第116話 崩壊

 注意:重い話ですので、ダウン系の話が苦手な方は、次話の最後の方まで読み飛ばしてください。概ね、起こったことは予測できるかと思います。

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「ディオン殿下。もっと部隊を急がせなくてよいのでしょうか? 千竜卿が高層へと向かった可能性があります」


 騎士の1人がディオンへと駆け寄った。


 塔の魔法陣を使えば到達したことがある高さまでであれば一気に転移できる。

 そのため、もしルシウスが第5層や第6層まで登っていた場合、すでに第4層に居ない事を考慮しなくてはならない。


 だが、騎士といえども1級の砲魔が跋扈ばっこする第5層はおろか、第4層に踏み入れたことがある者も多くはない。


 そのため先行部隊は、第3層まで登ってきたことがある者で選出され、第3層から追走する策を取っていた。


「不要だ。奴がキルギスを見捨てるような者であれば、そもそもこの塔に来てはいない」


「キルギス族、でしょうか?」


 騎士は不可解そうだ。


 対してディオンは頭の悪い者を見るような視線を送る。

 わざわざ王殺害について説明したのも、キルギス族を人質に取っていることを強調する為である。


「キルギスとはいえ、幼い者などは第3層に足を踏み入れたこともない者が大半。奴は第2層から登ったと考えるのが妥当だ。おそらく第2層から、亜竜達に乗せて第3層、第4層まで一気に登り、その後、魔力温存のために第4層の中程からは徒歩へ切り替えただろう」


「では、第4層の最上階付近で、千竜卿に追いつくということですね! いやぁ、良かったです。第5層は出口が最上階にしかないらしいので、生きて戻れるかわかりませんから!」


 騎士は納得できたように笑みを浮かべる。


「最悪、追いつかなくてもいい」


「では誰が捕縛するというのですか?」


「これは狩りだ。そして、我らは獲物を追い立てる役。【狩人】は既に用意してある」


「さすがディオン殿下。すべて想定されていたとは」


 満足そうに部隊へ戻っていく騎士。

 その背中をディオンは冷ややかな目で見つめた。


 ――ルシウスの生死にかかわらず、近衛騎士団もキルギスも全員第5層に行って貰うがな


 ルシウスは知らないことではあったが、魅了の術式は、特定の人間に何度も掛けることで、徐々に心をむしばむ呪いである。

 今のように広範囲に掛けるのは、本来の使い方ではない。そのため何かのきっかけで解けてしまう不安定な状態であった。


 当然、今の状態は長くは続かない。

 魅了の術式は解けた後に、騎士団に生き残ってもらっていては困る。証人であるキルギスたちもだ。


 【塔】という場所は、邪魔な勢力を一掃する為に適した場所である。

 アデライード卿が最初に考案したわけではなく、幾度と無く使われてきた方法にアレンジを加えたに過ぎない。


 それでも近衛師団長マルクなど極少数の精鋭だけは帰って来るかもしれないが、絞られた人間は魅了の術式本来の運用で対処できる。



「塔に入り込んだ時点で、もう終わっているのだ。ルシウス」


 ディオンは1人ほくそ笑んだ。





 ◆ ◆ ◆



 ルシウスとキルギス族たちは、第4層の最上階へと足を踏み入れた。


 魔本陣を超えた先にあった、1本道だった。

 両脇には巨大なマグマの池。


 ――まぶしい


 高温に熱されたマグマは、それ自体が眩いほどの光を放つ。

 そのマグマが1本道以外、すべて覆っているのだ。


 蚩尤しゆうを纏えるルシウスはともかく、生身のキルギスはほとんど目も開けられないだろう。


 ルシウスは1体の竜騎士に冷気の術式を使わせ、キルギスに降りかかる熱に対抗させる。


「……何かいる」


 目を凝らすと道の中程に、誰かが立ってる。

 い

 使い古された革鎧と擦り切れたマントを身に着けた大男だ。

 無精髭ぶしょうひげを生やしており、黒い伸びた髪で顔が見え隠れする程度。


 顔や手は傷跡だらけであり、歴戦を物語っていた。


 ――騎士じゃ……ないな


 その大男がギロリとルシウスを睨む。



「お前が、転生者か?」



 転生者とは奇跡の石【魔骸石】を使用した者を指す隠語である。

 その言葉自体を知る者は少なく、更にそれが前世を持つものであることを知るものは世界に数人と居ない。


「そうだが……そこを通して欲しい」


「お前の命を置いていけば、他はいくらでも通るといい」


 男の魔力が膨れ上がった。

 戦闘態勢になったことは明白。


 ルシウスが蚩尤をまといながら、魔槍を顕現させる。



「ならば、押し通るッ」



 マグマの一本道を駆け、魔槍の突きを放つ。


 寸止めするつもりの突き。


 男は動かない。

 代わりに突き出したのは右手だった。


 ――右腕から黒い刃が


 魔槍の突きを、腕から生えた鎌状の黒い刃で受け止めた。

 魔剣でも、魔導具でも、傀儡でもない。


 ――式の術式か


 黒の男がジロリとルシウスを見る。

 

「……本気を出さないのであれば、こちらから行くぞ」


 次は男が、一気に蚩尤のふところへ詰めよった。


 ――甘い


 ルシウスは満足に振れない魔槍を手放し、宝剣を魔力で作り出す。


 光の宝剣と男の鎌が切り結ぶ。


 そのまま蚩尤の膂力りょりょくを頼りに、剣で押し切った。


 弾き飛ばされ、宙を舞った男が道の上へとひらりと下りる。

 大男とは思えぬほどの身軽さである。


 その時、風を切る音が聞こえた。


 ルシウスから離れたのを見計らったように、邪竜がマグマの上を飛翔しながらブレスを放とうとしている。


「やめろ。道が無くなるとキルギスが通れなくなる」


 狭い一本道での戦いである。

 邪竜の術式は合わない。


 邪竜はふてくされながら、ブレスを飲み込んだ。


「ただの術式では勝てぬか。さすがは転生者。だが……」



 突然、男のが伸びる。


 真っ白い毛に包まれた腕にも、黒い刀身の鎌状の刃がついていた。

 男の右腕に生えているものと同じ刃だ。


『手を貸そうか? 我が半身よ』


「ああ、力を貸せ。アリオク」


 更に白い毛をまとったモノが、背中から浮き上がり姿があらわとなる。

 男自身より大きな身体がせり上がった。


 アルビノだろうか。

 白く赤い瞳を持つ、光の粒子で作られた獅子であった。


 感じる魔力は間違いなく特級の式。



 ――特級の式持ち。意外といるもんだな



「あなたは……何者?」



「我は【狩人】。災禍を喚ぶ転生者を駆逐する者」



 男の顔と肩の獅子の体が重なる。

 そして男の体が光を帯びた。


 目も開けられぬほどの光を盾で遮るルシウス。


 光が止むと、そこに居たのは。



 純白に光る巨大な獅子。



 四肢からは黒い巨大な鎌が生えている。



 ――どういうことだ?


 間違いなく獅子は砲魔である。

 その砲魔が、まるで東部の式である白妖のように



 ルシウスの困惑を他所に、獅子が豪速で掛けた。

 先ほどとは比べようが無い速度。


 ――早いッ!


 黒い刃が蚩尤へと襲いかかり、装甲に切り傷ができる。

 通り過ぎた獅子が着地と同時に再び襲いかかる。


 しなやか、かつ獰猛な動きだ。


 ルシウスは剣で応戦。



 光の剣と黒い鎌が交差する。



 その後も続くのは、凄まじい猛攻。

 切り傷は増えていくが、致命傷は受けていない。


 何度目かの切り傷を負ったとき、違和感を覚えた。


 ――力が……抜ける……


 魔力ではなく、体の力が抜けていくのだ。

 その感覚は以前倒した魔龍の生命力吸収に似ている。


 抜かれた生命力に比例して、目の前のアリオクという砲魔の輝きが増していく。


 そして、体の光とは反対に四肢の鎌がより黒く染まる。


「生命力を奪って光に変換する光系の術式か」


 白い獅子、前屈みとなり先ほどと同じように駆ける。


 「んッ!?」


 尋常ではないほどの速さ。


 盾で防ぐが、膂力も先ほどとは比べ物にならない。

 ルシウスの巨体が盾ごと浮くほどに。


 ――身体能力も上がってるッ


 光の獅子が猛攻を続けながら口を開く


「我が術式は光ではなく闇だ。光が強ければそれだけ闇が濃くなる。刃の黒さが術式の強さよ」


 瞬間、ルシウスの周囲に10本ほどの黒い鎌が現れた。

 鎌の刃が襲いかかる。


「ぐッ」


 術式の遠距離発動。

 遠隔のたいである。


 刃が肩や背に突き刺さり、痛みが駆け巡った。


 咄嗟に刃を引き抜こうとしたとき、体が吸い寄せられる。

 親疎しんそたいだ。


 引きずられた先に待ち構えていたのは黒い男。

 逃げる間もなく袈裟斬りにされた。


 蚩尤の装甲が肩から脇腹にかけて大きな斬り傷ができる。


「邪竜ッ!」


 堪らず邪竜を呼び寄せる。先ほど手を出すなといったが、そんな余裕はない。

 すぐさま邪竜が白い獅子を喰わえ、放り投げた。


 重力に引きずられ、白い獅子はマグマの海へと落ちていった。



「勝った……のか」


 直後、 マグマの中に黒い刃が幾重にも走る。

 そして、


 割けたマグマの海の真ん中に立つのは白い獅子。


 先ほどより四肢の鎌が黒い。


 黒過ぎて光を反射しないためか、凹凸すら見えず、2次元の鎌状のなにかが手についているように見える。


「式術の奥義 ”一如いちじょ”」


 獅子の姿が消えた直後、ルシウスの背後へと現れた。


 もはや早いなどという次元ではない。


 怖気が背中を駆け抜けた。


 盾で遮るも、盾が一刀両断される。

 すぐさま剣で獅子を斬りつけるが、残像だけを置き去りにして、ルシウスの前から消え去った。


 現れた場所は数メートル先。


 すかさず邪竜が3つの首で喰いかかろうとするが、邪竜自身も切り刻まれる。

 邪竜の巨体がマグマの中へと滑り落ち、溶岩の水しぶきが起こる。


 だが、やられて終わる邪竜ではない。

 マグマの飛沫しぶきが再び水面へ落ちる前に、3つのブレスがマグマを押しのけるように吐き出された。


 邪竜の反撃である。


 それも瞬間移動するようにあっさりと避けた白い獅子。


「見ているだけでいいのか?」


 唖然とする中、ブレスによってこじ開けられた海面が閉じる前に、再び切り刻まれたマグマ。


 白い獅子が煮えたぎるマグマへと突っ込んだのだろう。


 ――すべてが早すぎる


 再び溶岩の海が割け、胸元に黒い鎌が数十と突き刺さった邪竜が見えた。

 マグマの水底に、無数の刃で邪竜がい止められている。


 ――何が起きてるんだ


 目の前で起きている事に全く理解が追いつかない。


「終わりだ」


 割れたマグマが再び覆いかぶさる前に、底を蹴った獅子が、一瞬で蚩尤しゆうに肉薄する。

 

 ルシウスは無我夢中で魔槍を顕現させた。


 魔槍の柄と鎌が衝突。


 防いだものの、あまりの衝撃に吹き飛ばされたのはルシウス自身だ。


 落ちた先は、魔法陣の上。



「嘘だ……」



 ルシウスの景色が一気に暗転する。


 気がつくと、先程の光景と打って変わり氷に包まれた冷たい世界だった。


 キルギスの民も、邪竜も置いてきてしまった。


 すぐさま戻ろうとするが、魔法陣は消えている。

 第5層は最上部にしか出口がないと以前、メラニアが言っていたことを思い出す。



「邪竜……キルギスの民を守れ……守ってくれ」



 そう念じるも邪竜の意識に反応はない。

 おそらくマグマの海の底に封印されたのであろう。

 邪竜が魔核から完全に切り離され、竜炎も圧黒も使えない。


 何度も嘘ではないかと思うが、冷たい風が差すばかり。


 呆然と立ち尽したとき、ふいに、温かい水をほほに感じた。

 涙が逆流するような感覚と共に視野が奪われる。



 ――ローレンの式の力だ



 遠方への視覚情報転送である。


 映しだされた映像では、ローレンたちは全員、兵により囚われていた。


 その兵のマントに刻まれた紋章。



「帝国……なんで王都に」



 幼い妹まで、大通りの地面へと押さえつける帝国兵。

 それもローレン達だけではなく、王都民や残った貴族たちもだ。

 通りの先に見える貴族街では、まだ抵抗していた貴族達が次々に討ち取られていく。


 ルシウスが差し向けた竜騎士達の反応はすでにない。消失したのだろう。



 母エミリーが何かを叫んだようだ。声は聞こえないが間違いない。

 ローレンの首が大きく振られ、空を見上げた。


 視線の先にあったのは巨大な魔法陣。

 空に浮かんだ魔法陣の中から次々と何かが現れる。


 それは恐怖の象徴であった。


 ――帝国の飛空艇……


 かつて東部を襲ったもの魔導船である。


 それも1機2機ではない。

 視界に入るだけでも40機は超えるほど。


 それぞれが北へ東へ、そして南に向かって飛び始めた。

 西部以外の州を目指しているのは明白だ。


 何が起こったのかは、わからない。

 だが、これから起こる事はわかる。わかってしまう。


 西部以外の州は終焉を迎えるのだ。


 さらに遠く王都から離れた場所からも1機の飛空艇が飛び上がる。


「先行部隊か……」


 おそらく今、王都を襲撃している部隊のものだろう。


 ローレンが辺りを見回していたとき、大きな建物の破片が降り注ぐ。


 どこかで爆発が起きたようだ。


 ローレンの視線が向くと、魔法陣を背負った囚人服の女が飛んでる。

 誰だかはすぐにわかる。


「ルーシャル……殿下……」


 ルーシャルは先ほど飛び上がった1機の飛行艇に向かっているらしい。


 そして、しきりに何か叫んでいた。

 声は聞こえないが、何を言っているかは、簡単に推測できる。


『裏切ったなッ!!』


 牢屋で会ったルーシャルは何かを待つと言っていた。


 帝国の王都襲撃とクーデターの事を知っていたのだろう。

 そして南部が攻撃対象に含まれていないことを見届けようとしていたに違いない。


 だが、今、確実に南部にも襲撃部隊は向かっている。


 もともと満月が出ているときに、能力が上がる式である。

 真昼の今、ルーシャルは数十という魔導具の術式を打ち込まれ、戦火が拡がる王都へと落ちていった。


「……これが……こんなことが狙いだったのか!」


 全てを理解したとき、全てが遅すぎた。


 帝国と結託して、王国のうち3つの州を襲う。


 無論、このような暴挙は、王はもちろん、西部の貴族の間ですら全員の賛同が得られるわけがない。

 だからこそルシウスと騎士団を塔に呼び込んだのだ。

 一時的に王都の防衛機能が著しく低下し、帝国側にすぐさま実効支配されるに違いない。


 同時に、自分に賛同しない勢力も一掃するつもりなのだろう。


 アデライードとディオンたちが手引きし、大量の兵力を王国の最奥に送り込んだのだ。結果、他州は挟み撃ちに合い、早晩、瓦解することは言うまでもない。


 だが、ここまでの事をしたディオンが王座に就いたとしても、裏切りの王として求心力を維持できるはずがない。


 だからこそ王殺しの罪をルシウスに着せたのだ。


 歴史とは勝者がつむぐもの。


 反逆者ルシウスを討ち取った英雄となるつもりか。

 あるいは、苦難の時代を迎えるであろう民の希望を断ち切るつもりか。


 それとも、帝国と繋がり、王を暗殺したのはルシウスであるという汚名すら着せるつもりであろうか。

 そうなれば、ディオンとアデライードは苦渋の末、帝国と交渉し、西部の民の身分を勝ち取った者である。


 仮にルシウスが1人生き残り、無罪を主張しても耳を貸すものなどいないだろう。


 ローレンの術式に気がついたのか、帝国兵の1人が近寄り、剣を振り上げる。

 その剣が振り下ろされるとともに術式が途絶えた。



「…………嘘だ……」



 寒空の下、魔槍を塔の壁にがむしゃらに叩きつけるルシウス。

 塔の不壊物質に傷は出来るが穴は開けられない。


「ディオン……ディオン! ディオンッッ!!」


 頭が真っ白になる。

 家族も、領民も、領も、王も、国も、キルギスの民も、何一つ守れなかった。


 冷静でいろという方が無理がある。


「早く……いかなきゃ。早くッ!」


 ルシウスは駆ける。


 どれくらいで第5層を出られるのだろうか。

 第2層は3日、第3層は7日、第4層は11日ほど掛かった。


 急いでもおそらく3、4日は掛かるだろう。

 それは、とてつもなく長い時間だ。


 それでも足を進めること以外にできることはない。


 ルシウスは急ぐ。可能な限りの鎧兵を駆使して。


「手分けして出口を探せ」


 鎧兵たちの術式は失われていた。

 彼らの術式は、彼らの式を取り込んだブラッドワイバーンに依拠している。


 その保持者であった邪竜が封印されたのであれば、当然、術式は使えない。


 それでも鎧兵を最大限活用するしかない。

 いち早く脱出しなければ、ルシウス自身にも凍死か、餓死が待っているのだから。



 1日目、氷河に遮られながらも風の魔物と退治。

 2日目、魔法陣の探索に時間が取られる。

 3日目、やっと上空へと来た時に、特級の魔物と遭遇。撃退するものの魔力が足りなくなる。



 そして、4日目。

 やっと大氷原の中央にそびえる真四角の建物を発見した。

 転移のための魔法陣がある建物である。



 四角い建物の上に座しているのは、氷でできた大蜘蛛。


 メラニアから聞いていた。

 特級の番人バエル。


 蜘蛛が長い手を差し出す。

 代償である命を差し出せということだろう。


「邪魔だッ」


 ルシウスは蚩尤を顕現させながら、そのまま骨影を投擲する。

 矢ように一直線に放たれた魔槍はバエルへと突き刺さり、内部で増殖。


 周囲の建物や氷の大地ごと貫いた。


 一撃で崩れ落ちるバエルを無視し、ルシウスは建物へ入り、魔法陣をくぐった。


 向かった先には第4層の最上階。

 ルシウスが分かれた場所である。


 そこで目にしたのは。



「あ、ああっ……あぁ」



 キルギスたちの亡骸。



「メラニア……ミカ……」


 死臭が漂う一帯の中、見慣れた姉弟があった。


「わうああああっ!!!」


 ルシウスの瞳から憎しみの涙が流れ落ちた。

 マグマの熱が頬を伝う涙を熱していく。


 それでもルシウスは力なく立ち上がった。


「母さん、イーリス、ローレン、キール、ポール。行かないと」


 ルシウスは再び魔法陣へと足を踏み入れ、塔の一番下まで下りる。

 キルギスの民の家屋はすべて焼き払われ、灰だけとなっていた。


 目をそむけながらも、塔の門をくぐる。


 塔を出た先には、信じ難いものが広がっていた。


 無数の十字架。


 そこにははりつけとされたまま青い顔をさらしている者たち。

 皆、シルバーハート村の知り合いやドワーフ達であった。


 知り合いという知り合いの男達が、磔にされたまま息絶えている。


 さらに、その横には無数の魔物の死体。

 その多くはセイレーンであった。

 おそらくオルレアンス家の者達の式であろう。



 一番上に無造作に放り投げられていた魔物はヒッポグリフ。


 良く知っている式であった。

 父ローベルの式である。



「あ……あああっ………あああああああっっ!」



 契約者も居ないのに、式の死体たちがある理由。


 皆殺しである。


 ルシウスの叫び声に反応して兵たちが現れる。


「出てきたぞ! 王殺しのルシウスだ」


 声を上げた兵たちは、何かを持っている。

 凹凸のある表面に時折、光が這う槍だ。


 帝国の武器。


 見上げると高らかに王城に掲げられた国旗は、帝国のもの。


「捕らえ次第、処刑しろと陛下のご命令だ。爵位と領地は剥奪された、大人しくしろ」


「陛……下……?」


「ディオン陛下のご命令だ」


「ディオン……ディオン……ディオン……」


 僅か4日しか立っていない。

 だがルシウスが守ってきたもの、大切にしてきたものがすべて奪われていた。


 すべての罪をルシウスになすりつけ、帝国と組み、あらゆる勢力を排除した。

 いや、売り渡した。


 自分が王座に就くために。



「ディオンッ!!」



 ルシウスの叫び声は王都に響き渡った。



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