第75話 ルシウスの狙い
「……父さん、母さん。俺は村のために、現代の竜騎士団を蘇らせる。それがこの村を豊かにする」
「何を言ってるんだ?」
父ローベルを始めとして、母エミリー、ローレン、そして集まった村人たちの視線がルシウスへ注がれた。
「騎士団を作ることが目的じゃないんだ。あくまでこの村を豊かにした結果、そうなるってだけで」
「……どういうことだ? 話がみえない」
「俺は東部を見てきた。東部の街は物騒な場所だったけど、北部よりずっと物や活気にあふれていた。俺は、将来の領主として、この村を東部、いや南部や西部と同じだけ、発展した村に変えていきたい」
うなずいたのはローレン。
ローレンもこの村に来た当初、麓村より栄えていないことに驚いていた。
村人たちは、半信半疑。
空気を感じ取った父ローベルが、皆の気持ちを代弁するかのように口を開く。
「いや、気持ちはわかるがな、ルシウス。村や街を発展させる為に必要なのは、結局は金だ。もっと言うと継続的に金を流通させるだけのウリが必要だ。この魔物の森の近くじゃ、売れる物は限られるぞ」
母エミリーも村人もその言葉に同調する。
「分かってる。でも、この村にはあらゆる貴族が求めるものがある」
「貴族が求めるもの?」
本当に、そんな物があるのかとばかりに、数人の村人が前かがみとなった。
「シルバーウッドだよ。それこそがこの領のウリだ」
皆わけがわからないという様子だ。
あきらかに落胆の表情を見せているものも多い。
「魔物の森なんか誰も求めんだろ」
「いや、そんなことはないよ。北部の貴族たちは皆、できるだけ強い式を求めるでしょ? でも危険は冒したくない」
「そりゃあ、そうだな」
「だから、僕はこの村に将来、式契約を支援する事業を創りたい。それも領民から貴族まで使えるくらいに」
両親や村人たちの反応は、訳が分からないと、顔に書いてあるようだ。
「式契約の支援事業? なんだそりゃ?」
「式との契約を村が全面的にサポートして、その間、村にも滞在してもらうんだ。その代わり対価をもらう。貴族だから、お金はたくさん落とすだろうしね」
多くの貴族は小麦の収穫が終わった後、式を得る。
式契約は多くの人員や長い期間がかかる場合もあり、貴族にとっても、領民にとっても、負担は大きいのだ。
それを外部へ委託できるのであれば、助かる者も多いだろう。
「だが、それは……」
ローベルの顔が
にもかかわらず、大抵の貴族は近場で、式を得る。
勝手知ったる場所で、可能な限り、リスクを低減させるための措置でもあるのだが、一番の理由は、それ以外の方法が、ほとんど存在し無いからである。
では、なぜ無いか。
理由は簡単。
式との契約は、常に危険を伴い、最悪、死人すら出るほどだ。
それもこの上なく。
かつてのオリビア遭難事件が、まさにそれである。
そのため、通常、血縁関係があるなど、余程近い間柄でない限り、式の契約のために他領の人間を滞在などさせない。
裏を返せば、シュトラウス卿が父ローベルを、どれほど信頼していたかが、分かるというもの。
また、ルシウスは王命があったため、東部でも滞在の許可を与えられた。
さらに、引率をユウが申し出てくれたため、真摯に対応してもらえたが、ユウでなく他の貴族であったならば、放置されていた可能性が高い。
「貴族の跡取りを、事故で死なせたら……」
当然、ローベルも理解している。
「そう。そのために、村の人達に強力な式を持ってほしんだよ」
「……その答えが亜竜か」
「そう。でもこれには時間もお金もかかる。何より貴族が長期滞在できるだけの設備も施設も、この村にはない」
当然、伯爵家や子爵家などの良家の子息、子女であれば、側仕えや護衛などが泊まれる場所も必要だ。
さらに長期滞在できるだけのサービスを提供しなくてはならない。
宿、食事、酒、給仕、マナーに至るまで、滞在中のあらゆるものを、貴族基準に合わせた上で、だ。
「本当にやるのか?」
「やるつもり。シルバーハート領を豊かにしたいのもあるけど、強力な式を北部全体が、安全に手に入れられるようになれば、北部も豊かになる。もしかしたら戦争で死ぬ人も減るかもしれない」
ルシウスの脳裏に、東部で2年間ともに暮らしたユウの顔がちらつく。
ローレンもその事を察してか、瞳を閉じた。
領主制の弊害か。
鑑定までは国をあげた仕組みがあるにもかかわらず、式を得る段では、各領主の判断に委ねられすぎている。
「……長くかかるぞ」
「ゆっくりやるよ、俺が生きている間に形になるくらいで」
1人の作業ではなく公共事業である。しかも産業を作ることなどは一朝一夕でできるのではない。下手をすれば10年以上、何の成果がでないこともある。
ゆえに、各領地の貴族たちが築いた産業や文化には価値があり、領民に長期的な職を与えることができるのだ。
「もう……そんな事を考えているんだな」
父ローベルと母エミリーは、驚きを隠せず、口が少し空いたままとなった。
そして、ルシウスの目をしっかりと見つめる。
「本気なんだな?」
この世界に生まれ落ち、自分を受け入れてくれた家族に、領民に、領に、何も返せていない。
自分の人生をかける価値は十分にある。
「もちろん」
ローベルが破顔する。
「よし、乗ったぞ! 俺はお前のやりたいことを全面的に支援する」
「父さん……」
思わずルシウスも笑みがこぼれた。
領民たちからも、賛同の声が次々と上がり始める。
「となると、まず建物と金が、な。貴族を相手にするなら、作法なんかも覚える必要がある」
「金はあるよ、この前陛下から報奨金を沢山もらったから」
母エミリーと侍女マティルダが一歩進み出た。
「作法や料理は、私とマティルダが、いくらでもお手伝いしますよ」
「母さん、マティルダさんも……ありがとう!」
「ローレンもね」
母エミリーが、後ろに隠れていたローレンへと目配せする。
「いえ、あの……私は……が、がんばりますっ!」
ローレンは貴族の血筋として産まれたが、貴族としての教育は受けていない。
それでも、生来の几帳面さと真面目さがあるため、母エミリーのもと、今まさに貴族の作法を覚えている。
「ローレンも、ありがとう」
「となると建築家がネックか。それも凄腕の。だが、ツテがない」
ローベルは、いつになく真剣な表情だ。
「そう。俺も同じ意見」
男爵や子爵であれば、そこそこの建物でも問題ない。
ルシウスの生家であるドラグオン家のように、領民に毛が生えた程度の
だが、最も金払いが良いのは四大貴族の親族達や伯爵家である。
作るべき建築や設備の基準を置くとすれば、最低でも伯爵の子息、子女、可能であれば四大貴族が滞在できるレベルのものを用意することが望ましい。
だが、四大貴族や伯爵家が、長期滞在したいと思えるほどのリゾートを作れるような建築家や職人は大抵、高貴な貴族のお抱えである。
貸してくれといって、簡単に借りられる人材ではない。
残念なことに、長らく貧しい北部には、職人はともかく、設計ができる建築家はもう居ないだろう。彼らにも、生活があるのだ。
そのため北部の盟主シュトラウス卿に、お願いしても困らせるだけ。
あと1人、東部のリーリンツ卿にお願いをすれば、
だが、既に魔剣を所望した後では、甘えが過ぎる。
代わりに何かを要求されるに違いない。
最も有りそうな話は
「今日、明日に始めるわけじゃないから。それにまずはできるところからで、下級貴族や領民向けに事業を初めて、徐々に拡大していくって方法もあるし」
興奮さめやらぬ中、村人たちの間でも、話が盛り上がっていく。
滞在する宿を、湖畔に作るべきか、草原に作るべきか、などという、まだ決まってもいないことで論争が起きたほどだ。
だが、時期は小麦の収穫、真っ盛りである。
1時間ほど議論が白熱したあと、皆、バラバラと仕事へ戻っていった。
たった1日である。
それでも、確かな手応を感じた。
邪竜が居れば、亜竜と比較的安全に契約させられる。
――次の課題は、魔核の階級、か
亜竜といえども、魔力量は正直だ。
術式は強力でも、3級の魔物は3級に過ぎず、4級の魔物もまた、4級である。
産業と呼べるものにするためには、最低でも2級、できれば1級の魔核を持つ人材を、安定的に育てられる仕組みが必要だ。
まだその答えは見えていない。
――俺が死んで、邪竜がいなくなった後も続けられるようにしないと
そんな事を考えている、1人の青年が足早に近づいてきた。
オルレアンス家の使いクレインである。
見ると、気もそぞろと言った様子だ。
「ルシウスさん、感動しました。今は、あまり契約している人はいませんが、竜や亜竜の素晴らしさを、是非、世の中に示していただきたい!」
やけに早口で、力の入ったクレイン。
最初に見た印象と少し異なっている。
「ええ。下級の亜竜は魔力が少ないので、持久戦には向きませんけど、そこは数でカバーできるかな、と」
「期待してますよ!実は、私、竜種と亜竜種の研究をしてまして。サンプルが少なくて困ってるんですよ!」
はにかみながら笑う青年クレイン。
オルレアンス家の中でも、研究対象の魔物が細分化しているのだろう。
「竜種どころから亜竜ですら、式にしている人は少ないですから」
「そうなんです! 北部だと騎士団のリタ大隊長くらいしかいなくて、ですね。……そこで、ですね? ………あの、ちょっとした、お願い、がありまして」
クレインは言い出しづらそうに、指先をモジモジとし始めた。
「なんですか?」
「その、本当に、ちょっとしたことなんですが……邪竜の頭を2つ。いや、頭を1つでいいので貰えませんか? ブレスの術式が調べたくて……ですね?」
「は?」
意味不明な言葉に、聞き間違いかと思った。
だが、満面の作り笑いを浮かべたクレインは、ルシウスの背後に控える邪竜の頭を、チラチラと盗み見している。
疑問が確信に変わる。
――あ、これ本気のやつだ
ハンカチを貸してくれませんか、とでも言いたげなノリで、頭をくださいと言ってきたのだ。
前世で習った、戦国武将も真っ青である。
「や、やっぱり無理ですよね。頭なんて、ははっ! ……なら、腕でもいいんですが?」
何をどう譲歩したのか、全くわからない。
――なら、って何? ならって
このときまで失念していた。
オルレアンス家は、生まれながらにして式の研究と記録が定められた一族でり、式の研究に余念が無い、式狂いであることを。
眼の前にいる、好青年に擬態している者も間違いなく、オルレアンスに席を置くものなのだ。
――うん、何を答えても負けるやつだ、これ
結果、笑うしかなかった。
「ははっ」
「ははっ」
お互いの乾いた笑いが響く。
ルシウスは笑いながら後ろへと、静かに
愛想笑いを浮かべたたまま、振り返った。
そして、何事もなかったかのように歩き始めたのだ。
話は終わったとばかりに。
「せ、せめて鱗だけでも!」
背後から、クレインの悲痛な叫び声が、虚しく響き渡たる中、初めての引率は順調に幕を下ろした。
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