第39話 ホノギュラの異変

 1週間後。


 ホノギュラの領の領主城は騒然としていた。

 騎士たちは狼や牛、馬など獣人姿となっており、皆、武器を構えていた。


「どれだけ出てくるんだッ!?」

「知るかよッ!」

「手を動かしなさいよ……」


 城の中央にある広い中庭に騎士たちが集まっている。

 霊廟が建設中の庭でもある。

 

「集中しろ」


 声を上げたのは、羊姿の獣人。

 騎士ブルーセンである。


 騎士達がうろたえる中、ブルーセンは大弓を絞り何かを狙っていた。


「来たぞ」


 霊廟に積まれた壁レンガの隙間から黒い何かが延び、うねうねと動き出す。

 壁に貼り付けられた瑠璃の上を、黒い影が伝い、床へとたどり着く。


 そして、影から真っ黒い甲冑かっちゅうが這い上がってきた。


「死ねッ!」


 ブルーセンが弓を放つ。

 黒い鎧の頭へと突き刺さるが、何の反応も示さずに歩み続ける。

 まるで操り人形が向かってくるかのようだ。


「チッ、もっと矢を放て! 怯んだ隙に、接近武器を持つ者たちは畳み掛けろ! これ以上、好きにさせると街に出てしまうぞッ!」


 矢が一斉に放たれ、操り人形のように進む黒い甲冑に降り注ぐ。


 だが、レンガの隙間から、影が伸び、次々と甲冑が這い出てくる。


「これが……蚩尤しゆう。伝説の魔物」


 騎士たちは、その後も溢れ出すものと戦い続けていた。



 その光景を、少し離れた塔の上から眺めているのはオマリー伯爵。


「何だ、あれは?」


 答えたのは付き従う側近である。


「……おそらくあの魔物が使ったと言われている造兵の術式かと思われます。伝説によれば、1000体を超える兵を率いたとか」


 側近の男がオマリーへ話を進める。


「そんなことは聞いておらんわ! 霊廟の中から、なぜの術式が漏れ得るのかと聞いておるのだ!?」


「は、申し訳ございません。お、おそらく魔鋼による密封と魔防壁に僅かな隙間があったものと思われます」


「本当に使えん愚図どもが!」


「申し訳ございません。しかし、このままでは霊廟建設に影響がでるものと思われます」


「騎士団はどうした!? 日々高い金を払っているのこういうときのためであろう!」


 ホノギュラの騎士たちは決して高い給料をもらってなどいない。

 そもそも民から賄賂をせびるような者たちではあるが、それ以前に守るべき城の内部に、危険な魔物を運び込む領主がいたのであれば、どうしようもにない。


「善処しておりますが、戦力が足りておりません。今すぐ用意できればいいのですが」


「もともと東部は紛争で兵が足りておらんのだ。すぐには集まらんぞ」


 神経質そうにオマリー伯爵は爪を噛んだ。


「クソッ! 霊廟の建設は何よりも優先されるべきなのだ。どにかに使えそうな戦力はないか」


「それならばオマリー様。1つ、お耳入れたいことが」




 その翌日。


 ルシウスは、オリビアの執務室を訪れる。

 来賓があるとのことで、昨晩オリビアの使いが訪ねてきたのだ。


 オリビアと再会してからというもの、仕事を手伝うため何度も良く行き来しているため、特に不都合ということはないのだが、呼び出しというのは初めてであった。


 ノックをして「どうぞ」言われるままに扉を開ける。


 館の主であるオリビアは当然のこと、奥の応接間は見知った者がいる。

 病的に痩せこけた男が腰をかけていた。


 ――オマリー伯爵


 その背後には整った容姿の女騎士と、全身に火傷痕の残る男が構えている。


 火傷痕のある男は憎たらしい気にルシウスを睨む。


 ――決闘のときの騎士か


 名はブルーセンと呼ばれていた。

 鋭い視線でルシウスを貫くような視線を送っている。

 憎しみ以外の感情が交ざっているように感じる。


 対照的にオマリー伯爵が満面の笑みを作り、立ち上がった。


「おお! 元気であったか、ルシウス殿!」


 両手を広げ抱きつきそうな勢いで近づいてくる。

 以前とは別人のようだ。


 ルシウスは頭を下げた。

 思うところはあるが、貴族としての礼儀を欠かすつもりはない。


「先日は僅かなの誤解が重なり、お互い不幸な分かれ方をしてしまった。まさか、ルシウス殿が、かの有名な四重唱にして邪竜の契約者だったとは。ルシウス殿も人が悪い、なぜはじめから言ってくれない」 


 僅かな誤解どころか、完全に難癖をつけられた結果である。

 そもそもルシウスの名で多少調べれば、邪竜のことなどすぐにわかったはず。

 照会すら行わないほどに興味がなかったのだろう。


 ルシウスは無言で、頭を下げたままだ。


「実は折りいった頼みがあり、私自ら訪れたのだ。伯爵である、この私がだぞ」


 オマリー伯爵は饒舌に話を続ける。


「今すぐ、ホノギュラへ戻るのだ」


 隣ではオリビアが驚愕の表情を浮かべている。

 全く話を通していなかったのだろう。


「オマリー伯爵。ルシウスは当領の賓客です」


「うるさいッ! 先に我が領に来たのだから文句なかろうッ!」


 ルシウスを追い出した当人の言葉とは思えない。


「どうだ? 田舎男爵家などでは味わえぬような、ぜいを凝らしたもてなしを約束しよう」


 オマリー伯爵は応諾してもらえることを確信しているかのようだ。


 だが、ルシウスはそのまま振り返り、歩き始めた。

 向かう先は部屋の出口方向である。 



「お、おい! ちょっと待てッ!」 


 慌ててオマリー伯爵がルシウスの前へ立ちふさがる。


 なお、ルシウスは顔を背けたまま、塞がるオマリー伯爵をかわした。

 そして出口へと歩く。


「おい! 待てと言っているのだ! 聞こえないのか!?」


 オマリーは足をバタつかせ、再びルシウスの前へ出る。


「なぜ何も答えない! 私は伯爵だぞ!」


「以前、前で口を開くな、と申されたではないですか」


「あ、ああ。あれは……たとえ話のようなものだ」


「そうですか」


 顔をそむけながら、尚もルシウスは出口を目指す。

 すると、オマリー伯爵が、また慌てて身を乗り出した。

 肩で息をしてながら。


「待て、待て待て! 先ほどから、なぜ私を見ない!」


 ルシウスは再びため息をついた。


「以前、顔を見せるなと、申されましたので」


「あああっ! 融通が効かんやつだ! それも例えばの話だ」


 ルシウスは「そうですか」と答えながら、また出口へと向かい始めた。

 すかさずオマリー伯爵が体を割り込ませる。


 不健康そうではあるが思った以上、動けるようだ。

 あまり機敏ではないが。


「なぜ、勝手に帰ろうとするのだ! 話は終わっておらん! というより、始まっていない」


「それも以前、眼の前に姿を見せるな、牢に繋ぐと言われましたので」 


「ハァハァ……全部、例えばなしだ! 真に、受けるな」


 はぁはぁと息を切らしながら、全身でルシウスの行手を必要に阻んでくる。

 

 1人だけ、カバディでもやっているかのようだ。


「わかりました。ご要件をお聞きしましょう」


「ハァハァ……わ、分かればいいのだ」


 安堵した表情を浮かべるオマリー伯爵。


 息を整えている。

 どうやら彼の中で、スポーツは終わったようだ。


「実はな、城に魔物が現れるのだ。いざというときは竜の力を貸してほしい」


 山にほど近い村ならともかく、中核都市の真ん中に魔物など出るのだろうか。

 不思議には思うが、近くには魔物の生息地クーロン山がある。

 出る時は出るのかも知れない。


「まだ邪竜の力は制御できておません。ご迷惑をかける可能性もあります」


「かまわん! 力とは、多かれ少なかれ、そういうものだ」


「わかりました。魔物の対処ならば」


「おお!本当か、早速、我が城に来てもらう」


「いえ、それはお断ります」


 一度は満面の笑みを浮かべたオマリー伯爵の表情が、急に崩れ落ち半口となる。


「分かったと言ったではないかッ!?」


力になると申したのです。現在、タクト領の端の麓町におります。ホノギュラ領に隣接した場所ですから、必要があれば、使者をよこして下さい」


「それは困る! 直ぐに対応できないではないか!」


「ホノギュラは伯爵領です。騎士がいるはずです」


 あの騎士達が本当に役に立つのかわからないが、式を持っているのであれば、大抵の事態には対処できるはずだ。

 少なくとも、つい最近、式と契約したばかりで、魔力同化が進んでいないルシウスよりは余程役に立つだろう。


「よ、良かろう」


 オマリー伯爵はこめかみに血管を浮き上がらせながら、渋々、うないた。

 おそらくこのまま無理を言って、ルシウスに完全に手を引かれるのを恐れたのだろう。


「話は以上でしたら、これにて失礼します」


 ルシウスは一礼して、部屋を後にした。


 オリビアの仕事を手伝いたかったのだが、仕方ない。

 隣り合う領の領主の会話にあまり首を挟むものではない。

 

「訳がわからない人だ」


 1人、ぼやきながら城を後にするのだった。

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