第127話 閑話 薔薇の秘め事

救いのないお話です。

読み飛ばしても本編には影響しません。


ーーーーーーーー


「おはよう」


「おはようございます。お嬢様」


 前々時代の遺物【塔】の中にある屋敷。

 若い女が手押し車を押して、中庭を歩いていた。


 それは朗らかな笑みを浮かべる赤茶色の髪の美しい娘であった。


 その笑みに、王都中の男が夢中となり、【塔】に咲いた一輪の薔薇ばらと呼ばれていた。



 名をアデライード。

 ジラルド子爵家の長女である。



 彼女には秘密があった。



「ディオン様のご調子はいかがでしょうか?」


 侍女が手押し車をのぞき込む。

 中に居るのはまだ髪の毛も生え揃っていない1人の赤子である。


「もう元気過ぎるくらいよ。元気過ぎて朝早くから起こされちゃったけど」


 侍女と気安く話しながら、アデライードが優しく愛息子の頬を撫でる。

 赤子は母の眼差しを受けて、「キャハ」と笑う。


 微笑ましい光景を前に、侍女は周囲を警戒していた。

 まるで見られては、まずいものがあるかのように。


「ディオン様を塔の外にも、お連れしたいのですが……」


 アデライードは寂しそうに微笑む。

 我が子に塔の中にある疑似太陽ではなく、本物の太陽の光を浴びせて上げたいという気持ちは自身も同じであった。


「……きっとお父様も分かってくれるわ」


 侍女は返事に困ったようにイエスともノーとも取れない微妙な表情を浮かべる。

 賛同し辛いことは、言葉を発した本人も分かっている。


「アデライード様、今日もこちらにいたのですね」


 中庭の端から現れたのは、庭師の青年。

 齢の頃はアデライードと同じぐらいの好青年であった。


「ティエリ、おはよう。ディオンの様子をあなたに見てほしくて」


 2人は近づくと見つめ合う。

 その様子を目にした侍女は気まずそうに隣の中庭へとそそくさと消えさった。


 庭師の青年は侍女が消えるのを待ち、赤子のディオンへと目を向ける。


「ティエリ、撫でてあげて」


。さっき庭を掃除したばっかりで手が汚れてるよ」


「良いのよ。だって、あなたの子なのだから」


「でも……旦那さまは」


 2人はお互いを求めるように手を取り合った。


 幼馴染として育ち、惹かれ合った2人。

 たまたま女の父が当主であり、男の父が庭師であっただけ。


 だが、その身分の差は年齢を重ねるごとに、大きなものとなっていった。


「お父様を説得してみせる。身分なんか関係ない。私はジラルド家を出て、あなたと一緒に暮らすわ。王都が生きづらいなら、地方に行って3人で暮らしましょう」


 庭師ティエリは、困った顔で首を振る。


 貴賤結婚きせんけっこんがサクセスストーリーのように語られるのは、お伽噺とぎばなしの中だけであることは、お互い分かる年齢だ。


 それでもアデライードは受け入れるだけの意思の強さを持っていた。

 甘い幻想ではなく、つらい現実だとしても。

 我が子の為に。


「代々ジラルド子爵に仕えてきた先祖は裏切れない。ディオン……いや、ディオン様はジラルド家の人間として育てた方がいい。僕は父だと一生隠して生きるから」


「ティエリ、どうしてそんな悲しいことを言うの?」


 庭師ティエリの言葉が詰まったとき、中庭に叫び声が響いた。


「アデル! アデル! どこだ!?」


「……お父様だわ」


 手を取り合っていたティエリとアデライードが、お互いに下がり距離を置いた。


 すぐさま中庭を貫く渡り廊下を、忙しなく歩く男が現れる。

 現れたジラルド子爵は、ゴミでも見るようにティエリを睨みつけた。


「ティエリ。なぜここにいる。仕事はどうした」


「旦那様……」


 目を泳がせ、言葉に詰まる庭師ティエリ。


「お父様。私がどうしてもディオンを見てほしくて」


 ジラルド子爵が手押し車の中で笑みを浮かべる孫を一瞥いちべつした。

 まるで穢らわしいものを見るように。


「……アデル。ロジェ様がお呼びだ。今すぐ支度をしろ」


 アデライードの顔が青くなる。


「お父様。あの話はお断りしたはずです」


「まだ、そんなわがままを。それでも西部の貴族に名を連ねる者か。 あのウェシテ=ウィンザーの当主、陛下の弟君であらせられるロジェ様の第3夫人と成れるチャンスなのだぞ!?」


「私はめかけになどなりたく有りません。貴族でなくてもいい、お金がなくてもいい。愛する人と幸せになりたいだけです」


 第3夫人などとは呼ばれているが、この国は一夫一妻制である。

 そのため、第2夫人以降の実態は婚姻関係のないめかけである。ただの愛人ではなく、ある程度、公にされているという程度。


 男でも女でも当主となれる権利を有している為、重婚を可能に出来ないのだが、それでもパートナーを複数求めるのは男女問わず、慣習的によくあること。


「ティエリ……貴様のせいだぞ! 一族代々雇ってやってきた恩義を忘れ、娘をたぶらかしよってッ!」


 肩を震わせたジラルド子爵が右の腰に刺してある軽剣を鞘ごと抜き出し、ティエリを打ち付ける。


 突然の喧騒により赤子のディオンが泣き始めた。


「うぐッ……も、申し訳ありません」


「何が申し訳ないだ! だったら娘に近づくなッ!」


「お父様、やめてください! 行きます、城へ今から行きますから!」


 愛する男を打ち据える父に対して、懇願するようにすがりついた。

 肩で息をする父が渋々、鞘を腰へ戻す。


「早くしろッ! 1時間後には迎えの馬車が来るぞ!」


「……はい」


 アデライードは地面へと倒れ込んだティエリと我が子の世話を侍女へと頼み、化粧とドレスを身にまとう。


 男も女も振り向く装いで、馬車へと乗り込み王城へと足を運ぶ。


 通された来賓室の中央に居たのは2人の男。

 王と弟ロジェ=ウェシテ=ウィンザーである。


 王と四大貴族の長を囲むように重鎮たちが脇を固めていた。


「おお!よく参ったアデル。相変わらず美しいの」


 太ったロジェが、座ったままジトッとした視線を投げつける。


「ロジェ様。お呼びいただき、ありがとうございます」


 アデライードは膝折礼で視線を躱した。


「……して、余との婚姻は考えてくれたか?」


「その件について、お話したいことがございます」


 不穏を感じ取ったジラルド子爵がアデライードの肩を掴む。


「アデル、やめるのだ」


 だが、アデライードの瞳には決意が灯っていた。

 何を差し置いても我が子を守るという決意が。


「私には愛する人と息子があります。そのためロジェ様の第3夫人になることはできません」


 アデライードの言葉に椅子から転げ落ちそうになるロジェ。


「む、息子だと!? ジラルド、これはどういうことだッ!?」


「こ、これは……」


 うろたえるジラルド子爵。


「ロジェ、もうよせ」


 成り行きを見守っていた王が、弟ロジェへたしなめる。


「あ、兄上には関係ないことだ!」


「もう何人も愛人がいるではないか。程々にせぬか」


 ロジェが湿った視線を王へと向けた。


「さ、さては兄上が狙っておられるのだな!? 平民の母を持つ身で、私から王座を奪って置きながら、私の薔薇まで奪うおつもりか!?」


 現王の実母は、城で働いていた侍女だ。


 名目上、ロジェと同じ母から生まれたことにはなっているが、公然の秘密。

 幼い頃は養母であるロジェの母に冷遇され、王城で働く最下級の家臣以下の生活を強いられた


 だが、持ち前の行動力で家臣や騎士、民と縁を結び、自ら学び、あらゆる分野で弟を凌ぐように成ったのである。


「ロジェにウェシテ=ウィンザー家の跡目を、余に王座への候補権を委ねたのは父上のご判断だ。今さら言っても覆りはしない」


「それは兄上が死んでも良かったからだ! たまたま選王戦に勝てたに過ぎませぬ」


 駄々をこねる子供のように家臣たちの前で、公然と王を侮辱するロジェ。

 腹に据え兼ねた近衛騎士が、ロジェと王の間に体を割り込ませる。


「ウェシテ卿。御身と言えども陛下へのお言葉にはお気をつけください」


 ロジェは近衛騎士、王、そしてアデライードを順々に睨みつけた。


「私は正室の子なのだぞ!? なぜこの私がこのようなはずかしめを受けなければならんのだ!?」


 バツが悪くなり、自らの血統の正しさを主張し始めたロジェ。


 その言葉に反応したのは、他ならぬアデライードであった。


 当然である。

 アデライードをめかけに据えようとしている場で、正室の筋こそが価値があると放言したのだから。


「正室の子を大事にされるのであれば、なおのことを私はロジェ様の夫人にはなれません」


「クッ! どいつもこいつも、この私を見くびりおってからッ! 」


 ロジェは怒り心頭で、あごの肉を揺らしながら立ち上がる。


「ジラルド子爵、着い来いッ! 仔細を聞かせてもらうからなッ!」


「はっ」


 青ざめた父ジラルド子爵を連れて、ロジェは奥へと下がっていった。


「陛下、お騒がせしてしまい申し訳ございません」


 深く頭を下げるアデライード。


「こちらこそ我が弟を許してやって欲しい。普段はもう少しまともなのだが、血の話になると抑えが効かぬのだ。それより、塔の薔薇と称されるそなたに子がおったとはな。息災か?」


「ええ、今朝も良く笑っておりました」


 王が微笑む。


「そうか。婚姻式があれば祝福しよう。王都民にとっても明るい話題となろう。一部の者達は地団駄を踏むだろうがな」


 王が悪い笑みを浮かべ、口で音を慣らす。


「陛下。大変申し上げにくいのですが、私の愛する人は貴族ではなくただ庭師です。お胸に留めていただければ幸甚の至り」


「気にするでない。知っていようが、私の母は平民である」


「そういう意味では……」


 アデライードの顔が青ざめ、ひきつった。


「よい。それよりも平民と貴族の子だからといって、疎まれる存在ではないであろう。胸を張るが良い」


「ありがとうございます」


 心が軽くなったアデライードは、久々に満面の笑みを浮かべた。




 一方。

 奥へと下がったジラルド子爵とロジェ。


「ロジェ様、どうかお許しください」


 開口一番、謝罪するジラルド子爵。


「お前にはさんざん目を掛けてやった! その報いがこれか!?」


「いえ、決してそのようなことはございません。娘には……もう価値はありませんでしょうか」


 恐る恐るロジェを上目遣いで見上げる。


「チッ。あるわけがない……いや」


 ジラルド子爵の言葉を受けて、何かを検討し始めたロジェ。


「ガキを産んだのなら、それそれでたのしみの仕方もあるというものか。薔薇が歪む姿も悪くないな」


 あごの肉を歪ませて、ロジェが常人には理解しがたい性的妄想に浸りはじめた。

 ひとしきり欲望のまま妄想を愉しんだロジェが、ジラルド子爵を手招きする。


 そして耳打ちした。


「なっ!?」


 目を見開くジラルド子爵。


「選べ。俺に付いてくるか、塔に閉じこもり続けるか」


「……無論でございます」


 ジラルド子爵は感情を押し殺し、一礼して、部屋を後にした。



 ◆ ◆ ◆



 翌日。


 結局、父ジラルド子爵は帰ってこなかった。

 急に席を空けた父の仕事を代行した後、我が子がいる部屋へと戻ってきたアデライード。


 扉を開けると、我が子を世話する侍女の横に、少年が1人。


「ヴァン、ありがとう。ディオンを見てくれていたのね」


「姉さん!」


 少年は姉へと飛び込んだ。


「ヴァンサン様が、どうしてもみたいというので」


「はっ? お前、生意気だぞ」


 ヴァンサンは可愛い弟であるが、立場を重要視するという意味では父とよく似ている。


「ヴァン。侍女は家の者です。もっといたわりなさいな。キルギスにも辛く当たり過ぎてはなりません」


「はーい。ごめんなさい」


 口をすぼめるヴァンサンの頭を撫でるアデライード。


「私が家を出た後、あなたは、お父様とお母様を支え、ジラルド子爵家を継ぐ者なので――」


 アデライードが弟に言い聞かせ始めたとき、部屋の扉が開く。

 ノックもなく入ってきたのは父ジラルド子爵であった。


 昨晩寝ていないのか、父には目の下に、大きいクマが出来ていた。


「お父様。昨日は……」


 ジラルド子爵は無言で歩き、目の前で止まった。

 そして頬を平手で打つ。


「お前は育ててやった恩義も忘れ、恥をかかせたな。が出来る前のお前に戻す必要がある」


 ディオンを指差す父ジラルド子爵の背後から現れたのは、5名のキルギスの一族。


 皆、傀儡かいらいを連れている。

 不穏を感じ取り、我が子を体でかばうアデライード。


「お父様、ディオンをどうされるのですか!?」


「塔の第3層へ捨ててくるのだ。もっと早くにそうすればよかった。不要なものは切り捨てねば、他を腐らせる」


 一瞬で包囲するキルギス族とその傀儡たち。

 キルギスの1人が一歩前へ進み出た。


「姫様、我々は貴方に感謝している。貴方は人として我らを扱って下さった数少ないお方。ですが、使命は使命。どうか、お下がりください」


「やめて、お願い。私から愛する子を――」


 アデライードが言葉を発しかけた時、背中に痛みが走る。

 振り向くと2体ほどの傀儡の腕から伸びた針が、背中へと刺さっていた。


 急に意識が朦朧もうろうとする


「おねが……ディオ……」


 そして、急速に頭をもやが覆い尽くし、意識が途絶えた。




 ◆ ◆ ◆



 次に目を覚ました時、アデライードは私室のベッドで横になっていた。

 跳ねるように飛び上がり、すぐ横に置いてあるベビーベッドを覗き見る。


 ――いない


 夢であったならば、という期待はすぐに裏切られた。


「来なさい、ゼパル」


 アデライードが右手から赤い鉱物で出来た馬が現れる。

 どれほど意識を失っていたのかもわからない。

 すぐさま式へとまたがり、窓を突き破って外へと飛び出した。


 向かった先は当然、塔の第3層だ。


 砂漠と岩の世界。


 まだ乳飲み子のディオンが灼熱の大地に放り出されれば、数時間、いや1時間とまたずに死んでしまう。それ以前に砲魔に殺されてしまう。


 ――お願いッ! 間に合ってッ


 転移の魔法陣をくぐり、第3層の砂漠へとたどり着いたアデライード。


「ディオン! ディオンッ!」


 悪魔の巣窟で、声を上げ続ける。だが、返事は聞こえない。


 砲魔は術式の塊である。

 そのため式の顕現を維持する為に、4種類の式の中でも最も多い魔力を必要とする。


 ゼパルが霧散するように消え去り、放り出されて砂上を転がるアデライード。


 それでも声を止めない。


「ディオン! ディオンッ! お願いッ! 返事をして!」


 見回したとき、遠くの砂丘に砲魔が群がっているのが目に入った。

 残りの魔力を振り絞り、式を喚び、再び砂上を駆ける。


「ディオン!」


 近づいたとき、群がる砲魔の中心に1人の男がいることに気がついた。

 庭師ティエリである。


 ティエリは砂に覆いかぶさるように、何かを抱きかかえている。


 砲魔を振り払うようにアデライードは馬の式から飛び降り、群がる砲魔たちへと向かわせた。


「ティエリ! どうしてここに!?」


「……ディ……オンを……つけて……来た」


 ティエリは魔核も式も持たないただの人間である。意図的に誘い込まれたのだろう。

 体中から血を流し、己の肉を盾にして何かを守っていた。


 ティエリが倒れ込むと赤子が現れる。

 ディオンである。


「待って! 今すぐに治癒士の所へ連れて行くから!」


 ティエリは首を振る。

 もう助からないことは明白であった。


「ディ……オンを……たの……む」


 愛する男の瞳から生気が抜け落ち、砂の上へと力なく横たわる。


「ティエリ?……ティエリ、ティエリッ!?」


 母の涙が詰まった声に釣られて、ディオンも泣き始めた。

 アデライードは、無我夢中ですぐさま熱された砂の上から、我が子をすくい上げる。


「大丈夫ッ! 母さんがついてるから! だいじょ――」


 腕の中で、泣いていたディオンの声が急に途切れた。



 顔に鮮血が飛び散る。



「え」



 腕の中には、右の首から血を吹き出している我が子ディオン


 その視界の先に見えるのは少女の形をした傀儡。

 血がついた短刀を握っていた。



「嘘」



 右首から吹き出す血を押さえる。


「だめ……だめ、だめ、だめ、だめ、だめ……だめよ! 死んではだめっ!」


 首を押さえる。


「だめ、ディオン。だめ、だめ、死なないでッ! お願いッ!」


 動脈に達するほどの深い切り傷。

 手で押さえつけるだけでは、どうにもならない。


 次第に青白くなっていく我が子。

 まだ世界を知らない。

 母の腕の中しかしらない、赤子が冷たくなっていく。


 それでもアデライードは押さえつける。

 血と同じように涙を流しながらも、首を押さえ続けた。


「お願いします……お願いしますッ」


 指と指の間から血が溢れ、命とともに、自らの手からこぼれ落ちていく。


「お願いします……だめ……死なないで」


 ディオンの顔が真っ白となり、鼓動も止まった。


 それでもアデライードは右首を押さえつける手を離さない。

 

 離せなかった。


 一度、離してしまえば、我が子の死を受け入れ無くてはならない。



 その日、アデライードは亡くした男と我が子の死体のかたわらから離れようとはしなかった。






 2年後。


 アデライードは王城の一角に居た。

 ロッキングチェアに揺れる彼女のお腹は大きい。


「アデル。体調は悪くないか?」


「陛下」


 お腹を抱えて起き上がろうとするアデライードを王が止める。


「良いのだ。座ったままで」


わらわのような者が申し訳ありません。陛下を前に」


「いや、もうお主は家族も同然。ロジェは、いったいどうしているのだ。こんなときに」


「ロジェ様は他の妾を迎える準備で忙しいようで。私は身重で、お相手ができませんので仕方ありませんわ」


 作られたような完璧な笑みを浮かべるアデライード。


「余からも注意しておこう。せっかく授かった我が子であろうに」


「いえ、問題ございません」


「そうか。性別は分かったのか?」


「ええ、男の子だそうです。名をディオンと言います」


神からの贈りものディオン、か。良い名だ。我が甥の誕生を心待ちにしておるぞ」


「ありがたき、お言葉」


 王は身重のアデライードに遠慮するように、すぐさま部屋を後にした。



「ディオン。わらわは誰にも貴方を傷つけさせない。誰にも切り捨てられなどしない高貴な存在にしてみせます」



 女の瞳からは、かつて溢れていた優しさは微塵みじんも感じない。

 なぜなら、唯一人に向けられているからだ。



「ねえ、私のかわいいディオン」



 お腹を優しく撫でながら、笑みを浮かべるアデライード。



 ディオンが誕生する直前、ジラルド子爵は不慮の事故により死亡。

 ディオンが誕生した直後、父ロジェも謎の奇病により床に伏せ、アデライードが家の実権を握ると同時に死亡。


 まことしやかに囁かれる禍福の一族ウェシテ=ウィンザー家の名。



「貴方は王になるの」



 西部の貴族たちが、アデライードを恐れるようになる少し前の話であった。

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