第115話 塔の上へ

 ルシウスは全速力で王都を走り抜け、塔へと入り込んだ。

 ジラルド子爵の城を抜け、入るなり大声を張り上げる。


「メラニア! ミカ!」


 ルシウスの大声に反応して、出てきた村人の中にはメラニア姉弟がいた。


「ルシウス様、どうしたのですか?」


「早くここから逃げてッ! 兵たちがなだれ込んでくる!」


 キョトンとしたメラニアが質問をしようとしたのもつかの間。


 急に塔の入口周辺が急に騒がしくなる


 ――来た


 塔の出入り口は1つ。

 すでに逃げ場はない。


「メラニア! 村の皆を連れて塔の上へ逃げろ! 出来るだけ上層にッ!」


 次々となだれ込んでくる兵の気配。

 皆、只者ではない。


「何だ! あの兵たちはッ!?」

「私の人形がまだ家に!」

「諦めろ! 命の方が大事だろう!」


 蜘蛛の子散らすように逃げ始めたキルギスに対して、メラニアがいち早く塔の上へと誘導する。


 時間を稼ぐしかない。


「ルシウス様は!?」


「大丈夫、メラニア。必ず皆を迎えに行くから」


「……分かりました」


 背後から音も無く現れたのは、ルシウスの傀儡ソル。


「主……」


「ソルはメラニアたちと一緒に」


 ソルが小さく頷くと気配が消え、村に残るのはルシウス一人となった。


 直後、大きな魔力を持つもの達が現れる。

 まるで戦争でもするかのような戦力だ。キルギス族だけを相手にするにしては過剰。


 その者たちの正体はすぐに知れる。


 先頭に居る人間が、知っている者であったからだ。


「マルク近衛師団長……なぜ?」


 目の前にいるのは、この国の最高戦力近衛師団であった。


 更に背後から続々と他の騎士たちが続く。

 いったいどれほどの数が居るのだろうか。

 王都に駐在していたすべての騎士団が集まっているかのようだ。


「ルシウス……陛下を殺害した容疑で……身柄を確保する。大人しく投降しろ」


 近衛師団長マルクがルシウスを睨みつける。

 ひどく興奮しているようだ。


「陛下……殺害……? マルク師団長、何の話ですか?」


 近衛師団長マルクはルシウスの声に反応せず、目を血走らせている。

 

「……陛下……陛下……陛下……」


 ――様子がおかしい


 近衛騎士団長マルクだけではなく、この場にいる騎士団全員が普通ではない。

 どこか異様とも思えるほどの熱気をまとっている。


 混乱する中、騎士団達の背後から現れたのは西の王候補ディオンである。


「我がフォルネウスの権能、魅了の呪い。なかなか骨が折れたぞ。騎士団全員を術に掛けるのは。特に1級以上式を持つ者は、心の隙が生まれなければ術に掛かりはしないのだが、余程ショックが大きかったと見える。おかげで母上の主張を簡単に信じた」


 ディオンが見下すよう笑い、右手に血のように赤い水で出来たウツボが絡みつく。


「騎士ども。ルシウスの投降は許さぬ。必ず息の根を止めろ」


「ディオン殿下……これはいったい? 陛下が殺害されたとは本当なのですか!?」


 ルシウスが動揺しながらも問いかける。


「事実だ。ただし、お前が弑逆しいぎゃくした、という筋書きではあるがな。反逆の英雄として騎士団と戦い、そして散れ。投降するのならば、あの薄汚い人形遣いどもは皆殺しだ」


 あまりの言葉に心臓の鼓動が早くなる。


「俺が陛下を殺した、筋書き?……まさか貴方が陛下を……」


 ディオンの口角が上がる。


「陛下は肉親だったはず! なぜだッ!?」


「貴族の歴史を知らぬと見える。王の暗殺など何度も起きたこと。骨肉を喰らい合い、我が子ですら手にかけてきた史実に比べれば、大したことではない。我らウェシテ=ウィンザーの噂くらいは聞いたことがあるだろ?」


 当然、ルシウスも知っている。というより国中の誰しもが知っていることである。


禍福かふくの一族、ウェシテ=ウィンザー家」


 西部の盟主の一族はいわく付きとして有名であった。


 代々の当主には短命な者が多く居た。健康だったはずが突然死や衰弱死する者が度々現れるのだ。

 暗殺や毒殺であろうことは誰の目にも明らかであった。


 更に突然、式の力を失った者、妻が獣に襲われ惨殺された者、子が不治の病を発症した者など、暗い話題に事欠かない。


 だが、不幸ばかりではなかった。


 幸運も多いのだ。


 財政が傾き、経済危機を迎えていた時、銀脈を発見した。

 海上から大軍に攻め込まれた時、歴史的な豪雨により敵軍の大半が沈没した。

 干ばつにより、穀物の大半が失われようとした時、豊富な地下水源を掘り起こした等など、手に余る災禍を幸運によって打開してきたことでも有名であった。


 良くも悪くもわざわいと幸運に翻弄され続けてきた一族なのだ。



「奴の死というわざわいは、必ずや私に幸をもたらすだろう」



 王はいち早く世代交代した方が良いと考えていた節がある。そのためか、自分の命に対してさほど執着していなかったように思う。その隙を突かれたのかもしれない。


 ルシウスは固く拳を握る。


 来客用の通路に騎士がいなかったのも、ディオンがすぐ近くにいたのも、アデライードが退室間際に呼び止めたのも、すべては罪を着せるため。


 ジラルド子爵やセクタスの言動や行動にも思惑があったように思う。


 ――あの時、謁見の間に、俺が留まっていれば


 後悔がよぎるが、すぐに否定した。


 おそらく、1つではない。

 いくつもの罠が蜘蛛の巣のように張り巡らされており、その1つの糸に触れたに過ぎないのだろう。


「そこまでして、王になりたいのか」


「当然だ。それが私の存在する意義。そのためであれば、騎士団であろうが、家臣どもであろうがすべて呪ってみせる」


「キルギスだけじゃない……王都は呪いに溢れている……」


「呪いを吐く毒蛇の尾を節操なく踏んだのは、お前だ。ルシウス。今すぐ王の後を追うがいい」


 ルシウスの中で何かが弾けた。


「ディオン!」


 すばやく魔力で作り出した宝剣により、斬りかかった。


「行け」


 対して、ディオンの掛け声により一斉に動き出すのは、近衛師団。

 精鋭中の精鋭である。


 その中でも、いち早く動いたのは近衛師団長マルクだ。


「顕現しろ! アガレス!」


 右手を地面へと手をつきながら叫ぶ。

 次の瞬間、大地を岩の刃が走る。


 あばら家を縦に切り裂くほどに巨大な刃。


 ――凄まじい魔力


 ルシウスは目の奥にある白眼魔核を発動させる。


 蚩尤しゆうを顕現。


 同時に魔槍を引き抜き。



 横一線。



 大地の刃を、魔槍により切り裂いた。

 だが、マルク近衛師団長の表情は変わらない。


 ――次は!?


 すぐさま足元から牙が襲いかかる。

 何かの口が床から現れたのだ。


 大人をゆうに超えるほどの巨躯を誇る蚩尤すら、丸呑みにできるほどの大きなあぎとであった。


「ワニ!?」


 ルシウスはすぐさま盾を顕現させ、下方へと構える。

 盾が岩でできた牙に噛みつかれた直後、体が上空へと打ち上げられた。


 そのまま岩の塊に押されるように、上層の建物へと激突。


 塔に怒号が鳴り響き、土煙が舞い上がる。


 なおも押されるルシウスは、村があった場所から第1層の中程まで一気に吹き飛ばされた。


 数戸の建物を貫通して、やっと停止したが、岩で出来たわには盾に喰らいついたままだ。


 ギギッと盾が歪む。


 ――なんて咬合力と突進力だ。盾が保たない


 ルシウスは手にした魔槍を、盾の横からわにへと突き刺す。

 岩でできたわにに怒りの表情が宿る。


 そして、腹を食い破るように魔槍が生じ、わにを象った岩がバラバラに崩れ去った。


 マルクの式アガレスがいなくなると、複製された魔槍たちが地面へと落ちる。


「どうにかしのいだか」


 周囲を確認すると、打ち上げられたルシウスを追うように、騎士団の一行が上がってきているのがわかる。


 ――どうすればいい


 本気になればマルク師団長以外は、間違いなく倒せる。

 おそらく接戦にはなるだろうが、マルクも倒すことは出来るだろう。


 だが、それはルシウスが近衛師団全員を殺すことを意味している。

 近衛師団に対して、手心を加えながら往なせるほどの技術が、今のルシウスにはないのだ。

 

 ――ソルによる解呪……だめか


 治癒系の術式は発動が遅い。戦いの中で的確に使用させるのは困難だ。ルシウスですら鎧兵に治癒の術式を戦いの中で使わせることは、まずしない。



 ただでさえ王殺害の汚名を着せられている。

 そのうえ、騎士団を壊滅させようものなら、弁明すらさせてもらえないかもしれない。


 今後の事を考えた時、母エミリー、妹イーリス、ローレン、侍女マティルダ、キール、ポールの顔が浮かぶ。


 もし本当に王殺害の罪に問われているのであれば、連座により死刑は確定である。

 ディオンやアデライードは、王まで手に掛けたほど。

 まず温情は期待できない。


 ――守らないと、皆を


 とはいうものの、塔の中から外への転移は阻害されて使えない。

 何よりキルギス達が皆殺しになる。


「二手に分かれるか」


 ルシウスは敢えて岩盤の端に立ち、騎士たちに見を晒した。


 すかさず近衛騎士団の誰かの砲魔が放たれる。


 襲いかかるのは、以前見たマグマでできた鮫。


 ルシウスは剣の刃を腕に沿わせ、刃に血を付ける。


 鮫へと近づくように跳躍し、砲魔の腹を斬り裂く。

 マグマの中に入り込んだ血が膨れ上がり、10体ほどのブラッドワイバーンが鮫を突き破るように姿を現した。


 着地と同時に、影からも鎧兵を喚び出し、鰐の腹を突き破った魔槍を手に取らせる。


「……母さんたちを連れて、今すぐ王都を出ろ。ここは危険過ぎる」


 竜騎士たちは頷くと素早く各々の亜竜に騎乗する。

 ある者は影へと落ちるように吸い込まれ、あるものは風をまとい不可視となり、ある者は地面と一体化していく。


 皆、隠密に長けた術式を持っている。

 かつての竜騎士団の中でも諜報活動や暗殺などに従事していた部隊であった。

 何体かは騎士たちの間を抜けられるだろう。


「行け」


 ルシウスの掛け声と竜騎士たちの気配が消える。


 事態は混迷を極めている。


 王が殺され、その濡れ衣を着せられたルシウス。

 民衆たちはルシウスをののしり、そしるだろう。


 そして、貴族の多数はアデライード卿を支持する者たちだ。

 更に王と王都を守るべき近衛騎士団が、ディオンの術式により操られ、全員塔にいるなど前代未聞。


 民、貴族、騎士。

 どこもかしこも味方は居ない。


「ともかく……時間を稼がないと」


 本当に王が崩御したのであれば、瞬く間に、国中に広まる。

 シュトラウス卿やリーリンツ卿の耳に入るまで時間はかからないはず。


 すぐにでも王都へ入るに違いない。

 四大貴族たちの仲裁が入るまで、衝突を避けながら身を隠すのが最良。



「塔の上層へ行くしか無い。誰も着いて来れないほどに高く」







 しばらくして――


 ルシウス達が行く場所は第4層であった。

 塔の外は、夜明け前であろう。


 マグマが湧く灼熱の大地を、皆、額に汗を浮かばせている。


 力なく歩くキルギスの民は生きた心地がしなかった。


 余りに急な事態により、ほとんどの者が自身の傀儡を持ってこれなかった。

 メラニア自身もそうだ。


 傀儡を持参できなかったのもあるが、それ以上に。

 

 第4層中の砲魔が集まっているのではないかと思うほどの魔物が集まっている。

 

 そして、それに対抗するように術式により作られた竜騎士の一団による、蹂躙劇が繰り広げられていたからだ。


 塔の中で、騎獣や白妖などをあまり顕現させない方がいいとメラニアが言っていた通りであるが、強力な外敵に反応する様に無数の砲魔達がルシウスたちに襲いかかる。


 だが、その中でも最も恐ろしいのは砲魔でも、竜騎士でもなく、3つ首の邪竜であった。


 玩具で遊ぶように砲魔たちを食い荒らしている。

 しばらく暴れられなかった鬱憤でも晴らすように。

 そして黒銀の竜の背中には1人の少女が乗っている。傀儡ソルである。


 少しでも道を外そうものなら、人外の戦いに巻き込まれてしまう。


 一番先頭を黙って歩き続けるルシウスへ、一族を代表してメラニアが恐る恐る声を掛けた。


「ルシウス様。いったいどこまで登るのでしょうか?」


「少なくとも第5層。もしそこまで騎士団たちが追って来るなら、第6層まで上がる」


 メラニアはもちろん、背後を歩くキルギスの民、全員の血が引いた。


「だ、第6層……」


「そうしないと守りきれない」


 ルシウスは眼下に拡がった折り重なる岩盤へと目をやると、魔物ではない魔力を感じる。


 ――このままだと追いつかれる


 ルシウス1人ならもっと早く動ける。

 だが、今は幼い子どもから老人までいるキルギスの民を連れた状態だ。


 速度で逃げ切れないのであれば、追ってこれない場所に隠れるほか無い。


「大丈夫。魔物はすべて俺が受け持つ。皆は着いてくるだけでいい。メラニア、第5層はもうすぐ?」


「はい。あの魔法陣をくぐれば第4層の最上階へたどり着きます」


 ロープで直接上がる場合と特定の2箇所を繋ぐ魔法陣を用いる場合があるのだが、最上階は魔法陣で登るのだろう。


「急ごう」


 魔法陣へ足を踏み入れようとした時。


 赤い光がスウッと線を引いた。

 何度も目にしたものである。


「また妖精王か」


 以前メラニアが現れるのは極稀と言っていたが、これだけ頻繁に目にすると、あまりそのような気もしない。


 ルシウスの視線の高さに止まる赤い光を放つ妖精王。

 6対12枚の羽が、まるで五光のようだ。


 冷たいほどに美しいその顔は、今見れば、傀儡ソルと似ている。

 魔石を提供してくれたことが関係しているのかもしれない。ソルは妖精王の魔石を用いて作られた傀儡であり、ある意味で親子のような存在なのだろう。


 突然、土埃と熱気が舞い上がった。

 先程まで砲魔の群れと遊んでいた邪竜がルシウスの背後へと舞い降りたのだ。


 キルギスの民たちは、邪竜に恐れを為すように慌てて距離を置く。


「どうした?」


 邪竜はただの妖精に対して、強い関心を持っていた。

 更に、蚩尤しゆうは。


 ――警戒?


 不思議に思いつつ、ルシウスは軽く会釈をする。


「この前、魔石をありがとう」


 魔物の知能は高く、人を超える種すらいるらしい。

 人語を理解しているかはわからないが、それでも感謝の意を伝えた。



『礼は不要。扶翼ふよくに対する”代償”はすでに支払われている』



 ――魔物が人語を話してる


 以前、ローレンは砲魔に話しかけられたという。

 人語を操る悪魔もいるというのは知っていたが、いざ話しかけられると不思議なものだ。


「魔石は手助けのつもりだったってこと? それに”代償”って?」


 塔の”代償”は知っている。


 初めて層に足を踏み入れた者が下へ戻るときに支払うものだ。

 魔力、血、呪い、命などがある。


 だが、妖精王が言う”代償”の意味はわからない。



『彼の者が提示した条件は成された。よって、更なる願い。なんじに護国の力を与えるという願いを叶えよう』



 ルシウスの質問に応えるつもりはないのか、全くわからない話を続ける妖精王。



『だが、今の汝では、力を受け取れきれまい。しばし、精神の牢獄で時を過すが良い』



 妖精王は無表情のままルシウスを見つめる。



 ――精神の牢獄ってなんだ?



 困惑の中、赤い妖精がルシウスの顔へ、突っ込んできた。

 妖精王が鼻先に当たると赤い光を撒き散らして、忽然こつぜんと消える。


 視界が、赤い光につつまれた。



『力を渇望かつぼうせよ。さすれば牢は破れる』



 ゾワッとした気持ちの悪い何かが体を巡った。


 ――何だ!?


 視界が戻り、周囲のマグマを瞳に写したとき、すでに妖精王はいなかった


 理由もわからず、周囲を探るルシウスに対して、邪竜の背に乗った傀儡ソルが絞り出すように口を開いた。


「……無窮誣告界むきゅうぶこくかいと同じ……呪いを……」


 何かを言いかけたソルが、突如、停止する。

 そして


「え? ソルが消え――」


 驚愕の声を出そうとした時、ルシウスの言葉は止まる。

 おかしなことに次の言葉が見つからないのだ。


「ルシウス様?」


 メラニアの声に振り向いたルシウス。


「ねぇ、ソルって……誰だっけ?」


 メラニアやミカたちは首をかしげた。


「ソル? 聞いたことないですが、お知り合いですか?」


 なぜ、先ほどその名を口にしていたのか、思い出せない。

 まるで突然、今までいた所と違う世界に放り込まれたかのような違和感を覚えて仕方ない。


 だが、いつまでも立ち止まっていては騎士たちに追いつかれる。

 ルシウスはソルの事を思考の片隅に追いやった。


「……大丈夫だ。急ごう」


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