第101話 メラニア

 砲魔を得るため、領主代行のアルフレッドに連れられ、塔に訪れたルシウスとローレン。


 塔を治めるジラルド子爵が立ち上がる。


「私も忙しいのだ。さっさと済ませよう」


 ジラルド子爵が1人、進み始めた。

 廊下を無言で進み続けるジラルド子爵。どうやら世間話に興じるつもりはないらしい。


「凄いですね」


 ローレンが緊張した様子で耳打ちする。


 「うん、これが西部の貴族」


 外から見ても豪華であったが、私室の奥は更に派手だ。

 シュトラウス卿の城に飾ってあった品と大差ない調度品が惜しみもなく飾られているのだ。

 これで子爵というのだから、驚きを隠せない。


 同時、北部は貧しい、というのは本当だと、つくづく思い知らされる。



「着いたぞ」


 ジラルド子爵が案内してくれたのは城の裏手。

 塔唯一の出入り口を塞ぐようにジラルド子爵の城があるため、塔の中へ進んだ形になる。


 先程まで歩いていた豪華な屋敷とうって代わり、あばら家ばかりの集落となっていた。


 石を積んだだけの壁に、藁をかぶせただけの屋根。

 塔の中なのだから屋内とはいえ、真っ当な家の作り方ではない。


 そして、その村の者たちは皆、灰色の同じ服を着ていた。

 大抵の者は細い腕で、ほほが痩けている。


 全員、怯えた視線をルシウスたちへ寄越してくる。

 いや、ジラルド子爵へ、か。



「もしかして……奴隷なの……でしょうか」


 ローレンが精一杯の疑問を口にする。


 それもそのはず。 

 この国では奴隷は認められていない。

 答えを持ち合わせていないルシウスとアルフレッドも困惑するなか、さらにローレンから悲鳴に近い声が漏れ出た。


「ひゃっ」


 腕に鱗が生えた者だ。

 服装から、村人のようだが、特に包帯などは撒いていない。


 ――病気……なのか?


 見回すと腕に鱗が生えていたり、足が灰色に変色していたり、目や口を布で覆っている者が、まばらに目に付く。


 さらに、虚ろな視線でトボトボと歩く者も目に付く。

 まるで思考が奪われたようだ。


 ジラルド子爵が、驚愕するルシウスたちへ勝ち誇ったように答えた。


「呪いだよ」


「呪い、ですか?」


「ああ、砲魔たちの中には呪いを使う者も多い。せいぜい気をつけるのだな。塔の中では、ちょっとしたアクシデントで呪われてしまうのだ。ここの賤民せんみん共のように」


 まるで呪われて欲しいとでも言いたげな口調だ。


「……注意いたします」


 ジラルド子爵が、適当に目についた虚ろな女を呼びつける。


「アレを連れて来い。指名したアレだ」


「は……い」


 よだれを口から流した虚ろな女が、緩慢かんまんに頷く。


「さっさとしろ、このノロマがッ!」


 突然、女は顔から地面へと倒れこんだ。

 命令されるがまま、どこか向かおうとした虚ろな女を、ジラルド子爵が背中から蹴り倒したのだ。


「ジラルド子爵!」


 思わず声を上げる。


「何だ?」


「彼女が何をしたというのですか!?」


「私の所有物だ。どう扱おうが私の勝手だ」


 虚ろな女は何事もなかったように、無言で立ち上がり、あごから血を流しながら歩き始める。


「ですがッ!」


 なおも気持ちが収まらないルシウス。


「はぁ」


 ジラルド子爵が、わざとらしく大きくため息をついた。

 そして腰を屈め、ルシウスへと耳打ちする。


「陛下に気に入られているからといって図に乗るな、ガキが。この王都の真の支配者は別に居るのだ。魔力だ、特級だと蛮力が通用するの王都以外の辺境だけ。砲魔が欲しいのならば、私に従え」


 いきなりの言葉に唖然とする。


「ジラルド子爵……貴方は陛下を侮辱されるのですか!?」


「はて? 何か聞かれましたかな?」


 とぼけた顔をするジラルド子爵。


「それでも貴族で――」


 言い返そうとした矢先、先程の女が1人の少女を連れてきた。

 同い年頃の少女である。


「あとはに案内してもらうことですな。私は忙しい」


 ジラルド子爵はさっさと館へと帰り始めた。


 ルシウスは固く拳を握りしめる。

 今は言い争いをする時間ではない。


「……分かりました」


 その言葉に満足したのかジラルド子爵が、振り返りながらニタリと笑う。


「ああ、砲魔を得られるまでソレは貸しておこう。何でも好きに使ってもらって結構。もう、知っている齢ですな?」


 ルシウスは黙ったまま、何も答えない


 不快なものから目を逸らすように、連れてこられた少女へと目をやった。


 少女は14、15才というところだろう。

 赤茶色の髪のショートボブに、くるりとした大きな黄色の瞳をしている。


 だが、特に目が行く箇所は別にある。


 ――腕が……翼


 少女の両腕には、鳥の羽のように羽毛が生えていた。

 呪いというものだろうか。


 少女は鳥の手で優雅に、お辞儀する。


「お目汚し、申し訳ございません。メラニアと申します。ある砲魔により呪いをもらいまして、このような姿となっておりますが、伝染うつることはございませんので、ご安心を」


 姿に似合わずニコニコと笑いながら、饒舌じょうぜつに話す少女。

 すぐに付き従っていたアルフレッドが一歩進み出た。


「我が主に必ずや1級中の1級の砲魔を。成功した際の礼は弾む」


 アルフレッドが強く念押しする。


「もちろんです」


 メラニアは笑みを浮かべたまま頷く。

 なぜかルシウスには、その笑みが酷く無理をしているように思えた。


 そうは思いつつも、いつまでも突っ立ていても仕方がない。


「よろしく、俺はルシウスだ」


「ローレンと申します。メラニアさん、よろしくお願いしますね」


 ルシウスとローレンは握手のため、少女へ手を差し出した。


「は、はわぁ」


「どうしたの?」


「その……外の方が……握手を求めてきたのは……初めて……でして」


 翼を揺らしてうろたえるメラニア。

 掌が無いのか、風切羽に指が隠れているのかはわからないが、握手できないのだろう。


 ――そういうことか


 ルシウスは大きな風切羽が軽く握ると、戸惑いながらメラニアが翼を揺らした。

 ローレンも同じように握手をする。


 先ほどより上機嫌そうにメラニアが話し始めた。


「き、希望はありますか?」


「希望? 砲魔の種類のことかな?」


「あ、そうです!」


「そうだな。何でもいいけど、可能なら風の術式が使える1級かな。ローレンは?」


「私は生活の役に立ちそうな5級の砲魔を希望します」


 ローレンも2つの魔核を持つ重唱である。

 東部の式である白妖とは既に契約しており、残る1体、砲魔もルシウスと同じタイミングで契約してしまう手筈となっていた。


「が、頑張ります!」


 メラニアは緊張で顔をこわばらせながら、頷いた。


「そうえば、アルフレッドさんは先に帰っていいですよ? 北部のブルギアまで」


「いえ! 今日くらいはルシウス様のお帰りをお待ちしております!」


 アルフレッドが愕然とした表情を浮かべた。

 ここで追い返されると思っていなかったのだろう。


「アルフレッドさんは領主代行ですから、早く戻った方がいいです。復興に、それと偽核の件も進めておいて下さい。アルフレッドさんにしか頼めないことです」


「偽核……オルレアンス家とドワーフ達へお願いされた件ですね」


「ええ、なので早く戻ってあげて下さい」


 アルフレッドがニヤリと笑う。


「承知いたしました。このアルフレッドの命に代えても」


「よろしくお願いしますね」


 満面の笑みを浮かべるルシウスに見送られる形で、半ばスキップしながらアルフレッドは帰り始めた。



 アルフレッドの姿が城壁へ消えた頃、ルシウスが大きく伸びをする。


「さて、変人も帰ったことだし、登ろうか」


「変人は言いすぎですよ」


 ローレンはとっさに庇ったが、完全には否定できないようだ。


 上へに向かって歩き出そうとしたとき、メラニアが何かを言いづらそうにモジモジし始めた。


「メラニア、どうしたの?」


「あ、あの……家に寄ってもよろしいでしょうか。急に呼ばれたため、持ち物がなく。も、もちろんお時間は取らせません!」


 おそらく契約に必要な遺物だろう。


「いいよ」


 翼を畳んでお辞儀をするメラニア。


「ありがとうございます!」




 そうしてルシウスたち一行は村の奥へと進んでいった。

 村人たちはルシウスの姿を見ながら、耳打ちし合っている。

 露骨にまゆをひそめる者も目に付く。


 ――何だ? 全く歓迎されていない


 何か理由があるのか、それとも呪いの影響だろうか。


 まじまじと見るのは失礼と思いつつ、どうしても体が変化している者や虚ろな者に目が行ってしまう。


 10人ほど呪われた村人を見つめる中で、あることに気がついた。

 

「……ここの村の人、魔力が強い。3級位の人がゴロゴロいる」


「ほんとうですね」


 ローレンも同意した。

 普通の村では魔術師は20名に1人くらいしか居ないが、この村人は全員魔力を持っている。


 更に魔力を持っている人間でも、普通は5級程度が多い。

 3級というのは、珍しいというほどではないが、多くはいない。


「私達は、塔の外の人より魔力が強くなりやすいのですよ」


 メラニアが当たり前のことのように言う。


 ――そんなことあるか?


 魔力量は血筋に影響を受けないことが、オルレアンスの研究で分かっている。

 純然たる鍛錬たんれんによってしか増加しないのだ。


 その言葉を受けて、ルシウスが考え込む中、メラニアが指を刺した。


「アレが私の家です」


 石を積み、藁の屋根があるだけの粗末な家。

 扉もなく出入り口や窓は目隠しのすだれが付いているだけだ。


 道中見た他の家と変わらない。


「姉ちゃん!」


 家のすだれを押しのけて、10才ほどの少年が飛び出してきた。

 見た目も似ており、おそらくメラニアの弟だろう。


 続くように深くローブをまとった子供が、もう1人出てくる。

 最初の子とは対照的に、はしゃぐ様子もない。

 性別は分からず、大きな布袋を背負っていた。


 最初に飛び出した少年がメラニアへと抱きついた。


「ミカ、あんまり家から出てきてはダメよ。お客様の前だから」


「でも!」


「いい子だから」


 弟のミカが、横目でルシウスとローレンを強く睨みつけた。

 村人たちの視線と同じものだ。


 ――怒り……というより、悲しみ?


 疑問を持ちながらも、ルシウスはメラニアへと話しかける。


「メラニアの弟たち?」   


「はい、弟のミカです。なにぶん子供で挨拶もできず、申し訳ありません」


「うちの領の子供達も似たようなものだから。それと、あっちも?」


 深くローブをまとった性別も分からない子供へ視線を向けるルシウス。


「いえ、あちらは兄弟ではありません。私の半身です。あの荷物が必要だったのです」


 メラニアは、ローブに包まれた子供が背負った荷物へと手を差し向けた。


「半身?」


「すぐに分かりますので。さて、砲魔を探しにいきましょう」



 メラニアは嫌がる弟を宥めて、家へと戻す。

 そして、3人は塔の上へに向かって歩き始めた。

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