第52話 軋轢
「お前は兄を殺したのだからな」
初めて会った女から受ける突き刺さるような視線。
「……何の話でしょうか」
「手にかけた人間など覚えてもいないか」
ルシウスは旅団長の女と目を合せる。
――本当なのだろうか
何か試されているのでは、とも考えたが、どうやら違いそうだ。
明らかな敵意がある。
「まあいい。ついて来い」
旅団長の女が立ち上がる。
そして、ルシウスを案内した衛兵へと言葉を続けた。
「下がっていいぞ」
衛兵は直立不動で応える。
「は、はいッ!」
旅団長の女は、扉を開け、振り向きもせず出ていった。
ルシウスは衛兵へ簡単に礼を言った後、旅団長の背へと続く。
黙々と廊下と階段を進んでいく女の横へ並ぼうとした時、睨みつけられる。
「私の視界に入るな」
「……わかりました」
ルシウスは一歩後方へと下がり、無言で着いていく。
旅団長が足を止めたのは、先ほど見た中庭。
行きしなに見た通りであるが、中庭では100名を超える騎士達が、打ち込みや試合稽古などの訓練をしている。
男女比としては、やや男が多いという程度。
筋力ではなく、魔力と式の術式が力に直結する世界であるため、女性でも戦闘に秀でる者は多いのだろう。
「シャオリア旅団長ッ!」
騎士たちが手を止め、一斉にその場で敬礼する。
「楽にしていい」
「「「ハッ」」」
威勢よく返事したものの、騎士た達は姿勢を正したままである。
「今日は
シャオリア旅団長の紹介とともに、一斉にルシウスへと視線が集まる。
「あれが……まだ子供じゃないか」
「クソッ」
「済ました顔をしやがってッ!」
悪態を着く騎士たち。
ありありとした敵意が突き刺さる。
――なんだ?
状況が読めない。
騎士の知り合いなどほとんど居ない。
現役でなければ元騎士であるユウくらいだろうか。
あと名前を知っている者を挙げるとすれば、ルシウスが戦いの末に、その剣で命を奪ったブルーセン。
ルシウスが霊廟の塔に入る前に、立ちふさがった男であり、ユウの決闘時に背後から弓を引いた男でも在る。
名を思い出すと共に、ブルーセンの最期の表情が頭をよぎり、剣で斬った感覚が右腕に走った。
近頃は慣れてきたが、あの日以来、思い起こす度に
感触を振り払う為、固く握り拳を作ったことなど、誰一人気が付かないまま、シャオリア旅団長が話を続ける。
「……ときにルシウス殿。先のホノギュラ領での
シャオリアが取ってつけたような笑顔を浮かべる。
「できる事をしたまでです」
「そうか、そうか」
笑顔が消え失せ、真顔となる。
騎士達の視線もより一層強くなった。
「その際に、ホノギュラ領の騎士たちも多数、その手にかけたと聞いているが、事実か?」
ルシウスは目をつむる。
炎に包まれる中、領民を襲う騎士たち。
「事実です」
「何人ほど、その手にかけたのだ?」
「……21名……です」
騎士たちの怒りが如実に増した。
奥歯を食いしばっている者も多い。
「東部に駐屯している師団は2つしかない。必然、ホノギュラ領へと赴任した騎士たちの多くが、この第9師団で働いていた騎士たちだということは知っているか?」
「いえ、知りませんでした」
「つまり、だ。この中には、貴様が命を奪った騎士の顔見知りも多い。戦場で肩を並べて戦った者、命を救われた、救った者達も多くいる」
「……何を仰りたいのですか」
シャオリアと呼ばれた旅団長が、試すように見据える。
「つらかったろうな、国を守った勇士たちを手に掛けるのは。自責の念と
ルシウスを取り囲む騎士達が傾注した。
騎士たちの表情に、冬の冷たい風に、むせ返りそうな程の熱を感じる。
――……いったい何だ
正直、不快極まりない。
心の傷を、土足で踏みにじられたようにすら思う。
民を守る為、心を鬼にして、己の手を血で染めた。
現役の騎士達が、民に刃を向けた者達を
いくら戦争により心を疲弊し、倫理観が希薄になったからと言っても、だ。
「いえ、後悔しておりません。領民へと刃を向ける騎士など、ただの
中庭が静まり返る。
冷たい風がガラスのない窓を吹き抜ける音だけが響くほどの無声。
一転、割れるような怒声に包まれた。
「調子に乗るなよ?」
「ふざけるな!」
「ンだとッッ! ゴラッッア!!」
シャオリアが冷たく濁った眼差しを送る。
深い
「ここは騎士たちばかり。状況を理解する頭も持ち合わせていないのか?」
言葉通り、今にも掴みかかりそうな騎士たちの
――わざわざ、中庭へ連れてきた理由がそれか
嫌悪感が強まり、反射的に含みのある言葉で返してしまう。
「貴族は領民の剣であり盾。騎士の宣誓にもあるでしょう。それを忘れ、状況によってコロコロと変える頭があるから、ああなるんですね」
シャオリアの顔が
「……貴様。もう一度言ってみろ……」
「何度でも言――」
言い返そうとした時、パンパンと手を叩く音が中庭に響く。
「そこまでにしようか」
扉の近くに1人の男が立っている。
まだ齢は30才程か。
浅黒い肌に、赤茶色の長い髪を、後ろでまとめた
シャオリアと騎士たちが、
「カラン師団長」
「随分、険悪な雰囲気だね」
笑いながら男が歩いてくるが、どこか立ち振舞に威厳のようなものが漂っていた。
ルシウスの前でカランと呼ばれた男が止まる。
「君が、我が師団で預かるルシウス卿かな?」
一礼し、努めて冷静に挨拶をする。
「はい、ルシウス=ノリス=ドラグオンと申します」
「カラン=ソウシ=ウィンザーだ。この砦に駐屯する第9師団を任されている」
「……ソウシ=ウィンザー」
この国において”ウィンザー”のラストネームは重要な意味を持つ。
東西南北の地域を統べる四大貴族の直系であることを示すからだ。
「そう、南部の四大貴族の出だね。王候補でも、跡取りでもないけど」
同郷であるオリビア以外、四大貴族の子と対面するのは初めてである。
笑みを浮かべながらカランが手を差し出した。
ルシウスはその手を握る。
「お初にお目にかかります。カラン師団長。この度は受け入れていただき誠にありがとうございます」
「そう、固くならなくていいよ。現王の命令だからね」
「いえ、そういう訳にはいきません」
笑いながらカラン師団長が握手を解いた。
「うーん、噂どおりの少年だな」
「噂ですか?」
「史上初の
「はい」
「物腰は柔らかいが、融通が聞かない。東部の盟主エスタ卿と会ったときは、色々と言い返したそうじゃないか」
カラン師団長は親しげだが、どこか含みのある言葉を続ける。
「あのときは、明らかに
「なるほど。そして今は騎士団の腹中で喧嘩を売るとは、見かけによらず無鉄砲な性格だね。お父様が警戒するのもわかる」
カラン師団長が見定めるように、ルシウスの顔を覗き込む。
笑顔とは真逆の言葉に、反応に困る。
「ところでオリビアは元気かい?」
「え、はい。元気です」
「はは、あのじゃじゃ馬はやっぱり元気か。とても、残念だ」
四大貴族の直系同士、面識はあるのだろう。
そして今は1つの王座を巡る政敵でもある。
「その……お騒がせしてしまったようで」
カラン師団長が更にニコリと笑った。
「許してやってくれ。東部の騎士は国防のために皆、命を賭けて帝国の侵攻を食い止めている。真っ当な神経じゃ務まらない。形式ばった
「……承知しました」
「今は特務で【迷宮】探索に来ているけどね」
口では承諾したものの当然、納得はしていない。
いくら仲間意識が高かろうとも、本来守るべき民を
成り行きを、冷たい視線で見ていたシャオリア旅団長が口をはさむ。
「カラン師団長。許してもらうようなことは何もありません」
「シャオリア。君の兄ブルーセンの事は残念でならない。だが、法に基づき判断された結果ルシウス卿の対応は問題なかった。これ以上はただの言い掛かりになるよ?」
――ブルーセン……の妹?
その名に心の隅で動揺が走る
言われてみれば、どことなく面影が重なる。
「騎士には騎士の流儀があります。それはカラン師団長もお分かりのはず」
「そうだね。では案がある。
カラン師団長が、ルシウスへ確認する。
「よくわからないですが、問題ありません」
「シャオリアは?」
冷たくも美しい笑みを浮かべる。
その目には
「ええ、ぜひ」
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