第100話 ジラルド子爵

 ルシウスはローレン、領主代行アルフレッドと共に王都の大通りを歩く。


 催事でもあったのではないかと思うほどの人通りである。


 この世界に生まれ落ちて14年。

 すでに薄れてきた前世の記憶をたどり、人がひしめく通りの歩き方を思い出す。


 ――東京みたいだな


「ルシウス様は以前、王都に来られたことがあるのですか? 始めて訪れる者は、人の多さに慣れるまでに時間がかかるものですが」


 領主代行のアルフレッドが横に並ぶ。


「東部の州都に行ったことがあるので」


 ルシウスは笑って誤魔化した。

 たとえ東部の州都で育った者でも王都の人の多さには驚くことだろう。


「さすがルシウス様。1を知り10を得るとは、まさにこのことだ」


 歩くだけで大げさなと思うが、他所から来た者が驚くこと自体事実なのだろう。この国では大半が村や町であり、四大貴族が管理する4つの州都と伯爵が管理する街などは多くはない。


 通りに並んだ店にはガラス窓が当たり前に使われており、中には高級品と思われる衣服、香、茶が売られている店が多い。

 それらを裕福そうな人たちが、物色している。


 ――東部とはなんか違うな


 以前、訪れた東部の州都も人は多かった。

 だが、剣呑とした雰囲気があった。


 王都は、よくいえば活気がある、悪くいえば浮足立っているように感じる。


 そんな調子で街の様子を眺めながら、薄暗い場所へと足を踏み入れた。


 【塔】の影である。


 先が雲の先にあり、見通せないほど巨大な建造物。

 圧倒されるのは高さだけではない。

 横幅も凄まじく、歩いて一周するだけで数時間かかりそうなほどだ。


 素材は、一見すると石のようだが、少し鉄色も混ざっており、石にも金属にも見える。

 かつて読んだ本によれば不壊物質と呼ばれているらしい。

 1級の式により破壊を試みたことがあるらしいのだが、傷1つつけられなかったためだ。


 もっとも簡単に壊せてしまったら、巨大な塔が倒れてしまうので頑丈に越したことはない。


 3人は塔を眺めながら、真正面にある巨大な門とやってきた。


 ――扉も大きいな


 先程から視界には入っていたが、大型帆船でも通れそうなほどの高さと幅である。

 門とは言ったが、上半分は空いており、下だけに壁を作っているのだ。

 おそらく【塔】本来の入口は大きすぎて使いづらく、下を埋めて人用の門にしたのだろう。


 アルフレッドが門兵と一言二言会話し、ルシウスたちのところへと戻ってきた。


「どうぞお入り下さい」


 どうやらアルフレッドが事前に話を通してくれていたためか、門兵には身元確認すら求められなかったようだ。


 ――本当にあの思い込みさえなければ……


 残念がりながら門を通る。


 抜けた先は、よくある石壁に囲われた中庭のようだった。


 だが、壁の上に見える風景は一変した。


「はあぁ……」


 思わず声が漏れる。


 塔の中は古い街だったのだ。


 それもただの街ではない。

 地面に階段や部屋があるのではなく、壁にも建物が立ちならんでいる。


 まるで壁に街が生えているようだ。

 脈絡なく建ち並ぶ建物を、無理やり繋ぐように階段が張り巡らされている。

 建物自体が複雑に絡み合い、層を成しているように思う。


 そして、太陽もない屋内のはずが、上から強烈な光が降り注ぐ。

 その天井も、建物の隙間からわずかに見える程度だ。


 ルシウスが手をかざして、上へ拝み見たとき。 


 ――赤い光


 近くの建物の間を赤い光がスゥと通り過ぎた。


「赤い妖精?」


 普通、妖精は青白い光を放つ。

 妖精は侍女マティルダの式であり、幼い頃から幾度となく目にしてきた。

 赤い妖精がいるなど聞いたことはないのだが。


「何か居ました?」


 ローレンが不思議そうにたずねてくる。


「あ、いや。見間違えかも」


 あっけに取られる2人対して、アルフレッドが先へと促した。


「……ルシウス様、今より砲魔との契約を仲介する貴族のもとへと参ります。その際に1つだけ注意事項がございます」


「何ですか?」


「砲魔を悪魔と呼ばないこと。西部の貴族たちにとって、悪魔という呼び名はタブーです」


 アルフレッドが周囲を気にしながら小声でささやく。

 砲魔のうち、人に害を及ぼす魔物が悪魔と呼ばれていることは事実だが、呼び名にこだわりがあるのだろう。


「わかりました」


 石壁に覆われた中庭を抜け、先にある大きな建物へとやってきた。

 そこには塔の中だというのに、宮殿のような建物があった。


 とはいえ、壁一面に張り付いた街のような光景はともかく、屋敷程度で驚くことはない。


「ジラルド子爵とのお約束で参った」


 アルフレッドが屋敷の玄関前で警護する兵へと伝える。


「どうぞ」


 そのまま兵に先導され、一室へと通された。

 宮殿然とした外観通りの絢爛豪華な部屋だ。


 その中にある円卓に腰掛けているのは、精悍な顔つきの中年の男である。


 アルフレッドが素早く1人進み出た。


「ジラルド子爵、本日はご面会いただき誠にありがとうございます。我が主――」


 どうやた塔を管理する貴族であり、砲魔との契約を仲介してくれる人のようだ。

 言葉を手で制したのはその当人。


 真っ直ぐとルシウスを睨みつけている。


「ルシウスとやら。北部ノリスの男爵は、目上に対して、最初に家臣に挨拶をさせるのかね?」


 ――目上?


 確かに子爵の爵位は男爵よりは上である。

 だが、他領を治める貴族に対して呼び捨ては普通ではない。


 引っ掛かりを覚えつつも、事を荒立てるつもりもない。


「失礼いたしました。ルシウス=ノリス=ドラグオンと申します。この度は、砲魔を得る為にご助力いただき、感謝に堪えません」


 後ろに従えるローレンもルシウスと共に頭を下げる。


「フン、まあ仕方あるまい。田舎の、更に北部ノリスの男爵程度ならならばそんなものだろう。だが、この王都では通用しないことを胸に刻め、ルシウス」


「ご助言ありがとうございます」


 ルシウスは気持ちを押し殺し、頭を再び下げた。


 領主代行のアルフレッドも主ルシウスに合わせるように頭を下げる。

 だが、目が座っていた。


「ルシウス様を侮辱するとは……ギルティ処刑……奸計かんけいに陥れ、いつか斬首刑に、いや磔刑か。それとも火あぶりに……」


 ルシウスにしか聞こえないほどに小さい声で、物騒な言葉を並べたてている。


 ――頼むから何もしないでくれ


 記憶の改竄かいざんがいつ何処で起こるか全く読めない。

 放っておいたら、本当にやりそうだ。

 そして笑いながら言うのだろう「ルシウス様のご命令通り殺りました」と。


 ――無理。勘弁して


 命を賭けた戦いならいざ知らず、意地の張り合い程度で他者の命を背負いたくなどない。


 内心ヒヤヒヤしていると、突然、手を叩く音が鳴り響いた。


「さすがはジラルド子爵。勘違い甚だしい最下級貴族へ、自らご教示されるとは」


 手を叩いたのはルシウスと同い年ほどの少年。

 よく見れば部屋の奥に3名ほどの人の姿がある。


 中央の手を叩いた少年が進み出た。

 ジラルド子爵の縁者かと思ったが、髪の色も顔つきも違う


 ――なんか見たことがあるな


 かつて迷宮で帝国兵に拉致され死亡した騎士の面影を感じるのだ。


 見間違うはずがない。

 ルシウス自身が、征将を討った後に、その男の精髄を取り返し、丁重にとむらったのだから。


 遺灰を故郷に返そうとしたが、一族に既に家族ではないと受取を拒否されてしまったため、仕方なくクーロン山での自然葬となった騎士。

 ジョセフ=ノリス=ゲーデンの面影を少年から感じる。



「はじめまして。。いや、3歳のときにあったので2回目ですか」


 3才の鑑定の儀で会った幼児。

 たしか、騎手魔核と砲手魔核を保持していた二重唱であった。


 少しだけ虚を突かれたように、驚きを隠せない少年の口元が動く。


「セクタス=ノリス=ゲーデンだ。まさか西部で会うことになるとはな」


 シルバーハート領の又隣のキリア領を治めるゲーテン子爵家とは、代々仲が悪いらしい。

 ルシウスはさして気にしていないのだが、ゲーテン子爵家は例に漏れず何かに付けて、突っかかってくると父ローベルが言っていた。


「なぜここへ?」


「知れたこと。重唱の私も砲魔を得るために来たのだよ」


 人を見下す目が父親とそっくりだ。

 騎士ジョセフとは腹違いだと聞いていたが、得心できる。


「皆さんも?」


 二重唱の背後にいる2人の男女は二十歳近い。

 普通10才前後で式を得るため、遅過ぎる気がする。


「私たちは家庭教師だよ。西部の貴族というものをセクタスへ教えているのだ」


 ――なるほど


 貴族の庶子は他の貴族たちの教師となることも多い。

 金銭を得るためだけではなく、婚姻以外での家と家との繋がりを強化する為にもよく取られる方法である。


 つまりゲーデン子爵家は、立身出世のために最も権力のある西部へ、すり寄っているということだろう。

 『親父は伯爵になりたくてしかたないのさ』という騎士ジョセフの言葉が思い出される。


「では先に失礼するよ。僕はルシウスと違って、もう既に何度も登っているからね」


 なぜか優越感に浸る言葉を残し、セクタスと2人の教師は部屋を出ていった。



 背中を見送ったルシウスのすぐ背後で、アルフレッドが小声で一言。



「…………ギルティ」




 ――もうシュトラウス卿の元へ送り返そうかな


 乾いた笑いを浮かべるルシウスであった。

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