第113話 落ちた英雄①


「此度の騒乱。誠に申し訳ございません」


 ルシウスは王城に呼ばれていた。

 目の前に要るのは現王。


 一段下の段に座すのはアデライード卿。

 アデライード卿はひどく不愉快そうにルシウスを睨みつけている。


 最初に言葉を発したのは王自身であった。


「貴族同士の闘いは許す。だが争いは許されぬ」


「はっ」


 王の背後に立つマルク近衛師団長は厳しい表情だ。


 それはマルクだけではない。

 アデライード派ではない貴族たちも少なからずルシウスという人間には期待をしていた。


 だが、塔の管理人であるジラルド子爵と揉めた上、力任せに制圧するという行為に及んだ。

 今まで積み重ねてきた誉れ全てに泥を掛けるような所業である。

 当然、アデライード卿の情報操作により、ジラルド子爵が行ってきた嫌がらせは一切出回っていない。


 あくまで不忠罪により処刑されるはずだったキルギス族の少女を、武力により無理やり城から連れ出した、というのが公式に出された内容であった。


「さて、どうしたものか。ルシウスの言い分も理解できるが」


 すでにルシウスと話がついているとはいえ、王も即断即決では疑義が残る。

 家臣たちの言葉を一言二言汲み取ってから沙汰を出すつもりだろう。



「陛下」



 最初に声を上げたのは意外な人物。

 西部の四大貴族の盟主アデライード卿であった。



「まずはお耳に入れたいことが。我が弟が、ルシウスに襲われた日に強力な呪いに掛けられました」


 家臣や騎士たちに、どよめきが走る。

 西部の人間にとって、呪いとは忌むべきものであると同時に、馴染み深い恐怖でもあるのだ。


「呪いだと?」


 王がいぶかしむ。


「はい。呪いにより意識を奪われたまま戻りません。妾はルシウスがこれに関与していると考えております」


 ――呪い? 何の話だ?


 ルシウスは確かにジラルド子爵と戦った。

 そして、第4層に無理やり連れて行ったが、呪いなど目にしていない。


「……私はジラルド子爵が呪われる所など目にしておりません」


 今までまし顔だったアデライード卿の顔が歪む。


「誰が発言を許した?」


「ここは玉座ぞ。アデル」


 ルシウスの口を封じようとするアデライード卿を嗜めたのは王自身。

 むしろ王以外に口を挟むことなどできはしない。


「陛下。同じ場にいた他の者も皆、呪いにかかっております。当日にいさかいがあったルシウスが何かしら関わっているというのが自然な推考」


「だがな、アデル。ルシウスは呪いの術式を持っていないことはオルレアンス家が証明しておる。そもそも暗殺を試みるような者であれば、真正面からの戦いになっておらぬ。呪いの件は、他の者であろう」


 アデライード卿が笑みを浮かべる。


「承知いたしました。ルシウスでなければ、ジラルド子爵に呪いを掛けた者が他に居るのでしょう。この一件、妾にお任せいただけますか?」


 ――思ったより、あっさり引き下がるな。なんのための発言だ?


 笑みに違和感を感じ取ったのはルシウスだけでなく王や家臣たちもである。

 呪いを掛けたのがルシウスであるという意見を簡単に引っ込めた。


「無論だ。王都ブラッドフォードの統治はもとよりウェシテ=ウィンザーであるお主の役目ぞ」


「かしこまりました」


 王が家臣たちを右から左へと一通り眺め、これ以上の発言が無いことを確認した。


「では、そろそろ沙汰をくだそうぞ。ルシウス、何かあるか」


 王がルシウスに発言を促し、ルシウスは左に置いた3本の剣を手に取る。


「魔剣をお返します」


 すべてルシウスが王から下賜されていた魔剣だ。


 王は、まず剣を見て、ルシウスと目を合わせた。「これでよいのか」と念押すように。

 ルシウスが表情を変えていないことを確かめ、うなずいた。


「わかった。魔剣を没収とする」


「はっ」


 すぐさま控えていた従者が、クロスが敷かれた机を運びいれる。

 机が置かれたのはルシウスの前、つまり王が座す上段の間へと続く階段の下であった。


 ルシウスは、まず団長と副団長の2振りの魔剣を、柄を左側にてそっと置く。


 残る1本は光の宝剣。


 ルシウスが3才からずっと持ち続けてきた愛剣だ。


 わずかに手を震わせて、ルシウスは愛剣を見つめる。

 鞘にも柄にも細かいキズがあり、その多くに思い出があった。


 身を切るような思いではあるが、命には変えられない。


 ルシウス宝剣も、机の上へと置いた。


「陛下、1つだけ、お伝えさせてください」


 拝したまま言葉を続ける。



「申してみよ」


「キルギスの民への迫害はお止め下さい。彼らはこの国の式を支える1つの柱でございます」


「キルギス族か……王都の領民であろう。アデルどうなっておる?」


「迫害などありませぬ。皆、塔での役目に邁進まいしんしていると、弟から聞いております。意欲的に砲魔を得る手助けに臨んでいるかと」


 アデライード卿はよどみ無く答える。


 そもそも国中の民がどこで何をしているかなど、なかなか王の耳まで届くものではない。


 王都とはいえ、西部の州都はウェシテ=ウィンザー家の街であり、直轄地ではない。4つの氏が、王を輩出し合っている国の成り立ちからして、王家の直轄領を作りようがないのだ。


 そして、王は王座に在る。

 国全体の方針を決めるのが王であり、諸侯・領主を封じて現場を管理させるのが、この国のあり方だ。


 その結果、領主の権限が強くなり過ぎるというのは、王政の明確な弱点とも言えた。さしたる外敵も居らず安寧が続いた際は、王に助けを求める機会も減り、特に顕著となりやすい。


 王を輩出した地盤であるにもかかわらず、王の威光が最も届きにくい場所となるというのは皮肉な話であった。


 その盟主へ真っ向から否定したのはルシウス。


「違います。人としての誇りを踏みにじられ、呪いを押し付けられております」


 アデライード卿が座った目でルシウスを睨みつける。

 その瞳に写る姿は完全に敵対者を見る目であった。


「……たかだが男爵程度が、私に異を唱えるか」


「爵位によって物事の正しさが変わるわけではありませぬ」


「それは権力を持たぬ者の戯言よ」


 王が溜息をつき、仲裁に入る。


「もうよい。ルシウス、分かった。調べさせよう」


「感謝いたします」


 ルシウスがあつく王に礼を尽くすと、アデライード卿が再び声を上げた。


「陛下。内密にお知らせしたいことが」


「アデル。皆の前では、なぜ駄目なのだ?」


「それは後ほど、ご説明いたします」


「……わかった」


 王とはいえ、四大貴族の盟主の言葉をないがしろにはできない。


 仕方なく意図を汲むように王が左手を挙げた。


 近衛騎士団や大臣、家臣たちが次々に謁見の間を後にし始めた。


 謁見の間には3つの出入り口がある。

 1つ、玉座の奥にある王の居室へと続く出入り口。

 2つ、広間の左側に設置された家臣や近衛騎士団などが使う専用の出入り口。

 3つ、広間の右側に設置された来訪者向け出入り口である。


 右手の砲魔を宿す西部特有の構造であり、外敵が襲来した際に、すぐに上段の間から右側へと術式を放てるように考慮されたものだ。


 そのため、王が左手を上げた場合、玉座から向かって左側へ下がれ、つまり家臣たちに控えろという合図であった。



 結果、残ったのは4人。

 ルシウス、王、アデライード卿、近衛師団長マルク。

 だだっ広い部屋が、物悲しく感じられてしかたがない。


「近衛騎士団長もご退出いただきたい」


「アデライード卿。私が王を1人にするとお思いか」


 近衛師団長マルクは譲らない。

 もともと王の直属であり、西部のアデライード卿の傘下にないというのがある。


「アデル。そこまで人払いをせねばならないことか?」


 アデライード卿が頷いた。

 王を守護する最後の砦である近衛師団長マルクにも明かせないという話など滅多に無い。もとより口が固く、信がおけるものでなければ近衛騎士団長など任されていないのだから。


「事が事だけに、まずは陛下のご判断を仰ぎたく」


「せめて論題くらい申してからではないか」


「…………『船』について」


 王のまゆが釣り上がる。

 どうやら心当たりがあるようだ。


 ――船? なんだそれ


 黙って聞いていたルシウスも2人の空気が変わったことに気がついた。

 王はしばし思案し、背後に控えるマルクへと声を掛ける。


「……マルク。しばし控えよ」


「陛下!」


 なおも食い下がるマルク。


 この世界には術式が存在する。

 そのため、謁見の間や居室では術式の発動が制限されていた。


 騎士団の防魔の結界に特化した魔術師が交代しながら24時間、1秒も切らすこと無く、防魔の術式を張り続けているのだ。


 だが、万能な術式など存在しない。


 術式によって行使された力は、より強い、または特殊な術式により破られることが常である。

 事実、ルシウスとて無理やり術式を発動させようと思えば発動出来るだろう。


 結果あらゆる不測の事態に対処するため、原始的ではあるが強者つわものが直接、王を守るという方法が取られ続けてきた。


 当然、マルクとて常に王に張り付いているわけではないものの公務や移動中ともなれば背後に立つというのが通例であった。


「これはウェシテ=ウィンザー家、内部の話に関わる。頼む」


 身内同士の話と王自身に言い切られてしまえば、これ以上食い下がるわけにはいかない。


 本来、ウェシテ=ウィンザー家内々の話をしたいのであれば、皆を追い出すのではなく、王とアデライード卿が、私室に下がって話をすればよいのだが、王自身もマルクまで下がらせるほどと想定していなかったため、状況の流れでそうなってしまった。


 つまり、今この瞬間は、謁見の間と言えども、私室のような空間となっていたのだ。


「……承知しました。すぐ近くに控えております。何かあれば、お声がけください」


 近衛師団長マルクはアデライード卿を睨みつけた。

 ルシウスへも視線を送りながら、玉座の横にある王の私室へと繋がる扉の先へ向かった。


 おそらく扉のすぐ裏で控えているのだろう。



 そして、つい先程まで人が列を成していた謁見の間は、ついに3名となった。


 王とアデライード卿。

 2人の前で膝を折ったままのルシウス。


 特段、話を聞きたいわけではないが、懲罰を受けるために来ているのだ。

 王の許しなく勝手に退室するわけにもいかず、とどまったに過ぎない。

 これから家族内の話合いが行われるのであれば、これ以上ここにいる理由はないだろう。


「私もこれにて失礼いたし――」


 ルシウスが王へ退室の許可を貰うべく、頭を下げる。


「ときにルシウス」


 そこに言葉を挟み込んだのはアデライード卿。


 ――なんだ。まだあるのか


 すでに話は終わったはず。他の家臣や近衛騎士団を追い出したというのに、ルシウスだけが残るなど不自然だ。


「はい」


「先程は皆の前で言えなかったが、妾は弟を呪った犯人など、もはやどうでもよいのだ。唯一の弟がただ治ってくれさえすれば」


 視線を投げかけるアデライード卿。


「すべてを不問に付すことを陛下の御前で誓おう。関わった者を知っているのであれば教えてもらえぬか。解呪の糸口だけでもつかめるやもしれぬ」


 そして頭を下げたのだ。


 さきほどの尊大な態度や漏れ聞こえる噂は、彼女なりの政治の世界で生きていくための外向けの姿なのかもしれない。


 ――唯一の弟……


 アデライード卿とて人。呪われた肉親の解呪を望むのは当たり前ではないか。

 だが、本当に知らないものは知らないのだ。


「ウェシテ卿。申し訳ありません。私は本当に呪いに心当たりがないのです」


 なおも諦められないといった表情を浮かべるアデライード卿。


「……私の傀儡が解呪の術式を保持しております。もしよろしければ、解呪を試みさせますがいかがでしょうか」


 その言葉に王とアデライード卿が驚きの表情を浮かべる。

 解呪の術式は、用途が限定的かつ、それを為せる砲魔も多くないため、術式の保持者が極めて少ないのだ。


「ああ、ぜひお願いしたい」


 安堵した様子を浮かべる淑女。


「承知いたしました」


 ルシウスは二言、三言、今後の段取りについて、擦り合わせを行う。

 そして、ある程度合意が得られた所で、王がルシウスへと話しかけた。


「ルシウスも、もう下がって良いぞ。手間を掛けた」


 王の言葉を受け、静かに拝したルシウス。


 そのまま玉座の前から右側の出口へと向かい、扉を開閉する従者もいない扉を自ら押し開ける。


 謁見の間から出て、一直線に伸びる廊下を、ひと目見て強い違和感を覚えた。


 ――なんで誰も居ないんだ


 謁見の間へと続く来訪者用の通路は、騎士たちが警護しているはず。

 来るときにも10名ほどの騎士が居たが、その姿が見当たらないのだ。


 それでも扉の左右に立つ2人の警護兵は、直立不動でまっすぐ前を見つめていた。

 特に焦った様子は見受けられない。


 ――哨戒交代しょうかいこうたいのタイミングか?


 違和感を覚えながら誰も居ない廊下を歩くルシウス。


 すると、前方から2人の影が近寄ってきた。


 西部の王候補ディオンとその護衛である。

 先程は姿を見せていなかったが、すぐ近くにいたようだ。


「ディオン殿下……」


「魔剣をすべて失ったな。母上の読み通りだ」


 魔剣を欲している人間がいるという領主代理アルフレッドとの会話を思い出す。

 アデライード卿かディオンが魔剣を欲していたのだろうか。


 だが、それでもいい。


「守れた命があるのであれば、後悔はありません」


「命が守れたと判断するには早すぎる。魔剣でそそいだのは強制介入したお前の罪のみ。賤民せんみんの罪は消えてはいない」


「……司法省の介入があるのです。今、メラニアを処断すればジラルド子爵が自ら罪を認めるようなもの。どのみち正式な調査が入った今、不忠罪など無かったと判断されるのは時間の問題です」


「ふっ、無駄なことを」


 ディオンが笑みを浮かべる。


「どういう意味でしょうか」


「叔父上ジラルド子爵に呪いが掛けられたことは聞いているだろう。その日、塔に出入りした者は、ルシウスお前以外いなかった。つまり内部の犯行であることが確定したわけだ。貴族が、それも領主が、呪いに掛けられた。容疑者の命は保証されない」


「まさか……キルギス族全体を罰するというのですか」


 先程のアデライード卿の笑みが思い起こされる。暗黙的にキルギスがやったと王の口から言わせたかったようだ。呪いの関与を認めればルシウスに嫌疑がかかり、認めなければキルギスに嫌疑を掛けることができる。


 証人はその場にいた家臣や近衛師団の面々。


 議題に出せた時点でどちらへ転んでも利があったのだろう。

 その場にいなかったディオンが把握していることが何よりの証拠である。


「奴らがジラルド子爵を呪った犯人を差し出すまで、1人ずつ殺すそうだ」


 ルシウスの瞳に怒りが宿る。

 さきほどのアデライード卿のしおらしさは、一体何だったのであろうか。


「彼らが何をしたというのですか。それに彼らがいなくなれば式と契約する遺物を誰が直すというのです」


「直す必要など無い」


「それでは式を使える者が減ります」


「キルギス共が王国へ来る前、使える遺物が今より少なかった時代。式を持てる者は限られていた。それこそ高貴なものと、王に忠誠を誓う者だけが式を得られたのだ。それが今はどうだ? 民草まで式を持っている」


「術式は生活を豊かにします」


「豊かさなど、民草には必要ない。式の力は貴族の力。ひいては王とその権力の象徴としてあるべき時代に戻す」


「本当にそれで列強と渡り合えるのですか」


「はははっ!」


 ディオンが大笑いし始めた。


「何か」


「いかにも学がない田舎の男爵の言葉だな。よいか、国を守るのは式の力などではなく外交だ。力の衝突など愚策も愚策」


 ルシウスの脳裏に戦帝がよぎる。

 外交などという甘い選択を飲む相手のように思えない。

 あるとすれば属国になるときくらいだろうか。属国へ下ることを外交と呼べるかは疑わしいが。


「術式を振り回しているだけの人間になどわからぬ世界があるのだ」


「……帝国と交渉できるとして、我が国は何を差し出されるおつもりですか」


 答えは分かりきっている。

 精髄である。彼らの魔道具を稼働させるための非道な部品として民を。


 ディオンが目を細めた。


「……まあ、いい。1つ忠告しておこう」


 護衛を連れて歩き始めたディオンが言い残す。


「もう兵は向かっているぞ、塔へ」


「え?」


「今まさに、この時に。せいぜい急ぐことだ」


 王の言葉はつい先程のことである。

 キルギス族への処罰はもっと後だと思っていたが、すでに動いているらしい。


 ――対応が早すぎる


 キルギスをおとしいれる罠としては十分であるが、王の口を借りてまで四大貴族の長が、そう仕向けたい理由がわからない。


「いったい何のために」


 まるで塔に自分を呼び込むためだけの罠のように感じる。

 予め全てが仕組まれている。そんな不安を覚えてしかたない。


 それでもルシウスは見捨てるわけにはいかないと、誰も居ない廊下を走り出した。

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