第80話 2人の王候補

「グフェル様、ご無沙汰しております」


「ああ……ルシウスじゃないかい? いつから、そこに居んだい?」


 グフェルが心底驚いたような視線を向ける。

 最初から居たが、おそらく邪竜に夢中で、視界に入っていなかったのだろう。


 ルシウスが久々の挨拶のため、近づこうとしたとき。

 床が揺れ、本棚や機器がキシキシと音を立てる。


 ――地震?


 とっさに近くにあった壁へと掴まる。

 揺れはそれほど大きくなく、地震自体はすぐに収まった。


 クレインが眉をひそめながら、ルシウスの横に並ぶ。


「安心してください、屋敷が崩れることはありません。ここ半年ほど、こうして揺れが起こるのです。……これの原因は分かっているのですが」


「原因が分かっている? どういうことです?」


 地震の原因といえば、岩盤の移動に決まっているはず。

 だが、まるで違うところに原因があるかのような物言いである。


「いえ、忘れてください……どのみち、誰も信じようとしませんから」


 クレインは笑みを浮かべるが、どこか悲痛な感情が混ざっているように感じた。


「はあ」


「さて、そろそろ行きましょう」


「分かりました」


 ルシウスが左手に力を入れ、邪竜を粒子へと還す。

 邪竜が、やっとか、とでも言いたげにルシウスを睨む。


 を唱えたのは老婆グフェル。


「もう少しだけッ! もう少しだけ、見せておくれよ! 後生だよッ!!」


 邪竜の脚にすがりついたまま、悲鳴を上げた。

 老婆の憐れな姿に、普通の人間であれば思うところもあるだろう。

 だが、ルシウスはグフェルの声を、聞こえなかったことにした。


 ――もう、その手には乗りませんよ


 ここで負けてしまえば、延々と続く、よくわからない検査が待っている。

 すでに通った道。もはや違えることはない。


 邪竜を騎手魔核へと戻すと同時に、「チッ」というグフェルの舌打ちが聞こえた。


「お祖母様。はしたないことは、おやめください」


「クレイン、お前さん。どっちの味方だい? これほどの竜、今、測らなければ、次は何百年後かわかりゃしないよ」


「……それは、そうですね」


 あっさりとグフェルに乗せられた、クレインの目が不敵な光を放つ。


「グフェル様、クレインさん。今はご当主への挨拶があるのでしょう?」


「かまやしないよ。あのバカ息子は、研究を忘れて、今やただの貴族と化してるのさ」


「そうですよ!」


 ルシウスは、ため息混じりに、2人の変人をたしなめる。


「オルレアンス家は立派な貴族です」


 貴族として、忘れてほしくないことを前当主グフェルとクレインは忘れているようだ。


「今の地位は、先祖代々の叡智えいちの積み重ねがもたらしたものさね。政治の真似事など、オルレアンスには似合いはせん」


 グフェルが呆れ気味に吐き捨てた。

 ドラグオン家にも森を管理するという矜持きょうじがあるように、オルレアンス家にはオルレアンスとしての矜持きょうじがあるのだろう。

 あまり他家の話には干渉しない方がいい。


「そうかもしれません」


「ともかく、ルシウス。あのバカ息子に踊らされるんじゃないよ」


「肝に命じておきます」


 ルシウスは一礼して、クレインと共に部屋を後にした。


 再び、資料と本が散乱した、廊下を行く。

 しばらく歩き、1枚の扉の前でクレインが止まった。

 クレインがその扉の前で立ち止まり、トントントンと扉を叩く。


「クレインです。ルシウス卿をお連れしました」


 すぐさま扉越しに返事が返ってきた。


「おお! こちらへ!」


 扉を開き、部屋の中に入ると、応接室となっていた。

 窓がない代わりなのか、沢山の美しい情景画が飾られており、反対に机や本棚は最低限となっている。


 ――なんか、この部屋だけ雰囲気が違うな


 今までてみてきた部屋の雑多ではなく、整理整頓が行き届いている。

 それが当主の意向なのか、応接室だからなのはわからない。


 目を奥へと移すと、来賓用のソファーセットに腰を掛けている人が3名。

 壮年の男が1人と、若い男女である。


 3人の視線が、一斉にルシウスへと向かう。


 最初に口を開いたのは壮年の男。

 不自然なほど、にこやかに。


「ルシウス卿! よく来てくれた。オルレアンス家当主ラートスだ。母から話しはよく聞いている」


 クレインと同じく、うねった髪をしているが、締まった表情はグフェルに似ている。

 間違いなくクレインの父であろう。


「ルシウス=ノリス=ドラグオンです。魔剣を見つけていただき、感謝の言葉もありません」


 ルシウスは深々と礼をした。


「そ、そうかね?」


 壮年の当主ラートスは精一杯の笑みを浮かべたまま。

 必要以上に、取り繕った笑顔に、どこか引っかかりを覚えた。


「なにか?」


「い、いや。王命とあれば、協力を惜しむことなどありはしないさっ! さて、お二人をご紹介いたしましょう」


 席に着いたまま、当主ラートスの前に座る男女へと手のひらを向けた。


「ウェシテ=ウィンザー家のディオン殿下と、ソウシ=ウィンザー家のルーシャル殿下にあらせられます」


 2人は、まだ20代というところか。

 名前は田舎貴族のルシウスでも聞いたことがある。


 2人共、四大貴族に名を連ねる王候補である。オリビアの対戦相手と言い換えても良い。なぜこの場にいるのか、全くわからないが、オルレアンス家も、四大貴族も雲の上の様な上流貴族だ。


 詮索するべきではないと考える。


「お初にお目にかかります。殿下」


 ルシウスは恭しく2人へ頭を下げた。

 男の方は、にらむように目を向けるばかりで、何も応えない。


「やだ、ちょっと。君がルシウスくん? もっといかつい子かと思ってたのに。すっごい、かわいい子じゃない!」


 南部の王候補ルーシャルが駆け寄り、ルシウスのほほをつまむ。


 ――近っ!


 突然のバグった距離感に思わず、後ろへと下がりそうになるのを必死にこらえた。


 以前、東部であった騎士団のカラン師団長もソウシ=ウィンザー家の出である。

 目の前にいる女ルーシャルは妹に当たるのだろう。どことなく鼻筋が似ている。


「時間が惜しい。揃ったなら行くぞ」


 静かに立ち上がった西部の王候補ディオンが告げる。

 確かディオンは現王のおいにあたると聞いたことがある。厳しい目つきは確かに現王を彷彿ほうふつとさせる。


 ――行く?


 意味が分からず、不思議そうな顔を浮かべた。

 通り過ぎざまにディオンが話しかけた。


「魔剣を求めて来たのだろう。ならば、行く場所は決まっている。オルレアンス、時間が惜しい。今すぐ、案内しろ」


 そう言うとディオンは1人、扉へと近づいていく。


「殿下! も、もうですか!?」


 当主ラートスが驚きの声を上げる。


「待つ必要があるのか?」


 ディオンは振り返りもせず、立ち止まった。

 すぐさま返事のため、当主ラートスが恐れを含んだ声を張り上げた。


「い、いえ! ありません!」 


 当主ラートスが焦りながら、ルシウスの横にいたクレインへと体を向ける。


「クレイン! 早く殿下達とルシウス卿をご案内するのだ!」


 クレインは硬い表情のまま、一言も発さず、一礼する。


 ルシウスは驚いた。

 ありえないことではあるが、一連の会話から推測できることは1つ。


 ――四大貴族の後継者が、魔剣入手の手伝いをしてくれるのか?


 現王の庇護下ひごかにあるとはいえ、一介の男爵に過ぎない。それもド田舎の。

 わざわざ、選王戦の忙しい中、四大貴族の王候補が手伝ってくれるものだろうか。


 疑問が顔にありありと出ているルシウスを見かねたのか、女が顔を近づける。

 南部の王候補のルーシャルである。


「ただの手伝い。王さまの命令だしー。ここは西部と北部の境界あたりで、王都からそこまで離れてないからね」


「そう、ですか」


 うなずいたものの、信じがたい

 近いという理由だけでは弱い気がする。


 ――何が狙いだ?


「あら、意外とそういうのも分かる系? 脳筋ってわけでもないんだねー。ぶっちゃけて言うとね、魔剣を持ち帰ったっていう、わかりやすい功績がほしいんだよねー」


「功績ですか?」


 ルーシャルがにんまりと笑みを浮かべる。


「北部のお姫様が、東部で活躍しちゃってさー。てか、ルシウスくんも関わってたんだっけ?」


「ええ、まあ」


「でさ? 領地運営だけをチマチマやってる場合じゃなくなったってわけ。ウチらもわかりやすい功績が必要だって、パパさんママさん達があせちゃって」


「そういうことですか」


 魔剣は権威の象徴でもあった。

 今はルシウスが持っている剣も、かつては現王の愛剣であり、王が帯剣した姿が、今なお目に焼き付いている貴族も多いと聞く。


 しかも、今回、魔剣が見つかった場所は、危険な死霊都市ブルギア。


 貴族の役割は多岐に渡るが、やはり力を司る立場であることに違いはない。

 式をその身に宿し、あらゆる外敵をはねのけ、領民を守る。


 武勇を好む東部とまでは言わずとも、大なり小なり、貴族たるもの勇敢たれ、という気概を持つ者は多いのだ。


 権威の象徴を、危険を顧みず、次世代の王候補が持ち帰る。

 勇猛さを、国内の貴族たちへ示す絶好の機会だったわけである。


 さらに言えば、おそらく大半の敵はルシウスが対処することになるため、四大貴族の王候補は、ほとんど危険もないだろう。帝国軍が押し寄せでもしない限りは。


 これほど都合の良い状況はない、という判断だろう。


 意図を察したルシウスが1人納得する。


「ルーシャル、いつまで話してるつもりだ。急ぐぞ」


 西部の王候補ディオンのとがめめる声が部屋に響く。

 大きな声ではないが、どこか腹の底へ届くような声である。


「はいはいー」


 到着早々、オルレアンス家を後にし、魔剣が見つかったという場所へ向かう一行であった。


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