第121話 再戦
【狩人】はアデライードという女が指定した場所で待っていた。強い魔力を持つ者が少しずつ近づいてくるのを感じながら。
あと僅かという時。
すぐ下の岩盤から凄まじい魔力を感じとったのだ。何百年と生きてきた中でも、数度しか感じたことがないほどの甚大な魔力。
続いて、鳴り響く轟音と爆発音。
ただ事ではないと魔法陣へと飛び込んだ。
転移するとその場は異様の一言であった。
マグマが拡がる塔の岩盤は、大きく傷つき、至るところに穴が空いている。
戦場跡ではないかというほどに荒れていたのだ。
何より塔の壁に大穴が空き、空気が漏れ出している。
塔に穴が空くなど聞いたことがない。
壁際には、怯えるパンドラニアの民の姿。
そして。
中心には若い青年がいた。
まだ少年と言っても過言ではないほどの。
直感する。
「お前が転生者か」
「そういえば久々だな。というか【狩人】って本当に誰なんだ?」
転生者は焦った様子がまるでない。
歴戦の猛者を思わせる佇まいだ。まるで死地を何度も超えてきたかのように。
「知っているのか、俺を」
「知っていると言えば知ってる。ダメ元で聞くけど、
転生者が何かを言いかけたとき、反対側の魔法陣が光る。
現れたのは近衛騎士団とディオンであった。
「ルシウス。追いついたぞ」
――あのときの小僧
確か名はディオン。
昔からどこにでもいる権力者だ。
自身の権力と能力を混同しており、己こそが至上であると何の根拠もなく信じている者。
だが、そんな存在ですら転生者よりは遥かにマシである。
――
反対側から出てきた騎士団へと振り向く転生者。
「タイミングが悪い。いやむしろ、いいのか?」
無造作に背を晒している転生者。
――
右腕に魔力を込めて、黒い鎌を生成。
全速力で駆け寄り、背後から斬りかかる。
だが、その刃が届くことはなかった。
【狩人】の両脇から竜炎が吹き出したからだ。
「何ッ!?」
すぐさま跳躍し、回避する。
再び距離を取った狩人。
――聞いていた話と違う
つい先日まで式術の基礎すら知らなかったと聞いていた。
それが。
「……熟達している、相当に」
「使い込んだからね」
不気味な転生者は、笑みを浮かべた。
顔は笑ってはいるが目が座ったまま。
それは絶望を知る者の瞳である。
それでもなお、まだ何かを諦めていない者の目だ。
だが、動揺するほどではない。
転生者とは存在自体がイレギュラーなのだ。
そして皆、災厄をばら撒く。
さもそれが自分の権利であるかのように。
長く生きた狩人自身が、会ったことのある転生者は4人。
全員、例外なくそうだった。
うち3人はこの手で
――こいつは、ここで終わらせる
【狩人】の肩から「手伝おうか」と声を上げながら、白い獅子が生える。
半身のアリオクである。
意見は完全に一致した。
今すぐ、全力で排除するべきと。
光る白獅子アリオクへと変化した狩人。
その姿を見てなお、目の前の転生者は表情を変えない。むしろ一連を観察しているようにすら思う。
「理屈が今でもわからないな。砲魔にそんな能力はないはずだけど」
転生者も最上級の白妖―
その魔物の姿を見るのは、数百年ぶりである。以前目にしたときは、共和国の内乱の最中、台風の目のようにあらゆるものを斬り裂いていた。
だが、見た所、今はまだ魔武具が埋まっていない。
――今なら勝てる。
獅子は駆けり、一瞬で詰め寄った。
そして四肢の鎌で斬りかかる。
だが、ルシウスという転生者は躱したのだ。
「ならば、逃げられぬ所まで踏み込むまで」
更に大きく踏み込んだ時。
背筋に怖気が走る。
振り向くと、魔槍が浮かんでいた。
その刃は己の心臓へとまっすぐ向いている。
転生者が右手を掲げると、その宙に浮かんだ魔槍が襲い掛かった。
――遠隔と親疎の連携か
魔槍を避けるように、横へと飛び上がる白い獅子。
――体が重い!?
よく見ると、周囲がうっすらと黒い霧のようなもので覆われている。
「
重力に干渉する闇の術式を広範囲で展開させていたのだろう。
通常の砲魔は体全体が術式の塊であるのに対して、アリオクという砲魔は四肢の鎌に全ての力を込めるという特殊な式。
悪く言えば、当たり判定が小さいとも言える。
それでも特級の式として無比の力を与えてくれた。
最大の特徴はその俊敏さ。
そのため相性の悪い術式は、鈍化させる術式である。
目の前の転生者が展開しているように。
中心に向かって緩やかに重力が掛かる空間。
転生者が手にした魔槍をくるっと回し、自身へと向けてくる。
一切の迷いなく。
その瞳は先ほどと何も変わっていなかった。
話しかけているときと、人を突くときの表情が、何一つ変わっていない
「やはり狂ってる」
すぐさま重力地場から逃げ出すように地面を蹴り、マグマへと飛び込む。
――奴から生命力を奪うのは難しい
ならば、と奥の手を出した。
周囲の溶岩が放つ光を受けて、影を鎌へと宿らせる。
最上階ほどに溶岩は多くはないが、それでもまだ光源としては十分使える。
ルシウスという転生者は、その様子を凝視していた。
「やっぱり理屈に合わない。魔力で作った光じゃなくて、普通の熱線を取り込んで術式に変えられるなんて聞いたことがない」
――当然だ
魔力によって発動された術式は自然現象と似るが、現実では起こりもしない作用を付与することができる。
物質を切る風。
熱伝導を無視する炎。
指向性を持たせた雷。
時を凍りつかせる氷。
重力を反転させた斥力を持つ闇。
見た目は同じでも、根本からして全くの別物である。
そして、この国の人間は知らないのだ。 伝承が途絶えてしまっている。
『魔力は一時的に現実を浸蝕し、上書きできる』ことを。
魔力で作られた光と、自然界にある光。
本来、魔力の光でしか起こせぬ術式を、一定の法則と術技により、自然界の光で代用できる。
それこそが式術の奥義”一如”の正しい使い方。
現実を侵食するほどの力。
当然、リスクはある。ゆえに禁術ともされてきた。
四肢に付いた鎌が、マグマが放つ光を受けて、黒く、ただただ黒くなっていく。
比例するように高まる力。
マグマの海を切り刻み、己の身体能力を解放。
疾走する。
「終わりだッ! 転生者ッ!」
待ち構えていたようにルシウスが魔槍を構え。
突きを放つ。
――遅いッ
素早く横へ避ける狩人。
着地と同時、力の限り、地面を踏み込んだ。
転生者の側面から斬りかかる。
この位置なら槍でのカウンターも間に合わないはず。
――もらったッ
獅子の黒鎌がルシウスの首へ向かって振り下ろされる。
その時。
地面が爆発。
「何ッ!?」
爆発の衝撃とともに体が浮き上がった。
全速力、それも全体重を乗せた速度。
――止まれない
吹き飛ばされながら、自分が元いた場所を確認する。
足元の地面が
遠隔の能を用いて、地中で竜炎を爆発させたのだろう。
魔槍は軌道を制限するための陽動。
――なんという老練
身体能力を向上させ、鎌の斬撃を強化する。
単純ゆえに術者の技量次第で、どこまでも強くなる術式。
その弱点。
その俊敏の為、攻撃をキャンセルしづらいことである。
つまり攻撃を読まれた時に、カウンターを受けやすいのだ。
当然、対策も想定もしてあった。そうでなければとうの昔に死んでいる。
だが、全ての想定を超えてきた。
その姿が重なる。
祖国を笑いながら滅ぼした転生者と。
「まだだッ!」
もう二度と悲劇を起こさせないために、禁術に手を染めたのではないか。
人であることを捨ててまで。
空中で体を
「あなたは強い。あの不思議な式術を学ばさせてもらう為、相手にはなったが、1番重要なことが控えてる。時間も魔力も
突如、体が空へと引き寄せられた。
振り向くと、塔の壁に空いた穴の向こう側。
空の上に黒い球体。
圧黒の遠隔発動である。
そして、重力に引き寄せられた場所は。
塔の外。
「貴方なら落ちても死にはしないでしょう。さようなら」
塔の中で、手を振るルシウス。
黒い球体が爆ぜると同時に突風に
本物の重力に引きずられ、地表へと落ちていく。遥か下の街へ向かって。
狩人は唇を噛み締めた。
狩人として、戦士として、ただただ口惜しい。
技術を見るためだけに相手にされた。
見終わったらすぐさま時間と魔力が惜しいと、放り捨てられた。
あれほど四能に熟達した転生者が、実技を目の当たりにしたのだ。あの者であれば、いずれ1人でも”一如”に到達するだろう。
その事が余計に腹立たしい。
「転生者。いや、ルシウス……覚えたぞ。次は、殺す」
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