第125話 次の王

 ルシウスは王城の執務室にある円卓に腰掛けていた。

 周囲にいるのは大臣や、王都の周辺から集まった貴族たち。


 補佐するのは近衛騎士団長マルク。

 南部に全ての近衛騎士を派兵し、単身、ルシウスの補佐の為に留まったのだ。


 そして隣に座るのは王の孫シリルだ。


「ふう」


 ルシウスが椅子の背もたれに深く腰を倒した。


「完全に帝国も撤退したようですね」


「ああ、挟撃作戦だったものが、主力軍がすぐさま壊滅したからな。帝国側から侵攻する軍は深追いはしてこないとは思っていたが、想定以上にあっさり引いた」


 マルクが机の上にある地図とこまを睨む。


「それだけ不確定要素が多かったんでしょう。なにせ40隻以上の艦隊が忽然こつぜんと消えたわけですから。帝国と言えども、用心深くなる必要があったのだと思います」


 この2週間、貴族や騎士たちの指揮ばかりに追われており、満足に寝ることすらできなかった。


 一息付いたとばかりに、シリルが机に広がった書類を片付け始める。

 周りの廷臣たちも同様だ。



 そのとき執務室の扉が開いた。



 廊下から入ってくるのは6人。


 北部の盟主シュトラウス卿と長女オリビア。

 東部の盟主リーリンツ卿と息子カイセオン 。

 南部の盟主テルグ卿と娘ルーシャル。


 四大貴族たちと王候補たちの入城である。

 皆、疲労が見て取れる。現場にいた彼らも、寝る間も惜しんで対応におわれたのだろう。


 だが、毅然とした態度は崩さない。


 部屋にいた皆が頭を下げる。


 各州は帝国の侵攻を受けていた。

 戦況が落ち着き次第向かうという知らせは受けていたが、いつになるかは状況次第であったため決まっていなかった。


 おそらく帝国軍の撤退が、既定路線となった時点で王都へと発ったのだろう。



 議題は当然、事後の協議である。


 ルシウスも礼を尽くすため、立ち上がり畏まる。


 だが、皆が頭を下げたまま、四大貴族たちは席につこうとしない。


 ――どうした?


「ルシウス」


 声を掛けたのはシュトラウス卿である。


「はっ」


「千竜卿であるお主が、我らの着席を許可せねば、話が前に進まぬ」


「え?」


 四大貴族は王たる氏である。

 誰かの着席の許可を待つ必要など無い。


 王を除いて。


 オリビアが口を尖らせてルシウスへ話しかけた。


「戦争状態にある現時点で、ルシウスは王の名代みょうだいよ」


 ――確かにそうか


「失礼いたしました。千竜卿の名において、戦争の終結をここに宣言します」


 この宣言をて、ルシウスの権限は通常の男爵に戻ることを意味していた。


 ルシウスの言葉に安堵する貴族たち。

 亡国の危機が去ったことに感無量で涙する者もいる。


 言葉に続いて6人は、それぞれの円卓に東西南北に分かれて着席した。

 無論、西側は空席のままだ。


 ルシウスは円卓から立ち上がり部屋の端へと行く。


 協議の内容は、責任の追求、処罰と褒章ほうしょうについてであろう。

 西部の貴族たちが独占していた富も、その持ち主の多くが死亡したことで没収、分配される。もしかすると西部という州は消えるかもしれない。

 何より次の王を決める選王戦についてだ。


 やることは山程ある。


 シュトラウス卿とリーリンツ卿とは対照的に、汗を滝のように流しているのは南部の盟主テルグ卿。


 アデライード卿亡き後、すべての責任を負わされることは分かりきっていた。

 どこまで関与していたかは分からないが、死罪すらあり得る立場。

 それでもなお、逃亡せず、この場にせ参じたということは、盟主としての役目はやり遂げるつもりなのだろう。


 ――俺の役目も終わったかな


 ルシウスは1人扉へと向かう。


「おい、ルシウス。どこへ行くのじゃ。これから話し合わねばらなぬことが山程ある。この戦最大の功労者が早速、消えてどうする。早う、座れ」


 呼び止めたのは東部の盟主リーリンツ卿。


「いや、ここだけの話ですが」


 ルシウスの言葉に皆が耳を傾ける。




「今から共和国へ密入国してきますので、事後処理はお願いします」




 皆が固まった。


「「「はぁッ!?」」」


 言葉が重なった。


「ちょっと待ってよ、ルシウス。いきなりどういうこと! 説明して!」


 堪らず声を上げたのはオリビア。

 1年近く会っていなかった少女は、大人へとの階段を着実に上っている。

 誰もが振り向くであろう美貌と、近寄り難い鋭い視線を持った女性に。



「まだ力が足りないからかな。上級の魔剣は、おそらく共和国でしか手に入らない」



 ルシウスが見た精神世界。

 強大な軍事力を持っていた帝国ですら、少しも領土を侵せなかった大国の一角。



 巫女と魔剣の聖地サンガーラ共和国。



 その国は宗教国家として常に信者に開かれている。

 だが、国の中枢に近い場所は、『聖域』と呼ばれ、認められた人間以外の侵入を拒絶していた。


 ルシウスは『聖域』には上級の魔剣が相当数あると読んでいる。

 そうでなければ、帝国と渡り合えるはずがないからだ。


 確かにサマエルの力は得た。


 だが、それだけで打ち破れるほど戦帝は甘くはない。

 少なくとも現状では一撃、撃っただけで魔力切れになってしまい、大国を相手にするのには心もとない。


 帝国の強みは、その技術力にある。

 言い換えれば、技術開発によって全てを解決しようとするため、どうしても開発時間を要するのだ。


 サマエルへの対抗策を開発するため、少なくとも1年は時が稼げたはず。

 その間にルシウスも得るべき力を得なければ、時の流れに飲み込まれてしまう。


 結果は、精神世界の二の舞い。


 更に戦帝が『世界の主』と呼称していた魔物。

 サマエルすら凌駕する魔物が、空を割ってこの世に現れる。ともなれば更なる力は必要不可欠であった。


「共和国を敵に回すつもりか! 『聖域』に侵入する気であろう!」


 声を荒らげたのは南部の盟主テルグ。

 南部と共和国は隣接している。また事情があることも知っている。


「大丈夫です。仮に捕まっても王国との関係は吐きませんよ。と同じように」


 テルグが目をそむけた。


「そ、そういう話では……」


「テルグ卿、後がつかえておる。それまでに」


 リーリンツ卿の視線に下がるテルグ卿。


「分かった。お主の好きにするがよい。だが、このことは内密にさせてもらうぞ」


「はい、そうしていただきたい」


 国の最高戦力が共和国の聖域へ侵入したとなれば、それはもはや宣戦布告と取られても否定のしようがない。

 また、王国にルシウスが居ないなどと知られれば、すぐにでも帝国は襲ってくるだろう。


「急ぐにしても、せめて報奨くらいは申して行け。第一功労者の報奨が決まらなければ、後が決められぬ」


 シュトラウス卿が溜息をつく。


「それにしばらく帰ってこれぬのなら、王に誰を指名するかも、だ」


「わかりました。王は――」


 全員が固唾を呑む。


 西部で生き残った大半の貴族は反アデライード派であった。

 そのためそれを全て排除し、王都を守りきったルシウスの言葉に従うだろう。おそらく南部も。


 実質上の王の指名であることは、誰の目にも明らかであった。




「私はオリビア=ノリス=ウィンザーを指名します」





「……ルシウス」


 オリビアの声が漏れた。


 由縁があるからではない。


 ルシウスとて、分別くらいはついている。

 王という役目の重さは痛いほど今回の件で知った。


 今回の戦いで、オリビアが縦横無尽に戦果を上げたことは皆が認めていること。

 少なからず東部という帝国に最も近い州に赴任していたという背景もあるにはあるのだが。


 だが最も大事なのは精神世界において、レジスタンスに参画した者はタクト領関係者が圧倒的に多かったということである。


 前線であるタクト領に赴任していたカラン師団長やシャオリア旅団長まで生きていた。


 カラン師団長の英断もあるが、それを差し引いてもタクト領民の損壊の少なさは抜きん出ていた。



 当然、領主オリビアの判断である。



 自らの命をなげうってまで、騎士と領民を生かしたのだろう。まず間違いなく最後の1人になるまで、前線に立ち続けた。

 ちょうたるものは、恥を承知で生き残るべき、という考えはある。だが、それは組織が残る場合の話だ。


 国という組織が完全に瓦解する事を理解した、オリビアは選択したのだ。


 わずかでも人の命を残すことを。



 その姿が先王の姿と重なる。



「本当にそれでよいのか」


 シュトラウス卿が念押しする。


 他の四大貴族の子息たちが、どれほどの政治的手腕があるのかは知らない。


 だが、西部に赴任していたルーシャル、北部に赴任していたカイセオンの領地が、王国崩壊後に特別の成果を残した記憶はない。



「ええ」


 ルシウスは力強く頷いた。


 平常時であれば違う判断も有り得ただろう。


 だが、これから訪れる世界は帝国の侵略を受ける混乱の時代。

 民を生かせる判断を出来る人間がかじを取ったほうが良い。


「……決まりだな」


 そう入ったもののシュトラウス卿の瞳には涙が浮かんでいる。


「一応、選挙は行うぞ。結果は見えていたとしても形式は踏まねばならん」


 リーリンツ卿も納得した様子。

 テルグ卿は黙りこくる。そもそも西部の王候補ディオンへ票を集める予定であったため、王になることを前提として居なかったのだろう。


「だが、その場合……ウェシテ=ウィンザー家。西部をどうするかのぉ」

「そうであるな」


 大臣や廷臣たちの緊張が高まった。

 この場にいる多くが西部出身者。これだけの動乱を起こしたのであれば、西部を解体し、他州への再編することすら有り得るのだ。


「次の王が決めてもよいのだが――意見はあるか?」


 リーリンツ卿は、恣意的にオリビアを見る。

 お前が決めろ、ということだろう。


 オリビアは変わらず毅然とした態度のまま。

 その表情は10才のとき、森から出てきたときと何一つ変わっていない。


「すべての国民に機会が与えられ、評価され、豊かに生きていける国にする。それが私の目標です」


 力が込められた瞳から宣言にも近いものを感じる。


 存続を許可され、安堵したのは周囲の大臣や廷臣たち。

 さらに、その雰囲気に数名の王城で働く家臣たちが自然と膝を折った。


「……そうか」


 胸をなでおろすのはテルグ卿ともう一人のルーシャルも同じ。

 これから温暖な南部に冬の時代が訪れることを覚悟していた。


 この瞬間に全てが決した。


 西部と南部の貴族でも、オリビアへ投票しない理由がなくなったのだから。


「となると、次のウェシテ=ウィンザー家の当主を決めねばならんな。本来であれば家の者で決める話であるが、この事態、我らで指名させて貰う形でよいな」


 リーリンツ卿の言葉に、西部の貴族たちが身震いする。

 つまり操り人形となれる人材を割り当てると言っているのだ。


「リーリンツ卿。それは既に決まっております」


 声を上げたのはルシウス。


「決まっている? だれじゃ?」


「シリルです」


「「「ん?」」」


 皆の視線が、一族の末席に注がれた。


「聞いたことがない者だな」

「誰だ、それは?」


 シュトラウス卿とリーリンツ卿が首をかしげる。


「ちょ、ちょっと待って下さい! ルシウス卿、何の話ですか!?」


 驚いたのはシリル当人もである。


「だって、その指輪を陛下から受け継がれたのですよね?」


 ルシウスが指さした先はシリルの手元。

 シリルの親指には赤い宝石の指輪がはめられている。


 宝石の深い輝き。

 それはルシウスの傀儡ソルの核と同じ魔石であった。


 つまり一族を代表する者として、サマエルとのちぎりが先王からシリルへと受け継がれたことに、会ってすぐに気がついた。


 サマエルが、フェルスの民、ウェシテ=ウィンザー家と交わした契約の詳細は知らない。なぜ契約したのかも含めて。


 それでも最期を覚悟した先王がシリルへと渡したのは間違いない。


「なぜ、この指輪のことを……。他者に絶対に教えてはいけないと、お祖父様は確かに仰っていたのに」


 ルシウスは知らぬことであるが、王はアデライード卿とディオンが、説得に応じた場合、指輪をディオンへと渡すことも、シリルに約束させていた。


 結局、その約束が果たされる機会は、永遠に失われてしまったのだが。


「それは妖精王から聞いたのですよ」


 ルシウスが笑いながら答える。


「妖精王? なんじゃそれは?」

「聞いたことがない」


 他州の者たちは全くわからないと言った様子だ。

 また西部出身者も妖精王の名は知っていても、それがウェシテ=ウィンザー家と何の関係があるのか皆目見当もつかないと言った表情を浮かべる。


 ちなみにルシウスは妖精王こと、サマエルと契約したことは口外していない。


 魔導船を撃墜する際に、王都から離れ、かつ上空から降り注いだ光でも、魔核を持たない王都民たちの一部は呪いに掛かった。その解呪にソルを王都中を走り回らせたほどだ。


 どの道、厄災の光をばら撒く式など、目に出来る場所で放つことはできないのだから。


「シリルとやら。時が惜しい、そなたが当主で我らは構わぬ。代表として席に着け」

「同意ですな」


 2人の盟主に指名されたシリルが体を強張らせながら、西側の席についた。


「次は報奨について申してみよ」


 シュトラウス卿が促す。


「ならば4つ良いですか?」


「もちろんだ」


 全員の視点がルシウスへ注がれる。

 望めばいくらでも西部に領地を持てる。希望次第では大伯爵の誕生だ。


 ルシウスはシュトラウス卿とリーリンツ卿を向く。


「1つ、魔鋼まこうを我が領地のブルギアへ」


 この場にいる全ての者がまゆをしかめた。


「魔鋼? 迷宮で見つかる加工ができぬあの金属か?」


「そうです」


 魔鋼の加工はドワーフにしかできない。そのため人にとったはただ固いだけの価値のない金属である。


「良く分からぬが、承った。国中の魔鋼を届けさせよう」


「お願いします。2つ目はパンドラニア連邦との国交の呼びかけを」


「あの国は、支族主義が強い。他国との連携はおろか、南大陸との国交すら断絶しておるぞ」


「それでもです」


「目的は何じゃ? 外交するにしても目的もなければ攻め手が浮かばぬ」


「かつて英雄王ゼノンが操ったというテュポーン級の製造です。ついでにティタン級などの5大巨人兵も復活させてください」


 皆の目が点となった。

 意味がわからない。同盟国でもない国に、伝説級の武器を用意させろと言ったようなものである。


 ほぼ不可能な目標である上に、達成した所で国益になるどころか恐怖しか呼ばぬものを作らせるなど誰が得をするのか。


「は、話しが見えぬ」

「どういうことだ?」


「戦帝は、パンドラニア連邦へ圧力を駆ける為だけに、王国を侵略しています。彼らがテュポーン級を製造すれば、王国を攻める理由が無くなるはず。なにも無料ただで、とはいいません。私からは【塔主】の魔石1つを渡す用意があることもお伝え下さい」


 戦帝の目的は、パンドラニア連邦に圧力を掛け、秘術の集大成であるテュポーン級を製造させること。理由はおそらく『世界の主』という魔物と戦う戦力としてだろう。


「と、塔主の魔石じゃとッ!? ルシウスお主まさか塔の最上階まで登ったのか!?」


 一気に部屋が騒然とする。


「色々と事情があり、手元にあるだけです。ともかく交渉を」


「……分かった。お主がそこまで言うなら特使は派遣しよう。だが期待するではないぞ」


「はい。そして3つ目。光の宝剣を頂きたい」


「それは無論じゃな」


 ルシウスの言葉を受けて、シリルはすっと立ち上がり、奥の部屋へと向かう。すぐさま帰ってきたシリルの手には布で包まれた魔剣があった。


 近衛師団長マルクが含みのある眼で睨みを効かせる中、シリルが布をはぐ。


「こちらです」


 ルシウスが所持していた光を放つ魔剣。

 王の愛剣にして、王殺しの宝剣でもある。


「お祖父様から亡くなる前日に、次の報奨で返すように申しつかております。他の2本も」


「ならば、我らではなく先王から申し使ったシリル、いやウェシテ卿が渡すと良い」


 シリルが頭を下げて、ルシウスの前に進み出る。

 そして宝剣を両手でかかげた。


 ルシウスが膝を尽き、3本の魔剣を受け取る。



は賭けたのだ。お主が英雄としてこの国に光をもたらすこと』



 どこからともなく、言葉が聞こえた気がする。

 それは3才の時、王から宝剣を下賜されるときに聞いた言葉。



「……御意」



 ルシウスはかつてと同じように答えた。


 あのときは場の流れに身を任せ、口先だけの言葉だった。


 だが、今回は違う。



 明確な意志と覚悟を込めた言葉である。



 ルシウスは立ち上がり、光の宝剣を左腰に差す。


 ――やっぱりしっくりくるな


 感触を確かめると、大剣を右手に持った。

 その剣をそのまま近衛騎士団長マルクへと差し出したのだ。


「こちらの大剣を。次の王を守るために、お役立てください」


 ルシウスはオリビアを横目で見る。

 蚩尤しゆうが受取を拒否しており、鎧兵の団長と副団長には既に魔槍がある。

 有効に使える方法が、すでにルシウスにはない。



「……はい、確かに」



 次は近衛騎士団長マルクが膝を付け、ルシウスから魔剣を受け取る。

 かつて近衛騎士団長が代々受け継いできた魔剣。


 魔龍の襲来により途絶えていたその伝統が、図らずも渡るべき人間に戻った形である。




「そして4つ目は――」


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