第106話 傀儡

「傀儡をですか? なんのため?」


 戸惑うメラニアに対して、ルシウスは慎重に仮説を口にする。


「おそらく傀儡って、幼少のうちに与えるんじゃないの?」


「はい、そうです。キルギスの民は3才のときに人形を与えられます」


 メラニアは、横を歩く人型の傀儡ノクトの頭を撫でる。

 ずっと共にあったのだろう。


「理由は、魔核の階級に合わせて、傀儡は成長もしくは変更できるから。違う?」


 原則的に、式は契約したときの魔物の階級で固定される。

 そのため、ある程度まで魔核が育った後に契約に臨むのが、この国の慣例であった。

 契約後、稀に進化することによって、階級が上下することはあるが、それは極めて特殊な事例だ。


「その通りです。パンドラニアの技術を知っていたのですか?」


「いや、キルギスの民の魔力量が軒並み高かったから、かな」


 メラニアが不思議そうな顔を浮かべる。


「魔力量と何か関係あるのですか?」


「重要なことだよ。自身の魔力量が可視化されるのは。魔核を成長させる【増魔の錬】は痛みを伴う上に地味な訓練。しかも式を得るまで魔力が上がったという実感もないからね」


 人は魔力を持つが術式は持たない。


 式と契約する前は、体内にある魔力を感じ取れる程度で、使えもしない。

 成果が見えもしない苦痛な作業を、延々と子供に強いると結果はどうなるか。


 当然、多くの子供は手を抜く。


 大半の魔術師の魔核は5級か6級であり、4級もあれば多いほうだとすら言われる。

 ローレンもユウが訓練を求めなかった為、5級で止まっている。


 ルシウスは転生者であるため、1級の魔核まで育てたが、違う両親であれば絶対にやっていない。


 そんな中で3級以上が多いとなれば、普通ではないと考える。

 鑑定の式を持たないルシウスでは正確には測れないが、メラニアも3級以上あると思う。


「そうですかね?」


 メラニアはいまいちピンと来ていないようだ。

 幼少から人形と共にあったため、想像し辛いのだろう。


「魔力と一緒に人形の能力が増えれば、【増魔の錬】を頑張れる子は多いと思う。だから、その技術をシルバーハート領とオーリデルヴ領の子供たちにも与えたいと思うんだ」


 はっとしたメラニアが周囲を確認する。

 そして、ヒソヒソ声でルシウスへと耳打ちした。


「もしかして……ルシウス様は、暗殺部隊でも作ろうとしているのですか?」


「暗殺部隊?」


 ルシウスが大笑いすると、メラニアがふくれっ面となった。


「……何がおかしいのですか? 傀儡を使った術式はパンドラニア連邦の技術です。ルシウス様は式術を使う国の人たち。普通に考えたら真っ当な使われ方はしないですよね」


「いや、俺はを与える予定だよ。もちろん自分で試して安全だとわかれば、だけどね」


「子どもたち全員に? 一体何のために?」


 メラニアが目を丸くする。


「俺が死んだ後にも、領民が生きていくためかな」


「生きて……いく為」


「シルバーハート領もオーリデルヴ領も魔物の生息地に面した領だ。だから式と契約させる事業もやるし、強い式も持たせる。俺が生きている間ならサポートできる。でも、それだけじゃダメだ」


「なぜダメなのですか?」


「事業にするなら俺が死んだ後も続かないといけない。でも高位階級の魔核を持った人材を育成する方法が分からなかった。今、その手がかりが……って、なるほど」


「な、なんです!?」


 ルシウスが手を叩く。


「そうか、だからパンドラニア連邦は強国なのか。強力な魔核を持っている人が圧倒的に王国より多くて、偽核でも術式が使えるから、ある意味、全員重唱なわけだ」


「ルシウス様は本当に変わった人です。今まで誰もパンドラニア連邦の技術を毛嫌いして、使おうとしなかったのに」


「むしろ、その方があり得ないと思うんだよ。だってパンドラニア連邦は大国でしょ? 弱い王国が見習わないと。それに最終目標はもっと高みにある」


 メラニアから笑みがこぼれた。

 自身の技術や力が褒められたように感じたのだろう。


「まだ何かあるのですか?」


「最終目標は、領民全員が【授魔の儀】で命を落とさずに魔力を持ち、そして誰もが強い術式を使えるようにする。俺が生きている間に、それを実現したい」


 メラニアが吹き出した。


「ふふっ、それは世界のルールを造り変えると言ってます」


「そんな大層なことじゃない。とりあえず傀儡を子どもたちに配り終えたら、次は領民全員に持たせたいかな」


「領民……全員って、魔核を持っていない人にもでしょうか?」


「当然。そもそも領民全員に偽核を与える予定だし。偽核は都市ブルギアの真下に拡がる迷宮に困るほど溜まってるからね」


 魔核を持つ子供たちが、偽核を安全に取り込めることは既に分かっている。

 もちろん領主特権を使って、妹イーリスには特級の偽核を注入済みだ。


 さらに古き民ドワーフ族と式の研究を司るオルレアンス家に、魔核を持たない人が、どの程度の偽核を取り込めるかを調べさせている最中。

 オルレアンス家の過去の文献によると、授魔の儀により魔核を与えられなかった者でも、偽核は取り込めるとあった。


 ただ偽核では式と契約できない。

 そのため、王国では誰も深く調査しようとしなかったのだ。


 だが、思わぬ所で魔力タンク以外の役割が見つかった。


「なぜ、そこまでするのですか?」


「前に言われたんだ。大切な人ユウを殺したやつに。『生まれて間もない赤子へ、生きるか死ぬかの儀式などを施しはしない』と。そのときは、何も言い返せなかった」


 誰よりもルシウス自身、命を落としたくない一心で魔核を増やしたのだ。


 帝国は魔力と術式を扱う為に、魔力を魔石から、術式を魔物から、精神を他者の脳から、奪う事を選択した。


 だからこそ、ルシウスは死のリスク無く、誰しもが術式を使える領を目指すことにしたのだ。


「わかりました。そこまで仰るなら傀儡をお作りします。ですが、きっと西部の貴族たちは黙っていませんよ。彼らは傀儡自体も軽蔑していますので」


 おそらく西部の貴族は、全員ではないだろうが、これらの事を知っている。


 知った上で、あえて使っていない。

 強すぎる選民思想がそうさせているのだろう。

 下賤な人間が使う下賤な技術だと思い込み、侮蔑する以外何もしない。

 前世でも下に見ている国や民族の慣習や道具を、理由なく忌避している人はいた。


「ありがとう。俺は自分の領を豊かにしたいだけだから」


「わかりま――あ! 魔石! そう言えば、さっき全部配ってしまいました……」


「なら、これで」


 ルシウスはポケットに突っ込んだ魔石を取り出した。

 赤い妖精がくれたものだ。


「作れなくはないですが、傀儡の魔石は4級以上が良いと言われています。それ以下だと人形の隅々まで魔力を送り出せずに戦闘には向かなくなります」


「いいよ。もともと安全性の確認だから」


「いいのですか? ルシウス様なら2級以上の魔石をすぐに手に入れられます」


「それはキルギスの民が使えばいい。気持ちの問題だけど、やっぱり倒して奪った魔石を使うのは抵抗がある。この魔石はもらったものだから」


「砲魔たちを圧倒的な力で殲滅したのに、魔石は使えないのですか?」


「俺は魔物の森を管理する領主の息子だからね。やるときはやるけど、命に敬意は払う」


 そんな話をしていると、ルシウス達はメラニアの家の近くまで来ていた。


「お姉ちゃん!」


 2人と1体が視界に入ったのか、10才ほどの弟ミカが家から走ってきた。


「ミカ、遅くなってごめんね」


「何が起きたの? 村の人たちが皆忙しそうにしてたけど」


 姉を心配そうな目を見つめる少年。


「大丈夫よ。ミカは何の心配もしなくていいの」


 メラニアが、代償として命を差し出そうとしていることを思い出す。

 唯一の家族のためを思ってなのだろう。


「おかえりなさい。ルシウスさん、メラニアさん」


 続いてローレンが出てきた。


「姉ちゃん! 今日、ローレン姉ちゃんに僕の傀儡が走る所を見せてあげたんだよ!」


「本当にミカさんは上手に操るんですよ」


 ローレンは優しくミカの頭を撫でる。


「ローレン。もう少しミカを見ててくれない? ルシウス様と大事な話があるの」


「分かりました。2人は大事な話があるようなので、もう少しミカさんは私とお話してましょうね」


 ローレンに手を引かれるミカを追うように、ルシウス達も家へと足を踏み入れる。


 中は雑然とした部屋であった。

 ベッドや棚、台所は隅に追いやられており、大半は作業場のようだ。

 作業場の机には、何かの部品が多く置いてある。


 その中には見慣れたものもあった。


「騎獣の義手と白妖の眼根か」


 魔物と契約する遺物だ。

 更に、その横にはオカリナのような笛が置いてある。

 おそらく詠霊と契約するための遺物だろう。


「そうです。これらは人形の製作技術を使ってキルギスの民が直しているものですから」


「傀儡の技術が使われていたのか」


 思い起こせば、確かに昔、父ローベルがそんな事を言っていたように思う。


「修復しているだけで、作れるわけではありません。それに私達がこの国に来る前から迷宮や塔で動くものは取れていたようです」


 そう言ってルシウスが村に入る直前まではめていた砲魔の手枷を机の上へ置いた。


 4つの遺物を無言で見つめる。


「ルシウス様、どうされたのですか?」


「歪だなと思って」


「歪?」


「うん。この国の貴族は全員式を持つことが義務付けられている。いわば国体の根幹。だけど、それを為すための道具を直せる人たちを賤民棄民と言って下に見るなんて」


「……もう慣れましたから」


 ルシウスは首を振る。


「慣れの問題じゃない。ドワーフ族は世界を維持するために重要な役割を持っていた。階級や序列を否定するわけじゃないけど、それは他者を貶めるための道具じゃないんだ」


 メラニアは少しだけ笑みを浮かべ、机へ向かう。


「……さて、人形作りに入ります。魔石をこちらへ」


 ルシウスは妖精王が落とした赤い魔石を机の上に置く。


「傀儡の作り方は各一族の秘中の秘です。パンドラニア連邦では、その一族の傀儡作成法を漏らした者は、永遠にその名を抹消された上で3親等まで処刑されてしまうほどです」


 置かれた魔石を傀儡ノクトが丁寧に奥へとしまう。


 メラニアの腕には羽毛が生えており、てのひらがない。

 指先を使う作業は人形にさせているのを何度か目にした。


 困ることはないと言うが、ローレンの手のひらを羨ましそうに眺めているのを、目にしたことがある。


「大丈夫。作り方を知りたいわけじゃないから。時間はどれくらい掛かる?」


「作る事自体は10日もあれば」


「わかった。その間、塔は俺1人で登るからメラニアは傀儡の作成をお願い」


 第4層まで登るとほとんど道など整備されていない。メラニアが居なくても上を目指すだけだ。

 どのみち第5層は1人で入ろうと心に決めていた。


「それでは一緒にジラルド様のところへ行きましょうか」


「ジラルド子爵?」


「私達が作る物を塔の外に持ち出すためには、すべてジラルド様の許可が必要なのです」


「……そうなのか」


 確かにその通りかもしれない。

 塔とはいえ、領地である。


 領民が生産したものに関税を掛けるのはある意味で当然だ。

 おそらく式と契約に関わる遺物にもかかっている。

 あの豪邸も、国中の貴族へ売った契約の遺物により得た財で建てたのだろう。


「なら行こうか」


 2人で家を後にして、ジラルド子爵の館を訪れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る