第54話 偽核

「【迷宮】はこっちよ」


 薄暗く湿度の高い地下通路を歩く。

 親善試合の後、旅団長シャオリアに連れられ、ルシウスは砦の地下へと潜っていた。


 前を歩くシャオリアは気を張り詰めたままである。


 ――まあ、仕方ないか


 ため息をついた。


 どのような背景や事情があろうが、家族や友人を殺した人間と、殺された人間が混じり合うことはないだろう。


 ルシウスの吐息を察したのか、振り向かずにシャオリアが語りかける。


「別に本気で、貴方を殺そうとしたわけじゃないわよ。そこまで騎士団は落ちぶれてない。皆の前で、骨を数本、へし折ってやろうと思っただけ」


 防魔の盾がある事を、予め知っていた上での攻撃であった事を考えれば、本当なのだろう。


「今の僕にとってはそれは死と同じです」


 ルシウスは左手の甲に浮き出た、三日月型の模様に目を落とす。

 この三日月が満月になる時、ルシウスは邪竜に喰われてしまう。


 時間が無いのだ。

 怪我で寝込んでいる場合ではない。


「ここは騎士団の砦。治癒の術式を持っている人も多いの。大概の怪我はすぐに治せる」


「ならいいか?……いや、そういう問題ではなくて」


 シャオリアの肩がピクリと揺れる。


「構わないわ。私も貴方とれ合うつもりもない。でも覚えておいて。色んな感情を飲み込むのにも、理由やきっかけが必要なのが、人という生き物よ」


 ルシウスが言い返そうとしたとき、突如、明かりが差した。


 き出しの岩肌に大きな横穴が空いている様子が見える。


 ――あれが【迷宮】の入り口か


 横穴の前にあるのは、地下とは思えないホールのようにひらけた空間。

 幾本もの松明が焚かれているため明るいが、どこか陰鬱いんうつとした雰囲気が漂っている。


 ホールには2つの集団がいた。

 各々20名ほどの小隊だろう。


「まさか俺たちだけで、また、あそこへ行けと言うんじゃないだろうな!?」


「お前たち以外、誰が行く」


「ふざけんなッ! こっちは昨日、死人が出たんだぞ!」


「知るか。北部ノリスに産まれたことに文句を言え」


 ――なんだろう


 前方にいる集団同士の言い争いは続く。


北部ノリスの生まれだからって、無理難題ばっかり押し付けるな!」


「はっ? 当たり前だろ」


 言い争う2つの小隊に対して、シャオリアが声をあげる。


「静粛に」


 直ちに、その場に居る全員が敬礼をした。


「【迷宮】探索における小隊の役割は既に決まっている。今更どうしたの?」


「我々の探索エリアは想定以上にゴーレムが多いです! 体制について、ご再考下さい」


 シャオリアは抗議する男へと相対する。


「わかったわ。探索済みのエリアを、あなた達に割り当てるよう言っておく。それでいいでしょ?」


「い、いえ、そこまででなくて良いのですが」


 シャオリアの言葉に、急激に男のトーンが下がった。


「どっちなの?」


「その……今のエリアのまま、他の小隊と分担させてもらえれば……」


「騎士団の人員は限られてる。わかっているでしょう、ジョセフ小隊長」


 正論を言われたのか、ジョセフ小隊長と呼ばれた男が、押し黙る。


「領地は削られ、負担も増える、そんな北部の生家を支えるために貴方達は騎士になったんでしょ。だからこそ、成果が得やすい場所を優先的に選べる権利を与えた。今の場所が良い、と手を上げたのもジョセフ小隊長、あなたよ」


「そう……ですが」


「ローリスク・ハイリターンなんて、世の中存在しない」


「わかりました……今のままで結構です」


「だけど、私も鬼じゃない。貴方達、北部の希望を連れてきてたわ。ルシウス殿」


 シャオリアは淡々とルシウスを紹介する。


 一方、小隊たちから驚きの声が上がった。

 言い争っていた小隊たちも同様である。


 先ほどの中庭での件から、やや身構えるが、想像と全く異なるものだった。


「あれが東部を救ったという英雄か。思った以上に幼いな」

「でも、蚩尤と邪竜を式に降してるんでしょ!? すごいじゃない!」

「おい、誰か声かけてみろよ」

「いやいや、立場が違いすぎるだろ。子供でも正真正銘の男爵だぞ?」

「一気に【迷宮】探索も捗るに違いないぞッ!」


 感激、歓喜する者、期待を送る者が多く居る。


 さきほど中庭で訓練していた騎士たちと、反応が違い過ぎる。


 ――もしかして、さっきの試合は……


 おそらく、中庭にはルシウスが手にかけた騎士たちの縁者だけが集められていたのだろう。


 ルシウスに対して腹に一物いちもつ抱えていた者達を集め、目の前で師団長や旅団長が叩きのめす。


 そうすることで、団員たちの溜飲りゅういんを下げようとしていたのかもしれない。


 ――それなら最初に一言くらい教えてくれよ


 結果はルシウスが疑義の付きようもない勝ち方をしてしまった。

 だが、考えようによっては、それでも良かったのかもしれない。


 騎士団は実力主義の組織である。


 不満を抱える騎士たちを放置するよりも、直接、ルシウスの実力を見せることで、下手な動きをする者も抑止できるようにも思う。


 事実、蚩尤を顕現させて圧勝した後、騎士たちの顔には恐怖が張り付いていた。おそらく今後、何かしてくることはないだろう。


 出来すぎていると感じた途端、飄々ひょうひょうとしたカラン師団長の顔がチラついた。


 ――なるほど。だから、勝っても負けても、”どっちでもいい”のか


 火種を抱えるカラン師団長からすれば、組織統制が優先である。それが果たされれば、満足でも恐怖でも、方法は構わないのだろう。


 ルシウスとしては、当人の気持ちはどうなる、とも考えたが、貴族ならそれくらい気づくだろ?とでも言いたげなカラン師団長の顔が思い浮かぶ。

 気が付かなければ、式は強いが、貴族として、その程度の人材という判断になるだけだ。


 ――はあ。エスタ卿といい、四大貴族は人を試すことが呪いにでもかかっているのか?


 ルシウスが一人苦笑いを浮かべていると、ジョセフ小隊長が声を震わせた。


「あ、あのルシウス殿ですかッ!?」


「そうよ」


 シャオリアはルシウスを無言で招き寄せる。


「ジョセフ小隊長、後はよろしく」


「は、はい!」


 ジョセフ小隊長が期待の視線をルシウスへと送る。


「案内、ありがとうございました」


 礼をするルシウスに対して、シャオリアが振り向きざまに言葉を残した。


「【迷宮】から出てきたら、私の部屋に来なさい」


 すぐにシャオリアはもう一つの小隊の騎士たちと話し始めた。


 ジョセフ小隊長と呼ばれた大柄の男がルシウスへと近寄る。

 齢は30代前半だろうか。線は太いが、肥満というわけではなさそうだ。


「貴方がドラグオン男爵の息子でしょうか!? あの邪竜と契約して、成人前にもかかわらず男爵に叙任されたという……」


「そうですが。僕を知ってるんですか?」


「ああ、もちろんです! ルシウス殿の話を人間で知らないやつは北部の貴族にはいません」


「さすがに、それは大げさでしょう」


 ルシウスは北部出身とはいえ、父の領地シルバーハート領以外のことは詳しくない。むしろ今は、東部の方が詳しくなってしまった。


「そんな事は無いんですがね。私はジョセフ=ノリス=ゲーテンと言います。斥候部隊の小隊長をやってます」


「ゲーテンって、もしかして……」


「やはり知ってましたか。そうです、ゲーテン子爵家の長男です」


 ジョセフ小隊長は面目めんもく無さげに頭を掻いた。


 ルシウスの脳裏に、3才の【鑑定の儀】でゲーテン子爵に絡まれている両親の顔が浮かぶ。

 少し警戒感を示すと、ジョセフは快活に笑った。


「なにも気にする必要はありません。親父は家の伝統通りドラグオン家を目の敵にしているようですが、どうせ俺は家を継ぐこともありませんから」


「でも長男ですよね?」


 この世界の爵位は世襲性である。

 絶対のルールではないが、通例、長子が継ぐことが多い。


「弟が重唱ですから。そっちに家督は譲るそうで。成人と同時に家を追い出されて、今どうなっているかはわかりませんが」


「……伝統ってなんでしょう?」


「知らないんですか?」


「ゲーテン子爵が父を目の敵にしていることは知っていまいますが」


「大した話じゃありません。昔、ルシウス殿の先祖が竜を式に降した時、一緒に戦ったのが、俺の祖先。そして、二人同時に男爵になったんです」


「では、2つの家はもともと、仲間だったってことですか?」


「家を興した当人たちはそうでしょう。ですが、ゲーテン家は”おこぼれゲーテン”なんていう陰口をずっと叩かれてきたんで、出世こそがすべて、という家訓になってしまいましてね。親父は、その家訓通りに生きてます。あれは伯爵になりたくてしかたないようで」


「なんだか、悲しいですね。……あの子はどうなりました?」


「あの子?」


「ゲーテン子爵家の子供です。【鑑定の儀】で同じ日に、鑑定を受けたんです」


「よく覚えてますね。3歳ですぜ? たしか、最後にあったのは4年前で、今は知りませんが、ちゃんと育ってますよ。まるで父の生き写しみたいに」


「生き写し……ですか」


 ゲーテンへとすがりつこうとし、蹴り飛ばされていた子供が、と思うと物悲しさを覚える。


「それよりも、本当にルシウス殿は【迷宮】探索に同行してもらえるのですか? そうなら百人の騎士よりも頼もしい!」


「ええ、もちろんです。1級の【偽核】を探しに行くつもりです。立派な男爵になるために、こんな所で邪竜に喰われるわけにいきませんから」


 【偽核】とは【迷宮】で取れる魔核に似た性質を持つものである。

 魔物と契約はできないが、手っ取り早く所持者の魔力量を増やす為に、広く使われる。


「ハッ。先程のカラン師団長より、全団員は1級の【偽核】を発見次第、ルシウス殿へ献上するように伝令がありました。その……このような命令は極めて異例です」


 ルシウスはやはりと思った。


 先程の一連は、カラン師団長にとって、ルシウスという人間を測る事も兼ねていたのだろう。


 ――貴族として、貸しを作っておく価値があると思ってもらったみたいだね


 貴族を始めとした魔核を所持する魔術師は、その能力の高さ自体が存在価値である。

 いくら王命であっても、他人の手を借りる事はあまり良しとされない。


 そのため、一人で探す覚悟をしていたが、思いがけない援助がもらえることとなった。


 また、ルシウスは知らぬ事であるが、これは本当に極めて異例である。


 国にとって失うわけには行かない人材、それこそ四大貴族の跡取りや高官などが【偽核】を望む場合、例外として数個小隊が随伴ずいはんするケースがある。


 そう、それでもである。

 今回は中隊でも大隊でも旅団でもなく、


【迷宮】探索が主な任務ではあり、あくまで兼行けんこうであることを考慮したとしても、一個師団が一介の男爵の為に【偽核】を探すなど、普通ありえない。


 裏を返すと、それだけカラン師団長の期待の高さを表していた。


「助かります。1級の【偽核】があれば、もっと魔力を増やせますから」


「ルシウス殿は、すでに1級の魔核が4つもあるのでしょう。一体、どれだけ魔力を増やすつもりなんです?」


「邪竜が満足するまで、ですかね?」


 小隊の20名ほどの騎士たちが乾いた笑いを浮かべた。


 皆、北部出身の者達で、邪竜の状況などは、ある程度知っている。


 東部の人間が蚩尤を異様に畏怖するように、北部は竜を特別視する風潮がある。

 実物を見たことのある人間など、ほとんど居ないだろうが、幼い頃から竜にまつわる寓話ぐうわを聞くからであろう。


「わかりました。ですが、幸運でしたね。1級の【偽核】は狩り尽くされている事が多いのですが、新しく見つかったこの【迷宮】には、まだあるかもしれません」


「そう期待してます。近くで【迷宮】が見つかったと聞いて、居ても立ってもおれず、陛下に口利きしてもらいましたからね」


 陛下という言葉に小隊の人間達の顔が引きしまる。末端騎士にとっては雲の上の存在である。


「そ、そうですか。ともかく続きは歩きながら話しましょう」


「お願いします」


 ルシウスは小隊へ一礼する。


「行くぞ、お前ら」


「「「オウッ」」」


 威勢のよい掛け声とともに、20名ほどの小隊全員が横穴へと入っいく。


 そして、ルシウスも小隊と共に、初めての【迷宮】へと足を踏み入れた。

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