第128話 閑話 メラニア達のその後 1/2

 2話分の閑話です。

 次の話も早めに投稿します。

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「皆様方。どうぞ、ご自由にお使いください」


 領主代理アルフレッドが優雅にお辞儀をする。


「あ、あの……本当にここは私達が使ってよいのでしょうか……」


 キルギスの少女メラニアが落ち着かなさそうに縮こまっている。

 周りに居るキルギスたちも同様。


 ルシウスの領であるオーリデルヴ唯一の都市ブルギア。

 そしてメラニアたちが居るのは、ブルギアの城の一角にある大広間であった。


 天蓋てんがいは半球型のドームとなっており、その周りには螺旋階段が敷かれている。


 階段には膨大な書物が所せましと置かれ、床には様々な道具や機器が積まれていた。


「傀儡製作のために用意された部屋でございます。もちろん外部からの侵入や情報漏洩は無いように何重にも対策が施されております」


「…………」


 言葉を失うキルギスたち。


 今まであばら家の中で傀儡の作成や契約遺物の修理をしていたのだ。

 規模が違いすぎる。


「何だ? 俺らが用意してやったものが気に入らんのか? 人形使いの嬢ちゃんよ」


 燃えるような赤い髪と髭を蓄えたドワーフがジロリと睨む。

 ドワーフ族のおさダムールである。


「いっ、いえ! そんなことは!」


 思わず一歩後ろに下がるメラニア。


「父さん、脅さないよ」


 ダムールの娘ファグラが横からたしめる。


「そんなんじゃねぇ。だが、人形の作り方が秘匿されとるんだろ? 儂らのゴーレムとも違うようだから、何を作りゃいいのかも分からねぇんだ」


 長ダムールの言葉に最初に反応したのは娘ファグラではなかった。


「ゴーレム? 迷宮に居るやつ!?」


「ミカ、ちょっと!」


 メラニアの後ろから弟のミカが、目を輝かせて前に走り出る。


「ん? 何だ、坊主。ゴーレムを知ってるのか?」


「うん! 昔、村のおじさんが迷宮に連れて行ってもらったときに見たことがあるって! 僕の傀儡もゴーレムみたいに、かっこよくしたいんだ」


「ほう」


 ダムールたちドワーフのまゆが釣り上がる。

 どころがあるな、とでも言わんばかりだ。


「なら、とっておきを見せてやろう」


 ダムールが得意げに指をクイッとすると、天井から何かが舞い降りた。

 そして下にある高価そうな器具たちを踏みつけて、赤黒い巨大なものが立っている。


 人に似た上半身に4本の腕、蜘蛛のような下半身を持つ異形。


 ゴーレムだ。


「ちょっと父さん! 作ったばかりの機材を壊さないでよッ!?」


「すぐ直せばいいだろ。それより坊主。これが魔鋼ゴーレムという最上位機体だ。ルシウスの全魔力を3日間注入して、やっと起動させることが出来た」


 胸を張るダムールと周囲のドワーフたち。


「かっけぇええ!!」


 羨望の眼差しでゴーレムを見つめるミカが、近づいていく。


 対して、キルギスたちは顔を強張こわばらせている。

 圧倒的な存在感に魔力量。いきなり特級の魔物が目の前に現れたようなものだ。


「ミ、ミカ! それ以上近づいちゃ駄目よ! あの異常さがわからないの!?」

「そうじゃ! 一撃で体が吹き飛ぶぞ!?」

「戻ってきて」


 キルギスたちが近づこうとうする少年を必死に止める。


「大丈夫だよ。だって敵意を全然感じないもん。ルシウスさまみたい」


「そ、そうなの?」


 ミカは昔から感覚が人より優れており、塔の中でも砲魔の発見が得意だった。

 一族の手練てだれよりも、早く敵意を察知することがよくあった。


「それより姉ちゃん、やっぱり下半身を蜘蛛にしちゃだめ?」


「ミカ。下半身をクモにしたらアラクネ型よ。それは他支族の傀儡。キルギスのあり方ではないって何度も言ってるでしょ?」


 メラニアの言葉に、数人のキルギスが頷いた。

 それに対して興味深そうに目を見開いたのはおさダムール。


「何だ? 傀儡にも色々な形があるのか?」


「はっ、はい。英雄王ゼノンに端を発した一族から支族に分かれる際に、傀儡に関する技術を分け合ったのです。そして、再び技術が混ざり合うことの無いよう製造を門外不出としました」


 ダムールが髭をさする。


「分からんな。技術は磨き上げるもので、あえて失伝させるものではないだろう?」


「英雄王ゼノンが作り出したテュポーンの力が凄すぎたのです。英雄王が遺した傀儡が原因で、記録にある限りでも2度、北大陸が半壊したそうです」


「過ぎた力ってやつか。だが、そんなものを1人で造り出したゼノンって奴は何者だ?」


「わかりません。英雄王ゼノンが【塔】の頂点で何を見て、何を知り得たのかは一切口にされませんでした。『辿り着けた者のみに、この世の秘密を知る資格が与えられる』と」


「……そうか。ともかく嬢ちゃんたちの事情は分かった。俺らもモノ作りを生業にする者。無粋な真似はしねえから、何か足りなかったら言ってくれや」


「あ、ありがとうござ――」


 メラニアやキルギスたちが安堵しかけたとき。


 ヌッと背後から誰かが忍び寄った。

 そして歓喜の声が響く。


「いいねぇ! いいねぇ! 嵌合傀儡かんごうかいらいのパンドラニア連邦の術式ってやつかいっ!?」

「お祖母ばあ様、見てください、ここ! 魔力でコーティングしてます!」

「ひっひっひ! 表皮や服も魔力の術式変換で造り出してるのかいっ」


 メラニアの傀儡ノクトに、老婆と青年が張り付いている。

 いや、押し倒しているというほうが適切だろう。


 2人はオルレアンス家の前当主グフェルと孫のクレインである。


「ノ、ノクト。大丈夫!?」


 自身の傀儡をまさぐられ、オロオロとするメラニア。


「クレイン、何やってるの?」


 ファグラが呆れたように伴侶へと話しかける。


「キルギス族の傀儡というのを1度見てみたかったので」


「それにしても持ち主に挨拶する前に、傀儡に飛びつくのはどうかと思うわよ? 人として」


「ははっ、面目ない。我慢ができませんでした」


 クレインが頭をく。


「まあ、細かいことを気にするもんじゃないさね」


「グフェル様も止めてください。あなたはよいお年でしょう」


 ファグラの嗜める言葉を、くくくっと魔女のような笑みでごまかした。


「それよりも砲魔の魔核から放たれる流動性を帯びた魔力を血液に見立てて、人形の体内に循環させるとは面白い。さらに操作者との間にも魔力を薄く循環させることで、傀儡の操作に必要な情報を相互に流し込んでいるようだね。式とは全く違うアプローチだよ」


「ええ、興味深い。操作者の魔力を、魔石を介して魔物の魔力へ変換し、全身の魔物の素材へと流しこむことで自律させているようです。見た限り魔石の魔力は一切使っていないようですが」


「だが、素材がよくないね」


「はい、トレントでは魔力を受け取れきれず、動きがぎこちなくなるでしょうね。本来はセイレーンやサテュロス辺りを使うと思われます」


 メラニアがギクッとする。


「な、なぜ一族の秘密を知っているんですか……」


「え? 見ればわかりますよ。トレントでも膨大な魔力があれば、いずれ馴染むでしょうが、大半の人は無理ですし、何より時間がかかります」


「見ればって……」


「でも良かった。実物を見てはっきりしました。術式を使うだけなら、ヒト型の傀儡じゃなくても良さそうです。もっと簡易な形状にして配りましょう」


 事実である。

 術式だけなら実は形は問わない。

 ヒト型は傀儡の自律性と隠密、暗殺という運用のために洗練された結果であった。



「「「…………」」」



 キルギスたちは思った。


 ――来る場所を間違ったかも知れない


 サマエルや塔主たちを除けば、今まで見たこともないほど強力なゴーレムを保有するドワーフ族に、一族が秘匿にし続けてきた技術を初見で見抜く変態たち。


「ともかく傀儡の配布は我が主の悲願です。どうか、お願いいたします」


 アルフレッドが再び礼する。



 そのとき、ドンッという爆発音がブルギアに響き渡った。

 そして振動が足元や器具たちを揺らす。



「な、なんです!?」


 まるで攻撃を受けているかのような音に、メラニアたちが警戒する。


「やはり来ましたか」


 アルフレッドは笑ったまま。


「心当たりがあるのですか? アルフレッド様は」


「おそらくアルカノルム商会の面々が、都市ブルギアへ術式を放ってきたのでしょうな。ははっ」


 アルカノルム商会とは、式との契約遺物を管理する商会である。

 ルシウスの傀儡ソルの呪いにより精神が幽閉されているジラルド子爵を代表として、複数の貴族たちにより組成されていた。


 そのうち3名、シジク伯爵、ラースロー子爵、ルクヴルール男爵たちは不幸中の幸いとして、『船』に乗せてもらえなかったため、サマエルの一撃を受けずに済んでいたのだ。


「笑ってる場合ですか!?」


「問題ございません。この都市全体をドワーフたちとオルレアンス家の面々が協力して作り上げた魔防壁が覆ってあります。多少の術式では揺らぎません」


「でも攻撃されてるんですよね!?」


「そうですね。彼らが無償で契約遺物を修理しろと言ってきたので、1つあたり金貨10枚なら交渉できると返信しました。そしたら報復でもしてきたのでしょう。ルシウス様の首を取るとまで息巻いてましたから」


 笑みを浮かべたままのアルフレッド。

 だが、目が冷たくなっていくのはキルギスたち。


「……ルシウス様の首?」


「おや、なにか皆様に思うところでも?」


「我々キルギスは隠密、暗殺を生業にしてきた一族です。それはこの国にあっても代わりません」


「ほう?」


 アルフレッドが興味深そうにメラニアの顔を覗き見る。


「呪いを肩代わりせよ、と言われれば受け入れ、死ねと言われれば、それも受け入れ、誰かを殺せと言われれば赤子すら手にかけてきました。いやしくも、それが我らのあり方です。そして今、我らの主はルシウス様。その方の首を差し出せと言われて黙っていられますか」


 暗殺や隠密など褒められたものではない。人としての感情を押し殺し、機械的に主の命令を達成する事が求められ、それが出来ない者は3流以下という世界。


 当代ジラルド子爵があまりにキルギスをぞんざいに扱ったため、心が離れ過ぎてしまったが、王国に渡って来て以来、善きも悪しきもあるじに仕えてきたのだ。


 部屋の中に、1つの音が鳴り響いた。



 パチパチパチパチパチパチ



 アルフレッドは渾身こんしんの拍手をキルギスたちへ送る。

 それは魂の讃歌のようだ。


「すばらしいッ! あなた達は我が主の事を正しく理解しているのですね! 私達はお互い良き理解者になれそうですッ!」


「はい……お望みなら、敵の首をここに持ち帰りましょう」


「殺してしまっては、百害あって一利無しです。もっと優雅に、知的に、正しくやらねばなりません」



 アルフレッドはニヤリと笑った。



「全てはルシウス様の悲願のために」





 なお、ルシウス自身は、その悲願の内容を知らない。


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