第84話 ドワーフの村

「うっ」


 肩に痛みが走り、ルシウスは目が覚めた。

 何かがルシウスをのぞき込んでいる。


 不明瞭だった視界が像を結ぶ。

 覗き込むものは人ではない。茶色の陶器のような表面をしていた。

 その姿は何度も目にしたことがある。


 ――土ゴーレムッッ!?


 飛び跳ねるように起き上がるルシウス。

 直ちに剣と盾を生成しようと魔力を循環させる。


 そのとき、背後から声がかかる。


「ルシウスさん! よかった!」


 振り向くとクレインがいた。


「……無事でしたか」


 安堵とともに深く息を吐き出す。

 それもつかの間、すぐに目の前にいるゴーレムへと意識を向けた。


「安心してください。あのゴーレムは襲ってきませんから」


 ゴーレムは人に敵対する存在のはず。

 少なくともかつて迷宮で見たゴーレムはそうだった。


 さりとて、目の前のゴーレムに敵意はなさそうである。

 むしろ足もとにある包帯や薬からすると、ルシウスに治療を施していたようにすら思える。


「ここは?」


 周囲を見回すと、家の中にいることに気がついた。

 高い天井に、丁寧に作られた壁。

 天井には金細工で美しい夜空模様が施されている。


 その優美さから、オルレアンス家の来賓室らいひんしつに戻ってきたのだろうとは思う。

 上級貴族でなければ、これほどの建物は持っていないだろう。


「……崩落して、下の世界に落ちたのです」


「下の世界?」


 クレインが答えようとしたとき、扉が開き、誰かが入ってきた。

 赤黒い髪をした、背が低い少女だ。


 その瞳はルシウスを睨みつけている。


「目覚めたようだな。人間」


 ――人間?


 まるで自分は人間ではないかのような、もの言いである。


「土ゴーレムに命じて、傷は治させたから」


「治させた?」


 なるほど、ルーシャルによって負わされた傷が消えている。


 同時、先程の戦いが頭をよぎる。

 味方だと思っていた者に、背後から撃たれた。


 ――なぜ……同じ国の人間なのに


 そう思うと、肩に痛みが走る。

 傷はふさがっているが、完治したわけではないようだ。


「ルシウスさん。さっきは助けていただき、ありがとうございました。あの時ルシウスさんがかばってくれなければ、間違いなく……」


 悲哀と心苦しさが入り混じった表情で、ルシウスの傷口を見つめた。

 クレインは言葉を続ける。


「今でも信じられません。ルーシャル殿下はおしとやかで、慈愛に満ちた方だと聞いていました。まさか、あの様な蛮行に及ぶとは」


 ――おしとやか?


 慈愛に満ちているかは、人により感じ方は違うだろう。

 猫にさえ優しければ、虫をどれだけ焼き殺しても優しいと判断する者もいる。


 だが、お淑やかというのはイメージから程遠い。

 果たして、そんな風評が立つだろうか。


 ――まさか他人が化けてた?


 疑問が頭をよぎったとき、少女が部屋から去りはじめた。


「起きたなら、出て」


「ファグラ! ルシウスさんは酷い傷をおってたんですよ?」


「……クレイン。私達、ドワーフが人間を助けただけでも、感謝してほしいわ」


 ――ドワーフ?


 少女の言葉が嘘ではなければ、どうやら、目の前にいるファグラという少女はドワーフである。


 そして、なぜかクレインとファグラは顔見知りのようだ。


「もう大丈夫です。少し痛む程度で、もう動けますから。それより竜騎士の亡霊たちは?」


「ここには死霊は入ってこれないわ。隔壁があるから」


「……そうですか。よかった」


 胸をなでおろし、ルシウスは部屋の出口へと向かう。

 そのまま少女に連れられるまま、クレインと外へと出た。



 部屋の外に広がるものは、八方を岩壁に覆われた巨大な空間だ。

 ところ狭しと、家屋が建ち並んでいる。


 陽の光も無いが、ほんのり明るい。

 壁にある幾何学模様が、淡く光っているためだ。

 その光景に似たものは、見覚えがある。


「もしかして……迷宮?」


「……人間はそう呼ぶわね」


 土ゴーレムを連れたファグラが答える。


 迷宮。

 はるか古の時代に作られた建造物だと言われている。何のために作られたかもわからない。

 以前、東部へ赴いたとき、ルシウスは偽核を求めて足を踏み入れたことがある。


 大きく異なるのは、中に街があること。

 ひげを蓄えた男や、童顔の女たちが、笑いながら歩いている。

 皆、男も女も、長い髪の毛を括り、子供のように背が低い。


 街の至る所から、金具で何かを叩く音が響き、ヤスリで研磨する高い音がこだまする。

 さらに、壁には蟻の巣穴のような穴が大量に掘られており、大量の石を積んだトロッコがせわしなく出入りしていた。


 視線を手前へと向ける。

 石で作られた家屋は、どれも意匠に富んでおり、さぞ名のある名工が作ったものだろう。


 口を少し開けながら眺めるルシウスを、少女ファグラが睨む。


「何をジロジロ見ているのよ」


「いや、すごい立派な家ばかりだなって。ここはドワーフたちの貴族街ですか?」


「貴族街?何それ? 皆、自分で作った家に住んでるだけ」


「自分で作った?」


「当たり前よ。人間は家も作れないの?」


「少なくとも俺には作れないです」


「家も作れないなんて、人間は変わってるわね」


 ファグラは呆れたようため息をついた。


「……何かを採掘しているようですが、あれは何を?」


 不機嫌そうに腕組したファグラを見かね、クレインが口を挟む。


「鉄や銅、金銀です。迷宮なので魔鋼なんかも取れるらしいですよ。ドワーフ達にとって、鉱石は無くてもならないものですから」


「クレイン! 勝手に話さないで!」


 事情はわからないが、クレインはドワーフの少女と顔見知りのようだ。

 だが、その関係はあまり良好には見えない。


「人間が、なんでこんなところにッ!?」

「またファグラか……」

「はぁ、おさの子が嘆かわしい」


 ドワーフたちのヒソヒソ声が漏れ聞こえる中、歩き続けていくと、建物の向こう側に、畑が見えた。


 陽光の代わりなのか、小さな機械が強烈な光を放ちながら、畑の上を浮遊している。


「あれは……魔導具ッ!?」


 術式を外部の装置に行使させる、帝国の技術である。

 そして発動させるために必要なものは、魔力と精神


 その技術を使う者たちに、大切な人を殺されたのは、わずか半年前のこと。

 胸の奥が無理やり掻き交ぜられるような不快感と苦しさを覚えた。


「あんなものと一緒にしないで。魔導具は人間が犯した禁忌よ。ドワーフが作るものは別物」


「違う……ものなのですか?」


「根本から別物なのよ。アンタが持ってる魔剣と同じ」


 ファグラが、ルシウスの宝剣を指す。


「もしかして、魔剣はドワーフが作ったものなんですか?」


 左の腰に佩いた剣へと手を添えた。


「そうよ。現存する魔剣は、ドワーフが直接作ったものではないけど」


「…………」


 ルシウスは言葉を飲み込む。


 仕組みを説明をされても理解できないだろうということもあるが、何よりも今は状況の整理が出来ていない。

 同国の人間に撃たれ、地下に落ちたと思ったら、人と敵対しているはずのドワーフの街にいるのだから。


 そのままルシウスたちは洞窟の中央に建つ、一際大きな建物へと連れられた。

 建物の中は相変わらず、素晴らしい装飾が施され、王の居城と言われても納得できるほどである。


 そして、建物の一室へと通された。

 部屋の最奥には、人の頭ほどの赤黒い鈍色の鉱物が、厳重に保管されている。

 その色や質感にも、覚えがあった。


 ――魔鋼ゴーレムの素材?


 視線を右へと向けると、部屋に立つ男が一人いる。

 背は他のドワーフ達よりも、更に一回り低くく、顔つきは深みのある穏やかさを醸し出している。


 男の髪とヒゲは、燃えるように赤い。


「父さん、迷宮で倒れてた人間が目を覚ましたから連れてきたよ」


 どうやら、男はファグラと呼ばれる少女の父親のようだ。


「ファグラ……また、その人間を連れてきたのか」


 男はヒゲを撫でながら、クレインを見る。


「クレインは関係無い! その人間と一緒に落ちてきて……たまたま」


 ファグラの父は深いため息をついた。


「次のおさとして自覚をまだ持てんのか。儂が死んだあと、ドワーフたちを率いるのは、赤黒髪のお前なのだぞ」


「な、なんでそんな話になるのよ! もう――」


 ファグラがクレインを睨む。


「クレインとは婚約を解消してるからッ!」


 精一杯吐き出すようにファグラが声を荒らげた。


 ――結婚? クレインさんが?


 クレインは、ジッと席に座ったまま、何もないテーブルを見つめたままだ。


「ファグラ。お前の気持ちはわからないでもないが、場はわきまえろ」


 子供を諭すように語りかける。


「話を持ち出したのは父さんじゃない!」


 いつまでも話の外には居られないと思ったのか、クレインが深く叩頭した。


おさ……ご無沙汰しております」


「クレインも元気そうだな。たしか2年ぶりか。それで? はどうだ?」


「……まだ、何も」


 おさは物悲しさを込めた眼差しをクレインへ向ける。

 ファグラ自身も、だ。


「人間は、ドワーフと違って約束を大事にはしないことは分かっていたことよ」


 はっと息を飲むようにクレインが顔をあげた。


「そういうわけではありません! 竜の研究は……竜はサンプルが少ないのです」


「言い訳なら他でしてくれ。聞くに耐えん」


 悔しそうに唇を噛むクレイン。

 対してドワーフの長がルシウスへと視線を向ける。


「そうか。それで、お前たちが地下へ降りて来た理由はなんだ? 鉱脈か? それともドワーフ狩りか?」


 長の鋭い眼光がルシウスを突き刺した。


「降りようと思って来たわけではありません。その……攻撃を受け、たまたま落ちた先が、ここの近くだったのだと思います」


 魔剣を得るために亡霊をおびき寄せて、叩く。

 ただそれだけだったはず。


 ――なのに……


 ルシウスは拳を固く握る。

 察したように、長がうなずいた。


「……相変わらずだな、人間は。変わらん、何もかも」


 邪念があってに訪れたわけではないと理解したのか、ファグラの父は、ルシウスたちをテーブルへと促した。


 全員が席につくのを見守った長が、口を開く。


「では、何か質問があれば聞こう」


 特に状況が分かっていないルシウスに向けたものだろう。


「ドワーフの皆さんは、迷宮に住んでいるのですか?」


 長が肩を落とす。


「地上の人間は忘れてしまったのだな」


「忘れている?」


「人間が迷宮と呼ぶものが、何か知っておるかの?」


「……古代の遺跡だと聞いております」


「迷宮はな、魔力の浄化装置だ」


 以前、迷宮を訪ねたとき、そのような記述を見た気がする。

 長は話しを続ける。


「術式に使われた魔力は、のだ」


「淀む? 何かの比喩ですか?」


「魔核の魔力は澄んでいる。だが、それが術式として使われた時、より強い力や感情が宿り、世へ放たれる。それが淀みだ。多くの場合、破壊や殺傷を目的とした、負の感情を込められるからな」


 魔力には精神に宿る。

 そして魔力を原動力とした術式はあらゆることに用いられるが、最も大量の魔力が消費されるのは、間違いなく戦いであろう。


「その淀んだ魔力には、何か悪いことがあるのですか?」


 長の空気が変わり、若干の憤りを感じる。


「淀んだ魔力は魔物に悪性の進化をもたらすのだ。少しの淀みなら魔物の生息地となるくらいで済むが、行き過ぎた場合は、蝕海しょくかいに沈む」


蝕海しょくかい?」


「力を持ちすぎた魔物たちが跋扈ばっこする、誰も住めぬ地のことだ」


 たしかに魔物が住む森や山の魔力はどこか刺々しい。

 瘴気と呼ぶ人もいるほどに。


 ――あれが魔力の淀み、か……


「迷宮は、世界が蝕海に沈まぬよう青の時代に作られたもの。周囲の魔力を鎮め、浄化するためにな。そして、我らドワーフは、青の時代より迷宮を造り育て、魔力の循環を守り維持する為の一族」


 話を正しく理解できているか定かでないが、大きな水槽をイメージした。

 水槽は、ろ過装置がなければ、途端に水は淀み、魚は死に絶える。


「青の時代から、ずっとドワーフたちだけで……」


「ドワーフたちだけ……か。たったの400年やそこらで、人間は盟約すら忘れてしまったのだな。残念なことだ」


 おさの瞳にあった怒りの感情は消え去り、ただの寂しさ、虚無感が覆い尽くしているように思う。


「盟約? それはなんですか?」


 長が口を開きかけたとき、バタッと音をたて、乱暴に扉が開けられた。


「お、おさッ!」


「何事だ?」


 入ってきたのはドワーフの男だ。

 何かで肩を突き刺されたのか、血を流している。


「し、死霊共が……街に……」


 震えているドワーフの男は、ひざが砕けたかのように崩れ落ちる。


「なんだとッ!? 隔壁はどうした!?」


「……地上であった何かで……隔壁に……穴が……」


 男は伝えるべきことは伝えたとばかりに、意識を失った。


 ――地上であった戦闘


 間違いなく、ルーシャルの放った術式と邪竜のブレスであろう。


 ファグラが、急にガタッと椅子を押しのけ、立ち上がった。


 ルシウスの席まで無言で近寄り、突然、胸ぐらを掴み上げる。

 怒りに震えているというのに、瞳には涙が浮かんでいる。


「お前らはドワーフを殺すだけじゃ飽き足りず、同族同士でも殺し合うッ! そんなに殺し合いが好きなら、他所でやれッッ!」


 ファグラの父は、急いで立ち上がり、部屋の奥にある鉱石を乱雑に抱えた。

 少女の髪の毛と同じ赤黒い鉱物だ。


「ファグラ、人間に構っている場合ではない! 死霊共の目的はあそこだ! 死守するのだッ! 戦えぬものは避難させろッ!!」


 長とファグラは緊迫した形相のまま、気を失った男を肩に抱え、外へと出ていった。


 部屋に残されたのはルシウスとクレイン。


「クレインさんは、避難するドワーフたちと合流してください」


「どうするのですか!?」


 ルシウスは1人、出口へと歩き始める。


「竜騎士の亡霊たちを呼び込んだ責任を取りに行きます」


「あれはルシウスさんが悪いわけではないでしょうッ!」


「彼らにとっては……同じことです」


 ルシウスは炎が上がる街へと足を向けた。

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