第118話 妖精王

 ルシウスは妖精王を睨みつける。


「何を見せた?」


『47.133%の確率で起こる未来の可能性。新人類が【塔】と呼ぶ【道】に備え付けられた魔素加速演算装置により予測されたもの。また見せたのではなく、させた』


 言葉の意味がわからないものもあるが、将来を予測したものであることは間違いなさそうだ。それを何らかの術式により実現させたのだろう。


 だが、理解できないことがある。

 妖精王と自分は何度か会っただけ。少なくとも妖精王から直接、恨みを買った覚えはない。


「なぜ俺なんだ? なぜ、あんな胸糞悪いものを俺に経験させた?」


『汝に興味などない。我とフェルスの民の間で取り交わされたちぎりに則ったまで』


「フェルスとの契り?」


 ルシウスは額に浮かんだ脂汗を拭きながら妖精王を凝視した。


『フェルスを代表する者が”代償”を払えば、我が魔石を通じて、願いを聞くという契り。ただし、叶えるかは、我次第』


 フェルスとは古くに存在した民の名であり、この王都ブラッドフォード周辺に住んでいたと本で読んだことがある。


 かつて王都周辺に住んでいた民と交わされた約束に則り、あの悪夢をルシウスへと見せたようだ。


 その条件は、一族を代表する者が願うこと。


 もしフェルスの民が何らかの形で、今なおこの地にあるとしたら、一族を代表する者とは四大貴族の長、もしくは王に相当するだろう。


 つまり妖精王へ願った者は。


「陛下」


『人がそう呼ぶ者であった』


「陛下は何を願った? 払った代償は?」


『我を喚ぶ際の”代償”は決まっている。魔核を手放すことによる砲魔との契約解除。1つ目の願いは、汝を塔の中で手助けする事。自身でも家族でもなく、他者への手助けとは興味深い願いであったため、聞き届けた。そして、汝へ我が魔石を与えた』


 ――契約解除


 式を失うというのは魔術師にとって、この上ない屈辱である。


 ルシウス自身、邪竜を封印されたとき、凄まじい喪失感があった。

 手足や目など、あって当たり前だったものが、突然失われるようなもの。


 魔核を四つ持つルシウスでそれなのだ。1つしか無い者にとって、どれ程のものなのか想像もできない。しかも魔核も失うということは魔力すら残らないということだろう。


 だが、気になる言葉があった。


「1つ目の願い……ということは、願いに続きがあるのか」


の者が願ったのは2つ。2つ目は汝に護国の力を与えること」


「護国の力。そんなもの……どれだけの”代償”を払えば」


『そう。払いきれなかった。我が求めたものは根源の生命力。つまり寿命であるがのものは老いすぎていた。ゆえに彼の者は、我へ条件を提示した』


「条件?」


『1ヶ月以内に、同じフェルスの血縁により殺されること。何が無くとも1ヶ月後に死を迎える。その願いも興味深く聞き届けることとした。見事、ちぎりは為された』


 ルシウスは拳を握る。


『そして、汝は我が決めた課題の1つを達成した』


 何度も言われた『国を頼む』という言葉。

 今思えば、死期を悟っての言葉であった。


 さらに王は今後、起きるであろうクーデターまで予測していたのだろう。


 ”願い”と妖精王は口にしたが、王の願いはどちらであったのか、分かりきっている。

 クーデターなど起こらず、静かに世を去ることだったに違いない。


 なぜなら、当のルシウスへ何も伝えていなかったからだ。


 それでもルシウス1人へ願いを託したのは、おそらく複数の事象に介入できるほどに払える”代償”が無かったのだろう。


 そして、ウェシテ=ウィンザー家と妖精王との関係も明らかとなった。


 ――妖精王は王国の歴史に深く関わってる


 禍福かふくの一族、ウェシテ=ウィンザー家。

 当主に短命な者が多いのも、式の力を失った者が多いのも、歴代の当主が”代償”を払った結果なのだろう。


 願いは時々の災難、災害への対処である。

 それが本人の命だけではまかないきれなかったとき、妻や子まで”代償”にして。


 同時、ディオンがこの事実を知らなかったことから、王に心から信頼されていなかったこともわかる。


 ディオンはウェシテ=ウィンザー家の不審死の多さを暗殺によるものだと考えていた。実際にそういったこともあったのだろう。

 だが、多くは自らを捨ててまで、国や民を救わんとした為政者のあり方であった。祖先たちの思いを踏みにじった行為である。


 その事に憤りとやるせなさは覚えるが、今、何よりも大事なことはウェシテ=ウィンザー家の話ではない。


 もっと差し迫った喫緊きっきんの課題がある。


「……どうやれば、あの未来を回避できる」


 ルシウスは宝剣を構えた。


 ここが瀬戸際。すべての分水嶺ぶんすいれいであることは分かっている。

 最上階へと登れば、【狩人】が待ち構えており、下からは近衛騎士団が迫り、塔の外では、帝国の大軍が押し寄せている。


 護国の力を授けると言う妖精王が、砲魔の頂点を名乗る存在が、第4層などに現れたことこそが、何よりの証左。


 ということは、対応方法も知っているに違いない。


「答えろッ!!」



 妖精王が笑みを浮かべた。



『汝の心と技は鍛えた。次は純然たる力を選べ。かつて我の提示に答え、英雄王と称されるゼノンが選んだように』


 妖精王が後ろへと下がる。


 するとルシウスの前方に魔力の流れが生まれた。

 周囲の魔力すべてが集まっているのではないかと思えるほどの莫大な魔力の奔流。


 ――魔力が形を……


 極限まで圧縮された魔力が物質としての形を帯びていく。

 そして、突然、魔力感知が麻痺するほどに濃密な魔力が、ふっと消え去った。


 後には、特大の魔石が6つ浮いている

 黒、赤、藍、青、茶、黄の魔石はすべて、人の胴体ほどある巨大な魔石であった。


 どれほどの魔力が集まれば、あれほどの大きさを成すのか想像もできない。


 言葉を失うルシウスたちをよそに、各魔石から漏れ出した魔力から術式があふれ、一瞬で魔石を覆う。


「くッ」


 周囲のマグマを凍てつかせるほどの壮絶な魔力。


 その魔力の中心に現れたのは魔物。


 最初に出てきたものは闇で出来た輪。

 輪には、鍵がついた鎖が無数に絡みついている。


「ルキフグス……この塔の主がどうして!? 第4層なんかに!?」


 背後でメラニアたちキルギスの悲鳴が上がる。


 次々に魔力の歪みが生まれ、顕現する砲魔たち。


 炎で出来たねじった角と獅子のような顔を持った巨人、サタナキア。

 水で出来た長い髭を持つ巨鯨、アガリアレプト。

 氷で出来た無数の鎌を持つ蟷螂かまきり、フルーレティ。

 土で出来た牙を持つ羊、サルガタナス。

 雷で出来た巨大な腕、ネビロス。



「あわわわッ 伝承の【塔主】達が次々と! 何ッ!? 何なの!?」


 空間が歪み現れたのは、6体の砲魔。


 ルシウスはその様子をじっと見ていた。


 いずれも邪竜や蚩尤と遜色ない、いや更に上級の魔物である。


 表情にも出さないが、ひりつくほどに張り詰めた空気に内臓が重くなる。

 さすが塔主というべきだろう。


 6体のどれと契約しても、凄まじい戦力になることは間違いない。

 確かに文字通り護国の力である。


 妖精王の言葉が正しければ、はるか昔、三大国の一角パンドラニア連邦を興した英雄王ゼノンは塔主のいずれかを打ち倒し、その魔石と骸を用いて絶大な傀儡を得たのだろう。


 今、その機会を与えられたのはルシウス。

 王の命と覚悟により、その希少な機会をもたらされた。


 ルシウスの脳裏に3才のとき、光の宝剣を下賜する王の姿がよぎる。

 あの人はいつでも期待してくれた、与えてくれた、見守ってくれた。


 次は自分が応えなければ。



 ――選べ、か



 ルシウスはすぐ近くで固まっているメラニアへと話し掛ける。

 まるで息をすることも忘れているかのようだ。


「メラニア。【砲魔の手枷】を」


 はっとしたメラニアがガチガチの体と口を無理やり動かす。


「ル、ルシウス様? 無理です、無理です、絶対無理です! 塔主ですよッ!? 式に降るわけないですッ!」


「大丈夫。いつも言われるやつだから、それ」


「本当ですか!? 死なないですよね!?」


「うん、もう死んだから」


「不吉なこと言わないでくださいッ!」


 ルシウスとメラニアの視線が合う。

 本気であることを理解したメラニアは、背負ったカバンから取り出した【砲魔の手枷】をルシウスへと渡す。


「キルギス達を下がらせて。壁際かべぎわまで」


 首がもげそうなほど振ったメラニアが、キルギスたちを誘導していく。


「……あるじ


 そっと横に立つ傀儡ソル。


「ソルも戦闘に向かないから待機で。キルギスに呪いが降り掛かったら迷いなく解呪をよろしく」


 ソルが不安そうに頷く。


 はるか遠くの壁際へ、全員が退避したことを確認したルシウスは【砲魔の手枷】を装着する。

 歩きながら、右手首にはめられた分厚いブレスレットと、それに繋がる1mほどの鎖の感触を確かめた。


 ――戦闘に支障は無いな


 立ち止まり、妖精王へと話かける。


「お待たせ、やろうか」



 赤い妖精王が尋ねる。



『いずれの砲魔と契約を望むか』



 6体の塔主たちが研ぎ澄ました視線をルシウスへと送る。



「決まってる。お前だ」



 ルシウスが指を差した先にいる砲魔。




 赤い妖精王。




『……彼の者の願いを裏切るとはな。汝に少し興味が湧いた』

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