第53話 騎士の戦い方

 石壁に囲われた中庭の中央に、頑丈な石畳が敷かれた一角。


 その端にルシウスが立つ。


 もう一方に立つのは3名。

 シャオリア旅団長、騎士の男、そしてカラン師団長だ。


「カラン師団長も模擬戦に参加されるので?」


「ああ、これは親善試合みたいなものだしね。3対1になるけど、ルシウス卿も誰かチームに入れるかい?」


「いえ、連携したことがない人が居ても混乱するだけですから。それよりも勝敗はどうやって決めるんです?」


「簡単だよ。降参した方が負け、それだけ」


 ――口で言えばいいのか


 うなずくルシウスに対して、シャオリアが笑いかける。


「審判が居ないことの意味を理解できていないようね」


「……いえ、問題ありませんよ」


 カラン師団長が、ディナーでも食べるかのように、開始の合図を告げる。


「じゃあ、始めようか」


 旅団長シャオリアが素早く前線に出る。

 反対にカラン師団長、騎士の男は2人とも後方へと下がった。


 ルシウスも蚩尤しゆうの術式で虚空から宝剣を作り出す。

 王から下賜された宝剣は鞘へとしまったままだ。


 魔剣である王の宝剣を生成する為には、多くの魔力を必要とする。


 だが、所詮、魔力の塊にすぎない。

 戦いにあって、刀剣は容易に破損する。

 欠けようが折れようが、再度、作り直せばいいという極めて実戦向きの利点がある。


 更に、価値のある特性。

 宝剣の術式を十全扱えるということだ。


 開戦直後、視界を埋め尽くすほどの強力な光を放った。


 ――まずは1人


 そのまま前方に居たシャオリアへと忍び寄る。


「甘い」


 掛け声と共に、後方に下がった騎士の男が、右手から何かを放った。

 魔力の奔流ほんりゅうを感じるが、直接向かって来る気配はない。


 ――何をした?


 突如、周囲を薄暗い影が覆う。

 ルシウスの剣が放つ光が極端に弱まった。


 ルシウスたちの頭上に、太陽をさえぎるような何かが飛んでいる。


 ――雲でできた鳥!?


 雲のように水蒸気でできた巨大な鳥が、ルシウスの剣が放つ光を吸収しているのだ。



「本当にそんな小手先が通用するとでも?」


 気がつくと、眼前にシャオリアが迫っていた。

 その姿は、既に獣人と化している。


 ――龍女


 全身が鱗で覆われており、鹿のような角がある。

 胸部、肩、頭部に鎧を纏っているが、蛇のような下半身はむき出しである。


 顔は人のままで、長すぎる胴体を除けば、人魚のようだ。


「騎士たちの痛みを知りなさい」


 手には長い槍が握られており、ルシウスへと鋭い突きが放たれた。


 直ちに、左手に盾を顕現させる。

 蚩尤が目覚めたときから、所持していた鎖が巻き付いた盾の術式である。


 矛と盾がぶつかりあい、甲高い音を立てた。

 突きを放ったシャオリアが、すぐに間合いを取る。


 引くには早すぎる。

 小手調べにもなっていないはずだ。


 ――どうした?



 その時、周囲を覆っていた、影が一段と濃くなった。


 空を飛翔していた雲の鳥が、ルシウスへと突進してきたのだ。

 雲塊うんかいの巨鳥が繰り出すの突進を、横へと跳躍し、直撃を避ける。


「ぐッ」


 先程までルシウスが居た近くにある壁へ、激突した鳥は爆散する。

 水蒸気の塊とは思えないほどの余波を周囲へ放った。


 ――なんて威力だ!


 爆風を盾では受け止めきれず、ルシウスは吹き飛ばされ、少し離れた石壁へと叩きつけられた。

 更に、衝撃により破壊された壁の破片が、ルシウスの頭上へ降り注ぐ。

 痛みにうめく暇もなく、崩れる石を盾で防いた。


 ――やりすぎだろッ


 とても親善試合に使うような威力の術式ではない。

 防魔の盾がなければ、大怪我負っていたかもしれない。


 崩れた壁からい上がると、3人が意外そうな表情を浮かべている。


「……噂通りね」


「砲魔の一撃に対して、無傷とは」


 旅団長シャオリアと師団長カランが軽妙に言葉を交わす。


 ――これが砲魔


 砲魔は主に西部に生息する魔物である。


 実体を持たない意思ある術式。

 魔力により構成された不思議な体をしており、その術式の権化とも言うべき体躯から、強力な一撃を放つと聞いたことがある。


「あと何回くらいジズを撃てそう?」


 シャオリアが騎士の男へと確認する。


「全力なら2度ほど」


「十分ね。カラン師団長、サヴィトリの加護を」


「わかってるよ」


 カランが小声で歌い始めると、声に乗った粒子が放たれる。


 粒子が卵のような楕円だえん形造かたちづくった。

 卵には美しい青年の顔に、小さな手足がついている。


 ――母さんの式に似てる


 卵の出現と同時に、カランの背後に文字が浮かび上がると、魔法陣のような円形を描いた。


 魔法陣へと卵が吸い込まれていく。

 まるで魔法陣の中に、別の空間があるようだ。


 ――中に何か居る


 黄金で作られた美青年だ。

 真鍮の彫刻のようではあるが、しなやかに動いていおり、魔法陣の中にある奇妙な空間を漂っていた。


 巨大な水槽を、丸いガラス窓越しに覗くように、時折こちら側の世界を伺っている。


「南部の詠霊を見るのは始めてかな? 彼らは、陣が創る亜空間でしか本当の姿に成れないんだ。現世では卵殻に包まれていないと顕現できなくてね」


 カランが微笑みながら教えてくれる。

 だが、目は全く笑っていない。


 ――なんだ……


 途端、ルシウスの体が重くなる。

 唐突に、酷い風邪でもわずらったかのようだ。


 更に意識が朦朧とし、強い睡魔が襲いかかる。


「僕の式はね。人の精神に直接干渉して、研ぎ澄ましたり、鈍くしたりするんだよ。これは防魔の術式でも防ぎにくい」


 笑顔で師団長のカランが言う。


「えげつないですね」


 悪寒を感じながらも、冷静を取り繕った。


 前衛は、接近戦と肉弾戦に長けた東部の式。

 中衛は、遠距離攻撃と破壊力に長けた西部の式。

 後衛は、阻害と支援に長けた南部の式。



 各々が役割を持ち、連携による攻撃を仕掛けてくる。

 機動力に長ける北部の式が居ないことが不幸中の幸いか。


 ――これが騎士の戦い方


 気を強く保ち、剣と盾を再び構える。


 態勢を整えきる前に、体をくねらせ龍女と化したシャオリアがい寄った。


 先程と違い、シャオリアの周囲には水球がいくつも漂っている。

 ルシウスへと槍を突き出すと同時に、水球からも水の槍が放たれた。


 ――水の術式


 槍を剣で、水を盾で受け止める。

 だが、水中にいるかのように重い体は、いつものような動きが取れず、反撃ができない。


 旅団長のシャオリアが、再び槍を突き出した。


 ――造兵


 咄嗟に、造兵の術式を発動させ、影から鎧兵を1体生成する。


 迫る槍を、鎧兵に体で受け止めさせた。

 そして胴体を貫かれた鎧兵が両腕で、槍を握りしめる。


 得物が固定された隙を見計らい、宝剣で槍の柄を斬り割く。

 シャオリアは斬られた槍を素早く手放し、次の槍を生成しながら後退した。


「……めてるの? 今、私ではなく槍を狙ったでしょう」


「これは親善試合です……殺し合いじゃない」


 ルシウスをにらみつけるシャオリア。


「ははっ、良いね、ルシウス卿」


 魔法陣を背負ったカランが手を叩く。


「でも、君。今、邪竜の術式、使えないんだろう? あんまり手を抜いていると、本当に大怪我しちゃうよ」


 ルシウスは左手の甲に浮かんだ、黒い三日月へ視線を落とした。


「聞いてはいる。今、邪竜の術式を使うと、食い殺されるまでのタイムリミットが早まるんだろ? 大変だね、特級の魔物というのも。僕のサヴィトリは絶対そんなことはしないのに」


 背後の魔法陣の内側から伸びてきた式の手が、カラン師団長の肩へと、優しく置かれた。

 それに自らの手を重ねる。


 ――分かってる


 オルレアンス家前当主グフェルからも言われた言葉である。

 できるだけ時間を稼ぐためには、竜炎と圧黒の術式は使わないほうがいいと。

 顕現させるなどもってのほか。最悪その場で喰われてしまう可能性すらあるらしい。


「その解決策を求めて、ここへ来たのですが、どうも歓迎されていないようで」


 死ぬなら死んでも構わない。

 先程から、そのような攻撃ばかりである。


「僕はどっちでもいいんだけどね。ただ、師団長を任されている以上、団員との関係性は壊したくないんだ。部下を抱える上司の悩みってやつかな」


 言葉とは裏腹に、先程から呪いのようにまとわり付く倦怠感けんたいかんは一向に緩められない。むしろ強まってすらいる。


 この親善試合の目的がはっきりした。

 審判の居ない理由も。


「試合という体裁で、報復……ですか」


 相手は、明らかにルシウスの術式と状態を知った上で、戦いに臨んでいる。

 邪竜の術式は使えないルシウスに対して、宝剣の光を封じる式まで予め用意しているのだから。


 当然、防魔の盾も持っていることも知った上での攻撃。道理で最初から遠慮がないわけである。


「今さら理解したところで、もう遅い」


 シャオリアが水の術式を展開させ、ルシウスの周囲に水球がいくつも浮遊する。


 ――足止めか


「今よ!」


 シャオリアの呼びかけに呼応し、騎士団の男が再び右手を掲げ、雲で出来た巨鳥の式を顕現させる。


 鳥の式が、雲で出来た翼を羽ばたかせた。

 そして、逃げ場のないルシウスへと一直線で迫る。


 ――仕方ない


 ルシウスは目の奥底にある魔核に意識を向け、魔力の塊を開放する。


 肉と骨がひしめき合い、膨張し、視点が上がる。

 体を黒い鎧が覆い、全神経が自分ではない血肉と接続されていく。


 蚩尤しゆうの顕現。


 大きな体躯に西洋風の甲冑を纏った式。

 ルシウスの2つ目の力。


 体に合わせて肥大化した宝剣の刃に、凝縮させた光の線をまとわせる。


 寸刻を置かず、至近した鳥の式を、蚩尤の剣が真っ二つに斬り裂いた。


 断面から押し込められた水蒸気の塊があふれ、耳をつんざく爆音とともに鳥の式と周囲を漂う水球が消失する。


「あ、れ……が」

「蚩尤だッ!!」

「2級の砲魔を斬っただとッ!?」


 辺りを囲む騎士団員から驚嘆の声が漏れる。


 戦いに身を置く騎士である。

 危機回避能力が高いのか、誰の指示もなく、騎士たちは素早く距離を空ける。


 俯瞰ふかんすれば、水滴が地面に落ちて弾けるように、一瞬でルシウスたちを囲んだ輪が広がった。


 ルシウスはそのまま巨大な体で走り、俊敏にシャオリアとの間合いを詰める。

 シャオリアも素早く槍を下段に構える。


 だが、槍を一太刀のもと斬り裂く。

 そのまま大剣と化した剣先を、シャオリアの胸元へと押し当てた。


「貴女が将でしょう。負けを認めてください」


「……誰が。誰がッ、負けなど認めるものかッ!! 私は騎士殺しナイトキラーなどに屈服しない!」


「分かるでしょう。誰が見ても、もう終わりです」


 旅団長シャオリアの首が後ろを向き、騎士団の男へと命じる


「私のことは気にするなッ! コイツへ、ジズを撃てッ!」


「え、いや」


 戸惑う騎士団の男を手でさえぎり、師団長カランが口を挟む。


「いいよ、僕らの負けで」


「カラン師団長! これは騎士団の戦いですッ!」


「それはわかってる。赴任してきた時に約束したよね。できるだけ君たちの味方であると」


 シャオリアが唇を噛む。


「そして、ルシウスが蚩尤しゆうを顕現させるまでが勝負。君の言葉だ。事前に打ち合わせしたとき、言っただろう」


「……はい」


 どうやらすべて仕組まれたものだったようだ。


「せめて最後の宣言は君からしたまえ」


 シャオリアが、うなだれるように槍を手放し、小さな声を振り絞る。


「……我々の負けだ」

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