第81話 死の都

「行かせるかッ!」


 黒い大鎧が、光りを放つ剣で、大きなサソリ型の魔物を斬り伏せる。


 ルシウスの式の1つ、蚩尤しゆうだ。

 身にまとう東部特有の式である。


「もう安全だと思います」


 ルシウスの背後にいるのは、3人。


 オルレアンス家の次期当主、クレイン。

 西部の王候補、ディオン。

 南部の王候補、ルーシャル。


 手にした剣が、グニャリと曲がり、ひし形に似た鉄板へと戻った。

 黒い鎧の周囲には、鉄板が合わせて、6枚、浮遊する。


 この内、2枚は既に、魔剣と魔盾の能力を得ている。だが、残り4枚は何の武具も模倣していない。

 蚩尤は、この4つの枠を埋めたいのだろう。


「た、助かりました」


 オルレアンス家のクレインがメガネを、くいっと上げる。


「ホント、噂通りねー」


 ルーシャルが目を輝かせ、大げさに気味に手をふった。


 ヒビやサビがある黒い鎧から、粒子が立ち上り、体躯たいくが萎縮していく。

 すべての粒子が目の奥にある白眼魔核へと還ると、ルシウスの姿が現れた。


「なかなか前に進めないですね」


「もう、かなり死霊都市に近いですから」


 すでに5度ほど、魔物との戦闘があった。

 魔物の数は大したことはない。シルバーウッドのほうが多くいる。


 問題は、魔物が出てくる場所である。

 荒涼とした大地に岩山が点在している。その岩山にある横穴から突然、出てくるのだ。回避のしようがない。


「問題ない」


 ディオンは抑揚よくよう無く、言い放つ。


「ディオン、もっと優しくしてあげなよー。さっきからルシウスくん1人で全部対処してるんだから」


 ルーシャルが、ひょっこりと、2人の間に入り込む。


「……いえ、大丈夫です」


 当然、全く大丈夫なわけがない。


 ――2人共、なんで護衛も連れてないんだよ……


 四大貴族の跡取りは、将来の国を背負うべき人材である。手伝うと言った時、大行列で進むことになると、予想していた。


 だが、まさかの身1つで、ついてきたのだ。


 万が一、死ぬようなことでもあれば、責任を問われ、ドラグオン家が取潰しになる可能性すらある。

 魔物が出てくる度、嫌な汗が出て仕方ない。


「ごめんねー。一応、アピールのためだから、護衛とか居たらカッコつかないの。でも、ルシウスくんほど魔力多くないから、ね?」


 ルーシャルが手を合わせながら、舌をペロっと出す。


「念のため聞いておきたいのですが、ルーシャル殿下とディオン殿下は何級の式と契約されているのですか?」


 もしもの時、頼りにしてよい相手なのか、完全に守護の対象なのかを、把握しておく必要がある。


 ディオンは一瞬だけ視線を寄越したが、何も答えない。

 また、クレインはセイレーンという、戦闘には全く向かない、鑑定を司る式であることは既に知っている。


「ディオンは1級。私は3級だよー」


 苦言をていしたのは、ディオンだ。


「……ルーシャル。式の情報を勝手に漏らすな」


「いいじゃん? ディオンが1級って王都だと、皆知ってるしー」


 はあ、とため息を着いたディオンは1人、歩き始めた。


 ――1級と3級なら、それほど問題ない、か


 1級はオリビアのグリフォンと同等。

 3級は父ローベルのヒッポグリフと同等。

 戦闘に慣れているかはわからないが、戦えない階級ではないはずだ。


「分かりました。いざという時にはお願いします」


 ルシウス達は先を歩くディオンへ続き、再び歩き始めた。

 すぐ横を歩くクレインへと声を掛ける。


「……ところで、何なんですか、あの穴? 自然に出来たとは思えないんですが」


 クレインが顔をしかめながら、至る所にある岩山に空いた穴を見つめる。

 心底軽蔑するように。


「違法採掘の跡です。死霊都市ブルギアは、かつて黄金都市と呼ばれていたほど、鉱脈資源が豊かなんです。もともと鉱業で興った都市だったようですから」


「違法採掘? 魔物が出る場所で鉱物を掘るんですか?」


一攫千金いっかくせんきんを狙って、勝手に掘りに来る人間がいるのです。魔物がいるため、オルレアンス家もほとんど干渉しませんから。というより出来ません」


 確かに、鉱脈があり、管理している貴族の目がゆるい場所など、あまりないだろう。

 命をかけても穴を掘る人間がいてもおかしくない。


 ――人の欲はすごいな


 それらは、今、魔物の住処となっている。

 では、人はどこに行ったのだろうか。

 鉱物を十分に手に入れた後、放棄したのか、それとも魔物の腹へ収まったのか。

 おそらく後者のほうが多そうだ。


 そんな事を思いながら、ルシウスは、真夏のうだだるような暑さの中、足を前へと進める。





 照りつける真夏の夕日が、頬の汗を光らせる。

 日が傾きかけた頃になっても、一行はまだ黙々と荒野の中を歩いていた。


 いや、正確には1人騒がしいのがいる。


「うー、暑すぎ」


 南部の王候補ルーシャルが、無用心に胸元をバサバサと服を煽る。

 対して、顔をしかめたのは、西部の王候補ディオンである。


「ルーシャル。四大貴族の令嬢として、慎みある行動を心がけろ」


「ディオンは固いなぁ。そんなのだからイケメンなのに、モテないんだぞー?」


 ディオンは軽くため息をついて、また歩きはじめた。


「スネっちゃって、可愛んだから」


 ルーシャルは全く気にもとめず、ニコニコと笑っている。

 そして、すぐ後ろを歩くルシウスへと視線を向けた。


「ルシウスくんもそう思うでしょ?」


 同意を求められても困る。

 将来、王になるかもしれない人に向かって、固いなどと、言えるわけがない。

 それは眼の前の女も同じ。


 無視するわけにもいかず、話をずらすことにした。


「……ルーシャル殿下とディオン殿下は仲がよろしいのですね」


「いらない、いらない、殿下とかー」


 四大貴族の後継者を呼ぶ際は、殿下と呼称するのが、通例である。

 自身の州であれば、「様」と呼ぶこともよくあるが、他州の後継者に使おうものなら、どの様な不利益があるかもわからない。


「そう、言われましても」


「いいんだって。私、ただのお飾りだからさ」


「お飾り、ですか?」


「うん、ルシウスくんはカラン兄様に会ったことあるんでしょ?」


 以前、東部であった騎士団。その師団長がカランである。

 掴みどころのない人であった。


「ええ、迷宮探索ではお世話になりました」


「私よりもカラン兄様や他の兄姉のほうが優秀なんだよねー。ま、だから、私が家を継ぐことになったんだけど」


 通例では、長子か兄弟姉妹たちの中で、最も優秀なものが家を継ぐ。


「話がわかりませんが」


「お父様は、凡人なの。んで、頭の良さがにじみ出る人間が嫌いなのー。だから家を継ぐのは、アホの子の私にしたわけ。ホント、訳分かんないよねー」


 1人、けらけらと笑うルーシャル。

 反対に、ルシウスは苦笑いしかできない。


 ――反応しづらぁ……


 口が裂けても、そうですね、などと言えるわけがない。


「あ、いいのいいの。どのみちー、私は王になれないから。ディオンに票を渡すだけの役目しか無いし」


「はぁ」


 ――それも反応し辛いし……


 貴族同士が派閥を作ることは当たり前のことであるが、票の横流しなど、明言されても困る。


「ねえねえ。ぶっちゃけ、ルシウスくんは4人の王候補の誰に入れるつもり? やっぱり婚約宣言しているオリビア?」


 普通に考えればそうだ。

 オリビアの王たらんと努力し続ける姿を、近くで見てきた。

 もともと国の運営などわからない。ならば最も信頼できる人間へ入れることしか考えていなかった。


「……その、予定です」


「あちゃー、これ、もう勝てないやつじゃない?」


「自分はただの男爵に過ぎませんので」


「分かってないわね。ルシウスくん。自分の立場を」


「立場ですか?」


「そうそう。ルシウスくんは国に3人しかいない特級魔術師の1人でしょ? それに、まだ成人前なのに爵位持ってて、成果までバッチリじゃない?」


 特級魔術師とは、特級の魔物を式とした人間の呼び名である。


 ルシウス以外にもいることは知ってはいた。

 というより国で知らない人間などいないだろう。


 近衛師団長である。

 王、直属の騎士団であり、それを取りまとめる存在。

 農民の3男に生まれた、その人は、数々の功績を残し、国中の騎士の中でも、最も高い地位に就いたのだ。


 農民から王の補佐にまで駆け上がるという、現代の成功物語を体現した者として、子供にまで語られる。


 だが、3人目がいたというのは初耳である。


「近衛師団長以外に、もう1人いたんですね」


 ルーシャルの笑顔が如実に固くなり、やや青ざめてる。


「ヤバ。これ、言っちゃいけないやつだった様な?」


 クレインが興味深そうに話に混ざってきた。


「僕もその噂は聞いたことはありますよ。南部にも特級魔術師がいるという話。ですが、それが誰なのか、鑑定を任されるオルレアンス家ですら把握してません」


「ごめ、やっぱ、今のナシで」


 ルーシャルが拝むように手を重ねる。


「わかりました。聞かなかったことにしておきます」


 ルシウスの式である邪竜も蚩尤しゆうも、いずれも特級だ。

 頼れる存在ではあるのだが、癖が強く、気苦労も多い。


 ――いつか会ってみたいな


 自分と同じ様な境遇の人間と、一度、話してみたいと思っていた。

 そんな会話をしながら歩き続けていた時、クレインが突然、指を指した。



「見えました。死霊都市ブルギアです」



 クレインが指さした岩陰の先にあったのは、古い城壁都市である。

 平原の真ん中に、佇んでいた。

 都市の奥には、森が広がっているようだ。平原と森の境界に建てられた都市なのかもしれない。


 まず最初に目を引いたものは、色。


 ――真っ白だ


 都市全体が白いのだ。


 さらに、その保存状態。驚くほどかつての面影を残している。

 中央にそびえる城などほとんど壊れていないほどだ。

 400年以上、誰も住んでいないはずなのに。


 不気味。

 まるで、ある日、突然人がいなくなったかのようにすら思える。



 ――魔力が……濃い


 シルバーウッドの最深部ではないかと思うほどの、魔力の濃さである。

 あまりの異様さに、睨むように都市を凝視した。


 遠く、かつての市街地や城の周りを、何かが飛んでいる姿が目に映る。


「鳥?」


 それも1体ではない。

 数十どころか数百はいる。


「今回の探索で最大の障害、竜騎士団の亡霊です」


「あれが……竜騎士」


 竜騎士団とはかつて最強と言われていた北部の騎士団である。


「ええ、都市崩壊時に、魔物と化した彼らは、死した今もブルギアを守り続けてるんです」


 ルシウスは1人息を呑む。


 鳥と見間違えたのは、遠目にも見える、動きからだ。人が騎乗した状態で、縦横無尽に、かつ円滑に飛んでいる。


 よほど訓練されているのか、乗り手の技量が高いのか、あるいは、その両方か。


 ――想像以上だな……


 他の3人は気に留めていないだろうが、騎獣を間近で見てきたルシウスにとって、それは異質そのものだったのだ。




 4人は開けた平原を歩き、死霊都市ブルギアへと、近づいていく。

 歩くのは、雑草がまだらに生えている、かつては街道であったろう跡だ。


 その先に続く、崩れ落ちた門がはっきりと見えてきた。

 徐々にその死霊都市へ近づき、都市が白い理由が判明する。


 ――凍りついてる


 真夏だと言うのに、城壁都市は氷つき、中は雪が降っているのだ。


 向かい風が吹くたび、冷気がルシウスたちへ吹き付ける。

 夏の暑さが吹き飛び、涼しさが駆け抜ける。


 だが、感じたのは爽快さとは真逆のもの。


 ――まとわりつく嫌な感じだ


 背筋から凍りつきそうな、ねっとりとした寒さ。


 街道跡を半分ほど来た所で、案内役のクレインがとまった。

 そして声を押し殺しながら話しかける。


「ここからは不用意に術式は使わないでください。竜騎士の死霊たちが一斉に襲ってきますから」


 3人は黙ってうなずいた。


「……では、今からブルギアの全体が見える場所へ向かいます」


 クレインは、近くの岩山を指さした。

 岩山は、夕日に照らされ、オレンジ色となっている。

 ルシウスはてっきり死霊都市ブルギアへ、足を踏み入れるものだと思っていた。


「ブルギアへは入らないんですか?」


 クレインは首が取れそうなほど、左右に振った。


「都市の中で、術式など使えば蜂の巣ですよッ! 命がいくつあっても足りませんッッ!」


「……では、どうやって魔剣を手に入れるのですか?」


 クレインは、自信ありげに3人の瞳を見つめる。


「作戦があります」


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