第85話 死霊襲来

 部屋を飛び出し、見上げた空には無数の亜竜がいた。

 そして、亜竜に騎乗する死霊達。


 ――寒い


 炎が至る所から立ち上っているはずが、吐息が真っ白になるほど気温が低い。


 目の前には、多くの死霊達へと向かっていく姿がある。

 ドワーフたちだ。


 体ほどあるハンマーを持ち、蜘蛛のような8本足と4本の大きな手をもったゴーレムに乗っている。


 だが、鉄ゴーレムはおろか、最下級の土ゴーレムと、その1つ上の岩ゴーレム程度しかいない。


 1級相当のブラッドワイバーンと、2級相当の鎧兵たちでも、手こずる相手である。


「やめろッ!」


 ルシウスの叫びも虚しく、ドワーフ達は、槍に体を貫かれたまま空へと投げ捨てられていく。

 主を失ったゴーレムは、死霊のワイバーンの牙と爪で切り裂かれて崩れた。


 残ったドワーフたちの怒声が響く。


「ここはもう駄目だ! 門を守れッ!」

「戦える奴は、門へッ!」

「長たちも集まってるぞ!」


 ドワーフたちが一斉に、走り始めた。

 それに追従するように竜騎士の亡霊たちも空を駆ける。


 目的地は同じなのだろう。


 向かう先に見えるのは大きな鉄の扉。家が簡単に通りそうなほどの大きさだ。

 迷宮の通路そのものを閉じているのかもしれない。


 既に多くの竜騎士たちが群がっている。


 なぜそれをドワーフが守るのか、なぜ竜騎士の亡霊たちが門を襲うのかはわからない。


 疑問を頭の隅へと追いやった。

 理由など、どうでもよい。


 ルシウスは左手の騎手魔核と目の奥にある白眼魔核に力を込めた。

 前を走るドワーフたちの足が凍りつき、震えながら、こちらを振り返る。


「な、何だッッ!? この魔力はッ!?」

「りゅ、竜だ……」

「人間……あんな……式が存在するのか」


 ルシウスは蚩尤の殻に覆われながら、邪竜へとまたがった。


「先に行くッ!」


 ルシウスは邪竜に命じ、翼を大きく羽ばたかせる。

 周囲に魔力の奔流が起こり、蚩尤を乗せた邪竜が弾丸のように飛び出した。


 すぐさま門の目の前を視界に取らえた。


 ――居た


 先程の少女ファグラとドワーフの長たちが懸命に戦っている。

 ファグラは鉄ゴーレムに乗り、長は赤い宝石で出来たクリスタルゴーレムに乗っていた。


 だが、その他のドワーフ達は土や岩のゴーレムである。

 唯一、対抗できているのはクリスタルゴーレムくらいだ。


 竜騎士を蹴散らしながら、ファグラたちの上を滞空した。


 あまりの威圧にドワーフたちの手が止まり、一斉に息を飲む。


「手伝います! この門を守ればいいんですよね!?」


 長とファグラがお互いに目を見合わせた。


「その声は、さっきの人間か……」


 何が起きたのか理解出来ないとばかりに呆然と立ち尽くしている。


 戸惑うドワーフたちを待たず、光る宝剣を構えた。


 周囲にいた竜騎士の亡霊たちが、一斉に邪竜へと群がる。

 この場における最大の障害を、いち早く判断したのだろう。


 結果、空には多種多様なワイバーンがうねる、巨大な球体が出来上がった。

 蜂の巣に、隙間なく蜂が群がったようだ。


 そして、そのうごめく球体からは冷気が放たれ、白いもやが流れ落ちていく。


「何だったんだ……、あれ」

「知るかよッ! 竜が来たと思ったら、いきなりだッ!」

「まさか、死んじまったのか」


 突如、球体の内から光る刃が、数度走る。

 そして次に、3つの筋が内から球体を弾き飛ばした。


 ブレスだ。


 中から出てきたのは三つ首の黒銀の竜と、それにまたがる黒い鎧。


 周囲に漏れ出た2本の灼熱の光に、すぐ真下にいたドワーフたちの顔が歪む。

 そして、黒い1本の筋が、飲み込んだ空気と竜騎士だったものを周囲へとぶちまけた。


 ドワーフ達は、凄まじい突風に頭をかがめ、地面へとしがみつく。

 周囲にあった建物にヒビが入り、砕けるものもある。

 寸秒置いて、迷宮の岩肌を削り、壁の一部が剥がれ落ちた。


 ――良かった、崩れてない


 かなり力を抑えたとはいえ、邪竜のブレスである。

 本来、地下で使うようなものではない。


 それでも使ったのは、多すぎる竜騎士たちを一体でも破壊する必要があったからだ。


 だが、それも虚しく。


 ――もう蘇る


 吹き飛ばしたはずの竜騎士たちが、塵から再び形を作る。


「クソッ、まだ来るのか」


 更に、無数の竜騎士の亡霊たちが、次々と通路の奥から現れる。


 邪竜が、爪を深く自らの胸へと突き立てると、鮮血が吹き出した。

 ぶち撒けられた血が、洞窟の中を我が物顔で飛ぶ竜騎士団へと当たり、膨張しながら、亡霊たちを飲み込んでいく。

 

 すぐに血のように赤い亜竜が、空へと飛び出した。

 そして蚩尤の影からも、無数の鎧兵が立ち上がる。


「行けッ!」


 ルシウスの掛け声に応じて、術式の竜騎士団が舞う。

 増え続ける竜騎士の亡霊たちへと、一気に向かっていく。


 あっけにとられていたドワーフ達の中からも、ファグラの声が上がる。


「ぼさっとしない! 私達も戦う!」


 ドワーフたちも手に再びウォーハンマーを握りしめ、蜘蛛足の4本腕のゴーレムと共も、術式で作り出した竜騎士団の後へと続いた。


 邪竜にまたがったルシウスも、竜騎士だらけの戦線へと加わった。

 近くの数体の竜騎士を斬り伏せて、視点を下げる。


「クソッ! やっぱりか!」


 分かっていたことである。

 術式の竜騎士とドワーフたちが、亡霊たちに蹂躙されていくのだ。


 術式の竜騎士たちは捨て置いていい。

 ルシウスの魔力がある限り、いくらでも作り直せる。


「今、行くッ!」


 だが、ドワーフは駄目だ。

 失われた命は魔力では戻らない。


 混迷を極める戦場。

 ルシウスが、蹂躙されるドワーフたちへと近づこうとしたとき、何かが通り過ぎる。

 生命の熱が吸い取られるような冷気と共に。


 赤い亜竜に乗った騎士と、青い亜竜に載った騎士だ。


「団長と副団長かッ! こんなときにッ!」


 武器は変わっており、槍を手にしている。おそらく魔剣を失ったためだろう。


 すぐさま3体の竜が激突する。


 光る宝剣と槍、盾と槍が交差し、魔力同士が反発し合う。

 剣と盾を押し戻そうとするが、力が流される。


 骨がむき出しとなった水色の亜竜が、劈くような稲妻のブレスを吐いた。

 ブレスがルシウスへと届く前に、邪竜のブレスが遮る。


 そして、剣と槍が火花を散らしながら、再び、切り結んだ。


「やっぱり強いッ」


 膂力は完全にこちらが上。

 だが、技量は竜騎士のほうが勝っている。


 剣を力で押し返すと、長物の槍が竹のようにしならせ、旋回する様に、するどい斬撃が繰り返される。


 加えて、面倒なもの。

 ルシウスの背後からも、炎と雷の術式が繰り出されるのだ。


 ――術式の遠隔発動


 術者の魔核がある左手からではなく、離れた場所に術式を発動させる高等技術であるはずが、実戦の中で当たり前に使用してくるのだ。


「それでもッ」


 ルシウスが邪竜の突破力にものを言わせ、副団長が乗る青い亜竜へと肉薄する。

 槍ごと剣を振り抜いた。


 霧散するように消えていく、副団長。

 そのまま団長も倒すため、周囲を探る。


「いないッ! どこだッ!?」


 赤い直線が空間を横切った。


 赤い亜竜である。

 騎乗した団長は、まっすぐと門へと槍を向けていた。


 ――副団長を囮にしたのか!


 矢のように一直線に門へと向かっていく。

 門へと槍を突き刺すと思われた時、団長が不可解な行動にでたのだ。


 「止まっ……た?」


 槍の刃は、門までわずか握りこぶし1つ分程度。

 だが、団長が停止したのだ。


 槍の切っ先が小刻みに揺れている。

 腐り落ち、骨がむき出しとなった団長の表情はわからない。

 

 だが、何かの意志が感じ取れるのだ。


「抵抗……している?」


 その震える背中は、門を壊させようとしている何かと、団長の生前の思いが、戦っているようにも思えた。

 その振動は、他の竜騎士たちにも拡がった。


 亡霊たちが、急に止まったのだ。


 ルシウスが千載一遇のチャンスとばかりに、邪竜を門へ駆けさせた時。



「ギュイィィッッ!!!!」



 嫌に耳に障る甲高い叫びが、門の向こう側から聞こえた。

 冷たい魔力を伴って。


 直後、声に引きずられるように、亡霊たちが一斉に動き始める。


 団長の震えも嘘のように止む。

 冷徹な機械のように何の迷いもなく放たれた槍が、門へと突き刺さり、ヒビが門全体へと伝播する。


 動き出した騎士団たちも追い打ちを掛けるように、ブレスを浴びせる。




 ――門が、破られる……



 鋼鉄で出来た門の一部が弾け飛んだ。


 一気に竜騎士たちが、なだれ込んでいく。

 まるでドワーフ達になど、構っていられないとばかりに。


 無数の崩れたゴーレムと負傷しているドワーフたちは、絶望に近い表情を浮かべていた。


 まだ戦おうとしている者もいるが、皆、満身創痍である。


 呆然とするなか、1人、長が声を張り上げた。


「……撤退だッ!」


「父さん! まだ戦える!」


「もう破られた! ……これ以上……犠牲を増やしても意味がない」


 戦っていたドワーフたちは、まだ動けるゴーレムへと掴まり、すぐに撤退を始める。

 ドワーフたちは先程まで死守していた門を、背にして、奥へと逃げていく。


 どうやら小さな通路を目指しているようだ。


「あんたも来い」


 長が上を飛ぶルシウスへと、声を掛ける。


「……分かりました」


 逃げる長が何かを抱えている。

 部屋にあった鉱石である。

 何かの忘れ形見だろうか。街を捨てるというのに、唯一、持ち出すものが鉱石とは。


 目の前にあるのは、邪竜が通れないほどの小さな通路。

 ルシウスは邪竜と蚩尤を粒子へ還すと同時に、地面へと飛び降りた。


 長達と共に、通路へと駆け込む

 同時に、長が指示を出す。


「今すぐ、閉じろッ! 死霊共が来るかもしれねぇッ!」


 すぐに通路で待機していた数人のドワーフが壁に手を当てた。

 魔力が流され、壁がせり出し、隔壁が閉じていく。


 そうして、目の前に残ったのは、傷だらけのドワーフたちと、手足がもげたゴーレムたちだった。

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