第79話 オルレアンス家
ルシウスとクレインは馬車に揺れていた。
外に広がるの荒涼とした大地。
僅かに草が生える程度だ。
うっすらと緑がかった岩肌の丘が所々に見え、視線の先には地平線が続く。
「ここがオルレアンス家の領地です」
「……随分ともの
季節は真夏だと言うのに、どこからか冷たい隙間風が吹く。
州都バロンディアを発ち、西部と北部の境界近くまでやって来た。
道中、人が少ない地域は、邪竜に乗ってショートカットしたが、同乗者のクレインが食い殺されないかヒヤヒヤしっぱなしだった。
「昔は、このあたりも豊かな森だったらしいですよ」
「それが……どうして」
「死霊たちにより、かつての州都が滅んで、以降、この地には魔物が住み着くようになってしまったんです」
「……なるほど」
魔物は、魔力が充満した場所を好む。
ルシウスの故郷にある森シルバーウッドがそうである。
死霊により滅んだことと、魔物の生息に何の関係があるのかわからないが、今するべきことは、過ぎ去った過去に思いを
魔剣の入手だ。
「魔剣は今、どこにあるのですか? オルレアンス家でしょうか?」
クレインは首を振る。
「いえ、まだ見つかった、というだけです。魔剣があるのは、死霊都市ブルギア。少し前の地震により、崩落した場所から現れた死霊が所持しています」
「死霊が? だから魔剣を奪えないんですか?」
「ええ、並の人間には不可能です。竜騎士たちの亡霊を刺激してしまいます」
「竜騎士の亡霊?」
クレインがいつになく表情が真面目だ。
「ええ、未だに竜騎士団は旧都ブルギアを守っているのですよ。亡霊となった、今なお」
「今も竜騎士団が……」
ルシウスも思わず息を飲んだ。
「ルシウス卿は、ここに来るのは初めてなんですね」
「ええ……それとクレインさん。卿と呼ばなくてもよいですよ。本来であればオルレアンス家である貴方のほうが立場が上です」
「しかし、国の英雄に対して……」
「いやいや、そんなことはないです」
正直、やるべきことをやっただけだ。
英雄だの何だのと持て
貧乏な田舎男爵家の跡取りに過ぎない。
なにより、その立場にルシウスは誇りを持っている。
「そうですか……では、ルシウスさんと呼ばせてもらいます」
そんな会話をしているうちに、馬車が停車した。
「着いたようですね」
御者が、御者台から手早く降り、扉を開ける。
「ここが?」
ルシウスの前にあるは岩山だ。
てっきりオルレアンス家の館に行くのかと思っていた。
「そうです。ここが我らオルレアンス家の拠点です」
「拠点?」
疑いながら再び視線を岩山へと向ける。
よく見ると、岩山の至る所から家屋が生えている。
とはいうものの、不思議なことに、家屋へと至るための道が無い。
たとえ、道や階段があったとしても切り立った岩山である。ロープで垂直に登ることになりそうだ。
「ルシウスさん。こちらへ」
クレインが岩山の麓にある、大きな岩影で手招きする。
呼ばれるままに近寄ると、そこには巨大な黒い門があったのだ。
――岩山に扉が取り付けられてる
クレインが扉に触れ、魔力を流し込むと巨大な門が、ズズッと音を立て、横へとスライドしていく。
開いた扉の先にあったのは照明や絵画と取り付けられたエントランスだった。
まるで上級貴族の屋敷である。
唖然としていると、クレインがメガネを拭きながら近寄ってきた。
「このあたりは魔物も頻繁に出るので、岩山をくり抜いて拠点にしているんですよ。扉を開く度にメガネにホコリがつくのは勘弁してほしいですけどね」
「はぁ」
「ともかく、一度、父上と話をしましょう」
シュトラウス卿は、クレインの父が現オルレアンス家当主だと言っていた。
「そうですね、まずは挨拶をしないと失礼にあたります。どんな方なんですか?」
ルシウスは、それとなく探りを入れる。
老婆グフェルといい、孫のクレインといい。
オルレアンス家の人間はどこかネジが飛んでいる。
当主ともなれば、相当なものだろう。
人間としての会話が成り立つのかすら怪しい。
「……父上は、家と領のことしか考えていない人です」
「ん? そうなんです?」
意外である。
ある意味、貴族らしい常識的な思考だ。
「ともかく中へ」
あっけに取られたまま、ルシウスはオルレアンス家の拠点へと足を踏み入れた。
入ってすぐに、迎えた従者へクレインが話を通す。
一言二言、従者との会話したクレインが戻ってきた。
「申し訳ありません、ルシウスさん。どうやら父は来客中で、しばしお待ちいただくことになりそうです。お待ちの間、邪竜の計測をさせていただいてもいいですか?」
クレインの表情は申し訳無さそうだが、目にはこれでもかというほど期待が込められている。
「それは構いませんが…………首は上げませんよ」
「ほんの
なんと信じられない言葉だろう。
まだ酒場で息巻いている飲んだくれが、王様だと言われた方が信じる気になれる。
「駄目なものはダメです」
ガックリと
オルレアンスの拠点は岩の中。崩落の危険は無いのか心配ではあるが、そのあたりも考慮された上で、作られているらしい。
下手な城壁より、よほど信頼できるとのことだ。
窓が無いことを除けば、上級貴族の屋敷の中と何ら遜色ない。
「おっと」
ルシウスが廊下を曲がったときに本を蹴飛ばしてしまった。
「散らかってて、すみません」
一点大きな違いがるとすれば、廊下にはみ出るほど、膨大な本や資料が
一部が床に落ちており、時折、足に当たってしまう。
はじめの1、2回は戻そうとしたが、そんな事をしていては永遠に前に進めないというクレインの助言に従い、戻すことを諦めた。
無数にある扉が時折、開いており、中では、見たことのない機器で、何かを測っている人たちが見える。おそらく魔物の体の一部だろう。
「着きました! こちらで計測させてください!」
クレインの目が輝いている。
たどり着いた場所は、ひらけたホール。
「変なことをしないでくだいさいよ」
「大丈夫です! 術式を調べるだけですから」
ルシウスはホールの中央に置いてある巨大な装置へと向かう。
以前、あれと似たもので計測を受けたことがある。
「あれは?」
ホールの真ん中の壁に、大きな一枚の絵が飾ってあった。
壁画、というのだろうか。
キャンバスの上に書かれたものではなく、石の上に染料で書かれたように見える。
最新の器具ばかり置いてあるオルレアンス家の所持品の中でも、異質感が際立つ。
――竜と人が戦ってる?
翼がある細長い白い竜と槍を手にした人が戦っている絵だ。
逃げ惑う人々、崩れる建物。
その周囲に、ワイバーンに乗った人たちが飛び回っていた。
壁画の前で止まったルシウスの横に、クレインが並ぶ。
「死霊都市ブルギアの最後の1日を描いたものと、言われています。僕が、竜種を調べるきっかけとなったものです」
「ブルギアは死人が魔物になったから滅んだんですよね?」
「ええ、我々の公式見解はそうです。この壁画を書いたのはドワーフたちです」
――ドワーフ
ドワーフとは人間とは異なる種である一族である。
皆、金属のような髪を持ち、背は低いと聞く。
亜人と呼ぶ者もいるが、ヒト科に属する1つの種であるというのが正確だと聞いたことがある。
滅多に人前に現れないため、すでに絶滅した古き一族という者もいるくらいだ。
よく見れば逃げ惑う人の中には、人とドワーフが混在しているようにも見える。
――人とドワーフは一緒に暮らしてたのか?
「さて、こちらに邪竜を呼んでいただけますか?」
クレインが中央にある機械へと手を向ける。
地面には、魔法陣が描かれ、それを挟むように、上部には光のないシャンデリアのような遺物が吊るされていた。
「分かりました」
ルシウスが左手の魔核に働きかけると、すぐに邪竜が現れる。
「ふわぁ」
クレインは恍惚の表情で三ツ首の邪竜を見つめている。
「では、計測しますね」
魔法陣が淡く光り、微弱な魔力が立ち昇り、上のシャンデリアへと取り込まえれていく。
邪竜たちは、退屈そうに床に3つの頭をつけ、寝始めた。
「竜胞、身体強化、魔力感知、圧黒、竜炎、血脈竜、
クレインがブツブツとなにかを言っている。
「何か問題でもありました?」
「いえ、見たことのない術式が組み込まれてまして、計測できないんですよ。こんな事今まで無かったんですが。おかしいなぁ」
竜胞と身体強化の術式は、邪竜の肉体と密接に関わり、邪竜の体内で発現するものであるため、ルシウスには使えない。
竜胞という術式が、竜の飛行や強者の感知に役立っているようだが、正直、詳しく聞いても理解できなかった。
魔力感知、圧黒、竜炎は当初から持っていた術式である。
血脈竜と
2つとも進化した際に覚えたもの。
――血脈竜はワイバーンを造る術式か
そして、驟雨は一時的な雨を降らせる術式。莫大な魔力を消費する割に、あまり利用用途がないため、一度だけしか使ったことがない。
「よく分かりますよね。さすが――」
ルシウスがクレインへと話しかけたとき、何かがルシウスへと迫る。
地面を滑るように急速に近づいてくる。
――何だ!?
思わず腰に当てた剣の
だが、迫る何かは、ルシウスを通り過ぎた。
「あああっーーッ、信じられないほどの魔力を秘めているううぅッ! 多頭の魔物は多くいるが、我が強い竜たちが、どうやって自律制御をしているのか、興味が尽きないねええぇッッ!! もっとッッ! もっとぉ!! 近くで見せとくれよッッッ!!!」
一目でヤバいとわかる老婆が近づいてきた。
「あ、お
クレインがポツリと呟く。
グフェルである。
王国で、式の記録と研究を司る一族オルレアンス家の前当主にして、ルシウスを初めて鑑定した者でもある。
ルシウスを通り過ぎると、背後にいた邪竜の前脚へとすがりついた。
――信じられないな
邪竜の竜爪はその気になれば、城壁すら一撃で切り崩すほどの破壊力がある。
その前足に
――まさか一族全員、ああじゃないよな?
いや、むしろ、そう信じたい。
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