第111話 ルシウスの夢

 ルシウスはジラルド子爵との一件を司法省へ報告するため、街にいた。

 聴取を終えた頃には昼過ぎとなっており、人通りも朝より多くある。


 大通りを1人歩くルシウス。


 市場いちばがある混み合った場所に差し掛かった時、人集りに紛れて、ルシウスの横にスッと誰かが並んで歩き始めた。


 その横顔には見覚えがあった。


「ん!? ソル!?」


 黙ったまま傀儡ソルは頷く。


「なんでここに? ジラルド子爵の城に閉じ込められていたんじゃないの?」


 先ほど赴いた司法省でも、接収された傀儡の返却を求めたばかりだ。


「……出てきた……」


 絲術による魔力の糸が1本しか繋がっていないため、ソルの感覚や思考はおろか、位置すら感じ取れない。

 本来、塔の外に出る為に関税を支払う必要があるのだが、傀儡自身が勝手に出てきてしまった。


 ――出てこれるってことは、1人で入ることも出来るか


 ジラルド子爵がいちいち人形の数を数えているとも思えない。

 領に帰る前に関税を払えば問題ないだろう。


 それよりも懸念がある。


「何か物とか壊さなかった?」


 つい昨日、ジラルド子爵とはトラブルになったばかり。

 更に所有物の損壊などは御免被りたい。


……壊してない……」


 安堵の息をついたルシウス。

 まさか壊れたのがジラルド子爵本人であるなど、想像もしていなかった。


「それは良かった。だけど関税はどうしようかなぁ……」


 ジラルド子爵と拗れた以上、前回提示された金貨1万枚以上の額が必要となる可能性が高い。当然、オーリデルヴ領もシルバーハート領も、今はまだ貧乏な領であるため、おいそれと払える金額ではない。


 ――お金、どうしようかな


 ルシウスとソルが並んで歩き始めた頃、反対側から走ってくる影がある。


「あれは……」


 その男にも見覚えがあった。


「アルフレッドさん、どうしてここに?」


 オーリデルヴの領主代理に任命した男である。

 2週間ほど前に塔で別れ、オーリデルヴ領での執政をお願いしていたはず。


 一昨日までは逓信の術式で会話していたが、昨日は顔を見せなかったため、ほんの少しだけ気にはかけていた。


「ルシウス様、お探しいたしました……おや、このレディーは?」


「ソルです」


 ルシウスが紹介する。


「麗しきご淑女。我があるじルシウス様の副官を仰せつかっておりますアルフレッドと申します」


 アルフレッドが優雅に、深くお辞儀をする。


「……アルフレッド……同じ主」


「おや淑女あなたも、ルシウス様の家臣でしたでしょうか」


「私は……主のためにある……人形……」


「ルシウス様の人形? え、いや? そういうことですか?」


 アルフレッドが目を丸くして、ルシウスとソルの顔を交互に見比べる。


「ソル、そういう自己紹介やめようか。傀儡を知らない人にとっては、完全に違う意味にしかならないから」


 ソルがコクと頷く。


「ともかく、アルフレッドさん、要件は?」


「はっ」


 アルフレッドは背筋を正す。


「魔核を持たない者への偽核の移植ですが、5級まで問題ないとの結果が出ました。理論上3級でも問題無いと思われますが、万が一を考慮すると5級までに留めておいた方がよいというのがオルレアンス家とドワーフたちの一致した回答になります」


 魔力には精神が宿る。

 生まれてから今日まで魔力にさらされていなかった者が、急に魔力を宿した場合、何らかの拒絶反応が出る懸念があったのだ。


 そのため、どの程度であれば許容できるのかの調査が、アルフレッドへの依頼事項であった。


「それは逓信ていしんの術式で伝えてくれればいいのですが、なぜ直接?」


 アルフレッドがキリッと背筋を正す。


「今回の結果次第ではブルギアの将来が変わる可能性があるとのこと。結果は直接お伝えせよ、というルシウス様のお言葉に従い、せ参じました」


 ニヤっと不敵な笑みを浮かべるアルフレッド。



 もちろん。


 ――言ってない。いや、大事だけどね? 大事なんだけど、なんて言うかなぁ…… 



 返答に困るルシウスに向かって、アルフレッドは胸を張って報告し続ける。


「ご安心ください。本題はその続きだということは重々理解しております。大きな事業には大きなお金が必要。いくつかの貴族から新たな出資を取り付けてまいりました。なんと、その中には東部の盟主リーリンツ=エスタ=ウィンザー侯爵閣下まで名を連ねております」


 ――お金


 ハッと後ろを振り返るルシウス。


 金の心配をしていたときに、いきなり出資の話を持って現れたアルフレッド。

 密偵でもつけられたのかと思うが、背後には誰も居ない。


「どうされたのです? ルシウス様?」


「いや、何で知っているのかと思いまして」


「ルシウス様のことであれば、どんなことでも」


 ここぞとばかりにえりを正すアルフレッド。

 まるで、出来る副官であることをアピールしているかのようだ。



 ――この人、エスパーか?



 そういえばアルフレッドの術式を聞いたことがない。読心術の類なのではないかと疑ってしまう。



 ともかく、アルフレッドの考えは正しい。


 最初の1体であるソルは関税を払い、領へ持ち帰るが、安全性が確認された後は、キルギスの民を領内へ招聘しょうへいして作成してもらったほうがいいだろう。

 そうなると材料費、滞在費、委託費など多くの金が必要になる。


 なにせ領民全員に配るのだ。


 また傀儡の作成だけではない。

 管理費用も上乗せする必要もある。


 今まで魔力も術式も持っていなかった民が、術式を使えるようになるのだ。様々な分野で成果は上がるだろうが、同時に犯罪や事故も増えるだろう。


 どのように治安維持をするか、誰に対して優先的に上級偽核と傀儡を与えるか、そもそも攻撃的ではない術式を選べるのか等、考えることは山程出てくる。


「アルフレッドさん。そのことで話があります」


 ルシウスは王都の道を歩きながら傀儡とジラルド子爵との一件について報告した。


 さすがのアルフレッドも黙って、いつになく真剣な表情で耳を傾ける。

 そして報告を終えるなり、口を開く。


「ジラルド子爵と事を構えられたのは……よろしくないですね。あの方は西部の盟主であるアデライード卿の実弟です」


「分かっています。それでもメラニアを見殺しにできませんでした」


 アルフレッドは大きくため息をつく。


「ルシウス様には何らかの処罰が下るものかと思われます」


 領主同士の武力衝突というのは、無くはない。

 それにもいくつか段階がある。

 挙兵しての戦争であれば家の取り潰しはまぬがれない。だが、個人間の諍いかつ死者もないのであれば資産没収で終わることが大半である。


 ルシウスは左の腰にいた宝剣をカシャリと前へ突き出した。


「陛下とは、魔剣を3本を納めることで話がついています。今回の罪をつぐなうには相当かと思いまして」


「……3本」


 アルフレッドは顔をしかめる。


「どうしましたか?」


「いえ、先程のルシウス様のお話では、ジラルド子爵は武力行使させるように執拗に挑発し続けていた。更に、つい先日下賜された2本の魔剣の事を考えれば、3本の魔剣というのは気がするのです」


「どういうことですか?」


「ルシウス様の人格からすれば、領の一部や資産ではなく魔剣を差し出すことは明白。考えすぎかもしれませんが、何者かがジラルド子爵と組んで、ルシウス様の魔剣を狙っているように思えまして」


 魔剣は確かに貴重なものだ。だが、その他に同等の財はいくつもある。

 策にめてまで欲しがるほどのものだろうか。


 ――あるいは俺の魔剣である事に意味があるのか?


 そんな考えが浮かぶが、霧の中に居るように見通しは立たない。


 アルフレッドも悩む主に対して、いさめる言葉を切り上げた。

 今、考えるべきは今後のことであろう。


「傀儡の方はいかが致しましょうか。他国の術式を用いることの是非は、問われると思われます」


「他国というなら魔剣も共和国に代表される術式です。量産できる技術が無かっただけで、昔から王国でも使われていました」


「確かに。ですが、やはり西部との交渉は難航するでしょう。北部や東部はともかく西部の貴族はキルギスを抑えておきたいという勢力が優勢」


 ルシウスはアルカノルム商会の面々を思い返す。

 自分のために他者が存在していると思っている典型的な者たちだ。他者から搾取したもので私腹を肥やすだけならまだしも、正当な報酬や処置をキルギスに与えてもいない。


「術式にはそれだけの価値がある。今ではなく10年後20年後を考えて行動に移すべきです。それによって将来、キルギスの民の評価も変わるはず」


 ルシウスの視線は未来を見ていた。

 をより良く出来る世界を。


 アルフレッドが大通りのど真ん中で天高く手を掲げる



「ごッ! けいッ! がんッ! 」



 突然、道の真ん中で大声でわめき始めたアルフレッド。

 一斉に王都民達が足を止め、好奇の視線が注がれた。


 ――えぇぇ……


 すぐさま袖で顔を隠しながら、少し距離を置いたルシウス。

 知り合いと思われたくない。



 だが、距離を置いたはずのルシウスへと両手を差し向けるアルフレッド。


「ルシウス様ッ! この不肖アルフレッド、都市ブルギアを王都を超えた都市にするそのときまで、全力でお仕えさせていただきますッ! ルシウス様の夢を必ずッ!!」


 民の視線がルシウスへと注がれた。


「あれが主ね。王都を超えるのが夢って、意味分かってるのかしら?」

「ふむふむ、ルシウスって言うのか。気概があるってのは大事だぜ。夢はでっかい方がいい」

「若いってのはいいもんだな。頑張れよ、ルシウス」

「そういえば、ルシウスって名前を最近よく聞くような?」


 王都の真ん中で、王都を超える都市を作ると言って憚らない珍奇な者と認識されてしまったようだ。



 ――へぇ……俺の夢かぁ




 無論、初耳である。

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