第55話 迷宮
迷宮の中は、生温かい。
外の真冬の寒さからすれば、上着も不要なほどである。
少しだけ凹凸があるが、平滑な黒い石でできた壁や床。
自然の創造物ではなく、明らかな人工物のように感じる。
「思った以上に明るいですね」
誰も照明を持ていないにも、かかわらず視界は保たれている。
「ああ、魔石がありますからね」
「魔石? 魔物の?」
「そうです。どういう理屈かは分かりませんが、死んだ魔物の魔石は【迷宮】に集まります。その魔石が少し光るんです」
言われてみれば、壁に沢山の魔石が埋まっており、それが淡く周囲を照らしていた。
更に違和感を覚える。
――魔力が、流れてる?
魔力の濃度が高いことは入った瞬間にわかったが、どうやらそれだけではないようだ。通路を魔力が流れているようにも感じる。
――不思議な空間だな
回りを見渡しながら、通路を道なりに進んでいく。
しばし歩き、通路を曲がったときに、突如、羽の生えた獅子が視界に飛び込んだ。
咄嗟に剣の
それをジョセフが手で制止した。
「大丈夫です。もう死んでます」
よく見れば、羽が生えた獅子は壁にほとんど埋まっており、化石のように石化している。
「なんで魔物が」
「それもよくわかっていません。魔石と同じ様に、死んだ魔物も【迷宮】に取り込まれるらしいです。ただ、魔物の方は仮死状態らしいですが」
「仮死状態?」
「僅かに生きている……らしいです。死期が近い上級の魔物は【迷宮】と共に静かに死んでいくと言われています」
「やっぱり不思議ですね」
話からすると、ルシウスが契約した蚩尤も、この迷宮から発掘されたのかもしれない。
「青の時代に作られたものですから、何があっても、おかしく有りません」
「大昔、人が空から降りてきた時の時代でしたっけ?」
「そうです。とはいえ俺もただの学者たちの受け売りに過ぎません。それでも青の時代の遺物が採れる事は事実。だからこそ、騎士団が派遣されます」
騎士団は何も探求心で迷宮に来るわけではない。
遺物の発掘という実利があるからこそ、危険を承知で潜るのである。
「そんなに昔からあるのに、まだ新しく見つかる事があるんですね」
「このホノギラ領のように、領主家が隠蔽してた迷宮が後から報告されるケースがほとんどです。流石に本当に誰にも見つかっていない迷宮など、多くはないでしょう」
ルシウスは霊廟の中に、多く転がっていた遺物を思い出した。
――あれはここで発掘したものか
「隠蔽されてたんですか?」
「そうです。領内で見つかった場合、領主にも調査費の負担を求められます。知らぬふりをする事が多いようです」
「また随分と現金な理由ですね」
「大体の物事はそうでしょう。ですが、ルシウス殿。気をつけてください」
「もちろんですよ、ダンジョンが危ないことは理解してます」
「それもあるんですが。ここは特に異様です」
ジョセフ以外の騎士たちも緊張した面持ちを浮かべる。
「異様?」
「連日、数名の死傷者がでているんですが、それ以上に帰ってこない人間が多い」
確かに入り口での気が立ちようは、異様だったように思う。
「遭難ですか?」
「わかりません。普通、【迷宮】でも、ここまで行方不明者はでません」
「何か、があると」
「その可能性が高いです。何より、ここを隠蔽していたオマリー伯爵家にあった遺物。数が多すぎるんです」
「多すぎる?」
「ええ、
「たしかに。こっちは一個師団まで来て――」
ルシウスが応えかけたとき、前方に何かが見えた。
――スライム?
手足も目も口もない青いジェルが風もないのに震えていた。
透明な体の中には、丸い核のようなものが浮いている。
「早速のお出ましだ。偽核です」
「……んッ!?」
何かとんでもない言葉を聞いた気がする。
「偽核って、あれがですか!?」
「え、そうですよ? あれが迷宮でしか採れない偽核です」
――どう見ても可愛くない系のスライム
「待ってください。あれを、どう使ったら魔力量が増えるんですか?」
「へそです」
「へ……そ?」
「そう。あれをへそに当てたら体の中に入って、魔力量が増えます」
「ちょっと意味がわからないんですが?」
「簡単です。あいつが体の中に居つくと、魔核のように魔力を生産してくれるようになります。1人1体までしか取り込めないのが、残念ですが」
「いや、それって体に害はないんですか? 完全に寄生されてますよね?」
「何の問題もないです。騎士以外でも欲しがる人間も多いくらいで」
最初は何かの冗談かと思ったが、何を今更、という視線が騎士団全員からルシウスへ注がれている。
どうやら真実であるようだ。
――生理的にきついな
眼の前に居るスライムから僅かに魔力を感じる。
だが、微弱な魔力だ。
「このスラ……偽核は1級ではなさそうですね」
「ああ、こいつは6級です。どこにでもいます」
「見ただけでわかるんですか?」
「色です。魔力量による影響か、階級によって色が変わるんですよ。ちなみに1級の偽核は黒色か白色です。長い事、騎士をやってますが、一度しか見たことありませんが」
黒く濁ったジェルの塊が体に入ってくることを考えると、お腹あたりがむず
――絶対に体に入れたくないんだけど
「……そうですか」
騎士団たちは青いスライム、もとい偽核の横を通り過ぎて行く。
「捕まえたりしないんですか?」
「ええ、偽核はどういうわけか迷宮の外だとすぐ死にます。なので、偽核が欲しい時には迷宮の中で、体内に取り込む必要があります。それが上級の偽核を捕まえる難易度を上げてるんですが」
「なるほど」
外界で存在できれば、どこぞの家宝になっているに違いない。
だが、迷宮の中で出会う必要があることが、王族や四大貴族といえども保持していない理由なのだろう。
再び、歩き始めたとき、また何かが現れる。
それは頭上を通り過ぎた。
――次はコウモリか?
そこには土色の手のひらに乗りそうな物が飛んでいた。単眼であることを除けばコウモリに似ている。
「見つかったッ! 偵察ゴーレムだ」
騎士の一人が手に持った槍でコウモリを突き刺した。
「早速、来たぞ」
ジョセフが目を見張る。
――なんだあれ?
通路の前方に、何か大きくうねるものが数体いた。
人の背ほどの土器。
蜘蛛のような脚の上に、人型の上半身が乗っている。
更に異様に太い腕が4本。
「あれが」
ジョセフが左手から式を顕現させながら答える。
「ゴーレム。迷宮の番人どもです」
ジョセフの左手から牛のような式が顕現した。
大きすぎる角により頭が、垂れ下がっている牛である。
以前、オリビアと共にシルバーウッドに来た護衛騎士も契約していた魔物だ。
牛の式の視線から目に見えない魔力が放たれ、ゴーレムの一体へと当たる。
直後、ゴーレムが停止した。
「止まった……」
「カトブレパスの毒眼は、格下であれば相手の動きを強制的に止めます」
――なかなか便利そうな術式だ
残り2体の土ゴーレムが、停止させられた個体の横を抜ける。
丸みを帯びた手の形が変化し、鉤爪のような剣となった。
ルシウスも応戦しようと手に魔力を込めたところ、小隊の数人が前へと出る。
――手出し不要ってことかな?
北部の人間らしく、馬や豹などの騎獣を顕現させて
狭い通路のなかを縫いながら、手慣れたように騎乗した騎士が弓矢を放つ。
弓矢でゴーレムを牽制し、他の騎士が式とサーベルが首を
途端、ゴーレムが崩れ土塊へと還っていった。
その土は何の変哲もないもの。
――ただの土だよな
「皆、よくやった。もうゴーレムはいなさそうだ。先に進もう」
ジョセフが式を戻しながら、声をかける。
噂には聞いていた。
迷宮の番人、ゴーレム。
探索最大の障害である。
先ほどの強さをみる限り、さほどではなさそうだ。
魔物で言えば、いい所で4級程度だろう。
「ちなみに、あれは土の最下級のゴーレムです」
「土?」
「そうです。ゴーレムは何で作られているかで全く強さが違います。岩や金属で作られた奴になってくると厄介になっていきます」
「では、次は僕も手伝いますよ」
「ありがたいです。ですが、最悪は魔鋼という金属でできた奴です。見かけたら。すぐに逃げてください。ほとんどの術式が効かないやつなので」
「わかりました」
その後も周囲に注意しながら、進んでいく。
所々で、緑や黄のスライム、もとい偽核を見かけるが圧倒的に青色の6級が多い。
また数分ほど歩くごとに、通路の分岐や脇道に出くわす。
それが出てくる度、小隊の測量担当が地図にマッピングをしていくのだ。
マッピングをした地図を他の数名がすかさず、模写するという行為を繰り返していた。
――地図が無くなったら出られなくなるかも
どうやら小隊は戦闘員と測量や物資の搬入などの支援班に分かれているようだ。
「ジョセフ小隊長。計測終わりました」
「ありがとう、ハミヤ」
「いえいえ」
どうやらその支援班と戦闘班との連携をしているのがハミヤというボブカットの少女らしい。
「さて、ここからが未開拓領域だな」
「まだ行ったことがない領域なんですか?」
「いや、ここ自体には何度か入ってます。ですが、まだ通路がほとんど分かっていません。それに、鉄ゴーレムが出るエリアです」
「鉄ゴーレム?」
「土、岩の上で、魔物で言えば2級くらいの強さですね。昨日も1人死にました」
騎士たちが沈痛な面持ちを浮かべる。
励ますように、ジョセフがわざと明るい声を張り上げた。
「でも、みんな実家に楽をさせてやりたいんですよ。それに、今のシャオリア旅団長になってからは、大分、北部出身者も優遇してもらえるようになったんです。普通、北部の人間ってだけで、戦場だと消耗品扱いです」
「やるせないです。同じ国の人間なのに」
聞いていた通りである。
兵役は一例にすぎない。
政治的に弱い北部は、それだけであらゆる面で、冷遇され続けている。
国の様々な負担が、北部へと集まっているように感じた。
「泣き言を言っても仕方ありません」
ジョセフは何でも無いとばかりに笑う。
そして、団員たちへと声をかけた。
「さて行くぞ」
ルシウスは北部の騎士たちとともに、未開の領域へとゆっくりと足を進める。
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