第124話 4人の王候補

「クソッ!」


「カイセオン殿下、お下がりくださいッ!」


 戦場と化した平原。


 北部の最東端、東部と帝国の国境近くにある領であり、とある王候補が治めている領でもあった。


 ゴブリンやトロル等の獣兵が押し寄せるなか、東部と北部の兵たちは劣勢にあった。

 周囲の兵たちは皆、疲弊しており、多くが怪我を負っている。


 兵たちの中央にいるのは1人の獣人。


 リーリンツ卿の息子にして、王候補の1人カイセオンである。

 カイセオンは長い1本角とほこを持つ黒い毛の牛に似た獣、獬豸かいちという名の白妖の姿をしていた。


 周囲にいるのは、東部の前線で戦っていた辺境伯とその部隊。


 辺境伯たちは、地形や残存兵力を考慮したうえで、前線から後退し、盟主の息子と合流できる北部の最東端にある平原に戦力を集結させていた。


 それでも状況は良くない。


「俺が出る。お前たちは下がれ。母上に増援を要請し、兵を連れてレイヴン砦まで後退しろ」


 黒い牛姿のカイセオンが鉾を振り上げる。

 反論したのは辺境伯。リーリンツ卿の寄子でもある。


「カイセオン殿下もご一緒にッ!」


「俺が後退したら、兵の士気が崩れる。そしたらここは、いや国の終わりだ」


「帝国はなぜか兵力を一箇所に集中せず分散させております。まるでヤブ蛇が出てくることを怖がっているかのような慎重な動き。ここが抜かれた所で大勢たいせいに影響しません」


 当然、ルシウスへの警戒からであった。

 出方がわからない帝国は、攻め手を分散させざるを得ないのだ。

 もし戦力を一箇所へ集中した所に、艦隊を壊滅させた未知の戦力が投下されれば、敗北が必至となってしまう。


 ゆえに帝国側は戦力をいくつかに分散させ、手探りでの侵攻となっていた。


 ルシウスとマルクの作戦通りである。


 全体を俯瞰する戦略の読み合いは、現場で用いられる戦術とは違う効果を発揮する。現状、サマエル単独で戦略兵器になり得るほどの力を持っているのだ。これを最大限に活用するために敢えてルシウスは前線に出ていない。


 そして、辺境伯は理由は分からずとも、目の前の状況を的確に掴んでいるとも言えた。


「それは仮定の話しだろうが! 実際に死ぬのは民だ!」


「しかし!」


 辺境伯の言葉をさえぎるように、リズミカルな轟音が平原に響き渡る。


 足音である。


 ゴブリンたちの絨毯を超えた平原の端から向かってくるのは巨人。

 人の背丈の10倍はあろうかと言うほどの毛むくじゃらの獣兵だ。


「キングトロル……あんなものまで作ってやがったのか」


 怯え切った兵の1人が逃げ出した。


 1人が逃げると2人が続き、2人に4人が追従する。

 後は逃走する兵たちが続出し、前線はすぐさま瓦解した。


「仕方ない。一時撤退する。下がらせてる騎獣部隊に搬送させ――」


 カイセオンが撤退を決めた時、周囲を光が覆い尽くした。


「何だ? 閃光の術式か!?」


 次に響いたのは獣兵たちの自爆音。


 連鎖的に自爆しているかのような音がいつまでも鳴り響く。

 土煙が舞い上がり、全ての視界を奪い去った。


 それにより兵たちが恐怖する。


「闇雲に逃げるな! 落ち着けッ!」 


 平原に風が駆け抜け舞い上がった土煙が払われる。


 そこに居たのは。



 グリフォンにまたがった少女。



 その少女の下にいるのは王国軍。


 カイセオンはその少女を知っている。


「オリビア……どうしてここに」


 魔力を込めると、グリフォンの翼から無数の光の筋が放たれる。

 その光がを描き、上空で一箇所に絡み合い、光の球体が出来上がった。


 オリビアが左手を掲げて、閃光を放ち、その球体を撃ち抜く。


 すぐさま崩れ去った球体から、雨の様に細かい光の筋が、戦場に降り注いだ。



 それが獣兵たちを貫き、広範囲で自爆を起こす。


親疎しんその能の応用か」


 1つ1つの光の筋を反発させ合い、細かく砕くことで、威力が弱まる代わりに数を増やしたのだ。

 歩く爆弾である獣兵に特化した戦い方である。


 獣兵たちの5分の1ほどが消え去った。


討滅とうめつしなさい」


 オリビアの指示に対して、すぐ下にいた国軍が一斉に動く。


 最初に飛び出したのは、人を乗せた騎獣たち。

 数人の人を乗せた騎獣が空と大地を駆ける。


 素早く敵の奥深くに斬り込んだ騎獣たちの背から、白妖をまとった騎士が飛び降り、近くの獣兵へと次々と襲撃していくのだ。


 騎獣の上からは、バフとデバフを散布する詠霊の術式が降り注ぎ、砲魔による援護射撃が行われる。


 取り囲まれそうになれば、騎獣が素早く回収し、手薄な所へと再び投下する。


 負傷者や魔力が切れた者を、次々と騎獣が後方の待機メンバーと入れかえていく為、前線の攻撃力は全く途切れない。


 見る見るうちに数を減らしていく獣兵。


「何がどうなってやがる。さっきまで全然勝てなかったのに」


「ルシウスが考案したフォーマンセルの隊列よ。実際にやってみたら分かるけど、凄く有用ね」


 正確にはフォーマンセルをルシウスが考案したわけではなく、騎士たちの間では安定した型として一部の人間には知られていた。


 だが、今まで西部と南部の騎士が送られてこなかったため、部隊として組成しようがなかったのだ。


 その運用方法を、具体的にまとめて指示したのがルシウスである。


 また王都から全体を統括しているルシウスの強い指示により、均等に配分できるように騎士たちが派遣されていたのだ。


「オリビア、お前」


 近くに来たオリビアが、グリフォンにまたったままカイセオンや辺境伯を見下ろした。


「東部はどうした? まさか見捨てて出身の北部に来たんじゃないだろうな!?」


 黒い1本角の牛がオリビアを睨みつける。


「まさか。東部周辺の敵を全て倒したから増援に来ただけよ」


 その言葉は撤退を指示しかけていたカイセオンの胸に突き刺さった。


「クソッ! なら俺を笑いに来たのか!」


 辺境伯や周囲の騎士たちも悔しそうに奥歯を噛みしめた。


「違うわ」


 オリビアは水色の髪をかきあげる。


を助けに来たのよ。南部と西部の騎士たちを連れてきたから、東部と北部の部隊に再編して」


「助けに……来た?」


 カイセオンも、辺境伯も言葉を失う。

 王候補同士は成果を競い合う存在である。嘲笑あざわらいに来ることはあったとしても、手助けに来るような関係ではないと思っていた。


「オリビア様。そろそろ行きましょう」


 兵をかき分けて現れたのはカラン師団長とシャオリア旅団長。

 そして、以前ルシウスと模擬戦で戦った鳥型の砲魔ジズの契約者である。


「そうね。あの大きいのは私達で倒しましょう」


 グリフォンが地面へと降り立ち、カランとジズの契約者を後ろに乗せ、シャオリアを前腕で掴み舞い上がる。


 向かった先はキングトロル。


 近づくとカラン師団長の詠霊サヴィトリが、全員の感覚を研ぎ澄まし、反対にキングトロルの感覚を削ぎ落とす。


 キングトロルが大樹から削り出した棍棒を振り下ろすが、精細を欠く攻撃をグリフォンが受けるはずがない。


 振りかぶった所で、グリフォンの光の筋と雲の砲魔ジズが放たれた。


 全身に穴が空き、雲の爆風により倒れ込んだキングトロル。

 10体ほどの獣兵たちを下敷きにしたため、背中から爆炎があがる。


 だが、致命傷に達していない。


 信じられないほどの生命力を持つことで知られるキングトロルに、帝国の技術を注ぎ込み更に力が増している。並の攻撃では致命傷になり得ないだろう。


 起き上がろうとするキングトロルの頭上に何かが飛び下りた。

 竜女と化したシャオリア旅団長である。


 手にした槍は正確に巨大な眼球をえぐった。


 暴れ狂うキングトロル。

 周辺の獣兵たちを踏み潰しながら。


 シャオリアは蛇のような動きで、地団駄を踏む巨大な足を避けながら、確実に傷を負わせる。


 出血と傷により、徐々に動きが鈍くなっていくキングトロル。


「ジズを」


 オリビアの指示により、再びジズが放たれる。

 顔へと命中し、大きく体が揺らぐキングトロル。


「グルーオン。合わせなさい」


 オリビアが手をかかげて、光の筋が放たれる。

 それは白く輝く光。


 グリフォンがそれに合わせるように羽から無数の光の筋を放った。


 そして、オリビアとグリフォンが放った光の筋が。



 1つに収束。



 竜のブレスの如く、極大の流れとなった光が、キングトロルの頭を飲み込んだ。

 親疎の能。光の矢を引き寄せ合わせ、1つにしたのだ。


 戦場から影を消え去るほどの光を照らした後、巨人が倒れ込む爆音が鳴り響く。

 その巨人の頭は、吹き飛んでいた。


 戦乙女さながら、戦場に舞い降りたオリビアが放った光。

 それは崩れかけた兵たちの士気を上げるには、十分過ぎた。



 一連を見ていたカイセオンと辺境伯。


「……惚れた」


「……ですな」






 同刻。


 薄暗い地下牢。


 生乾きの床とカビの臭いが立ち込める騎士団本部の地下である。

 その最奥にいるのは、2人の囚人。


 四大貴族に連なる2人。

 西部の王候補ディオン。

 南部の王候補の片割れルーシャル。


 ディオンは床に直接座り込み、壁へと体を預けていた。

 対して、ルーシャルは顔を焼かれ、吊るされている。


 一見、高貴な生まれとは思えぬ2人だが、似たようなことは昔から何度も繰り返されてきたこと。身分とは、本人から湧き出るものではなく、周囲がその立場を認めて初めて形になるものである。


 周囲から見放され、落ちぶれるときほど、人の怨嗟えんさあらわとなりやすい。


「ねえねえ、ディオン君」


 ルーシャルが、向かいの牢屋に入れられたディオンへと話し掛ける。


「……何だ」


「どうしてルシウス君を信じられなかったんだろうね。私達は」


「ふっ」


「どしたの? 牢屋でカッコつけてー」


「お前は信じていただろう。だから、捕まった。逃げる事もできたにもかかわらず、奴が帝国を撃退することに、お前は賭けたのだ」


 焼けただれた顔に浮かぶ白い眼がディオンを睨む。


「……なんでそう思うの?」


「簡単だ。ルシウスを信じていなければ、南部に居た。帝国に襲われた時に備えて。だが、そうしなかった。俺の、いや母上の一派全員の首が取れそうな場所にいた時点で馬鹿でもわかる。まあ、今となっては、どうでもいい」


 南部が裏切られたときの、『死に方』である。

 ルシウスが敗北し、南部に押し寄せる帝国軍を数分でも足止めする為に使うか。

 ルシウスが勝利し、南部を裏切った政敵を道連れにしてから、片割れに道を繋ぐか。


 南部が裏切られさえしなければ、処刑されて、それで終わり。生き残る選択肢を、始めから度外視していたルーシャルは、裏切られたときの為に全てを賭けていたのだ。


 ルシウスと対面し、後者の可能性を見出したルーシャルは南部に潜伏するという当初の計画を変更し、わざと捕まった。


 体も命も1つしかない。

 より確度が高い方に賭けたというだけである。


「……そうね。でも、さすがルシウス君。私が出る間もなく、西部の高慢な貴族たちを一掃したのよね。あと一人だけ残ってるけど」


 ディオンがルーシャルを横目でみる。

 お互いの冷たい視線が絡み合った。


「好きにしろ。この世にもう未練などありは――」


 ルーシャルの魔力が外部へ放出され始めた時。



 2人を隔てる通路に突如、現れたのは、真っ黒いドレスを来た少女。



 ルーシャルとディオンの視線が少女に注がれた。

 あまりに牢屋に不釣り合いな存在。


 忽然と現れた。

 入ってきた気配すら感じ取れなかった。


「……誰?」



「私は……ソル。人は……変われる……」



「変われる? どゆ意味?」



「我が主と……同じ……選択を。そうすれば……出られる」



 少女の髪が急激に伸びる。

 瞬く間におりを超え、2人へと絡みついた。



 ルーシャルは突然の事態に戸惑った後、悲鳴を上げた。

 精神世界で洗礼を受けたのだろう。


 対して、ディオン。


「は、母上……母上ッ! 母上ッ!!」


 目を閉じながら涙を流す。

 何度もコブリンになぶられながら、ただただ精神世界に生きる母だけに意識が向けられていた。


 歓喜するディオンと悲鳴を上げるルーシャル。


「人間は……面白い……」


 視線の先にあるのはディオン。

 ソルは生まれて初めて捕まえたありを眺める子供のように、目を輝かせた。


「そう……あなたは……肉体が死ぬ時まで……居続けるのね」


 それは救いのない無限地獄である。


 同時に、それを観察し続けるソル。


 特上の呪いである無窮誣告界むきゅうぶこくかい。サマエルから与えられた傀儡ソルの術式。


 この術式には大きな制約があった。

 それは、呪われた者と意識を共有し続けなければならないことである。


 もしルシウスが使えば、無限に殺され続ける姿を見続けなければならない。

 また同様に、誰かを精神世界に留めれば、同じ時間を過ごさなくてはならない。数年、場合によっては数十年の時となる時間を。


 人の身で使えば、10人と経ず術者の精神が擦り切れるだろう。

 

 ゆえにサマエルはルシウスに、この呪いの術式を譲渡していない。


 だが、魔物であるサマエルや傀儡であるソルにとっては、それは制約にはなり得ない。人と違う精神構造を持っているからである。


 その人ならざる存在が、真っ当な人を作り上げるために、と使う矛盾をはらんだ術式でもあった。



「あなたも……面白い……もしかすると……」



 悲鳴を上げるルーシャルを少しだけ観察した後、ソルは音もなく牢獄から消え去った。

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