第64話 最奥の番人
迷宮の最奥。
四方を石壁に覆われた花畑に、光が差していた。
冬だと言うのに、野には色とりどりの花が咲き乱れ、中央に岩が1つある。
見上げると、煙突を下から覗き込んだように、切り取られた空と太陽の光が見える。
――ここは前、スライムを追ってたときに落ちかけた所か
以前、黒い偽核と共に、飛び込んだ縦穴の奥底へと出たようだ。
「どうやら当たりね」
シャオリアは、周囲を警戒しながらも、安堵の声をもらした。
ルシウスも辺りを探し始めると、岩壁が目につく。
平滑な壁から、何かを
巨大な長い何かが元々埋まっており、それを無理やり掘り返したように思える。
「魔物が居た跡でしょうか?」
「わからないわ。でも居たとしたら、相当大きな魔物ね」
推測しても
ルシウスが一歩前へ進んだとき、中央にある岩の背後から、何かが顔を
黒銀の偽核である。
ルシウスが以前、逃したものだ。
人の気配に気がついたようで、殻に
「居ました、黒い偽核です」
「……あんな色、見たことがない。黒い偽核は本当にただの黒。あんな
花と陽光ばかりに目を取られていたが、意識を向けると中央の岩へも、違和感を覚えた。
異様に平らな面が目立つ。
時を同じくして、察したシャオリアが声を上げる。
「あの岩、ゴーレムね。……でも、あんな素材見たことがない」
赤黒い
他のゴーレムより2回りは大きいように思う。
「壊れているんでしょうか」
ルシウスが一歩近づいたとき、ゴーレムの目が少し動いたように見えた。
――生きてる
ルシウスは瞬時に、剣と盾を虚空から作り出す。
魔力に反応したのか、花畑の中央に鎮座していたゴーレムの
「チッ、どうやら稼働中みたいね」
シャオリアも人の姿のまま、槍を顕現させる。
「ですね」
ルシウスが剣に光をまとわせ、走り出した。
花びらを舞い上がらせながら、ゴーレムへ詰め寄る。
勢いを付けたまま、立ち上がり中のゴーレムへと、大きく剣を振りかぶった。
凄まじい衝撃を受け、体がバラバラになりそうなほどの振動が、肺を駆け巡った。
吸い込んだ空気を無理やり吐き出させられる。
防魔の盾が、砕けた音が、風切り音に混ざって耳に届く。
――盾がッ!!
盾を砕かれて、なお、衝撃を完全に殺せなかったため、吹き飛ばされたようだ。
瞬時に理解する。
以前、戦ったクリスタルゴーレムより上位の存在であると。
――魔鋼ゴーレムだ
最上級のゴーレムにして、国が手に負えないものとして、ただ封じる存在。
ルシウスは吹き飛ばされながら、その身に戦神を降ろす。
肉体が
ダンジョンの壁に激突し、壁が崩れ落ちる。
土煙が舞いあがり、中から黒い甲冑が現れた。
崩れる瓦礫など意に介せず、膨大な魔力を込めた光をまとった剣を構える。
「シャオリア旅団長、援護を」
ルシウスはそのまま
シャオリアも、自身の置かれた状況を素早く察知し、蛇のような下半身を持つ龍女を顕現させる。
ルシウスの接近に対して、赤黒いゴーレムの単眼に灯った光が、不気味に強さを増す。
光の強さに比例して、肉眼で見えるのではないかと思うほどの魔力が、凝縮されていく。
光へと込められた凶悪な魔力密度。
極限まで魔力が凝縮された時、光りの線が放たれた。
光はゴーレムの体躯と似た、赤黒い
――まずい
すぐさま鉄板から鎖の巻き付いた盾を顕現させた。
光線を受け止めた盾が、一瞬で
盾を起点として、四散した光の線が、背後の壁へと降り注ぎ、壁がドロッと溶けた。
爆散するようなものではなく、熱を静かに伝えるものなのだろう。
しかし、背後に感じる焼け付くような焦熱。
直撃すれば蚩尤でも溶け落ちるかも知れない。
「すごい熱だ……だけどッ」
一方、赤黒いゴーレムの反応は鈍い。
――やっぱり
一時的な熱暴走だろうか。
あれほどの熱量を噴出したのだ。
邪竜が異常なだけで、普通であれば自身もダメージを受けるはずと考えた。
黒い甲冑姿のルシウスが駆け寄り、剣を振りかざしたとき、赤く光る単眼がにらみつける。
「もう回復したのかッ!?」
光る熱線を受ける覚悟をした時、魔鋼ゴーレムの背後からシャオリアが迫る。
手にした槍を、ゴーレムの後頭部へと突き刺したのだ。
金属へ
直後、赤黒い光線が放たれた。
僅かに逸れた熱線が、ルシウスのすぐ横を通り過ぎ、再び壁を焼け溶かす。
すぐにルシウスとシャオリアは間合いを取った。
「……最悪ね。魔鋼ゴーレムなんて、一個師団を持ち出しても、
「時間がありません。このまま、倒します」
「……貴方が言うのなら、本当にできそうね」
「あの魔力の光は連射できないようです。
「……なら私が
「いえ、大丈夫です。囮ならいくらでも作れます」
言い終わる前に、蚩尤の影から鎧兵が這い出てくる。
一瞬の溜めも置かず、鎧兵が魔鋼ゴーレムへと向かっていった。
すぐさま魔鋼ゴーレムの目から
赤い光線が花畑を斬り裂いた。
花が一瞬で焼失し、床に煮えたぎる溶岩の川ができる。
――囮としては十分
鎧兵に紛れる形で、魔鋼ゴーレムへにじり寄る。
数度の光の噴出を繰り返し、3体の鎧兵が魔鋼ゴーレムと飛びかかった。
「今だ」
ルシウスは一気に足に力を込め、地面を疾走する。
一瞬で間合いを詰め、光をまとわせた剣で斬りかかった。
――硬いッ!!
嫌に鈍い音を立てながらも、力任せに剣を振り抜いた。
しかし、大きな切り傷を作ったのみ。
すぐに鎧兵からルシウスへと、照準が切り替わった。
――来るッ
避けるにしては、
どこへ逃げても、体のどこかは撃ち抜かれる。
四肢のどれを犠牲するか迷った時、ゴーレムの顔へと水球が落とされ、目から水蒸気が立ち昇った。
「こっちよ!」
シャオリアが水球を周囲に漂わせ、隣へと来ていたのだ。
すぐにゴーレムの太い腕で、水球が振り払われ、花々へ雨のように水滴が振り注いだ。
そして、その腕へと、シャオリアが巻き付いた。
蛇のような長い胴体を使い、腕を封じている。
ゴーレムが冷徹な視線を送り、目へ光の魔力を込める。
――自分の腕ごと撃ち抜くつもりか!?
戸惑うルシウスを、よそにシャオリアは一向に逃げる様子がない。
「今よ!」
死をも
意思ある行動だと、理解した。
ルシウスは寸秒を争い、斬りかかろうとするが、刃が届く前に、赤い光線は放たれてしまう。
ルシウスの頭に、ジョセフの顔が
――死なせないッ
ルシウスは左手をかざし、圧黒を放つ。
ほぼ同時に放たれた
圧黒が周囲の空気や地面ごと、光る線を
流星が星に引き寄せられるように、光線の軌道が弓形に
シャオリアの肩を
――今だッ
剣の先端に、膨大な魔力を集める。
以前、蚩尤の装甲を貫いた、一点突破の
それを蚩尤の魔力で成す。
「終わりだッッ!」
魔鋼ゴーレムの装甲を突き破り、頭部に刃が深く
光の剣が、頭を貫通したのだ。
途端、ゴーレムの腕と8本の足から力が失われ、地面へと倒れるように機能を停止した。
シャオリアが呆然としながら呟いた。
「勝った……魔鋼ゴーレムに……」
腕から下半身を
「本当に……甘いわね。邪竜の術式を使ったでしょ。ルシウス殿は、騎士には向かないわ」
「騎士になるつもりはありませんから。立派な男爵になるのが目標です」
「だとしてもよ。上に立つっていうのは、誰かを犠牲にするってことよ。私もたくさん犠牲にしてきた。今さら私だけが助かろうなんて、思わなかったのに」
「いいじゃないですか。何の犠牲もないのが、一番良いに決まってます」
シャオリアが笑う。
「本当、そうね」
ゴーレムの膝が崩れ落ちたとき、隙間から黒い
――黒い偽核
スライムは、体を震わせ、すぐに逃げ出す素振りを見せる。
ルシウスは一瞬で、黒いスライムを手で捕まえた。
蚩尤の握力で握りつぶさないように優しく包む。
「やっと捕まえた」
黒い鉄色のスライムは、手の中で、必死に逃げ出そうとゼリーのような身体をくねらせている。
だが、逃がすはずがない。
蚩尤の顕現を解きながら、黒鉄色のスライムを抱き寄せた。
手に触れたことではっきりと伝わる。
それは以前、見た白い偽核よりも多い。
「1級の魔核より魔力が多い」
「なら、特級の偽核じゃない」
「あるんですか? そんなの?」
「聞いたことないわ。でも、1級より上なら特級でしょう。次の敵が来るかも知れない。早く取り込みなさい」
「ですね」
ルシウスは服をめくり、黒い偽核を、へそに当てる。
すると、薄く小さく伸びた偽核がルシウスの体内へと、少しずつと入っていく。
へそから冷たく、ねっとりとした液体が、体内へと侵入する感覚は、極めて不快ではあるが、同時に、へその緒を通して母の子宮と繋がるような安心感も覚えた。
両手で抱えていたスライムが手の中から消える。
今、どこに居るかは明確だ。
仙骨というのだろうか、脊椎の終端辺りに存在を感じる。
昨日までなかった魔核が、急に1つ増えたような不思議な感覚。
確かに、
体中の魔力が、これまでにないほど充足している。
「これで一安心ね。早く報告に行きましょう」
「そうですね」
久々の安堵感に、ルシウスは花の上に腰を降ろした。
邪竜に喰われる心配は、ひとまず
期待に胸を膨らませ、左手の甲へと目をやる。
だが、目に飛び込んだものは期待したものでは無かった。
――黒い円
黒い模様が浮き上がったまま。
消えるどころか、むしろ圧黒を放ったことにより、急速に拡大していた。
完全な円となっている。
「どうして……魔力は十分なはず……」
突然、左手に痛みが走る。
『力を与えろ』
そう言われた気がした。
左手の痛みとともに邪竜の存在が膨れ上がる。
すべてが無意味だったのだ。
魔力量など関係なかった。
魔核に秘める魔力には、遅々として進化させられない
だが、進化の方法など分からなかったのだ。
手を固く
「ルシウス殿……」
シャオリアの言葉が詰まる。
なんと声をかけて良いのか、わからないのだろう。
力を抜き、大きく息を吸い込む。
息を静かに吐き出し、諦めたように言葉を
「シャオリア旅団長、逃げてください、今すぐに。いつ邪竜が現れてもおかしくありません。……僕は地上には戻りません」
地の奥底で、静かに1人死を待つ。
想像するだけで、胃に冷たいものが流れた。
だが、地上の人間を巻き込むわけにはいかない。
「ルシ……」
シャオリアが話かけようとしたとき、スっと横を何かが通り過ぎた。
小さな青い鳥である。
宝剣に手をかけようとしたルシウスを制する。
「待って、伝令用の式よ」
ルシウスたちの周囲を飛び回る青い鳥から、男の声が響く。
声の主は、緊迫したカラン師団長だった。
「シャオリア旅団長、聞こえるか!? 至急、帰還せよッ! タクト領へ帝国軍が侵攻して来たッッ!!」
「タクト領へ……侵攻」
シャオリアの顔から血の気が引き、唇が
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