第119話 塔主

 塔が揺れる。


 塔主たちの怒りに呼応するかのように震えているのだ。

 6体の塔主がルシウスへと敵意を向ける。

 あまりに豪胆な発言をしたルシウスに対して、たけり立っているのだろう。


「ああ、それでいい。俺は立派な男爵となり、領民が幸せに暮らせる領を作る。だけど、そのためには力がいる。世の中には、俺が守りたいものを壊そうとしている奴が多くいるみたいだからな」


 ルシウスは蚩尤しゆうの姿となる。

 そして、背後に邪竜が舞い降りた。


 ルシウスが宝剣を、怒りに震える6体の塔主へと向ける。


退けろ。用があるのは1番上だけだ」


 邪竜が3本のブレスを放つ。



 開戦の合図。



 圧黒のブレスを黒い環状のルキフグスが円の中心で飲み込み、炎のブレスを赤い獅子頭の巨人サタナキアが両碗りょうわんで受け止める。


 2体の塔主が邪竜のブレスに自身たちの魔力を乗せて、跳ね返した。


 自身が放ったブレスに直撃する邪竜。

 爆風が巻き起こり、体が裂け、肉がちぎれ飛ぶ。


 ――やっぱり同じ属性だと厳しいか


 だが、邪竜の傷も超再生によりすぐに治る。


 巻き上がった炎と闇の中で、邪竜が歓喜に打ち震えていた。

 強者と戦えることが嬉しいのだろう。


 惜しむらくは、塔主に竜種がいないことか。

 1、2体でも喰わせれば進化を促せるかもしれなかった。

 そもそも砲魔に竜種がいるのかは知らないが。



 邪竜を横目に、ルシウスも駆ける。


 ただ見ているわけにはいかない。


 握り締めた魔力の宝剣に光がまとわせる。

 闇属性には光属性。


 闇の円環ルキフグスへと、素早く斬り込んだ。


「お前の相手は俺だ」


 光の宝剣を防ぐように、眼前に広がったのは、雷のかいなネビロスである。


 掌から凄まじい雷光が放たれた。

 周囲に降り注ぐ数え切れぬほどの落雷。


 溶岩の海に無数の穴が開く。

 稲光により斬り裂かれたのだ。


 すぐさま盾で稲妻を受けるが、脊椎を雷がかけ抜けた。

 雷系の術式は、伝導性を帯びるため完全に防ぐのが難しい術式である。


 蚩尤の背中から白煙が上がる。


 雷のかいなネビロスは、巨大な腕でルシウスに掴みかかる。


 痛みを無視し、魔槍 骨影を生成。


「これでも掴んでろ」


 ネビロスのてのひらへと魔槍を突き刺した。


 内部から溢れ出てくる夥しい数の魔槍。

 塔主の膨大な魔力を受けて、信じられないほどの数だ。


 マグマの海の上に、刃の茨森いらばらもりが突然現れる。

 その中心には串刺しにされた雷の腕ネビロス。


「まずは1体――」



 ルシウスを薄暗い影が覆う。


 見上げると、空中からそこへ大量の水が押し寄せていた。

 もはや津波である。


 水の白鯨はくげいアガリアレプト。


 宝剣を手放し、防魔の盾を両手で構えたが、膨大な水に押し流されるルシウス。

 盾でも鎧でも防ぎようが無い圧倒的な質量。


「やるな」


 マグマの海が、束の間、本物の海と化す。


 下へと滝のように水が流れ落ち、下の岩盤にあるマグマと混ざり、水蒸気爆発を起こした。


 吹き出した大量の水蒸気により、周囲を覆ったのは濃霧。

 雲の中に入ったかのようだ。


 ――どこだ


 先ほどいた場所から随分離れた場所に流されてしまった。

 自分が今どこに立っているのかもわからない。


 視界が覆われ、魔力感知もあまりに濃すぎる魔力により機能していない。


 だが変化があった。


「地面が凍っていく」


 周囲に冷気が立ち込める。

 辺りを覆う水蒸気が氷の結晶となり、輝き始めた。



 冷たい殺気。



 魔力でも、音でもない。

 ただ、生存本能が告げる、警告音。

 それが全身を駆け巡った。


 選択肢を間違えれば死が待っている。


 ルシウスは勘だけを頼りに、手にした防魔の盾を捨てた。


 魔槍を生成。


 自身の背後を突く。


 パキとなにかを貫いた感触が、音となって腕を伝う。


 凍りついた水蒸気が薄れると、氷の蟷螂かまきりフルーレティの胸を魔槍が貫いていた。


も慣れたんだ」


 だが、フルーレティは無表情のまま。


 よく見ると無数にあった鎌が1つもない。


 周囲を見回し、霧が晴れると360度全てを無数の氷の鎌が覆っている。


「ああ、そういうこと」


 氷の蟷螂かまきりフルーレティは予め鎌を切り離して、展開していたようだ。


 さらに、ルシウスの足元の大地がうねる。


 見下ろすと股の下に何かがあった。

 牙を持った羊の顔だ。


 岩の羊サルガタナスである。


 大地が迫り上がり、ルシウスを取り囲むように岩の牙が突き出した。

 その1つ1つが、近衛師団長マルクのアガレスと同等の魔力が込められている。


 空中には氷の鎌、地には岩の牙。


「囲まれたか」



 そして。



 一斉に放たれる。


 無数の氷の刃が降り注ぎ、凍りついた大地が割けた。


 魔力の塊と塊がぶつかり合い、逃げ場を失った衝撃が爆裂。

 氷と岩の破片が雨のように周囲へと降り注いだ。





「ルシウス様ッ!」


 離れた場所から見ていた、メラニアの叫び声が響く。


 まるで神話のような戦いであった。


 一面のマグマが次々に塗り替えられ、万雷となり、刃の森となり、海となり、厚い雲となり、氷原となったなどと誰が信じようか。


 最後には灼熱の大地にひょうが降り注いだのだ。


 周囲のキルギスたちは目を閉じて、ただただ祈りを捧げている。

 それは神に縋るためか、それとも現実から目を背けるためか。


 そして、その天変地異の爆心地にいたのはルシウス。



「あああっ……ああ……」


 生きているはずがない。

 塔主1人を相手にするだけでも、挑戦なのだ。


 6体同時に相手にするなど、気が触れているか、生き急ぎすぎているとしか思えなかった。


 メラニアが不安を抱える中、舞い上がった土埃が徐々に薄れていく。


 全身を引き裂かれたルシウスが居る。


 そう思っていた。

 だが、想像とは違うものが見えた。




 立ち並んだ赤黒い槍。


 まるでおりのように、蚩尤しゆうを取り囲む。



 檻の中、氷の蟷螂フルーレティが槍に貫かれていた。


 さらに、その上空に巨大なものが飛翔している。

 3つ首の黒銀の竜である。


 3つのあぎとが、牙を生やした岩の羊サルガタナスに喰らいついていた。


「い、いつの間に」


 先程まで闇の輪ルキフグスと炎の巨人サタナキアと戦っていたはず。

 何が起きたのかすら、わからない。


 メラニアは腰が崩れるように、地面へと座り込んだ。



 すべてを俯瞰するように見ていたのは妖精王。


親疎しんそたいによって魔槍を引き寄せ、式顕現の解除によって騎獣を喚び戻したか』



 ルシウスは妖精王を見上げた。


 先ほどいたところから、一切動いていない。

 6体の塔主との攻防など、避けるほどでもないということだろう。



「こっちは時間がないんだ。妖精王、お前が来い」



 ルシウスは挑発するように、魔槍についた氷の蟷螂かまきりフルーレティを投げ捨てた。



『気を張る必要はない。畢竟ひっきょうは変わらぬ。汝の死だ』



 赤い光が強く輝くと同時に、魔力が膨れ上がっていく。


 6体の塔主たちがすぐさま引き下がった。

 恐怖に駆られて逃げているかのように。


 ――まあ、そうだろう


 魔物は力に実直。

 戦闘向きではない術式はあるにしろ、人のように家柄や血縁を優先などしない。

 すべての塔主を呼びつけるのであれば、間違いなく塔主より強いと思っていた。


 だが、妖精王の魔力量は本当に少なかった。妖精のように。

 皆が弱い魔物だと思うのは当然だ。


 魔力とは水のようなものである。

 霧のように撒き散らしていることもあれば、静かに器に閉じられていることもあるため、感知しやすい、しにくいはある。


 それでも総量は変わらない。

 だからこそ、オルレアンス家は魔力量を正確に図ることができるのだ。


 しかし今、目の前で輝く魔物は、大地を震わし、空を焦がすほどの魔力を放っている。


 魔力量自体を好きに増減させることができるのか、それとも極めて高度な魔力操作により魔力量を偽ることができるのか。


 おそらく後者。


 これだけの威圧と魔力を放ち続けていれば、誰一人、塔の周囲に住もうなどと思いはしないだろう。

 ちぎりも何もあったものではない。


 もっとも大湖の水を、どうすれば一杯のコップに押し込めることができるのか想像もつかないが。



「ははっ、どれだけ魔力が膨れ上がるんだ」



 赤い光に包まれた体が巨大に伸びていく。

 てのひらほどだった妖精王の体が大河のように荒れ狂う。


 そして、強烈な閃光を放つ。


 それはあまりに禍々まがまがしい光だった。

 希望ではなく、絶望と偽りの救済を与えるような光。



 光の中から現れたのは巨大過ぎる赤い大蛇。

 もはや龍といったほうが適切かもしれない。


 天を駆けるように12枚の翼を広げている。

 左右の両目と中央にも目があるが、中央の瞳は閉じられたままだ。


 瞳だけで蚩尤しゆうを超えるほどの巨躯が、塔の空間を埋め尽くす。



 塔主たちの存在が掻き消えるほどの魔力。


 圧倒的な巨体を持つ存在感。


 すべてを萎縮させるほどの威圧。



 その砲魔は邪竜や蚩尤しゆうですら、隔絶した存在であった。


 だが、後悔は一切ない。


「どうすれば式に降る?」


『生き残ればよい。我が一撃に耐えよ』


「シンプルでいい」


 ルシウスは距離を置き、両足を地面へと打ち付けた。

 そして、赤く光る蛇龍じゃりゅうを睨みつける。



帰一きいつの時』



 妖精王だった存在が12枚の翼を広げた。

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