第126話 名前

 ルシウスは、宿舎へと戻った。


 ――久しぶりに帰れたな


 久々に戻った家は忙しない。

 母エミリーと双子たちが厨房の片付けをしている。


 2ヶ月居た住居を引き払い、皆、村へと帰るのだ。


 シュトラウス卿の付き添いという名目で父ローベルも来ている。


「おう、ルシウス。でっかい報奨をもらってきたか?」


 父ローベルがルシウスへと肩組をした。


「そうだね。沢山の魔鋼をもらってきたよ」


「魔鋼? そんなのどうするんだ?」


 不思議そうな顔を浮かべる父ローベル。



「もちろん魔鋼ゴーレムを量産するんだよ」



 ルシウスは笑顔で答えた。


「ちょ、おま――」


 唖然とするローベルの声を遮るように扉がバタンと開く。


「承知しましたッ!」


「あ、アルフレッドさん」


 扉の向こうにはオーリデルヴ領の領主代理アルフレッドの姿がある。


 相変わらず良く分からないタイミングで現れる男だ。


 なぜこの場にいるのか、領はどうなっているのか、もはや聞くこともない。

 本当に仕事をしているのかと何度か疑ったこともあるが、どういう訳か仕事はルシウスが求める完璧を常に超えてくる。


「魔鋼ゴーレムを量産し、あらゆる外敵の侵略に備えるのですね!?」


「まあ、概ね正解です」


 正確には戦帝と世界の主であるが、違いはないだろう。


「ついでにアルフレッドさん、いくつか頼まれ事を、お願いしていいですか?」


「無論です」


 人目もはばからず、アルフレッドは玄関の前で膝を着く。


「な、なあアルフレッド? せめて家の中に入ってからにしたらどうだ?」


「いえ、ドラグオン男爵。我が主の言葉を聞くときに、その瞬間に全身全霊を以て耳を傾けなければなりません」


 父ローベルと母エミリーがお互いに目配せしあう。

 明らかに変人を見る目だ。


 ルシウスはもはやツッコミを入れることもしない。疲れるだけだから。


「しばらく領を空けます。その間に、オルレアンス家に竜種、特に魔龍種や邪竜種に関わる伝承を洗ってもらってください。実在して、人に害を及ぼすような存在であれば、邪竜に食べさせます」


「承知しました」


 アルフレッドは神託を受けた敬虔けいけんな信徒のように、二つ返事で返した。


「おいおい、ちょっと待て、ルシウス。サラッとヤバいこと言っていないか!?」


「大丈夫、大丈夫。邪竜を進化させたいだけだから」


 父ローベルと母エミリーは再びお互い目配せしあう。


「…………」


 閉口するしかなかった。


「あと、キルギス族をブルギアに移住させます。彼らに家と服、偽核、その他生活に必要なもの全てを支給してください。落ち着いた後で構いませんが、早めにオーリデルヴ領とシルバーハート領の皆に偽核と傀儡の配布を」


「もとはパンドラニアの技術。他の貴族から非難や横やりがありましたら、いかがいたしましょうか」


 オリビアが王となるのであれば、いずれ合理的な判断として認められる可能性が高い。もしかするとドワーフもブルギア以外で住めるようになるかも知れない。


 だが、過渡期というのは何事にもある。


「基本は無視で良いです。手を出してきた時は、オモテナシしてあげてください」


「さすがルシウス様、良く分かっていらっしゃる」


 アルフレッドがより深く頭を下げた。


「あとオーリデルヴとシルバーハートで配備が完了した後であれば、他領から要望次第で傀儡と偽核を分け与えても大丈夫です」


「優先するべきは北部でよろしいでしょうか?」


 ルシウスは首を振る。


「いえ、望む領であれば州は問いません。次の王がそれを望むでしょうから」


「承知しました」


 アルフレッドは神託を受けた敬虔けいけんな信徒のように、二つ返事で返した。


「ちょ、ちょっといいか? ルシウス。もう一度聞くが、サラッとヤバいこと言っていないか?」


「大丈夫、大丈夫。領民全員に術式を配るだけだから」


 父ローベルと母エミリーは再びお互い目配せしあう。


「…………」


 やはり閉口するしかなかった。


「これは最後ですが、ジラルド子爵に関税として金貨1万を納めてきてください」


 部屋の隅で、静かに座っている傀儡人形ソルを横目でみるルシウス。


「よろしいのでしょうか? ジラルド子爵は療養中で会話もできないと伺っておりますが。わざわざ渡さなくても……」


「ルールはルールです。それに予測が正しければ、金は後からどうにでもなります」


 アルフレッドが察したように、ニヤリと笑う。


「承知しました、滞り無く。ところでルシウス様は、どちらへ行かれるのでしょうか?」


「共和国に行ってきます」


「ほう、珍しいですな。あの国が外交官の入国を許可するとは」


「いえ、おそらく密入国になります」


「あ、なるほど。承知しました」


 アルフレッドは神託を受けた敬虔な信徒のように、二つ返事で返した。



「待て! 待てッ!! ルシウス!いくらなんでもヤバ過ぎるだろッ!?」


 父ローベルは、今度ばかりは引かないと言った様子である。


「大丈夫だと思うよ。多分だけど」


「……本当に大丈夫なんだろうな?」


「うん。必ず帰って来るから」


 父ローベルが、ルシウスの目をしっかりと見定めた。

 根負けしたように父ローベルが大きく溜息をつく。


「そうか。なら……行って来い」


「ちょっとローベルまで!」


 止めに入ったのは母エミリー。


「心配かけてごめん、母さん。でも、誰かの大事なものまで守るって決めたから」


 唇が少しだけ動き、何かを言いかけたが、懸命にそれを飲み込んだ。

 代わりに悲しそうな笑みを浮かべる。

 

 少し間を置いて母エミリーはルシウスを抱きしめる。


「そうね。あなたはローベルと私の子供だからね」


にいに、どっか行っちゃうの?」


 母の足元にいた妹イーリス、母の表情を理解してか、泣きそうな顔を浮かべている。


「すぐに帰って来るよ」


「ほんとに?」


「ああ」


 そう言ってルシウスは妹の頭を撫でた。


 脳裏によぎるのは、精神世界で見た光景。

 繁殖場に囚われた妹の生気の抜け落ちた瞳だ。


 ――絶対にイーリスをあんな目に合わせない



「無事に帰ってきてくださいね。待ってますから」


 両親の背後から声を掛けてくるのはローレン。


 かつて精神世界で愛し合うことを誓った女性である。


 オリビアが王に着いた今、ローレンとの関係があの世界通りとなるのか、それとも全く違う結末となるのかは分からない。


 それでも、次は必ず守ると固い決意を胸に秘めた。

 ルシウスの覚悟でもあり、亡きユウとの約束でもある。


「うん、分かってる」


 ルシウスは片手で収まる程度の荷物だけを手にする。

 万が一、捕まったときに王国の関連が示唆されるものを一切持たぬとなると、ほとんど手ぶらでいくことになりそうだ。


 大きな荷物は宝剣と副団長の刺突剣くらいだろうか。



「ちょっと行ってくるよ」



 皆に見送られながら、ルシウスは、傀儡ソルだけを連れて、寄宿舎を後にする。

 この国の危機を救った者にしてはあまりに簡素な旅立ち。


 だが、ルシウスはそれで良いと考えていた。

 誰かに認められるだけではない、自分がすべきを成すための旅立ちなど、そんなものだろうと。

























 騎士団本部の地下牢。


「はぁ はぁ はぁ はぁ はぁ」


 ルーシャルは1人浅く空気をむさばっていた。


 のはつい先程。

 何十、何百という死をもって、宝剣の力でゴブリンを殲滅せんめつできたところだ。

 領民を助けるのは当初から試みていたことだが、肝心の宝剣をなかなか発動させられなかったのだ。



 コツコツと人が歩く音がする。


 おりが開かれ、ルーシャルの両腕を縛る拘束具が解かれた。


「……誰?」


 まだ精神が疲弊しており、視界がはっきりしない。



「ルシウスです。貴女にお願いがあります」


「ル、ルシウス君?」


「俺と一緒に共和国に行ってもらいます」


「共和国? 何で?」


伝手つてが欲しいんですよ。南部と共和国の繋がりが強いことは知ってます。ルーシャル殿下の特級の式も、共和国で手に入れたんですよね?」


 ルシウスは精神世界で、特級の詠霊を手に入れようと南部の寺院を訪れた。

 王国で特級の詠霊がいるとされる3つの寺院全てを。


 だが、そこに居たのは1級の詠霊であった。


 ならばルーシャルが手に入れた特級の詠霊はどこに居たか。


 共和国の巫女はうたとともに奇跡を起こすと聞いたことがある。

 つまり詠霊と契約していると読んだのだ。



「…………無理よ。『聖域』には認められた人しか入れない」



「ええ。危険であることは理解してます。だからこそ、一緒に来る人は死んでもいい人で、かつ自衛もできて、共和国の内情を知る人。そう考えたら貴女の顔が浮かんだのです。あ、顔のことはすみません」


 ルシウスは焼けた顔を眺める。


「君、本当にルシウス君? 死んでもいい人って言われるのは、ちょっとショックかも?」


「あなたが必死だったのは知ってます。他に選択肢が無かったことも。ですが、だからと言って、北部と東部を犠牲にしようとした事実は消えてなくなりはしない」


 もしルシウスが同じ立場だったならばどうしたか。


 北部を、自分の故郷を、帝国の艦隊が襲撃すると知ったならば。

 それを1人だけ、会ったこともない人間を暗殺すれば、北部や故郷だけは救われると知ったならば。


 1人の為政者として、非情な判断をしなかったと言い切れる自信はない。


 それでも、罪は罪だ。


「……私に国を守るほどの力はないから」


「俺が守りますよ。貴女が協力してくれれば」


「何それ」


「どうします? ここで無意味に死を待つか、国を救うために俺に協力するか」


 ルーシャルがルシウスの差し出した手を取る。


「いいの? 私を勝手に連れ出せば、君が罪に問われるよ?」


「ああ、それなら問題ありません。報奨に貴女の恩赦おんしゃをもらいましたから」


「……恩赦」


 ルーシャルの白い目が大きく開かれた。

 体を引き起こすと、ルシウスは腰に差したものを引き抜いた。


「これを」


 ルシウスは副団長の刺突剣を手渡す。


「……魔剣」


「詠霊は広範囲の術式を使えますが、近距離の対処は不得手でしょう。なら魔剣くらいは持っておいた方がいい。使い方にはコツが要りますが」


 ルーシャルが刺突剣をスッと振ると、刃が滑らかに延伸する。


 剣先は廊下を挟んで対面にある檻の中へと吸い込まれていった。

 よく見ると男のひたいの直前で止まっている。


「お見事。魔剣を使ったことが?」


「ちょっとで、魔剣を使いこさないといけなかったから」


「夢?」


「なんでもないよー」


 誤魔化すようにニマっと笑うルーシャル。

 対照的に、剣先を向けられた囚人はディオンである。


「ゴブリンども……ふふっ……母上に……ぎゅま……指1つ……ちゅ……触れさせない」


 時折、笑いを浮かべ、ぶつぶつと何かを言っている。明らかに正気を失っていた。


「……彼をどうするつもりですか」


「ルシウス君はどうしたい? なんなら、私が殺してあげてもいいよ。今は私は君のモノだから」


「貴女は貴女自身のものです。それに彼は法のもとに裁かれます」


「おそらく本人は弁論どころか、死の自覚もできないと思うけど」


 ルシウスは壊れたとしか思えないディオンの表情を見る。

 破壊したのは他ならぬ傀儡ソルであるが、そのことはルシウス自身全く知らない。


「それでも、です」


「優しいんだねー、ルシウス君は」


――優しい、か


 民衆や貴族たちへ結束を呼びかけ、見せしめに首をねられる役を負わせる為に生かしたことを、優しさというのだろうか。


 苦痛しか待たぬ状態で幽閉し続けることを、優しさというのだろうか。


 息さえしていれば、人は幸せなのだろうか。

 サマエルの光に一瞬で飲まれたアデライード卿や西部の貴族たちの方が圧倒的に苦痛は少なかったのではないか。


 そんな疑問が頭をよぎる。


 ルシウスは歩き、ディオンが入っているおりの前でかがんだ。

 全くディオンは反応しない。


「俺は貴方を許さない。ですが、死霊と対峙し、貴方に援護してもらった時、とても心強く思ったことも忘れません」


 ルシウスが今回の指揮で導入させた4人1組、4種類の式を組み合わせるという戦術。


 その実感を得た、ルシウス自身が人生で初めて連携した砲魔の使い手。


 ディオンである。


 その経験が、今回の戦いで多くの人の命を救ったことは否定しようのない事実だ。


 ルシウスは再び立ち上がり、おりから出てくるルーシャルへと声をかけた。


「名前を教えてもらえませんか?」


「特に無いけど、お父様は『影の方』って呼ぶよー」


 前世の自分と重なる。『余一スペア一号』という名を与えられた自分の姿と。


「それなら、プリエナ。一旦、そう呼びます」


「プリエナ?」


「古語で”輝き愛される人”という意味です。特に深い意味はありません」


「君は優しいけど、残酷だね」


 顔が焼かれ表情は良く分からない。

 だが、その表情は泣いているようにも、笑っているようにも思えた。


「……行きましょう」


 ルシウスはプリエナとともに共和国を目指す。

 新たな力を得るために。



 薄暗い地下牢から、光が注ぐ出口へと向かう2人。







 そして2人が離れた牢の前。

 闇に紛れてドレスを着た少女が腰を屈めていた。


「ふふっ……ゴブリン……はっ……母上ッ……」


 ディオンを静かに観察するのはソル。


「主……悲しんでた……なぜ?」


 傀儡ソルの細い腕がおりを抜け、ディオンの首へと添えられる。


「これが……息……しているから?」


 ソルは鋼鉄を素手で引きちぎるほどの膂力りょりょくがある。

 特級の魔物と比べれば非力というだけで、人間の肉など薄紙と大差はない。


 手のひらに徐々に力が込められていく。


「ぐっ!? ぎっ!」


 ディオンの顔が苦悶に歪む。


「ソル、どこだ?」


 ルシウスが呼ぶ声がした。


 はっとしたソルが手を離し、立ち上がる。


 傀儡のうち、ヒト型は隠密、暗殺に特化してきた。

 長い歴史の中で積み重ねられた試行と淘汰の結晶として刻まれたヒト型傀儡の行動理念。


 サマエルの魔石と特級の偽核を与えられ、どの傀儡よりも、その本能を強く発現させた傀儡。


 ソルはあらゆる者に忍び寄り、呪いたいという衝動を抱えていた。


 それでも合わせ鏡である少年と共有する目的が、自身を強く繋ぎ留める。



「ソル。待ってるから、早くおいで」



 仕方なく、嫌いな陽光が差す屋外へ向かうソル。


 それでも光の下で待つ人が、自分へ向けてくれる感情は嫌いではない。

 その理解できない感情の名前を知るまで、ソルは人を観察し続けるだろう。




「……光が……待ってる」




 ===================

 お読み頂き、ありがとうございました。


 以上で第6章は終幕となります。

 一部本編で書き残したものについては、閑話で書きたいと思います。


 次章は国外偏。

 早く国外に行って欲しかったので、やっと書けます。


 また男爵無双の1巻が発売されております!

 カクヨム版は読んでいただける方がいる限り完結させるつもりですが、やはり再考したい設定や書き直したいストーリーは沢山あります。

 ブラッシュアップ版として書籍を継続して執筆したいので、よろしくお願いいたします!

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