第93話 黄金都市ブルギア

竜餐りゅうさんの術式と名付けましょう」


 クレインが目を輝かせていた。


 今、2人がいる場所は旧都ブルギアの中央。

 旧城の一室である。


「どんな術式ですか?」


「おそらく竜種を取り込むことで、自身の力に変える術式ですかね」


 邪竜が魔龍を喰らった術式である。

 初めてオルレアンス家の拠点に来た際、観測できなかった術式が、それらしい。


 思い出せば、以前、帝国に棲む赤い竜と、東部に棲んでいた應龍おうりゅうを取り込んだことで進化した。

 もともと持っていた術式なのか、それとも進化したときに、はっきりと形になったのかはわからない。


「もしかして、4本目の首が生えてくるんですか?」


「いえ、そういうことではないかと。おそらく、来たるべき次の進化のために魔龍という存在をストックしているのだと思います。こんな事は初めてなので、推測にすぎませんが、まず間違いないでしょう」


 ルシウスは思わず顔をひきつらせる。


「まだ進化するつもりなんだ……邪竜」


 どうやら邪竜は次の進化を望んでいるらしい。


「ええ、邪竜の個性を考えれば、さらなる力を求めて、おそらく邪竜という種から別種になると思います」


「別種?」


 クレインの表情が少し厳しくなる。


「……次の進化で邪竜は魔龍になると思います。過去に龍と竜を取り込み、今回は魔龍を吸収した。結果、あの屍氷龍しひょうりゅうと同種になるのか、あるいは、それを超える存在になるのかまでは、全く予測できませんが」


 屍氷龍とはオルレアンス家が命名した、件の魔龍の名称である。

 現在、1種1個体しか見つかっていないため、個体名でもあり種族名でもあるが、同種が生まれれば、種族の名となる。


 竜種に限った話ではないが、魔物は多種多様だ。

 1種1個体であることはよくある。

 邪竜も、本来は邪竜はの名であるが、現存する個体が、ルシウスの式のみであるため、種の名であり、個体名となっている。


「魔龍は、邪竜や龍と違うものなんですか?」


「全くの別物です」


 急にクレインの声に熱がこもる。


「遺体が無いため詳しくはわかりませんが、残った魔力の残滓を解析する限り、観測されただけでも36700種以上の他種由来の魔力がありました。つまり、魔龍は、他者の魔力をどれだけ吸収しても苦痛を感じないのだと思われます」


「魔力を吸収しても苦しくないって……どうやって」


 魔力には精神が宿る。魔力は筋力や呪文ではなく、精神で扱うため、魔力と精神はお互いに干渉し合う、といった方が正確か。


 ともかく、他者の魔力を体に取り込むことには苦痛が付きまとう。他者の精神を無理やり注入されるようなものだからだ。

 事実、ルシウス自身も、赤子のとき魔核を作られる際も、進化の際にも激しい苦痛を経験した。


「取り込んだ魔力に宿る精神を一瞬で焼き切る、ある強力な思念があるのだと考えられます」


「他者の精神を焼き切る感情? そんなのありますか?」


「過激な破壊衝動または強烈な殺戮さつりく衝動。……もしくはその両方」


 ルシウスは言葉を失う。


「どちらせよ、自身以外の存在をすべて否定する事ができてしまえば、他者の精神など無いも同じです」


 確かに言われてみれば、魔龍の行動には不審な点が多い。


 魔物は魔力が濃い生息地を好む。

 事後、クレインから聞いた話では、屍氷龍は遥か東、それも帝国より更に東の蝕海しょくかいで発生したと考えられているらしい。


 では、なぜ、その時代で最も栄えていた都市に現れたのか。


 北部のシルバーウッドや東部のクーロン山など、直線上に広大な魔物の生息地があるにもかかわらず、それらを全て無視してまで。


 ――わざわざ人を殺す為だけにやって来たのか


 そして、今、自身の左手に宿る邪竜が、そんなおぞましいものになろうとしている。


 自身の左手を睨みつけた。

 慌ててクレインが釈明する。


「あっ、心配させて、すみません! ルシウスさんの式でいる間に、もう一度、進化することはないと思います。式が2回も進化した報告はありませんから。それに邪竜と契約できる人が、今後現れるとも思えませんので、あくまで可能性の話です」


 ――いや、ないよな? 本当に……


 疑問を持ちつつ、ルシウスは話を変えることにした。


「わかりました。ところで、壊れた迷宮はどうですか?」


「ああ、おさやファグラ達が、総出で復旧に向けて動いてます。壊れて間もないため、後2日もあれば再稼働できるそうです」


「よかった」


 今後、シルバーウッドは今まで通りであり続けるだろう。


「ええ。そうなれば、魔力の浄化も正常化されます。この地の魔力濃度は下がり、住む魔物達はシルバーウッドへ帰ると思います」


 クレインは窓の外へと目をやる。

 窓の外には荒地だったとは思えないほど、草原が拡がっていた。

 風が吹くたびに、波のように若草が揺れている。


 これから、魔龍に滅ぼされる前の城から見た光景へと、近づいていくのだろう。

 竜騎士達が生きていたあの時代へ。


 椅子へもたれかかり、天上を見上げた。


「……クレインさん、蚩尤しゆうの鎧兵や、邪竜のブラッドワイバーンに組み込まれた竜騎士団たちは、本当に、自我や人格は含まれてなかったんですか?」


「もちろん。自我や人格などの情報は多すぎますから、転移させるのは身体記憶と術式に絞りました。何より人格を術式に縛り付けるのは良くないと思うので」


 だが、ルシウスはあの時、確かに感じたのだ。

 古兵ふるつわもの達の声と意志を。


 戦いの最中の興奮状態が聞かせた幻聴なのだろうか。


 いずれにせよ、彼らが、あるべき場所に戻れた事を祈らずにはいられない。


「しかし、式とはいえ、よくわからないですね。邪竜は魔龍を食べるし、蚩尤は魔槍……骨影でしたっけ? いきなり叩き切るし」 


「以前、東部で調べられたときに、色々と持ち帰った資料の中でも特に不明な場所があったんですよ。過剰使用した術式の制御に特化したもので、利用用途がよくわからなかったんです。でも、ダムールさんの裏返ったという言葉で、ピーンと来ましたよ!」


 ――吐くまで調べられたやつだな


 興奮気味に話を続けるクレインに対して、ルシウスは遠い目をした。


「一応、聞きますが、もし予測が外れてたら、俺、魔槍に魔物にされてたんですよね? その時の対応策は当然、あったんですよね?」


 クレインが目を逸らした。


「ははっ」


「……まさか何の対策もなく……」


「いえ、その時はオルレアンスの知識となってましたよ、きっと!」


 ――おいおい、まじかよ……


 深いため息をついた。


 今更、オルレアンス家のたちの非常識をどうこう言っても仕方ない。

 狂気にも似た執念がなければ、辿りつけない場所というのはある。

 ルシウス自身が立派な男爵であることに強く執着するように。


 そして、今回はそれに助けられたのだ。


 窓から見下ろせば、ドワーフたちが建物の修理を始めていた。

 オルレアンスも本や機材を拠点から運び込んでいる。


「皆さんは、ここに暮らすんですか?」


「それは、今から決まります」


 クレインが答えた直後に、城内に声が響いた。



「シュトラウス卿がご入城されました!」





 大広間。

 かつて王だった北部の盟主が、使っていたであろう場所だ。


 全国から集めた諸侯たちのために宴会や舞踏会が催されていたのだろう。

 壁には立派な彫刻が掘られ、天上には天体を思わせるような絵画の跡が目に付く。


 経年劣化と、邪竜と魔龍の戦いにより、所々、崩れているが。

 だが、ドワーフたちの話によれば、今でも十分に強度を保っており、補修すればすぐにでも使えるそうだ。


 椅子だけが運び込まれた即席の会談の開始である。

 その場にいるのは、3者。


 北部の盟主であるシュトラウス卿とその夫人や家臣たち。

 オルレアンス家の当主ラートス、クレイン、グフェルを筆頭にオルレアンス一族。

 ドワーフ族の代表、ダムールとファグラを先頭にした、ドワーフ族だ


 皆、大所帯でこの場に臨んでいた。

 それだけ大事な会議である。


 そして、端にポツンと座ったルシウス。


「信じられん……400年だぞ……400年の時を経て……それが今、戻ったのだ」


 シュトラウス卿が今にも涙しそうに、辺りを見回している。


「お慶び申し上げます」


 グフェルがうやうやしく頭を下げた。

 そして、憮然ぶぜんと口を固く閉じ、席に座っているのは、ダムールとファグラ。


「此度の旧都奪還。ドワーフたちも活躍してくれたとか、人間を代表して、礼を言う」


 愛想もなくドワーフの長ダムールは答えた。


「かまわん。ドワーフのためにやったことだ」


 慌てたのはオルレアンス一同である。

 北部の盟主に対して、とって良い態度ではない。


「ちょっと、ダムールさん! 言ったでしょう。北部の盟主で、この都市の真の主です」


 クレインが顔を真っ青にしながら、声を上げる。


「ふんッ! だったら終わってから、のこのこ出てくる方が、おかしいだろうが! 真の主って奴なら、なぜ前に立たねぇ! やったのは、お前らオルレアンス、儂らドワーフ。そして何より、ルシウスだッ!!」


 不満が顔に出ているドワーフたち。

 オルレアンス家の当主ラートスは、1人あたふたとしている。


 それを手で制したのはシュトラウス卿自身。


「いや、全く持ってその通り。全てを受け入れよう。また、謝罪せねばならない。今まで、人間たちが行ってきた仕打ちに対しても」


 シュトラウス卿が深く頭を下げる。

 隣に座る夫人も続いた。


 更に困惑するオルレアンス達。


 だが、シュトラウス卿の家臣たちは胸を張ったままである。

 これは、人間の代表と自ら名乗り出たシュトラウス卿とその夫人がやるからこそ意味があるものだからだ。そして、場に流されて頭をただ下げる事自体が失礼にあたる。


「あんた、いいのか? 俺等はドワーフだぞ」


「いいのだ。古き盟約を果たしたことには報いねば」


「……覚えてたのか」


 何もシュトラウス卿をはじめとして、かつてのノリス=ウィンザー家とて、放置していたわけではない。

 違法採掘を行うもの達を取り締まるため、領の境に警備を配置させていた。


 定期的に兵も巡回させてもいた。

 だが、広大な土地であり、魔物がうろつく場を、完全に管理しきるのは不可能である。


「この地が死霊から、いや魔龍だったか、ともかく解放されたのであれば、約束しよう。また再び人間とドワーフたちが共に生きられる都市にすることを」


 ダムールやドワーフ達が目を見開いた。


「あんたが、この都市へ来るのか?」


「いや、私はバロンディアから離れることは出来ない。新たな領主へ任せることになる」


「そうか……」


 ダムールは肩を落とした。他のドワーフ達も同様である。

 新たな領主とやらが、ドワーフを理解してくれる保障など無いのだから。


 シュトラウス卿が、広間の端に1人腰掛けたルシウスを見る。


「ルシウス。確か男爵として、専任の領地がまだないのだったな。ここを領地とすれば良い。陛下も反対はなさらないだろう」


「へ?」


 ルシウスは急に振られた話についていけない。


「あなた……オリビアはどうなさるおつもりですか」


 さすがの言葉にシュトラウス卿夫人が声をあげた。

 娘のオリビアが王位に挑んでいる最中である。これほど北部への機運が高まる機会は滅多に無い。それこそ数百年に一度あるかないかである。


「問題ない。オリビアが統治せずとも北部の機運は高まる。むしろルシウスがやってくれた方が東部の貴族たちも同調しやすいはず」


「ちょ、ちょっと待ってください」


 元々は四大貴族の本拠地があった場所であり、地下資源が豊富な場所でもある。重金属を含まない地下水や耕すべき土地を間違えなければ、更に広大な農地を作れるだけの土地もある。


 四大貴族がいたから栄えたのではない。最も栄えた都市に四大貴族が拠点に据えただけだ。


 つまり、北部でも最も価値のある広大な土地をルシウスへ渡すと、シュトラウス卿は言っているのである。


 ルシウスは男爵を叙爵されているとはいえ、成人も迎えていない。

 魔物の生息地シルバーウッドを挟んで、生家が管理するルバーハート領と隣接する領とはいえ、流石に道理が通らない。


 だが、シュトラウスは首を振る。


「もともとオルレアンスは統治には向かぬ。また、本人たちもやりたがらない。何より、オルレアンスとドワーフ両方の信がある。以前、城で聞いた案。ドワーフたちの力を借りれば実現は容易かろう。鉱物資源が多いこともある。実務を担う人材はバロンディアから送る」


 金融業のことである。

 必要な課題は、証書への精巧な細工と金銀である。確かに両方とも、ドワーフの力を借りれば実現できるだろう。


 理屈としては納得できると、考え込むルシウスを置いて、シュトラウス卿は続ける。


「また、当面は式との契約をサポートする事業は、この城を修復し、拠点にすれば良い。ここならば、四大貴族の跡取りどころか、王が直接来ても問題ないだけの城となる。実際、王が使っていたのだからな。また式との契約でオルレアンス家以上の助言が出来るものも居らぬ」


 確かに都市ブルギアと故郷のシルバーハート村の間に、魔物の森がある。

 ゆくゆくは両方を拠点とすることで、素早く新たな事業を興すことができるかもしれない。


 ダムールが、鼻息を鳴らした。

 怒りを込めたものではなく、むしろ得意げに。


「当たり前だ。この城は昔のドワーフが作ったのだからな。人が作るものに負けるはずがなかろう」


 シュトラウス卿は立ち上がり、窓から街を眺めた。


「ああ、そうだ。この都市はきっと栄えるぞ、かつて北部が全盛期だった時代が再び訪れる」


 その視線は今ではなく、未来を見ていた。


 ――これはもう断れないな


 すでに既定路線なのだ。この都市と領がルシウスの領となることは。


「承知しました。ですが、いずれノリス=ウィンザーへお返しします」


「構わんぞ。ルシウスが我が娘オリビアと結婚すれば、自然とそうなるだろうからな」


 ニヤけるシュトラウス卿。


 ――なんか色々と考えてそうだな


 シュトラウス卿にも、当然、意図はある。


 今無理やり、この土地を接収すれば、ドワーフたちと敵対してしまう。

 この都市で最も価値があるのは地下資源であり、敵対してしまった場合、旨味が半減どころから全損すらありえるのだ。


 であれば、自身の信任がある者に与えておけばよい。

 実務は手先のものにやらせれば、間接的な支配など容易である。


 そして、ルシウスとノリス=ウィンザー家との関係性を深め、ルシウスの一票を確実なものとすることで、娘が王位に着く可能性を上げる。

 さらに娘とルシウスが結婚すれば、次の世代には何の軋轢あつれきもなく、かつての都がノリス=ウィンザー家に帰って来る、という寸法である。


 貴族にとって、利とは個人ではなく、大きな時間軸で子々孫々を含めて捉えるものなのだ。


 とはいうものの、シュトラウス卿も今この時だけは、1人の人間としてこの場に臨んでいた。


 純然たる感謝の気持ちである。


「……北部の盟主として、う。今一度、盟約が結ばれんこと」


 シュトラウス卿が手を差し出した。

 その場にいる全てが立ち上がり、差し出された手へと視線が集まる。


 その上に、手を置いたのはオルレアンス家当主ラートス。

 そして、気恥ずかしそうにドワーフ族のおさダムールが手を重ねる。


 3人は掌を固く握る。

 そのとき、穴が空いた天上から、太陽が降り注いだ。


 ルシウスには、その姿が400年前、人とドワーフがいがみ合う前の姿なのだろうと思えた。


 背後には、並んだクレインとファグラが見える。


 2人は仲睦なかむつまじく手を繋いでいる。

 これから長い時間をかけてオルレアンスとドワーフは同じ一族になっていくのかもしれない。いや、もしくは戻る、か。


「ルシウス、お主も来るのだ」

「ルシウス卿もこちらへ」

「ルシウス、さっさと来い」


 3人が声をかけてくる。

 思わず笑みが溢れた。


「分かりました」



 ルシウスは、3人の手に、自らの手を重ねた。




 1ヶ月後。

 初令が発出される。

 初令とは、新たに赴任した領主が始めて、領民に向けて出す声明のようなものである。


 短くとも、新しい領主の思いが詰め込まれていた。



『ドワーフは領民であり、人である』





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 お読みいただき、ありがとうございます。


 前章が、少し暗い話だったので、この章は明るい話にしようと決めていました。

 明るく、クスッと笑えるような話にするはずが、

 やはりルシウスが血反吐を吐くことになってしまいましたが。


 次章を執筆中ですので、少々お時間が空きます。

 半分くらい、すでに書いてますが、

 男爵無双の一つの転換点にしたいと思ってますので、丁寧に書ききってから投稿を開始します。

 誰との確執か、どの州が舞台かは、ご想像できるかと。


 もし面白いと思われましたら、

 ↓の関連情報から★で評価いただけると嬉しいです。

 Web投稿のモチベーションがアップします。


 また、ご報告です。

 3/19 男爵無双の1巻が富士見ファンタジア様より発売されます。

 1章、2章までを大幅改稿+新ストーリーを追加してあります。


 よろしければ特設サイトを御覧ください(おそらくリンクにはなりません)

 https://fantasiabunko.jp/special/202403danshaku/

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