第77話 オルレアンスの拠点
ルシウスとクレインは、シュトラウス卿と共に、広大な城の廊下を歩いていた。
――すごいな
廊下には絵画や置物などの所狭しと置いてある。
いずれも高価なものに違いない。
数年前に来たときには、その価値が分からなかった。
芸術や美術に関しては明るくはないが、その美術品が丹念に、丁寧に作られたものであることは、すぐに分かる。
「欲しいのなら、どれでも持っていくがよい。権威を色付けるだけのものよ」
ルシウスは首を振る。
「いえ、この城にあるから価値があるのです」
貴族が豪華な暮らしをするのは、
いわば象徴なのだ。
民が暮らし、豊かになれば、様々なモノが作られる。
それらを貴族が高値で買えば、職人も更に豊かになり、発展していく。
美食を推進すれば、食器が、食材が、料理人の生活が豊かになる。
建物、衣服、宝石、薬すべてがそうだ。
そして、支えるだけのインフラが整備されていることの証明でもある。
城にあるものが、領主が守ってきた努力の結果が形を成しているだけである。
物自体は大事ではあるが、それを作れる領民が、文化があることが本当の財産。
当然、捉え方の順序が逆となり、ただの
シュトラウス卿は、ルシウスが正しく意味を理解していることに、目を丸くした。
「……本当に大きくなったな。さて、着いたぞ」
ルシウスとクレインは、会談が行われる部屋へと通された。
大きな丸いテーブルが1つ置かれた場所である。
最奥にシュトラウス卿が座り、促されるまま、ルシウスとクレインも席につく。
席につくなり、クレインが口を開いた。
「シュトラウス卿。ご無沙汰しております」
「クレイン、久しいな。ラートスは
「父は相変わらずです」
どうやら2人は顔見知りのようである。
「そうか。ラートスもオルレアンス家の現当主としての気苦労も多かろうな」
――クレインさんは当主の息子? ……ということは
前当主の老婆グフェルが、現当主は息子であると、かつて言っていた。
その息子ということは、クレインはグフェルの孫に当たる。
思い返せばどことなく鼻筋が似ているようにも思う。
驚くルシウスに反して、クレインの表情が抜け落ちた。
まるで何かの感情を押し殺しているかのように。
「そのようです。さて、本日お時間をいただいたのは、ほかでもありません。ルシウス卿の件です」
話を切り上げたいかのような話し方だ。
シュトラウス卿は、何かを察したのか話を進めることにした。
「……そうだな。話はグフェルから聞いている。あそこにルシウスを向かわせるのだな」
「はい。その許可をいただきたく」
うなずいたシュトラウス卿が、ルシウスへ視線を送る。
「ルシウス。オルレアンス家の管理地を知っているか?」
話からして、ただの領地ではないのだろう。
「いえ、存じておりません。何か問題でもあるのですか?」
「うぬ……質問を変えよう。ルシウス、シルバーウッドの果てには何があるか知っているか?」
奇妙な質問である。
「はい、シルバーハート村から向かって森の奥へ行けば、海と人の住まない荒地しかない、と父から聞きました。荒地の先はもう西部だとも」
「そうか。その荒地こそ、オルレアンス家が管理している土地だ。かつての北部の州都があった場所でもある」
オルレアンスの拠点が北部にあることは知っていたが、まさかシルバーウッドを挟んで隣だとは思っていなかった。
とはいうものの、シルバーウッドは広大な森である。
並の領地が、数個入ってもまだ足りないほどだ。
隣と言うには、離れすぎているか。
何よりも気になるのは州都があったという話だ。
「かつての州都、ですか」
昔、読んだ教科書によれば、州都バロンディアは400年以上同じ場所にあるはず。
それより前とすれば、相当、昔の話。
遷都する前の場所を見た記憶はあるが、その正確な位置まではすぐに思い出せない。
クレインが教えるように話しかけてくる。
「200年以上栄華を極めた州都は、突如、死人が魔物として蘇るという厄災が発生。わずか1日のうちに崩壊し、死霊都市ブルギアとなりました」
「死人が魔物になる? どういうことですか?」
「そのままの意味です。行けば分かります」
「……そうですか。しかし、なぜ、そんな所にオルレアンス家はいるのですか?」
荒地ならまだしも、死霊がうろついている土地に、価値があるとは思えない。
「もともとオルレアンス家は、死霊が発生した理由を調べるために組織された一族ですから。それが
「なるほど。それでクレインさんは、今は竜の術式を調べている、と」
「……そういう事です。問題は、今も尚、死霊が
最も大事な事。
それは、蚩尤との契約である魔剣の確保である。
死霊が魔物なのかはわからないが、魔物たちが
「魔物が住んでいるくらい、何の問題もありません」
シュトラウス卿は話がまとまった事を理解し、うなずいた。
「ならば、ルシウスが死霊都市ブルギアへ足を踏み入れることを許そう。だが、あそこは呪われた地。ルシウスとて、油断すれば足を
シュトラウス卿を訪ねてきた理由を理解した。
かつての北部の州都があった場所ならば、当然、その地は
「承知いたしました。ありがとうございます」
「今日はもう遅い。城に泊まっていくがよい。明日、明朝に発てるよう手配しよう」
「何から何までありがとうございます」
頭を下げたルシウスに対して、シュトラウス卿が声をかける。
「……ときにルシウス」
「何でしょうか?」
「お前が来る前に、ローベルから聞いたぞ。シルバーハート領を発展させるために面白い事を考えておるようだな」
なぜ知っているのか、と疑問に思ったが、考えれば当然だ。
事前に、
領主の息子が、寄親の大貴族に会いに行くのだ。一言、連絡を入れ無い方がむしろ問題である。
「そうです。魔物の森というのは、資源にも災いにもなりますから」
「うむ。時がくれば支援を出そう。それは北部全体にとっても良い話だ」
ルシウスは再び頭を下げる。
「ついては……だな」
シュトラウス卿が意味ありげに
そして、チラリとルシウスを見る。
「そなたの意見が欲しいのだ」
「何についてでしょうか?」
「北部の主要産業は小麦であることは、ルシウスも知っているな」
「もちろんです」
「東部は茶と製鉄、南部は小麦はもちろん農林畜産全般、西部は遺物、布、鉱物が特産である」
貴族であれば、子供でも知っていることである。
「北部は産業に乏しい。それを解決する為にあらゆる産業の育成に腐心してきた。だが……鉱脈、肥沃な土地、遺物が出土する遺跡も持たない北部は、常に他州に
王を輩出できなかった間接的な理由でもある。
簡単に言えば、政治交渉に使えるだけの利権も、金も、北部には無かったのだ。
では王を輩出できれば、全てが解決するか。
するわけがない。
産業は形だけ模した所で、発展などしないからだ。
「はい、存じております」
「なんでも良い。次の世代に繋がる知恵はないか。今、もしオリビアが王となっても北部は救われない」
シュトラウス卿は必死である。
もしルシウスの事業が上手くいったとして、シルバーウッドは潤うかもしれない。
だが、それは北部の一地方の経済的活性に過ぎない。
シュトラウス卿は北部全体の活性化を考えているのだ。
だが、すぐに問われても答えなどは持ち合わせていなかった。
「明日、出発までに考えをまとめておきます」
強い期待が灯る青い瞳がルシウスへと向けられる。
「頼む」
その夜、シュトラウス卿の城の一室を割り当てられた。
机に座り、しばらく北部の産業について考えるが、思考が整理できない。
気がつくと机にうつぶしたまま、眠りへと落ちていった。
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