第94話 閑話 2人の騎士と折れた剣(1/2)

長めの閑話のため、2つに分けてあります。

同時に投稿しますので、お時間がある際に読んでみて下さい。


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黄金都市と呼ばれた王都ブルギアが、魔龍により滅ぼされる2年前。



「死罪……だと」


 王都ブルギア。

 城の一角に10人ほどの騎士たちが集まっていた。


「聞き間違ではないのかッ!?」


 部下の報告に真っ先に反応したのは、鎧でも隠しきれないほどに鍛え抜かれた体の男。

 背中に赤みを帯びた刀身の大剣を背負っている。


 名をラッセルという。

 王都を守護する竜騎士団の団長でもある。


「間違いございません。宰相殿から王の勅命として承りました」


 伝令役の騎士にも、額に脂汗が浮かんでいた。


「ありえないッ! イアン師範は、国一番の剣士にして、陛下の剣術指南役まで務めた人だぞッ!?」


「落ち着いてラッセル」


 制した女はグリア。

 近衛騎士団の副団長だ。

 左腰に青白い刀身の刺突剣をいている。


「落ち着いてられるか! 俺達の恩師が死罪を言い渡されたんだ! 俺もお前も! いや、この騎士団に入ったやつは皆、イアン師範に世話になっただろがッ!!」


「わかってる。でも……」


 苦虫を噛み潰したように副団長グリアが、折れた剣を机へと置いた。

 剣のつかにはグリフォンの羽があしらわれている。


 光の魔剣『輝閃剣』。


 置かれた刀身は根元あたりから折れており、刃の大半が失われていた。


蚩尤しゆうの討伐が命懸けだったことは、ラッセル、貴方もわかっていたでしょ」


 特定の魔物を討伐対象とすることは、ほぼ無い。

 つまり僅かながらある、ということだ。


 積極的に武人を襲う東部の蚩尤しゆうという特級の魔物は、その1体である。

 だが、長く討伐対象でありながら、誰も成し得なかった。


 3週間前、病により死期を悟ったイアン師範は、剣士として最期を飾るため、東部にいる蚩尤しゆうの討伐へ赴いたのだ。


 結果は敗北。

 その際、魔剣も折れた。 


「討伐と死罪は、話が全く違うだろうがッ!」


「この『輝閃剣』は、共和国より親善のために贈られた3振りの1つ。それが折れた。外交問題に発展することを危惧した融和的配慮、だそうよ」


 残り2振りは、団長ラッセルと副団長グリアが所持している。

 それぞれの剣は、代々騎士団で最も腕が立つ者たちに受け継がれてきた。


「たかが剣だ」


「私達が魔物を式とするように、共和国は魔剣をともとする。共和国にとっては魔剣はただの剣ではないのよ」


 団長ラッセルは刃が折れた魔剣を睨みつける。


 美しい断面だ。

 折れたのではなく、鋭い刃によりことを示していた。


「ドワーフたちに依頼すれば修復は出来るんだろう?」


「辛うじて術式の残滓ざんしが残っている程度で、大半の力は失われた。形だけ取り繕っても、おそらく祭事にしか使えないだろうって。装飾を施し、『』として再利用する案が既に上がっているらしいわ」


「それでもッ! 魔剣が折れただけで、国の功労者に死ね、と。陛下は本当に、そうお考えなのか!?」


 イアン師範の功績は多岐にわたる。

 城喰い巨獣撃退、塔鐘事変の鎮圧、寺院崩落による荒神討伐など、幾度となく国難に立ち向かい、これを救ってきた。


「……正確には陛下ではなく宰相でしょうね。外交問題が、どうこうと言って陛下を唆したのでしょう。ドワーフたちの話だと、3振りの魔剣自体も、せいぜい下級止まりのもの。失っても共和国が何か言ってくる可能性は低いだろうって」


 団長ラッセルは爪が食い込みそうなほど固く拳を握る。


「ともかく一度、イアン師範に会いに行くぞ」


 団長と副団長は、騎士たちの拠点を後にして、城の北側へと向かう。


 廊下は滑らかな床である。

 ドワーフ達が技巧を凝らして作り出した段差1つない廊下だ。


 その廊下の反対側から歩いて来たのは太った男と取り巻きたち。

 皆、じゃらじゃらと宝石や貴金属で着飾っている。


「おやおや、これは竜騎士団長殿と副団長殿。こんな所を歩いているとは、おひまそうで何より」


 太った男はニタァとした笑みを浮かべる。

 取り巻きたちのくすくすと嘲笑が漏れ聞こえた。


「……宰相殿」


 団長ラッセルは舌打ちしそうになるのを、必死に堪える。

 そして、頭を下げた。


「そういえば……また軍備予算の増加を進言してきたそうだな。全く嘆かわしい。武官は口を開けば皆、軍を拡大したがる。民草の血税であることを忘れ、湯水だと思っているのでは?」


 ラッセルは露骨に顔を顰めた。


「いたずらに拡大しているのではありません。帝国の東にあった大国が蝕海に沈んだと聞きます。世界情勢は不安定化の一途を辿っております」


 宰相は子どもの駄々に呆れるように、ため息をついた。


「はぁ、蝕海と王国の間には帝国がある。いきなり魔物がこのブルギアへ来ることなどありえない。むしろ、帝国が滅んでくれると嬉しいのだがね。もう数個の州が作れる」


 取り巻きたちが、わざとらしく相槌あいずちを打つ。


「帝国と魔物の衝突が本格化すれば、戦火が広がる可能性があります」


「可能性……ね。そんなものの為に税を払う民を想像できもしないらしい。あの忌々しいイアンもそうだった。武術や術式ばかりではなく頭も鍛えたまえ」


 背後に控えた奸臣かんしんたちも、2人を蔑むような笑みを浮かべる。


 ラッセルの中で何かが千切れかける。

 無意識に、大きく一歩前へと進み出た。


「無理やり囲った妾たちと楽しむだけの御殿を建てるのは、有意義な税の使い方なのかよッ!?」


 宰相の薄ら笑いが止まり、額に青筋が浮かぶ。


「不敬よ、ラッセル。宰相殿も、今から議会があるのでは?」


「ふんッ! た、確かにそうだな。野蛮な者共に構っている時間が惜しい」


 宰相は不快感をあらわにしながら、廊下の奥へと向かっていった。

 廊下の曲がり角へ消えていったとき、団長ラッセルが愚痴る。


「イアン師範はあんな奴にッ! 無理やり手籠めにした村娘を、散々もてあそんで、飽きたら口封じに他の貴族へ売り飛ばそうとした所を、師範が救っただけだろ! 逆恨みしやがって」


「南部の四大貴族の縁者だから、やりたい放題。アイツが特に酷いだけで、他の貴族も似たりよったり。どうすれば甘い汁が吸えるかしか興味がないのが沢山いる。まともなのは学者系の一派くらい」


「もっと外へ目を向けるべきだ。蝕海が広がっているんだから」


「ドワーフたちも、迷宮が壊れ、蝕海に沈んだ場所は二度と元には戻らないと提言しているはずなのにね。いずれこの世界から人が住める場所は無くなるのかも知れない」


「おそらく、それは数百年後で、自分たちには関係ないと思ってるんだろう」


「住める土地がゼロになるのは、ね。でも、それまでに多くのことが起こるのは分かりきってる。これだけ平和な時代を謳歌おうかし、安寧あんねいを享受している。でも、後世のことではなく、今、この瞬間の快楽ばかり考えているのね」


 2人は、暗い会話をしながら、螺旋階段を降りていく。

 

 日の光が全く届かなくなったころ、湿っぽく薄暗い場所へと辿り着いた。


 罪人を捕らえているろうである。


 最奥に、初老の男が捕らえられていた。


 床に薄い麻が引かれただけの場所に横になっている男。

 尻をきながら、あくびをしている。


 イアン師範、その人だ。


 近寄る足音に振り向いた。


「よ! ラッセルとグリアじゃねえか。待ってたぞ」


 初老の男はニッと笑う。


「イアン師範……あんた、今の状況がわかってるのか」


「いけ好かねえ奴に、首を切り落とされるのを待ってる。あってるだろ?」


 ラッセル団長はため息をついた。

 代わりに副団長グリアが一歩前へと進み出た。


「イアン師範。陛下に懇願してみます。陛下にとってもイアン師範は恩師であるはず」


「いや、いい。どうせ、もう病で死期が近いからな。スパっとやってくれてかまわねぇ。蚩尤しゆうとやり合った。何の未練もない。まあ、魔剣は斬られるわ、模倣されるわ、で散々だったがな」


 嬉しそうに笑うイアン師範。


「まだ貴方の教えを欲しているものは多くおります。昔、私に教えてくださったではないですか。目を背けるな、前を向け、そうすれば為すべきが見える、と」


「俺はいつだって前しか見てねえよ」


「では、なぜ?」


 イアン師範は、あぐらになりあごを撫でる。


「誰にも言ってなかったがな、実は、若い頃、一度だけ蚩尤とやり合ったことがあるのよ」


 団長ラッセルは虚を突かれたようだ。


「初耳だ」


「誰にも言ってねえって、さっき言っただろう。ちゃんと聞いとけ」


「ああッ、なんだと!?」


「ラッセル、落ち着いて。イアン師範、話の続きを」


「あの頃は、俺もどこにでもいる生意気な若造だった。いずれ共和国の四聖と肩を並べる剣豪になれる、そう信じて疑ってなかった。んで、いざ化物退治と意気込んだわけだ」


「どうなった?」


 イアン師範がケタケタと笑う。


「ボコられた。一方的に」


「それでも、特級の魔物を前に生還されたのですね。さすがイアン師範」


 イアン師範は笑顔を浮かべたまま、瞳に仄暗ほのぐらいものが灯る。

 哀愁、もしくは怒りか。


「いや、ぶっ倒れた俺を、蚩尤は一瞥いちべつして山の奥へと去っていった。殺す価値もないってな」


「争った人を前に立ち去ったのですか? 魔物が?」


「ああ、そうだ。死ぬほどムカついた。だから、剣技をみがきに磨いて、手の皮が数え切れねぇくらい全剥ぜんむけするほど剣を振るった。そして、死ぬ前に再挑戦ってわけだ」


 2人は目の前の初老の男を見つめる。


「痛快だった」


 イアンは得意気に天上を見上げる。


「一昼夜、殺り合ったが、序盤は俺が押してた。ざまあみろってな。だが、あのバケモノ、どんどん俺の剣技を吸収していきやがった。最後はあっさり抜かれちまったよ。蚩尤しゆうは、腕を磨いて、俺が戻って来るのを理解してやがった」


「……イアン師範」


 同情する2人を余所に、初老の男の瞳は、次第に酔いしれていく。

 最高の女との夜を思い出すように。


「最高だったな。時間がな、ギュッと縮まっていくんだ。なのに太陽が走るように時が過ぎていきやがる。剣士としての人生は、あの瞬間のためにあったと思えちまった。出来の悪い弟子ばっかりだったが、最後にを育てあげた。まあ、それは魔物だがな」


 ラッセルが、おりを叩いた。

 ガッという音が何も無い地下室に反響する。


「出来が悪くて悪かったなッ! 俺もグリアも必死に訓練したさ! 他の騎士団のやつらもッ! あんたに追いつきたくてなッ!」


「……ラッセル、やめて」


 ラッセルには怒りと悔しさがにじみ出ていた。

 なだめるグリアにも。


「イアン師範、貴方が何と言おうと、騎士団は貴方を救ってみせます」


「無理とは思うがな」


「やってみなければ、わかりません。宰相も王の決定には意を唱えられないはず」


「宰相、な。問題は平和な時代が続き過ぎたことだ。国全部が、平和がずっと続くと根拠の無い勘違いに浸るほどに」


「時代のせいだと?」


「騎士団を見てりゃ分かる。戦がない時代は、権威、血筋、騎士道精神なんてモノが重んじられる。戦いがある時代は、腕っぷし、命を預けられる連帯感、そして、本物の忠誠が重要視される。俺の曽祖父そうそふの時代の騎士なんて、忠誠心以外は傭兵ようへいと大差なかったって聞くしな」


 潔癖な副団長グリアが目を尖らせた。


「騎士道精神を忘れるなど、騎士にあってはいけません」


「どこに軸足をおいてるか、っていう話だ。ここブルギアの竜騎士団はともかく、他の州の騎士団をよく知ってるだろ? 決闘はただの寒いアピール合戦に成り下がり、剣術訓練より貴婦人とダンスするために汗かいている奴らばっかりだ」


「……それは、そうですが」


「世相に染まるのは騎士団が最後。つまり今は末期ってことだ。騎士道精神と言えば聞こえはいいが、名誉だ、奉仕だと、他の奴の目ばっか気にしてやがる」


 イアン師範の視線が厳しくなる。


「生き残りてぇ、それでも敵も打ち倒してぇ、そんな剥き出しの感情が必要なんだろうが、俺ら騎士にはよ」


「話は分かった。それが、あんたを救えないことと、どう関係している」


 自嘲気味に笑い返す。


「言ったろ。今は平和な時代だ。老いぼれの戦力を残すことよりも、誰かの名誉やら対面やらを守るために、面倒なものは排除するに決まってる」


「……それだけ分かっていて、なぜ蚩尤へ戦いを挑んだ。魔剣もただの武具。壊れる時は壊れる」


「俺は騎士である前に、剣士だ。騎士として国には十分貢献してきたつもりだ。だが最期くらい剣士として死にたかった。まっ、また生かされちまったがな」


 団長ラッセルは、病に冒され細くなった師の腕へ視線を向ける。

 鋼のように鍛えられ、水のように柔軟だった腕が冒されつつあることは、一目瞭然だった。


「ともかくお前らに会えてよかった。最期に2つ頼みがある」


「……なんだ」


「ラッセル、グリア。どちらかが、俺の首をねてくれ。他の奴には頼めねぇ」


 2人の表情が強張こわばった。


「あと俺の式だ。命乞いなら俺じゃなく、アイツを頼む」


 式と契約する魔術師には、罪の重さに応じて、2つの死刑がある。


 1つ、刑を執行した後、遺体を式へ与える。

 2つ、刑を執行した後、その場で


 言わずもがな2つ目の方が、より重い刑である。

 契約者の魂は式と共に、自然に還ると信じられる世界において、式を殺すことは永遠の消滅を意味していた。


 そして、イアン師範に言い渡された刑は2つ目であった。


「生かしてくれたら、俺が死んだ後、面白いもんが見れるぞ。それに、俺の勘だがな。ひょっとすると、この国にとっても意味のある式となるかもしれねぇ」


 イアン師範は根からの剣士。

 さして式を重要視しなかったため、高い魔力と技量を持ちながら、契約している式は最もありふれた原種のワイバーンである。


「……ともかく陛下へ懇願こんがんしたあとだ」


「頼む」


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