第74話 初めての引率

「よし、集まったね」


 館の前にある小さな広場。


 集まったのはルシウス、両親やローレンたち。

 それに庭を取り囲む村人たちで騒然としていた。


 本日の主役は、ルシウスの前にいる10歳の子供が2人だ。


 村の少年と少女である。

 2人は緊張の面持ちを浮かべている。


「ブライアン、エジェリー。そんなに緊張しなくていい」


 2人はこのシルバーハート村の子供たち。

 彼らが幼児のときから、ルシウスは知っている。


「う、うん」

「はい!」


 2人が不安そうに返事した。


 ルシウスの手には篭手のような【騎獣の義手】が握られていた。


 この国では年に1回度、魔力の源である魔核を植え付けられた子供達を対象に、式と契約する儀式が催される。


 貴族にとって、領民へ式を与えるための引率は、重要な仕事である。


 魔物は人へ、力と術式を与える。

 人は魔物へ、進化と亡骸を与える。

 この長く続く営みがあったからこそ、今の国があるのだ。


 例年であれば、領主である父ローベルが担当する。

 だが、今年はルシウスが自ら任せて欲しい手を上げた。もともと時期がくれば相談するつもりではあったが、急遽、魔剣の話が舞い込んだため、半ば押し切る形で受け持つこととなった。


 ――よし、例の計画を始めよう


 ルシウスは不敵な笑みを浮かべた。


「2人はどんな式がほしい?」


 かつて父が尋ねた言葉を口にする。


 本人の希望というのは、とても大事である。

 

 式との契約は対等であり、双方向に義務を追うためだ。契約には、お互いの望み、生き方、両分、好き嫌いが一致していなくてはならない。

 希望がより具体的であればあるほど、適切な式を得られる可能性が上がるというもの。


「ルシウス兄ちゃん……」


 男の子がモジモジとしている。


「僕も……僕も竜と契約したい」


 シルバーハート領が産んだ傑物、ルシウスの式は竜。

 その村に住む子どもたちがルシウスの式と同じものを欲しがるのは必然と言えた。


 だが、竜はいずれも特級である。

 一級の魔核を持つルシウスですら、自らに縛りを与える誓約をもって、やっと契約に至ったのだ。


「うーん、ブライアンの魔核は4級だから、竜は無理かな」


「ちぇぇ」


 男の子は口をすぼめた。


「でも下級のワイバーンなら、いけるかもな」


「本当!? 火を吐ける!? 空も飛べる?」


「出来る種類もいるから大丈夫。ブライアンはレッサーワイバーンあたりを探そうか」


 少年は顔を輝かせた。


 反対に、顔をしかめたのは父ローベルである。

 村人達にも動揺が走った。


 ルシウスは構わず話を進める。


「エジェリーは?」


「お父さんとお母さんの漁を手伝える式がいい。川で泳げるような子。でも、空も……飛べると嬉しいかも」


「泳げて、空も飛べる、か。ならエジェリーは湖白竜こはくりゅうが候補か。見てから決めよう」


 湖白竜は湖に住む亜竜で、胸ビレが翼状となった蛇のような姿である。

 普段はおとなしい性格ではあるが、怒らせた時の暴れ方はやはり亜竜種そのものであり、危険とされる。


 村人の動揺が大きくなり、一斉にどよめきが起きた。


 たまらずローベルが歩み出る。


「ルシウス。お前に任せると言った以上口出しはしない。だが、意見は言わせてもらう。亜竜種は危険だ。式に向かんぞ」


 魔物の等級は、魔核と同じく内包する魔力量で決定される。


 だが、その力を現世に顕現させる術式は様々だ。1級だからといって、破壊の力が強いとも限らなければ、3級でも強い者もいる。


 亜竜はどれも凶暴で、攻撃的な術式を持つため、積極的に式に選ばれない。


 契約時の事故が多いのだ。

 この場合、事故とは契約を希望する子供の死傷を意味する。傷で済むケースは稀で、大半は死ぬこととなる。


 事実、父ローベルも、今まで誰一人に対して勧めはしなかった。


「父さん、分かってる。でも竜たちは力関係に敏感だから、邪竜がいれば、襲ってくることはない。それに、やりたいことがあるんだ」


「やりたい事? なんだそれは?」


 ルシウスは父へ、家族へ、そして、両親の背後にいる村人たちへと相対する。

 大きく息を吸い込み、決意を込めた言葉を口にした。


「俺はこの村を豊かにしたい」


 もともとそのつもりだったが、更にその気持が強くなった。


 領地を運営する貴族たちにとって、領の繁栄を願うことは当然である。

 もちろん父ローベルも母エミリーも同じ思いだろう。


 だが、このシルバーハート領は魔物の生息地に近すぎるため、これ以上、田畑を広げることができない。農作物も畜産物も、村の需要をまかなえる程度だ。

 また交易も難しい場所であるため、産業が育ちにくい。


 そのため、主だった産業は魔物生息地シルバーウッドから採れる宝石銀珀である。


 良くも悪くもシルバーウッドという森とともにある村なのだ。


「それは分かるが、亜竜の式と何の関係があるんだ?」


「うーん、たくさんやることが有るけど、これは、その一歩かな」


「……そうか」


 父ローベルが言葉を飲み込んだ。

 ルシウスがそこまで言うなら、という気持ちが見て取れる。


「あ、あの……ルシウス様」


 広場を取り囲む村人のうち、一人の女が心配そうに声をかけてきた。

 男の子の母である。


「ほ、本当に、ブライアンに、その、危険は……」


 本来、貴族が決めたことに、平民が口を挟むことは無い。

 議会を持つような大きな街で、代表者となった豪商などが初めて意見することである。


 だがここは田舎の男爵領。

 ルシウスを含めて村人たちは皆一緒に育ってきた。


「大丈夫ですよ。ブライアンに傷一つ付けさせません」


「そ、そうです……か」


 なお、信じられないという様子だ。


 ――無理もないか


 市街地の人間であれば、ルシウスの言葉を、そのまま信じただろう。


 なぜなら亜竜を見たことがないから。


 だが、この村で長く住んでいる人間であれば見たことがある者も多い。さらに言えば、村人が襲われたという話を聞いたのは一度や二度ではない。


「ともかく、子供達を無用に危険に晒すつもりはありません」


 式との契約は、常に危険を伴うものである。

 魔物に直接触れるのだから、当然だ。


 だからこそ、どの程度のリスクなら受容できるか、あるいは、回避するべきかの判断を間違えてはいけないのだ。


 重々ルシウスも理解している。

 だからこその宣言である。


 ルシウスの言葉に、村人たちも口をつぐむしかなかった。


 ◆ ◆ ◆


「よし、契約できたね」


 ルシウスの前には巨大な蛙が息絶えていた。

 契約を終えた村の少女がルシウスを心配そうに伺う。


 少女の背後には羽を持った白い蛇のような魔物。


 契約したばかりの湖白竜こはくりゅうだ。


「大丈夫。怪我はないよ」


 水に住む亜竜、湖白竜と契約するために、森の湖を訪れていた。

 エジェリーと湖白竜が契約する際に、群がる周囲の魔物をルシウスが引き受けたのだ。


 契約できなかった湖白竜と周囲の魔物達から、エジェリーを守りながら、試みること9度。

 今しがた、契約を無事に終えた。


「次はブライアンだな」


 村の少年ブライアンの瞳に緊張が走る。


「大丈夫」


 ルシウスの左手から粒子が飛び出し、周囲の木をなぎ倒しながら、三つ首の黒銀の邪竜が現れる。


 瞬時、契約したばかりの湖白竜が隠れるようにエジェリーの左手へと消えていった。邪竜に怯えたのだろう。


「ブライアン、エジェリー。ここからは邪竜に乗っていこう。おそらくレッサーワイバーンなら空へ逃げたときに、捕まえられる」


 少年少女は震えながらも、ルシウスに引き上げられ、邪竜の背へと乗り込んだ。

 3人がまたがると、掛け声とともに、邪竜の巨体が浮き上がる。


「掴まって」


 同時に周囲の魔物たちが「キイキイッ」と金切り声をあげ、一斉に逃げ出した。

 邪竜の暴力的なまでの気配を察知したのだ。


 今まで邪竜を顕現させていなかった理由は、湖白竜に水中へ逃げられるからである。


 だが、今はこれが好都合だ。

 

「いた」


 空を見回すと、逃げ出す群れの中に、緑色の体表を持った魔物が数体混ざっている。

 レッサーワイバーンである。


 ルシウスは空を羽ばたく邪竜の上で、男の子へ【騎獣の義手】を左手にはめさせた。


「ブライアン! 近寄るから、どこでもいいから触るんだ!」


「わ、分かったよ」


 邪竜の翼が大きく振られると、猛烈な速度で空を駆ける。


 逃げる魔物との距離は、すぐに縮まった。

 レッサーワイバーンは小型の亜竜とはいえ、軍馬を超えるほどの大きさはある。


 逃げ惑う亜竜のすぐ後ろへと着けた。


 なおもレッサーワイバーンが旋回しながら、邪竜を振り切ろうと逃げる。

 だが、飛翔能力も旋回性能も邪竜が圧倒的に上である。


 すぐに横にピタリと並んだ。


「今だ!」


 ルシウスに背中の服を掴まれた状態で、男の子が精一杯に身を乗り出した。

 そして翼に【騎獣の義手】で触れる。


 何も起こらない。

 村の少年の悔しそうな声が響く。


「次ッ」


 すぐに近くにいた他のレッサーワイバーンへと切り替える。

 それを繰り返すこと11回。


 少し離れた所へいたレッサーワイバーンへと近寄った。

 追いつかれた亜竜は、邪竜を必死に振り切ろうと、空での退避たいひを諦め、一気に降下した。


 それに続く形で、ルシウスも邪竜を森の木々の下へと潜る。

 地面のわずか1mほど上を、2体の竜が翔けていく。

 子供たちは、必死に邪竜の鱗へとしがみついた。


 木の間を巡るように旋回させ、徐々に距離を詰めた。


「後少しッ!」


 レッサーワイバーンの翼が邪竜の顔をかすめそうな程に、至近する。


「今だ!」


 男の子が精一杯手を伸ばし、翼へと手が当たった。


 ――どうだ?


 レッサーワイバーンが弓の弧を描くように、水平に急旋回した。

 それに邪竜も追従する。


 直後、ブライアンがはめた【騎獣の義手】からこぼれ出た魔力とレッサーワイバーンの魔力とが、一筋の糸が絡み合うように繋がった。


 ――成功だ


 以前は分からなかったが、ルシウスは式を得たことで、契約時の魔力のつながりが明確にわかるようになっていた。


 ルシウスが振り返ると、邪竜からやや離れた場所を、緑色の鱗を持ったレッサーワイバーンが対空している。

 どうやらブライアンと契約できたものの、邪竜を畏れて近づけないようだ。


「契約できたね」


「うん!」


 怖がるレッサーワイバーンを何とかなだめ、ブライアンの魔核へと収まってもらった。


「予想以上の出来だ。これは本格的に考えても良いかもしれない」


 ルシウスは一人呟つぶいた。


「ルシウス兄ちゃん、何を考えるの?」


 村の少年ブライアンが不思議そうな表情を浮かべる。

 それはエジェリーも同じである。


「ちょっと村を豊かにするアイデアがあるんだけど、それには強い式を持っている人たちが必要でね。それも沢山」


 2人は話が全く分からないのか、ポカンとしている。


「とりあえず帰ろうか」


 2人の子供を邪竜の背に乗せ、一気に森の上空へとあがる。

 森の切れ端に村が見えてきた。


 子どもたちを落とさないように速度を抑えながら飛ぶとはいえ、シルバーハートの村に着くのに、さしたる時間は不要だ。


 村の上空を飛び越え、一気に村の中心である広場へと舞い降りた。


 すぐに駆けつけたのは父ローベル、母エミリー、ローレンである。


 騒然とし始め、すぐに村人たちもバラバラと集まってきた。

 その中には子どもたちの両親も混ざっている。


「ど、どうだった?」


 最初に口を開いたのは父ローベル。


「ああ、2人とも亜竜と契約できたよ」


「ほ、ほんとうかッ!?」


 安堵の表情を浮かべる村人たち。


 邪竜の背から飛び降りた子ども達を、抱きしめるため、各々の両親が向かってくる。


「こんなに亜竜との契約が楽になるとしたら、いつか竜騎士団が出来ちまうかもな」


 冗談混じりに声を上げるローベル。


「もう、ローベルったら。そんな大昔とは事情が違うわよ」


 母エミリーもたまらず、口を挟んだ。


「ちがいねぇッ!」

「何なら竜騎士団を、村で立ち上げちまいましょうかね」

「ははッ! なに馬鹿言ってるんだよ」


 村の人間たちも笑い始めた。


 竜騎士団とは、かつてルシウス達がいる北部で編成された当時最強の騎士団である。

 皆、亜竜の式をもつ騎士達であったと伝えられている。


 だが、ある事件をきっかけにその多くが命を落としたらしい。さらに、亜竜との契約が危険であることもあり、徐々に竜を駆る人が減り、自然消滅してしまったと聞く。


 そんな中、ルシウスが真剣な顔で声を挙げた。


「……父さん、母さん。俺は村のために、現代の竜騎士団を蘇らせる。それがこの村を豊かにする」

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