぎた罰を受けてもらわねば」


「確かに。奴らは我らに寄生し、労せず財をなさそうとしてるのですな。そう考えればこれは正当な行いです」


 そうしてきたのはアルカノルム商会なのだが、自身たちの行いは正当で、他者の行い外道と断ずるのは、よくある話である。


「やれ!」


 シジク伯爵の掛け声に応じて、傭兵たちが砲魔を放つ。


 長く安寧が続いた西部では式を得た民たちが、傭兵となることは少なくない。

 戦争に行く者もいるのだが、商隊の護衛などを食い扶持ぶちとしていた者の方が多かった。


 なにせ戦争では死ぬ可能性のほうが高いのだから。


 あまりに余った傭兵の砲魔の部隊たちは300名を超える。

 それなりの伯爵領や子爵領の戦力と遜色ない。


 その面々が、岩山の影から一斉に砲魔を放つ。


「魔防壁をぶち破れ! 何発も打ち込めば壊れる!」


 一斉に砲魔を放ち続ける傭兵たち。

 それを背後から眺めるのはシジク伯爵、ラースロー子爵、ルクヴルール男爵。


 魔防壁がどんどん薄くなっている。


「後もうすぐだ。再び富は我らの手元に帰って来る」


「今思えば、あの女が死んでくれて良かった。船が砕け散るときには正直スカッとしたもの」


「次の西部の覇権は我らが握る番ですな」


 3人が勝利を確信した時、城壁から何かが飛び出す影が見えた。

 空高く跳躍したものが、傭兵団の真上へと降り注ぎ、轟音とともに大地を割る。


 眼前に突然、現れた何か。



 魔鋼ゴーレムである。



 ゴーレムの上には、魔鋼と同じ赤黒い髪を持つ女のドワーフが乗っていた。


「何だ!?」


「ゴーレムじゃないかッ!」


「こんな色見たことがないぞ……」


 狼狽えた傭兵団にシジク伯爵が指示する。


「何でもいいから、早くやれッ!」


 気を取り直した傭兵団が一斉にゴーレムへと砲魔を放った。


「どうだッ!」


 土煙が去った後に写し出された光景。


 無傷のゴーレム。


 特級の攻撃ですら致命傷にならない魔鋼ゴーレムが、2級以下の術式で傷1つできるはずがない。


「撃って」


 冷静なファグラの指示により、魔鋼ゴーレムの赤い目が光る。


 直後、赤い光線が放たれた。


 赤い光を慌てて避ける傭兵たち。

 後にはドロッとした溶け出したマグマの川が出来る。


「うわぁああっ」


「何だ、こいつ!?」


「こんなのがいるなんて聞いてない」


 蜘蛛の子散らすように傭兵達が逃げ出した。

 避けられるようにわざと遅く撃ったのだ。そうでなければ、半数が消し炭になっている。


 傭兵の中でも戦場に行こうとしなかった者たちである。金のために戦うことはあるが、金のために死にはしない。


「何だ……あれは……」


「わ、わからないわ!」


「ともかく逃げましょうッ!」


 アルカノルム商会面々が逃げ出そうとした時、体が固まった。



「体が……動かん」


 振り向くと1体の少年の傀儡が、3人の影を踏んでいる。

 人形の口が裂け、笑みを浮かべているようだ。


「なんだ。キルギスどもの傀儡か」

「ふっ。下賤な者など砲魔の敵ではない」

「まったく、脅かせよって……」


 3人が右手を掲げ、砲魔を放つ。


 対して、影を踏んだ傀儡の四肢から黒い鎖が射出され、3体の砲魔へと一瞬で巻き取った。


「なんだとッ!?」


 そのまま黒い鎖が、砲魔を握り潰す。


「スコティ。束縛をもっと強く」


 メラニアの指示に呼応するように、傀儡が影をより強く踏みつける。

 すぐさま立っていられないほどに体が締め上げられ、地面へと倒れ込んだ3人。


 それでもなお、3人はうように逃げだそうとしたとき、首元に冷たいものを感じた。

 刃を喉元のどもとへと突きつけられたのだ。


「抵抗すれば首を斬る」


 正面の岩陰からメラニアを始めとしたキルギスたちが現れた。

 皆、黒装束をまとい、顔をマスクで隠している。


 3人が背後を恐る恐る見返すと、傀儡が背中へ張り付いていた。

 傀儡の目からは何の感情も感じられず、首を切り裂くのにわずかにためらうことすらしないだろう。


「これはこれは! アルカノルム商会の皆々様方ではないですか!」


 キルギスたちの背後から現れたアルフレッドがわざとらしく手を叩く。

 右手に数枚の用紙を持っていた。


「お前は……領主代行。あのふざけた返答をした奴だな!?」


「貴様の主は男爵に過ぎないのに、偉そうな」


「我ら西部の貴族に、こんな事をして許されると思っているのかッ!?」


 アルフレッドが狂気を帯びた笑みを浮かべる。


「我らは自衛したにすぎません。まさか犯人が皆様だったとは思いもしませんでしたが。それよりもご存知でしたか? 貴族同士の内乱はご法度だと」


「な、何のことだ? やったのは、あの逃げた傭兵ども。我々は関係ない」


 シジク伯爵が苦し紛れの弁明をする。


「そんな子供じみた言い訳が通用するとでも?」


 アルフレッドはすぐさま用紙を1枚、破り捨てた。


「これは先日提示した【騎獣の義手】に関する契約書。あなた方は今、北部の貴族という顧客を失った。これ以上、聞くに耐えない言葉を発する事に1枚ずつ破り捨てます」


 3人はあごが外れそうなほどに大口を開ける。


「な、何だと!」


「そんな横暴が許されると思うてか! あの生意気な小僧が社交界でどうなってもいいのか!?」


「ふざけるな。契約遺物は我らの領分だと決まっておるッ!」


 人差し指を軽く振るアルフレッド。


「アルカノルム商会は、【塔】の遺物の管理を任されたに過ぎません。国内で修復できる者がキルギス族だったというだけ。我々が修復してはいけないという決まりはありません。それに、今でもお好きに修復は請け負うことができますよね?」


 アルフレッドは用紙をさらに1枚、破り捨てる。


「ですが、小僧という言葉いただけません。我が主への侮辱は許されない。今しがた破ったのは【白妖の眼根】の契約書です」


 3人の顔が引きつる。

 国の半分の顧客を失ったことを意味していた。


「ま、待て、待て! ゆっくり話し合おうではないか? 今から国中の販路を開拓するなど、すぐに出来るものではあるまい!」


「そうじゃな、落ち着いて酒の席でも!」


「契約遺物の修理を請け負っても、キルギスがいなくては……」


 アルフレッドは笑みを崩さない。


「いえ、この場で決めていただきたい。時は浪費できません、即決こそ美徳」


 3人が地面に押さえつけられながら、お互いの目を見合う。

 皆、決められるわけがないと物語っている。


「お前ら! 飼ってやった恩を忘れて、飼い主に刃を向けるのかッ!」


 ルクヴルール男爵は堪らず、地面へ押さえつけるメラニアや他のキルギス族へと罵声を吐き捨てる。


 アルフレッドは間髪おかず、次の契約書を破り捨てた。


「キルギスの民はオーリデルヴの領民。民を侮辱するのは、ひいてはルシウス様への侮辱。今、あなた方は【詠霊の口琴】の契約遺物も失いました」


 3人は全身から汗を流し、急に早口となった。


「式との契約遺物を修理するだけで、金貨10枚など呑めるかッ! そのうえ塔での砲魔契約補助に、キルギス1人当たり金貨2万枚は高すぎるッ」


「い、いくらなんでも、ボッタクリ過ぎであろう。相場というものがある」


「賤民どもを4、5人連れて行かせてくれれば、それでいいんだ。そうすれば我々はビジネスパートナーになれるはずだ!」


 アルフレッドは深い落胆とともに大きく息を吐き出した。


「はああああぁぁ。元々はが決めた値段でしょう?」


 アルフレッドはゆっくりと前へと進みで、地面へ押さえつけられた3人へと顔を近づける。


「ルシウス様は1体の傀儡を連れ出す際、関税として同額、支払われました。ならば同じ額をオーリデルヴに関税として納めて頂きたい。今、キルギスたちは皆2体の傀儡を連れてお入りますので、きっちり金貨2万枚。これは極めて公正な取引です」


 確かにルシウスが塔から傀儡を持ち出したいと言った時、値段を提示したのは自身達である。

 あの時は自分たちが金を受け取る側に居続けると疑っていなかったが、今、形勢は逆転した。


 必死で抗弁するする3人。


「あ、ありえん! 賤民どもを塔に連れていくだけ金貨2万枚など払えるはずがなかろう!」


「国から支払われる補助を遥かに超えておる」


「やればやるほど大赤字にしかならんッ!」


 アルフレッドが人差し指を唇へ当て、小声で話しかける。



「あなた方は、今がまさに岐路に立っているのですよ? もう【砲魔の手枷】しか残っていないという状況を本当に理解していれば、そんな言葉は出てこないはずですが」



 最後の契約書を、いつでも破けるように両手でつまむアルフレッド。



 3人は領地を持たない貴族である。

 それでも多くの財を成したのは、ひとえにアルカノルム商会のビジネスのおかげだ。


 彼らが西部の貴族たちから多分な便宜べんぎを図ってもらえるのは、貴族の子息子女たちの砲魔契約の面倒を見られるからである。


 だが、キルギスも契約遺物も失えば、当然、彼らに出来ることはない。何一つ。

 斡旋や援助ができなくなれば、西部の貴族たちがアルカノルム商会を頼る理由などなくなってしまう。

 

 さらに今は、元アデライード派閥であったこともあり立場が危うい。だからこそ、強引な手段にまででたのだ。


 貴族とはいえ、没落するときは一瞬である。


 没落したときに待っているのは、散々自身たちが振りまいてきた恨みが返って来るに違いない。


 自身はおろか、一族郎党、暗殺される可能性すらある。

 万が一、生き延びたとしても奴隷に近しい人生しか待っていない。



「おえッ!」



 シジク伯爵があまりのことにえずく。

 今すぐ崖から飛び降りるか、急斜面を全速力で走って下りるかの2択のようなものだ。吐くらい仕方ない。



「お、お前は! き、き、気は、た、確かか!?」


「悪魔の方がよっぽどマシだッ!」



 シジク伯爵が「ぐぐぐッ」と奥歯を強く噛みしめる。

 そして、震える声を、なんとか振り絞った。


「………………………の、呑もう」


 2人は目を丸くする。


「シジク伯爵!?」

「よいのですかッ!?」


 目を血走らせたシジク伯爵が2人を睨みつける


「呑まねばッ! 身のッ! 破滅だッ!!」


 直後、どう考えても場違いな音が鳴り響く。



 パチパチパチパチパチパチ



 アルフレッドの拍手だ。



「ご英断です。ちなみにキルギスたちへの侮辱的な態度は許されません。また付き添いは第4層まで。当然、解呪費用は、そちら持ちとなります。第5層以上が必要な場合はウェシテ卿を通じて、我が主にお願いしていただきたく」


「わ、分かっておるッ!」


 傀儡から離され、渋々契約書にサインした3人が、足取り重く歩き始めた。


 しょぼくれた西部の貴族たちの背中を見送った一同。


「本当によかったのでしょうか? おそらく塔の中で何かしてきます」


 疑問を口にするメラニア。


「そのときは本気で対処していただいて結構。そのために、キルギスたちには皆1級の偽核を与えたのですから」


「……はい」


 メラニアはノクトの横に並ぶ、強力な傀儡スコティへと目をやる。


「遅かれ早かれ、彼らは没落します。既得権益に依存し、怠惰たいだにあり過ぎた。誰かが、彼らの財を絞り取るのであれば、我が主のふところに入ったほうがいい。これからもっと金が必要です」


「結局はお金、ですか」


 メラニアは割り切れないようだ。


「はい。我が主ならば、まだまだ多くの人をブルギアへ呼び込むでしょうから」


 はっとしたメラニアがアルフレッドへと振り向いた。


「人を?」


「ええ、そうです。ルシウス様はきっとそうなさる。家族からも捨てられ、周囲からは変人と見做みなされ、半ばヤケになっていた私を拾って下さった。そして信頼してくださる」


「……アルフレッド様」


「人からしいたげられていたドワーフたちを抱え込み、次は塔の中で迫害されていたキルギスたちを呼び込んだ。ルシウス様は手を差し伸べずには、いられないのですよ」


「「「…………」」」


 キルギス族たちやドワーフたちは皆、沈黙する。


 ブルギアの民たちもそうだ。

 北部や東部の荒れ果てた村々から、食うにも困って出てきた者が大半。


 ドワーフや他国の者たちなど目にしたこともないがゆえに、どうしても身構えてしまう。

 本来、ルシウスの政策からして受け入れ無い方が良いのだが、行き場を亡くした者達のため、自らが悪者となっても受け入れる方法を見出そうとする。


「見捨てられた者たちにとって、それがどれほど嬉しいか、知らずにやるのですから。まったく困ったお人です。御身は簡単に犠牲になさるのに、赤の他人を助けるために必死になる。せめて我らは一助となれるよう、万の想定、千の策、百の試行、十の成果を出さねばなりません」


 アルフレッドは、やれやれと言った表情だ。



「ええ。確かにそうですね」



 メラニアはマスクをとって、満面の笑みを浮かべた。

 その顔は、新たな居場所を見つけたと書いてあるかのようであった。

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