第105話 塔の呪い

 ルシウスはローレンと共に塔を訪れていた。

 塔を登り始めて、今日で10日目。


 慣れたように中庭を抜ける2人。

 村の入口でメラニアが腕、もとい翼を振っている姿が目に入る。時間通りである。


「ルシウス様! ローレン! お待ちしておりました」


「おはよう、メラニア」


「おはようございます、メラニアさん。私はいつもどおり村でミカさんと待ってますので」


「うん!」


 契約を済ませたローレンは、塔に登らず、メラニアの弟ミカとルシウスたちの帰宅を待つことが日課だ。

 初めて同年代の女友達が出来たことが嬉しいようで、メラニアとよく女子トークに花を咲かせていた。


「ルシウスさん、メラニアさん、お気をつけて」


 家から音もなく傀儡ノクトが現れ、メラニアの背後へ控える。


「ああ、行ってくる」

「行ってくるね! ローレン、ミカをよろしくね」


 ローレンと弟ミカに見送られながら、村を抜け、第1層の上にある魔法陣へと向かう2人と1体。


 相変わらず村人たちからの視線は悲しさをはらんでいる。

 それとなく理由をメラニアへ尋ねても、はぐらかされるばかり。


 ――気になるな


 ルシウス達は、氾濫する家屋の層を進み、魔法陣へ向かった。

 もう通い慣れた道である。


 いつものように魔法陣へと足を踏み込みいれ、魔力を流し込む。


 2人の目の前に拡がる光景。

 灼熱の砂漠である。


「今日でこの第3層も終わりで第4層に行けそうですね。おそらく第3層制覇の最短記録になると思います」


 森の第2層は4日で走破し、第3層も6日ほどでクリアできそうだ。

 なお、式を顕現させると警戒されるとメラニアの助言に従い、一度も邪竜と蚩尤を顕現させていない。


「まあ、魔物の生息地は歩き慣れてるから。それじゃ、先へ行こうか」


 道中、砂で出来たさいや巨岩で出来たさそりなどが現れるが、メラニアが傀儡を使うまでもなく、ルシウスが次々と倒していく。


 式術の訓練も兼ねながら。


 普通は戦闘を避けながら進むのだが、すべてルシウスが倒していくため、メラニア曰く「もう5年分くらいの魔石が手に入った」らしい。


 戦いにより破損した傀儡の修理にも魔石は使われるようで、キルギスの民が必要とする魔石は思った以上に多い。

 それが塔が離れられない理由ともなっているのだから皮肉なものである。



「見えました。あれが第4層へ続く魔法陣です」


 メラニアが人形ノクトに地図を開いてもらいながら、風切羽で砂山の向こう側を差した。


「よし。向かおう」


「ルシウス様。第4層は2級の砲魔が溢れています。稀にですが1級もおりますので、もしかすると式を得られるかも知れません。しばらく第4層にとどまりませんか?」


「いや、第5層まで行く。この調子なら来週には到達できるだろうから、第4層は最短ルートを進もう」


 ルシウスとて、領をアルフレッドに任せて来ているのだ。

 時間がかからない方法を選ぶ。


「……そう……ですよね」


 どこか含みのある返事である。


 10分ほど歩くといつもの四角の建物が見えてきた。

 そして、すぐに建物へと入り、魔法陣に魔力を流した。


 視界が暗転する。


 移動した場所は酷く熱い。

 灼熱の砂漠よりも遥かに。


 ――マグマか


 硝煙があがり、卵の腐った臭いが立ち込める。

 四角い建物の出入り口の先に拡がるのは、地面の至る所が赫灼かくしゃくに染まる大地だ。


 壁からせり出した岩盤からは、マグマの滝が流れ落ちている。


「ここが第4層です。溶岩へ落ちたら、ひとたまりもありませんので、お気をつけて」


「わかった」



 建物の外へ出たとき、人だかりを捉えた

 この魔法陣へと向かって来ているようだ。


 小さな神輿のような椅子籠いすかごを3つ、キルギスの民が担いでいる。


 中に座っている者が窓から顔を覗かせる。

 先頭にいるのは、ルシウスの同郷セクタスと西部の教師たちだ。

 さらにその周囲には10名ほどのキルギスの民である。


 ――こんな所までよく運ばせたな


 梯子はしご椅子籠いすかごで進むのは、かなり苦労しただろう。


 よく見ると、キルギスの民は皆、怪我を負っているようだ。

 中には、ひどい火傷を負っている者や背負われた者も目に付く。


「み、みんな……」


 メラニアが声を失った。


「おやおや、これは北部の英雄ルシウス殿ではないですか?」


「セクタス……」


「やっと第4階層に? 私は今しがた2級の砲魔と契約を終えたよ」


 先に契約できたことが嬉しいのか、優越感をにじませるセクタス。

 だが、ルシウスの意識はキルギスの民へと向けられた。


「皆の怪我は?」


「砲魔を押さえつけさせただけだ。気にするほどのことはない」


 さも当たり前の事のように言うセクタス。

 砲魔は自我ある術式である。触れるだけでも負傷するような者も多い。


 人形たちも損壊が目立つ。


 ――人形の数が足りない


 メラニアと過ごして分かったことであるが、傀儡はただの道具ではない。

 術式を司る自我の一部だ。そのためキルギスの民は人形を本当に丁寧に扱う。


 壊れた人形を放置するなどありえない。

 それでも仲間を運ぶため、泣く泣く置いてきたのだろう。


「彼らを治療する」


「相変わらず、お優しいですね。こんなでよければ、お好きにどうぞ」


 セクタスと2人の教師が籠から降り、扇子を仰ぐ。


 すぐさまルシウスの影から数体の鎧兵が這い上がった。

 竜騎士団の衛生兵だった部隊である。


 次々と負傷した者たちへと駆け寄り、治癒の術式をかけていく。


 だが、鎧兵が素通りする者たちが3名ほどいる。

 背負われていた者たちだ。


 ――死んでる


 ルシウスはそっと目を閉じさせた。


 背後でメラニアが羽で口を覆った。


「オデッサ、エーレ、アレク……」


 3人は知り合いだったようだ。


 涙するメラニアの眼の前で、教師たちがあざ笑うように口を挟んだ。


「人形遣いどもへ治癒の術式など、貴族の格が下がる」

「ですな。高貴な血というものは、行動に品格が求められるというのに」


 ルシウスはセクタスたちを睨みつける。


「自身の為に尽くしてくれたキルギスの民へ、感謝の言葉もないのか!?」


 3人はゲラゲラと笑い声を上げた。


「貴族ですら無い者に、なぜ感謝せねばならないのだ? ましてや賤民など論ずるに値しない」


 ルシウスは固く拳を握りしめる。


 ――選民思想に染まりすぎている


 日本でも、どこぞの出自でなければ人ではないと言い放った者がいたらしいが、思い上がった人間の性というのは、どの世界でも大差がないのかもしれない。


 ルシウスは腹を抱えて笑う3人を無視し、メラニアへと話し掛ける。


「この人たちはどうやって弔う?」


 式と契約した者は式に摂り込まれるため、遺体もなく葬儀は簡素なものだ。

 キルギスの民がどのように弔うのか、全く知見がない。


「……ルシウス様」


 流れ落ちる涙とともに、ルシウスの手へ額を当てて感謝を表すメラニア


「村で葬儀を執り行った後、傀儡とともに第2層へ埋葬します」


「……わかった。鎧兵たちに送らせよう」


 治癒を終えた鎧兵たちが、遺体を人形とともに優しく抱えた。

 その鎧兵たちが魔法陣へと向かい始めたとき、メラニアの恐怖に染まった声が響く。


「マ、マルバス……」


 他のキルギスの民も恐怖で固まっている。


「番人か」


 周囲を伺うと、マグマの中から何かが這い上がってくる姿を捉えた。


 溶岩で出来た獅子である。

 それも高さだけでも、大人の2倍ほどある大獅子おおじしだ。


 番人とは、初めて階層に辿り着いた者が下へ戻る際に、”代償”を求める存在であるが、まだ戻るつもりはない。

 ルシウスが「なぜ今」と言いかけた時に、魔法陣に吸い込まれていくセクタス達を捉えた。


 ――自分たちだけで!


 代償を払うのは誰か1人でいい。

 自分以外の誰かを置き去りにすれば、代償を他者へ押し付けることができる。


 ルシウスの前へとゆっくりと現れた獣の影が差す。


 赫灼する獅子だ。

 歩く度に黒く焦げた大地から煙が立ち上り、マグマの体に近づくだけ喉まで焼けそうだ。


 ――代償を求める、か


 ルシウスをかばうように、身を乗り出したのは1人の少女。

 メラニアである。


「……ルシウス様は後ろへ」


「代償は俺が払う」


 第2層の代償は魔力。第3層の代償は血であった。

 それくらいなら構わない。


「いえ、そういうわけにはいきません」


 言い終わるや否や、メラニアの右目に番人マルバスの尾が押し当てられた。

 尾の先端は針のように尖っている。


「うっッ!!」


 顔を歪めたメラニアから、すぐさま尾が引き抜かれた。

 メラニアのクルリとした目があった場所。


 ――目が……ない


 右目がただの闇となっていた。

 眼球があった場所に、黒いモヤに包まれている空間だけがあった。


 ルシウスは、それを攻撃と判断し、抜刀。



「駄目です、ルシウス様!」



 右目を抑え、メラニアが叫ぶも時既に遅し。


 マルバスが大きく息を吸い込み、ルシウスヘと炎を吐き出す。

 完全な敵対である。


 ルシウスは防魔の盾を、瞬時に生成し構える。

 盾越しに膨大な熱が押し寄せた。


「ノクト! ルシウス様を助けて!」


 メラニアが命じるまま、少年の人形が灼熱の大地を掛ける。

 すぐさま岩影へと飛び込んだノクト。


 手にした小さなナイフを影の中で振るうと、影をまとった刃が飛び出した。

 人形ノクトの影刃の術式。影の中でしか発動できないという制約があるが、強力な術式である。


 だが、影の刃もマルバスに当たると脆いガラスのように砕け散った。


「は、速く逃げないとッ!」

「終わりだ……」

「どうかお許しください! お許しください!」


 格が違いすぎる。

 キルギスの民たちは阿鼻叫喚。額を地面に擦り付ける者、己の人形を抱きしめる者、人形と共に少しでも距離を置こうとする者など、様々だ。


「ルシウス様! 皆、逃げてッ! 周辺の悪魔たちが一斉に襲ってきます!」



 渦中、ルシウスだけは平然と歩いていた。



「メラニア、人形を下げて。あと番人って倒してもいいの?」


 何を言っているのか理解が追いつかないメラニア。


「えっ、もともと代償を払うか、倒すの2択ですが。というより、倒すなんて無理です!」


「なんだ。倒してもいいんだ」


 ルシウスは手にした宝剣に光をまとわせた。

 そして、炎の獅子へと向く。


「今なら見逃す。去れ」


 ルシウスの魔力が膨れ上がっていく。


「な、何!? この魔力!?」


 メラニアやキルギスの民の顔が青くなり、一様に引きつらせた。


「もう1度だけ言う。去れ」


 唸り声を全身の炎を立ち上らせるマルバス。


「……そうか」


 炎の獅子が威嚇するように炎の渦が沸き起こる。

 砲魔は塔の中では死なない。


 バラバラにされても時間をかければ再生できるらしいため、と戦う恐怖が希薄なのかもしれない。



 ルシウスが前かがみとなる。


 瞬時、大獅子おおじしへと近寄った。


 左手から黒い球体を作り出し、鼻先へと放り投げる。


 圧黒の術式である。

 丸い球体が、周囲の全てを吸い込み始めた。


 直立不動のルシウスの前で、全身の炎をはためかせ、大地に爪を食い込ませながら堪えるマルバス。

 まるで頭を垂れている従順な犬のような姿だ。


「終わりだ」


 動けなくなった獅子を、頭部を十字に斬り伏せる。


 直後、マルバスの全身がだらんとなり、炎を食い尽くす圧黒へと吸い込まれていた。

 すべてを飲み込んだ圧黒が、空へと打ち上がり、上空で弾ける。


 花火でも舞ったかのような炎を散らした後、完全に霧散し、たち消えた。


「……凄い」


 呆然とするメラニアやキルギスの民。


 だがそれも一瞬。


 花火に惹かれたように、マグマの中から次々と蜘蛛や狼が這い上がる。

 更に空からも光や風の鳥たちが現れた。


「うわぁああッ!」

「お、お助け下さい」


 魔物たちの大群。

 呆然としたメラニアやキルギスの民を、現実に引き戻すに十分な光景だった。


 ――この階層の砲魔か。どこも2級くらいかな


 ルシウスは宝剣で右腕にすっと刃を立てる。

 垂れた血を、近くの火のトカゲへと血をふりかけた。


 ジュッと音を立てて蒸発する血。

 だが、それも束の間、瞬時に血が膨張し、火のトカゲを飲み込んだ。


 しかしながら、血は膨張を止めない。

 瞬く間に20体ほどの砲魔を飲み込み、赤い池と化す。


 マグマとは違う赤い液体から現れたのは数体の亜竜。

 腐蝕毒のブレスを放つ1級の魔物ブラッドワイバーンである。



「な、何ですか!? その術式は!?」


 さらに混乱するメラニアたち。

 構わずルシウスは冷静に命令した。


「もし1級がいたら残しておいて」


 ルシウスの掛け声に呼応し、ワイバーン達が一斉に飛翔。


 時を同じくして、影から湧き出た鎧兵たちが、飛翔したワイバーンへと華麗に騎乗していく。


 竜騎士たちの本領である。


 続けざまに、ルシウスは腕に魔力を込める。


「これも使って」


 魔力の塊が形を成し、現れたのは赤黒い巨大な大身槍。

 最上級の魔槍である。


 名を骨影。


 刀身だけでルシウスの身長ほど。

 柄を入れれば大人3人分以上の長さだ。


 ――蚩尤を顕現させないと、満足に振れないのがなぁ


 ルシウスがそのままで繰るには骨影は長大過ぎる。

 そのため、生身では宝剣を使っていた。


 魔槍を空へと投げると、飛翔する竜騎士の一騎がすぐさま掬い上げる。

 間髪おかず近くの岩でできた狼へと投擲。


 一撃で狼を貫通し、大地へと突き刺さる。

 地中を伝わった斬撃の余波が岩盤を切り裂き、流れ込んだマグマにより新たな川が出来上がった。


 そしてオーバーキルされた狼がゴリッと体を捻らせた後、10本近い槍が内部から吹き出す。


 骨肉を用いて自身を複製する骨影の術式である。


 複製された槍を竜騎士たちが抜き取り、集まった砲魔たちを切り刻む。


 騎乗したワイバーンも競うように、炎や雷が交ざった腐蝕毒のブレスで砲魔たちを焼け溶かしていく。



「なに……が起きているの……」


 半ば混乱しているメラニアとキルギスの民。


 眼の前で繰り広げられるのは、もはや戦いと呼べるものですらなかった。

 ただの蹂躙じゅうりんである。


 現れたはずの砲魔たちが次々に霧散していくという光景。


 さしたる時間もかからず砲魔が殲滅された。

 残ったのは大量の魔石だけ。


 岩漿が作る陽炎の中、悠然とルシウスが歩いてくる。


「……あなたは……一体……何者なんですか」


 メラニアの左目には恐怖が刻まれていた。


「そんなことよりメラニア。その右目を治療をしないと」


「この目は呪いです。治癒ではなく解呪しない限り元には戻りません」


「解呪の術式は……持っていないな。もしかして、その翼の腕もさっきの魔物に?」


 メラニアは頷いた。


「2級以上の式を得る方が現れる度、誰かが呪われます。皆、持ち回りで呪いを受けるのです」


 ルシウスはしばし逡巡する。

 そして手を叩いた。


「よし。なら解呪の術式を持っている魔物と契約しよう。正直、あと2体もいらないと思ってたくらいだし。メラニアや他のキルギス族の呪いも解いてあげるよ」


 メラニアは目を丸くする。


「本当に変わった人ですね」


「しかし、第4層の代償が呪いだったとはな」


「上層になるほど代償は重くなります。説明が足りておらず、申し訳有りませんでした。どのみち私が代償を受け入れるつもりでしたので」


 その言葉を聞いたルシウスの表情が険しくなった。

 先程の魔物との戦いよりも。


「メラニア……正直に答えて。第5層の代償は?」


 第4層で身体の変性なのだ。

 ルシウスが目指している第5層の”代償”が急に気になり始めた。


 メラニアが観念したように苦笑いを浮かべる。


「命、そのものです。1級の式を持てる方が現れた際、指名されるのです。村の誰が生贄いえにえとなるか。今回は私が指名されました」


「代償が……命」


 ルシウスは理解する。

 この村に来る度、悲しそうな村人の視線の意味を。

 死が決定付けられている仲間をしのんでいたのだ。


「はい。もっとも第5層は1級の魔物だらけで命を落とすことは珍しくなく、十年前にディオン殿下が式を得る際には、12名が命を落としました。その中には……私の両親もいました。ミカが生まれたばかりでした……」


 過去を思い出したのか、哀愁を漂わせるメラニア。


「何でそんなものを受け入れるんだ」


「私がもし1級の砲魔を貴方に与えられたら、一生、弟の世話を見てもらえるそうです。食べ物にも、服にも困らない、そんな生活をジラルド様が約束してくれました」


 あのジラルド子爵がそんな約束を守るとは思えない。


 それでもメラニアは信じているのだ。

 自分が命を投げうてば、弟が幸せになれると。


 ルシウスはメラニアの目を真っ直ぐと見つめた。


「誰も死ぬ必要なんか無いから。次も倒すよ番人を。1級が束になって襲ってきても全部、俺が対処する」


 メラニアは笑みを浮かべる。


「ルシウス様なら本当にできてしまいそうです。でも、お気持ちだけで」


 信じていないのだろう。

 なにせ1級の魔物の群れである。街が滅ぶには十分なほどの戦力だ。


「ああ、簡単だよ」


 メラニアが吹き出しそうになったとき、赤い光が頭上を掠める。


 ――妖精王


 吉凶の両方と呼ぶという砲魔である。

 珍しいとメラニアは言っていたが、何度か目にしていた。


「何でこんな層に」


 妖精は6級の砲魔である。

 この第4層は2級の魔物が跋扈ばっこする地帯であり、不釣り合いのように思う。


 見上げたルシウスの額にコツンと何かが当たった。


「痛っ。何だ?」


 慌てて手ですくい上げたのは、妖精王の赤と全く同じ色の石。

 光り輝いているが、深すぎる赤が暗さを感じさせる魔石である。


 ルシウスは妖精王が落とした魔石を空に照らす。


 ――俺にくれたのかな


 横からメラニアが左目で覗き見た。


「あまり魔力は感じないですね。妖精王のもののようですが、魔物が自分の魔石を他者に渡すなど聞いたことがありません」


「一体、なんだろう」


 不思議に思うまま、魔石をポケットへと突っ込んだ。

 今、疲労しきったキルギスの民に、弔いを待つ亡骸もある。

 あまり考え事をしている場合ではない。


「一回村に戻ろう」




 2人とキルギスの民は魔法陣をくぐり、第1層へと戻った。


 帰るや否や、民たちが押し寄せる。

 亡くなった家族たちの咽び泣く声や生き残った者たちと涙する者たち。


 そんな声が木霊こだまする中、メラニアは慰めの言葉と共に、人形を失ったり、壊れてしまった者たちに魔石を配って回っていた。


 ルシウスが倒した大量の魔石があるのだろう。


 メラニアの様子を眺めていたとき、1人だけ傀儡を2体連れている村人が目に入った。


 ――2体も操れる人がいるんだな


 そんな事を考えていると、一通り魔石を配り終えたメラニアが、ルシウスのもとへ戻ってくる。


「皆、ルシウスさんに感謝していました」


「気にしなくていいよ。それよりもメラニアは傀儡を2体、操らないの?」


「私は砲手魔核しか持ちませんので」


 メラニアが不思議そうに首をかしげた。


「なら2体持ってる人は重唱?」


「キルギスに重唱はおりません。2体の傀儡を持つ人は、偽核を持っているからですが、何でですか?」


 ルシウスは突如、前のめりとなった。


「え? 傀儡って偽核と契約できるの?」


「そうです。偽核には契約者の精神が宿らないため、強い自我を持つ魔物との契約の媒介には向きませんが、傀儡かいらいには関係ありません。そもそも傀儡は2体操ることが前提となった技術らしいです。とはいえ、私達は滅多なことでは迷宮にはいけません」


 ルシウスは特級の偽核を持っている。


「……もしかして、俺の偽核でも傀儡と契約できる?」


「やったことはありませんが、おそらく可能です。でも幼少から慣れていないと満足にることは出来ないと思います」



 ルシウスはしばらく熟考してから、言葉を口にする。



「俺にも作ってくれいない? 傀儡を」


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