第56話 ゴーレム

 ルシウスと北部の騎士たちは迷宮の未開拓エリアへと進んでいく。

 分岐を超え、少し進んだ先にもすぐに次に分岐が現れる。


 ――まるで網の目だな


 ハミヤが書いた地図を見ても、碁盤の目状の通路を押しつぶしたかのように、入り組んでいる。


 更に進んだところで、刺激臭が鼻を刺す。

 辺りを見るとが、壁際になにかが転がっていた。

 それの正体はすぐに分かる。


 ――人の足……


 ジョセフや北部の騎士たちも顔をしかめた。


「昨日、死んだ仲間のものですね」


 体がない理由は契約していた式が、食べたためだろう。


「……持ってかえりますか?」


「いや、大丈夫です。偽核が食べますから」


 よく見れば、血の跡と思われるシミがいくつも周りにある。

 恐らく、食べられた後なのだろう。


「わかりました」


 ルシウスたちが一礼をしながら、前へと進んだそのとき、何かが視界をかすめた。


「偵察ゴーレムだ」


 ルシウス達がいる小隊の上を、コウモリ型のゴーレムが通り過ぎたのだ。


 皆の表情が硬直する。

 すぐにジョセフが騎士たちへ、念押しするよう低い声で促した。


「……気をつけろよ、昨日は鉄ゴーレムが出てきた」


 近くにある脇道から地面を打ち付けるような音が鳴り響く。

 徐々にそれが近づいてくる。


「3体」


 少し先の曲がり角から、3体のゴーレムが現れた。


 姿形は先程、見たものと同じ。

 蜘蛛のような8本脚の上に、甲冑のような上半身が乗っている。

 4本の腕は体に不釣り合いなほど太い。


 だが、土で作られたゴーレムとは素材が違う。

 中央の1体は銅のような赤みがかった金属で、左右の2体は石な見た目の素材である。


「あれが岩ゴーレムと鉄ゴーレムですか」


「そうです」


 すぐさま、ジョセフを始めとした戦闘部隊たちが、一斉に式を顕現させ、剣槍や術式で応戦し始めた。


 ――鉄ゴーレムに攻撃が通る騎士は、思ったより少ないな


 戦闘に参加している騎士たちのほとんどが岩ゴーレムとはまともに戦えているが、鉄ゴーレムに攻撃が通る人間は3、4名というところだろう。


 ――岩ゴーレムが3級、鉄ゴーレムが2級程度の強さか


 以前、ルシウスが相対したペルーダと同等と考えれば、戦える人が少ないのは仕方ない。

 昨日、騎士が死んだのも理解できる。


 手助けに向かおうとしたとき、突然、後方の支援班から叫び声が上がった。


「また来たぞッ!」


 奥から新たに3体のゴーレムが湧いてきたのだ。

 ジョセフが乾いた笑いを浮かべる。


「おいおい! 鉄ゴーレムが3体かよ!?」


 騎士たちの悲鳴から血の気がひいた事が伝わった。

 死を覚悟しているような表情だ。


 それでも戦線を崩さないのは、訓練された騎士だけのことはある。


 ルシウスが静かに前に出た。


「では、あっちは自分がやりますね」


「だ、だが、ルシウス殿1人では」


「問題ないです」


 ルシウスは魔力を目の奥底に込め、影から10体のほどの鎧兵を呼び出した。

 自身も宝剣を術式で作り出す。


「左右の2体は任せた」


 端的に指示すると、鎧兵は迷いなく立ち向かっていく。


 ルシウスも薄暗い廊下を駆け抜け、中央の一体へ、一瞬で間合いを詰める。


 鉄ゴーレムは、機械的に鉄の腕から刃を形作った。

 土ではなく金属であるため、手の爪が本物の刀剣のようだ。


 瞬時に振るわれる刃を、素早くかわし、懐に飛び込む。

 迷いなく脚の一つを斬り付けた。


「固い」


 金属が衝突する音が響くだけで、傷はできていない。

 懐に入られた鉄ゴーレムが、仕切り直すように8本の足で浮かび上がった。


 そして、足の爪をルシウスへと向けながら、振り降りてくる。


 ――押しつぶすつもりか


 ルシウスは剣に光をまとわせた。


 落下したきたゴーレムの横へとれ、腹から切り上げる。

 ほとんど抵抗無くスッと剣を胴体に沈め、体を斬り裂いた。


 鉄の塊が落下した轟音が鳴り響き、ルシウスが横目で確認すると、腹を2つに裂かれたゴーレムが土人形のように崩れている姿が見える。


 ――何もないな


 どういう理屈かはわからないが、ゴーレムの体内は構造らしい構造もなく、本当にただの金属の塊のようだ。


 難なく鉄ゴーレムを倒し、周囲へと目にやると、騎士団が鉄ゴーレムに何本目かの槍を顔へ突き刺したところだった。


 また、近くに居た残り2体の鉄ゴーレムも鎧兵達によって、手足がもぎ取られ、鉄くずに還っている最中だ。


「すごい……」

「さすが特級魔術師」

「鉄ゴーレムをあんなにあっさり」


 ジョセフが驚嘆の声を上げながら近寄ってくる。


「ルシウス殿、さすがですね」


「無理せずに。できるだけ自分が対応しますので」


 造兵の術式で呼び出す鎧兵は、汎用性の高い術式である。

 蚩尤と契約して、2年も経ち魔力の同化が進んでいるため、一度に10体程度であれば問題なく呼べる。


「でも、問題は鎧兵は武器を持っていないからなぁ」


 鎧兵に問題があるとすれば、武器までは顕現できないため、素手での戦いとなることか。

 武器があれば、と思うが、武器自体が高価な消耗品であり、安いものではない。しかも数が増えれば重くかさばる。


「……俺らの予備の剣を使ってください」


「いいんですか?」


「ええ、騎士の支給品ですから」


「助かります」


 騎士たちに予備の剣を鎧兵へ渡してもらう。


「では、鎧兵を先行させますので」


 鎧兵が隊列を組んで進み、すぐ後ろをルシウス。

 そのすぐ後を小隊の戦闘部隊、最後尾に支援部隊が続く。


 ルシウスや騎士たちが手を出すまでもなく、現れたゴーレムを次々と鎧兵が討ち倒していく。楽な探索である。


 騎士たちの驚嘆を横目に、しばらく歩き続けると、通路の横にある小部屋のような場所に目が止まる。


 ――なんだ、あれ


 部屋の中には、うず高くに積まれた何かが転がっている。

 金属で作られた大きな箱や小道具など、様々だ。

 皆、厚くほこりを被っており、それが何なのかよくわからない。


「おおっ! 手つかずの遺物だ」


「これがですか?」


「そうです! 」


 一斉に騎士たちが、息を荒くしながら遺物を拾い始めた。

 後部の支援部隊も、皆、式を顕現させて、騎獣の背へと遺物を乗せていく。


「これは! 治癒系の遺物だな」


「珍しいんですか?」


「いえ、それなりに見つかるんですが、需要が高いです。状態がよければ、とんでもない価値がつくこともあります」


 言われてみれば何かのポッドのように見える。

 ただの棺桶かも知れないが。


 ジョセフが連携係の少女ハミヤへと声をかけた。


「ハミヤ、先にこれだけ頼む」


「わかりました」


 ハミヤが応えると、左手から粒子が飛び出した。


 ――足が8本ある馬か


「私のスレイプニルちゃんです」


「ハミヤの式は、貴重な術式を持ってまして。頼むぞ」


「はい」


 スレイプニルから赤い稲妻がほとばしる。

 雷がポッドの前方へと集まり、電流が円を形造った。

 そして、丸い電流の渦の中に、何もない黒い空間が浮かび上がる。


 ハミヤの顔に冷や汗が見て取れる。

 相当の魔力を消費しているのだろう。


「なんですか? その術式」


「転移の術式です」


 ――ユウさんの門の術式と似たようなものか


 黒い円が動き、徐々に動きポッドを吸い込んでいく。

 円が完全に飲み込むと、つい先程まで眼の前にあったポッドが消えていた。


「助かる」


「はぁはぁ、魔力……限界です」


 腰を地面へと投げたハミヤの頭を、8本脚の馬が舐めた。

 その頬をハミヤが撫でる。


「大丈夫、少し休んだだけ」


「円をくぐれるものなら、遠方でも送れる術式なのに、近場で使ってもらってすまないな」


「いえいえ、物や人を運ぶくらいしかできませんので。それにあの大きさの遺物を慎重に運ぶのは大変だったと思います」


 ハミヤは顔色が悪いが、無理やり笑みを浮かべた。

 それに対してジョセフや騎士たちがねぎらう。


 ――式も騎士たちも、仲が良さそうだな


 ルシウスが少しの羨ましさを覚えたとき、部屋の端で、何かが動いた。


「何か居ますッ!」


 すぐさまルシウスが剣を抜く。


 ――黒い……スライム?


 黒は黒だが、何かがおかしい。

 邪竜の様に銀を思わせるような金属色がまざっているのだ。

 半透明ゼリーと言うより、黒い水銀の塊。


 だが、黒い偽核には違いない。


 ――1級の偽核


「なんだありゃ?」


 ジョセフの抜けた声が響いた。


 声に反応したのか、黒いメタルスライムがピクリと動く。

 咄嗟に、ルシウスが走り、掴み取るために手を伸ばす。


 だが、ジェル状のものとは思えない速度で壁や天井を跳ねながら、小部屋の外へと逃げだした。


「追いかけますッ!」


 ルシウスは騎士団との鎧兵を残し、一人、走り始めた。


 ――早いッ


 薄暗い空間。黒い体を持つ偽核は視認しづらい。

 だが、その小さな体に秘められた膨大な魔力をありありと感じる。


 跳ねる方向を、必死に目で置いながら追いかける。

 そして、黒いスライムを追って、角を曲がった時、光が目に飛び込んだ。


 通路の先が明るいのだ。


 1級の偽核が光の中へと飛び込んだ。

 真っ白い光の中に消えかけたスライムを追って、全疾走する。


 ルシウスは飛び込むように黒い偽核へと手を伸ばした。


 ――届いた


 そう思った時、突如、浮遊感を覚えた。

 体の下にあるはずの床がなく、遥か下に続く穴が広がっている。


 ――がけぇッ!?


 どうやら崖の外に飛び込んでしまったようだ。


 とっさに身代わりの鎧兵を呼び出し、背中を蹴り上げ、崖の端を掴む。

 体が振り子のように揺れた。


「危なかったぁ」


 光が差していた場所は、大きな縦穴。


 穴の頂点が地表に出ているか、太陽の光が差し込んでいた。

 地表へ近くなるほど細くなっている。


 反対に底は光を飲み込んだ様に薄暗く、よく見えない。

 縦穴の周囲は岩肌ではなく、まるでコンクリートで作られたように滑らかだ。


 途方もなく巨大なペットボトルを、地面に埋めればこのような形になるかもしれない。


 その中、黒い偽核と鎧兵が、はるか下へと落ちている姿が垣間見える。


 ――逃げられた


 邪竜を顕現させられない今、高所からの落下は死につながる。

 心臓が鼓動させながら、這い上がるしかない。


「残念、せっかくの1級だったのに」


「ルシウス殿! どこですか!?」


 ジョセフ達が少し離れたところから呼ぶ声が聞こえる。


「ここにいます」


 声を頼りに、近よってきたジョセフ達が縦穴の下を覗きながら、足をすくませる。


「おお、こんなものがあったのかぁ。この砦を造るときに地形は調べて周りましたが、全く気がつきませんでした」


「上に行けば行くほど小さくなっているので、地表からは目立たないところにあるんでしょう」


 地表に出ている穴の直系は2−3m程度だろう。

 一方ルシウスの足元のすぐ先にある縦穴は直系は15mはある。


「偽核はどうでした?」


「逃げられちゃいましたね。でも1級が居ました」


 確かに、この迷宮に存在する事が確認できた。

 一個師団が探索しているのだ。捕まえるまでは、時間の問題だろう。


「1級ってあんな金属みたいな感じだったかな。以前見た1級の偽核と少し違うような?」


 ジョセフが一人納得いかないように首をかしげている。

 だが、考えても仕方ないと思ったのか、声を上げた。


「皆、一度、地上に戻ろう。これだけあれば、評価はかなりもらえるはずだ」


「評価?」


「騎士は能力主義、成果主義です。迷宮探索で取得した遺物自体が評価に直結して、引いては北部の成果や評価に繋がっていくんです。ついでに報奨も弾まれます」


 ジョセフが満面の笑みを浮かべる。

 隊員たちも同じようにホクホク顔だ。


 ――騎士も大変なんだな


 地表に戻るまえに、振り返って縦穴を見た時、表面に刻まれた模様に違和感を覚える。

 既視感を覚える模様だ。


『"M-Ene▓gy Depol▓r▓zat▓on an▓ Pur▓fic▓ti▓n Sys▓em"』


 しばらく目にしていなかった為、それを文字である事を識別するまで少しのタイムラグがあったのだ。

 一部がかすれて見えないが、それは明らかに英語。

 この世界の言語体型は英語に似ているが、文字や単語も全くの別物である。


「M-エネルギー……脱分極……浄化……システム?」


 忘れかけの受験英語の知識を総動員して、推測する。自信はないが、どうやら何かを浄化する装置を意味しているらしい。


 ――なんで英語が……こんなところに?


「おーい、ルシウス殿。戻りますよ」


 先を歩くジョセフに声をかけられ、ルシウスは後ろ髪をひかれながらも縦穴へと背を向けた。


「わかりました。今、行きます」


 気にはなるが、今は1級の偽核がいた事の方が重要だ。

 それも初日で見つかったことは幸い。


 左手に目を落とすと、鋭い三日月だったものが、朝より、やや丸みを帯びたものとなっている。

 刻一刻と、その時が迫っていた。


 ――急がないと


 そうして、ルシウスは初めての迷宮を後にした。

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