第95話 閑話 2人の騎士と折れた剣(2/2)

 2人は、師を前に、牢を後にした。

 そして、その足で陛下の謁見えっけんへと臨む。

 近衛師団として、最大限の権限を用いて。


「陛下、今一度ご再考ください」


 壁は竜やグリフォンなどの彫刻が掘られ、天上は一面が紺色と藍色に染められ、光を放つ特殊な石が埋め込まれている。


 玉座に座るのは、まだ若く成人前の女王。

 この時代、王国は四大貴族から、順々に王を輩出するという習わしであった。


 当代王は早くして両親を亡くしたため、成人前に玉座に就くこととなったのだ。

 同時に、祭り上げられただけの傀儡でもあった。


「ならん!」


 王が答える前に宰相が口を挟む。


「折り入っての相談というから時間を取ってやれば、罪人の恩赦などと! 近衛騎士団を預かる者として、自覚が足りぬのではないか!?」


「宰相殿。私は陛下に申し上げているのです」


「ぶ、無礼なッ! 私は陛下のお気持ちをおもんぱかって言っている。幼き頃から剣術指南役として近くにいた者の罪など、何度もお耳に入れるものではないわッ!」


「ならば、もう一度お考え直し下さい」


 王が力なく、横で怒鳴る宰相へと尋ねる。


「……やはりもう無理か?」


「当然でございます。たった1人の命で、国同士の関係性を維持できるのです。何を迷うことがございましょう」


「確かに他国へ配慮することは重要である。しかし、国に尽くしてくれた者に、配慮のために死を与えるというのも、いささか……」


 落ち込む女王に反して、宰相の顔が歪む。


「王たる者、一度口にされたことを変えるものではございません。先代が生きてられたら、何とお嘆きになることか」


「……そうかの……」


 若い王は残念そうに視線を床へと落とす。

 だが、団長ラッセルは引くわけにはいかない。


「ならばッ! ならばイアン師範の式だけは、シルバーウッドへ帰させていただきたいッ!」


「まだ言うか! 式、共々、あの痴れ者には報いを受けてもらうからな! 私は、あの時の屈辱を忘れてはいない」


 ラッセルが怒りに震える。


「宰相殿は私情で国を動かされるのですか!?」


「貴様ッ、それ以上申してみろッ! 平民出身のお前の師と同じように死罪をくれてやる! 騎士の代わりなど、いくらでもいるのだからなッ!」


 ラッセルとグリアは唇を強く噛んだ。

 今、少しでも口を開けば、ののる言葉しか出てこないだろう。


 深く一礼して、玉座の間を後にした。


 沈黙を保ったまま、城を歩く。

 そのまま騎士団が占める一角へと入ったとき、副団長のグリアが、おもむろに口を開く。


「ラッセル。刑の執行は私がやる」


「……俺が団長だ」


「だからこそよ。イアン師範を慕う団員も多い。その首をねることで、団員の批判や不審を買うことに繋がりかねない。騎士団の規律に影響する」


「規律……か」


「そう。イアン師範は規律を軽視するけど、それがなければ組織はたち行かない。私は……平気だか……ら」


「なら――」


 ラッセルは壁を叩いた。


「グリア、何で、お前は泣いてんだよッ!?」


 無表情を取り繕っているが、副団長グリアの目には涙が溜まっていた。


「私は……」


 顔をくしゃくしゃにして、副団長グリアの頬を涙が伝う。


「俺がやる。それが責務だ」



 そして、当日。


 王都ブルギアの塀の外は、物々しい雰囲気だった。

 亜竜を顕現させた竜騎士たちが、何かを取り囲むように円形に隊列している。


 円の中央。

 鎧を纏った騎士と、麻でできた囚人服に身を包んだ初老の男がいる。


 今日の執行を見るため、堀や塀の内側には、都中の人が詰めかけていた。


「これより、罪人の処刑を始める。罪人は、騎士団顧問という立場でありながら、共和国との友愛の証である魔剣を、私怨に利用した挙げ句、これを破壊せしめた。罪人の犯した罪は、国に甚大なる損害を与え、他国からの信頼を失墜させたものである」


 へいの上に作られた楼閣ろうかくから嬉々とした声を張り上げたのは、宰相だ。


 民衆たちからは戸惑いの声があがる。


「昔、うちの子を魔物から救ってくれた恩人なのに!」

「何でイアンさんが……あんな気のいい人、居ないよ」

「し、仕方ねえだろッ!? 旦那が、大事なものを壊しちまったんだッ! クソッ!」



 宰相の横に用意された椅子には若き王が座っている。

 王は目をつむったままである。


 イアン師範はあぐらで座り、まっすぐと王を眺めていた。

 その横にいるのは、赤みを帯びた大剣を構えたラッセル。


「ありゃダメだ。自分の命令で殺すのに、その最期から目を背けちまってる」


「陛下……」


「何度も言ったんだがな。どんな事からも目を背けるな、と。目を閉じていても、現実は変わってくれやしないのに、悪癖がぬけねぇ。この国が心配でしかたない」


「だったら、あんたがもう一度導いてやれよ。こんな所で死ぬんじゃなくて」


 イアン師範がラッセルへと視線を移す。

 そして、ニカッと笑う。


「それはお前に託したさ。やってくれ。スパっとな」


 宰相の号令が掛かる。


「始めよ!」


 団長ラッセルは大剣を振り上げた。

 魔剣の一振りである。


 剣を振り上げたものの、すぐには振り下ろさない。

 硬直したままだ。


 ラッセルは小声で伝えた。


「イアン師範……今からでも逃げてくれ。剣をかわし、俺を蹴り倒せ。そのまま亜竜に乗って逃げるんだ。あんたなら容易いだろ。騎士団も追う真似はするだろうが、誰も本気で捕まえやしない」


「んなことできるか。お前らが罪を負うだろうが」


「……それでもいい」


「言ったろ、病でもう長くねぇ。それに、どうも怪しい空気が漂ってきやがる。王都ブルギアに何か起こるかもしれねぇ。その時、お前が、竜騎士団がいなきゃ話にならん」


「だがッ!」


 周囲が騒然としはじめた。

 ラッセルが振り上げた剣が、振り下ろされないからだ。


 民たちの間に、何かが起こるのではと、期待が積もっていく。


「何をしているッ! 早くそいつの首をねろッ! 今すぐにだッ!!」


 宰相の怒声とともに、宰相の私兵たちが近づいてくる。

 いつまでも、静止していられない。


「アイツの私兵なんぞに殺られたら、死んでも死にきれねぇ。早くやれ」


 記憶ばかりが蘇る。


 初めて人を斬り、震えていたとき、一言も発さず、ずっと側にいてくれたこと。

 魔剣を授与されたとき、吐くまで一緒に呑んでくれたこと。

 団長に任命されたとき、自分のことのように喜んでくれたこと。


 思い出があふれるように、涙がほほを伝う。


「クソッ! 止まれ……止まれよッ!」


 人の首を斬ることは容易くはない。

 斬り損じは、耐え難い苦痛を与えることに繋がる。


 一太刀にすべてを込めなくては。

 痛みすら置き去りにするほどの斬撃を。


 それなのに、視界が歪んだままだ。


「言ったはずだ。目を背けるな、前を向け、どんな時も」


「イアン師範」


 急に涙が止まる。


 ラッセルは目を見開いた。


「お前らに剣の才能はなかったが、それでもの弟子だったよ」


 すべての力を、瞬時に開放する。

 今この時を逃してはならないと。


 一刀両断。


 剣を振り下ろし、僅かな間をおいて、頭が落ちた。

 その目は切り落とされて、なお、見開いている。


「今……まで、お世話に……なりました」


 ラッセルは深く深く頭を下げた。


「ありがとうございました。イアン師範」


 遠くから声をあげたのは副団長グリア。

 その声に続くように騎士達からも、涙ながらの掛け声が上がる。


 そして、亜竜たちが一斉に雄叫びを上げた。


 1人、声を張り上げる宰相。


「う、うるさい! 竜共を黙らせろッ!」


 騒然とするなか、イアン師範の左手から黒い粒子が立ち昇る。

 それを呆然と見つめる団長ラッセル。


「な、んだ、あれは」


 現れたのは黒い鱗を持つ亜竜だ。


 色が全く違う。

 原種のワイバーンは緑色のはず。


 ただの黒ではない。

 黒銀を思わせるように鈍色にびいろに輝いている。


 また、原種と比べ一回り大きな体躯であった。


「イアン師範の式……なのか」

「ありえない! 気性が粗く好戦的なやつだったが、普通のワイバーンだったはずだ!」

「でも、間違いなく騎手魔核から」


 予想外の出来事に、騎士たちも何が起きたのか分からず、皆が、あっけに取られる。

 

 混乱の中、副団長グリアの声が漏れた。


「まさか……進化していたの……」


 黒銀の亜竜が、息を引き取った主へと向き合う。

 

 地へ落ちた首。

 見開いた目を、黒銀の亜竜が見つめた。


 大きく鼻息を吐き出し、ゆっくりと遺体を一飲みにした。



「何をしているッ!その汚らわしい亜竜も抹殺せよッ! 王命であるぞ!」


 数人の竜騎士が、苦悶を浮かべながら亜竜へとまたがった。

 そして、槍を構える。


「ダメだッ!! 何もするな! 責任は俺が取るッ!」


 団長ラッセルが声を張り上げる。


「本当にあなたは! あぁ、もう!わかったわ! 皆、待機よッ!」


 副団長グリアも王命に逆らう指示を出した。

 竜騎士たちは安堵の表情を浮かべ、素直に従う。


 対照的に激怒した宰相が、金切り声をあげる。


「貴様らッ! 全員、死罪だッ! 誰一人生きて帰れると思うなよッ!」


 それを消すかのように、黒銀の亜竜が咆哮を上げる。

 直後、凄まじい魔力の奔流ほんりゅうが放たれた。



 漆黒のブレスだ。


 黒い線が、天へと駆け上る。



 急速に周囲の空気を飲み込み込んでいく。

 そして、極限まで圧縮された空気が放出される。

 嵐のような突風が吹き荒れた。


 間違い無く上級の亜竜。

 その場にいる竜騎士たち全員が理解させられた。


 土埃が一気に舞い上がり、騎士やブルギアの市民達の視界を奪い去る。

 

「どこに行った!?」


 次の瞬間、ラッセルは、いや都中の人が、信じがたいものを目にした。


 王がいるろうへと、黒い亜竜が、頭を突っ込んでいたのだ。


「陛下ッ!」


 ラッセルはボルケーノワイバーンを即座に喚ぶ。

 だが、粒子が亜竜を形を作る前に、状況は明らかとなった。


「うぉおおおっ!」


 宰相の叫び声だ。


 黒い亜竜が、宰相を口でくわえていたのだ。


 王は椅子からずり落ち、腰を抜かしているが、無事のようだ。


「離せッ! 私を誰だと思っているのだ! 世が世なら私は王だった男なのだぞ!」


 荒ぶる魔物が、命令など聞くわけがない。


 それでも宰相は式を呼ばないまま、必死に黒い亜竜に命令し続けている。


 口にすれば、すべてを周囲が叶えてくれる世界に長く浸りすぎたのだ。

 今、その世界が壊れたことを、宰相は理解できなかった。



 黒い亜竜が、宰相を軽く放りなげる。


 重力に引きずられ落下する小太りの男に、黒い亜竜が頭から噛みついた。

 不味そうに咀嚼そしゃくする度、「ギュワアアァッッ」と絶叫が、口内から漏れ聞こえる。


 宰相を喰い殺したのだ。式ごと。


 のどを揺らし、すべてを飲み込んだ後、翼を羽ばたかせる。


 すぐさま黒い翼を広げ、空へと舞い上がった。

 黒銀の亜竜はシルバーウッドへ真っ直ぐに頭を向けている。


 もはやイアン師範の式を殺せと、口にする者は誰もいない。



『俺が死んだ後、面白いもんが見れるぞ』


 牢でのイアン師範の言葉だ。


「ハハッ、イアン師範らしい」


 涙を拭き取り、見送る団長ラッセル。

 横に副団長グリアが並んだ。


「進化していた事を黙ってたのね、イアン師範」


「剣ばかりで、あんまり人前で式を使いたがらなかったからな。竜騎士団なのに、ホント自分勝手だよ」


「イアン師範は己を貫いた。それに応えて進化したんでしょ。でも皮肉ね」


「何がだ?」


「光の魔剣『輝閃剣』の使い手の式が、闇系の術式を使う魔物に進化したのよ」


 団長ラッセルが大笑いする。


「光が強ければ、影も濃くなる。本当の意味で表裏一体だったんだろ」


「だとしたら、あの黒い亜竜は大変よ。純粋に力を求め続ける」


 ラッセルは頭を掻いた。


「そうかもな。なあ、イアン師範が言ってたこと、覚えてるか?」


「あの亜竜が、この国にとって意味のある式になるかもって話でしょ」

 

「あの人の勘は昔から当たるんだよな。気持ち悪いくらい」


 2人は森へ向かう黒い亜竜を見つめる。

 その姿はもう消えかかりそうなほどに遠い。


「なら、いつか誰かの式として、このブルギアに戻って来るでしょう。どれくらい後か知らないけど」


「アレが降るとしたら、イアン師範と同じくらい純粋な思いを持つ者だろうな。正直、会いたくない。絶対、融通効かないだろ、


「同意。でも、きっとラッセルとは相性いいと思うわ」


「はっ!? お前もだろう!?」


 団長ラッセルが反論したとき、騎士の誰かが、槍の石突を地面に打ち付ける。


 そして、師とその式を、見送るように声を張り上げた。


「竜に刃をッ! 人に翼をッ!」


 すぐ様、他の騎士達も同調した。



「「「竜に刃を……人に翼を」」」



 黒い影が森の奥底へと消えるまで、その合唱は続いた。


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 お読みいただき、ありがとうございます。


 この設定やお話、実はかなり昔から用意してあったのですが、やっと書く事ができました。

 物語に出せていない設定や登場人物がまだまだ居るので、

 書き進めなければと思っております。

 

 新章は4月中には投稿開始できると思います。


 また再度、告知させてください。

 3月19日

 男爵無双の書籍化が販売されました。

 https://fantasiabunko.jp/product/202403danshaku/322309001143.html

 コミカライズもしてくれると良いのですが。

 邪竜が合体進化するところとか、作者も絵で見たいです(正直)

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